母の秘密と拠点の建設候補地
オーブリー伯爵が肩の力を抜くと、側近たちの緊張も和らいだように見えた。
私が怒り出してミリタリー魔法を使うとでも思っていたのだろうか?
怒るほどの情報を私は持っていないのに……。
「お母様は魔術師になるために魔術師ギルドに入っていたと聞きました。魔力の才能が突出していたためですよね?」
「圧倒的にな……。入った、セオドーラはそう言っていたのか?」
伯父は視線を下に落として、ため息をついた
「氷の女神の化身、その言葉が代名詞になったのは私の祖母だった。そして、祖母の再来と言われたのが、この私だったんだ」
「お母様ではなくですか?」
伯父は弱々しい笑顔を見せて、軽く口を歪めた。
「セオドーラが9歳になるまでだ。もう誰も覚えていはいないだろうな。私が祖母の再来などと呼ばれていたことを……」
「お母様は魔術品評会に出る前から、強力な魔法を使ったのですか?」
「セオドーラは品評会には出ておらん。出せなかった。父は心底セオドーラを恐れていたからな。私以上に妹の存在を恐れていた」
魔術品評会でのお披露目は、貴族としての資格を示すためだと教えられた。
だが、よく考えてみると、魔力の強い貴族や魔術師を選別するためにある会。
そして、王族や大貴族が、血縁にすべき魔力の高い人物に目星をつける会だ。
「お母様の強大な魔力を隠しておきたかったのですか?」
「次元が違ったのだ……。品評会の練習で見たこともない魔法を使った。祖母の再来などではない。氷の女神の化身そのものだった」
「あまりの魔力に伯父様ではなくお母様を跡継ぎにせよと?」
伯父は嘲るような笑い声を出した後、酒瓶を開けてグラスに酒を注いだ。
親類や諸侯が母を跡継ぎにするように、祖父に迫ったのかもしれない。
「18の私は継承権を奪われた気分になっていたな。愚かにも幼い妹を憎んだ。だが父が恐れたのは戦の道具にされることだ」
「お爺様はそこまで見据えていたのですね……」
「私も母も自分の立場ばかり気に掛けていた。だが父は妹の未来に目を向けていたのだ。王家の命令により先頭で魔法を使うセオドーラと、氷漬けにされる大勢の兵たちの姿が見えていた」
お母様は領内や一族の所領に現れるモンスターを駆逐しました。
もし、それが人に対して向けられていたら……。
自分の娘が殺人兵器として利用されるのを恐れるのは当然かもしれません。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
伯父はグラスの酒を仰ぐと、再びグラスを満杯にした。
「お母様は魔術師になることを望んでいなかったのですか?」
「9歳まで普通の子供だったのだからな。突然、魔術師ギルドに行くように言われて、ギルドで教わる魔法以外を使わないよう両親に厳命されたのだ」
「魔術師になりたい……、そう言わされたんでしょうね」
顔が赤くなり始めた伯父は、大きな身振りをして話を続ける。
「私は妹がギルドに行かされたことで心の底から安心した。父から受け継いだばかりの所領と、未来の伯爵の称号を奪われずに済んだからな。セオドーラが13歳で行方不明になった時も、正直安心したんだよ……」
「行方不明!?そんなことは聞いておりません!」
「訓練中に姿を消した、そう報告を受けた。私は魔術師になるのが嫌で、妹は逃げ出したんだと思っていた。その方が幸せになれるのではないか、そう思いたかった」
自ら行方をくらましたのなら、私たちに話したくなかったのかもしれない。
魔術師ギルドの話もしたくなかったはずだ。
「2年たって、妹はギディオン公爵の手によって救い出された。そして、その救世主と婚約をした。ハーディング家の使者からそう聞いたときは耳を疑った……」
「お父様が!?そのようなことは……」
「ひどい茶番なのはわかっていた。だが、セオドーラが戻ったらどうなっていたと思う?妹の面会に行かないどころか、捜索すら命じなかった私はどうなった?妹の実力を知っている母は、私を跡継ぎのままにしておくか?」
跡継ぎになるべく育てられた長男は大変ですね……。
保身しか目に行かないとは。
護衛が止めるのも聞かずに伯父は酒を飲み続けた。
「そうだ!エドガー、その目だ!お前たちが私に向けるべき視線はそれなんだ」
「伯父様!エドガーを煽らないでください」
「大方、使用人がセオドーラの魔力のことを誰かに漏らしたんだろうがな。実際、ギディオン公爵は見事なモノだったよ!各王家も出し抜かれただろうな。成人した妹を魔術師ギルドからどう引き離すか、その策ばかり練っていたはずだ」
父は王家が動く前に母をさらわせて成人まで待ったのか……。
母をどう説得したのだろうか?
人生に絶望した母が、茶番に付き合っただけかもしれない。
「お母様は言いつけを守って強力な魔法を使おうとしなかったのでしょうか?」
「ふっ……。だろうな。だが嫁いでからは、ヴェルシナーク王国の各地方で使っていたのだろう?戦争にはならなかったが」
もしかしたら父のために魔法を使っていたのだろうか?
愛情はあったのかもしれない。
「領民の為だと、助けた恩を返せだの!!あんたたちはいつもそうだろ!?」
「エドガー……。伯父様はお父様とは違うはずですよ?」
「同じようなモノですよ!護衛をたくさんつけて!自分の家族を恐れて!」
エドガーの目に魔法陣が宿った。
護衛は酔っ払って立てなくなった伯父を囲むようにして守ろうとする。
「よさんか!お前たちまでエドガーを興奮させてどうする!」
「それだと護衛の方々は、いい的ですからね。エドガー!帰りますよ」
私は肩をすくめてエドガーに呼びかけた。
ジーンがエドガーの肩を抱いて玄関へ向かう。
「伯父様。書簡の件は、拠点建設が終わってからお願いしますね」
「そうか。では連絡を待とう」
私は部屋出る直前で振り返った。
「お母様が伯父様のお屋敷に着く前に、幼い私におっしゃったことを、怒ったエドガーを見て思い出しました。私の兄は故郷に欠かすことのできない素晴らしい領主です、失礼のないように。厳しい顔で、そうおっしゃいました」
私は下を向いたまま無言になった伯父に頭を下げた。
「伯父様。エドガーが失礼な態度を取ったことを、心よりお詫び致します」
お母様は伯父様の悪口もお父様への恨み言も口にしませんでした。
私にとって大切なのはその事実です。
お母様が私に見せたかったお姿は、私の中で生きているのですから。
私のお母様は魔力に翻弄されて不幸な人生を送った人などではないのです。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
私たち三人が宿に戻ると、皆が食堂に集まっていた。
「伯爵はなんの用でお前たちを呼び出したんだ?」
「カサンドラとクリフォードお兄様に対する非難状に関する相談です」
「果たし状じゃないのか?まあ、伝書鳩で済む話じゃないからな」
ロマッリは納得すると、ワインをラッパ飲みし始めた。
「で、テオバルドにお前のコフィ行きを伝えたのは伯爵だったのか?」
「少し話しをしただけではわかりません。ただ、護衛が6人もついていましたから、情報が漏れていても不思議ではありません」
「ずいぶんと怖がられたもんだな。お前ら二人の力を知っているのか?」
ケリマは私以上に伯父を警戒しているようだ。
私のコフィ行きを漏らしていたとしても、決して顔には出さないだろう。
母の魔力について過去に伯父が触れ回っていたとしても、答えるはずはない。
「モーリス。資材や職人の手配には、何日必要ですか?」
「資材の輸送準備は完了しております。職人には、国境の守備隊解散に合わせて出発の準備ができるよう伝えております」
「わかりました。資材と人員を輸送する馬車には、護衛が必要となります。ロマッリとケリマを頼ることになりますが、問題ありませんか?」
ロマッリとケリマは酒瓶を掲げた。
「バイオレット様。マヒナルドは馬術が得意だそうです!」
「そうですか……。あの騎士を連れて行くつもりなんですか?」
「バイオレット様、私からもお願いします。まだ試したい薬があるんです!」
ミリエルとヴィオラがマヒナルドを売り込んできた。
馬術どころか真っ直ぐ歩けるようになるのでしょうか?
「バイオレットお姉さま!マヒナルドは私がお守りします」
「あの騎士は、ペットではないのですけどね……」
エドガーもお気に入りとは。
もう勝手にすればいいのです!
「小娘女王。拠点をどの位置に建てるか見当はついているのか?」
「ヒッチクリフに程近い、坑道がつながる場所がよいと考えていたのですけど」
「コフィでもヒッチクリフ周辺が、一番モンスターの多い場所になるだろうな」
ロマッリが地図を広げて、ケリマが意見をくれた。
私たちは、ニュエルソーン王国の守備隊解散に合わせて動くになる。
未だにモンスターの排除に追われているヒッチクリフ方面は危険だ。
コフィに舞い戻ったり、辺りをさまよっているモンスターで溢れているだろう。
「すぐには、テオバルドやカサンドラとの戦いにはならないはずだ。最初の拠点で戦争を想定する必要はないだろう」
「そうですね。坑道戦に持ち込めれば圧倒的に有利だと考えていましたが、まだ早いかもしれませんね」
私の爆破とモーリスの崩落技術を活用することを考えていたのですけど。
将来の戦争よりも基盤となる土地を確保すべきですね。
「モーリス。水源の位置から考えて、以前の村や町はどこにあると思います?」
「コフィはクリフォード様が受け継いでから入植を一気に進めました。水源になるような川は二箇所ですから、そこに沿って農村が作られ、複数の村の中心地に町が建てられました」
「お母様に”ダンジョンホード”を抑えさせたお父様は、コフィで積極的な入植は行わなかったのですか?」
「ギディオン様は、政治が得意なお方でしたから……。宣伝活動ですよ」
近隣諸国へのアピールにコフィを使ったのですね。
”ダンジョンホード”を抑えているのはハーディング家だと。
森の国の民までアピールの材料にされなくてよかったです。
「兄は入植に力を注いだのに”ダンジョンホード”でコフィを放棄したと……」
「はい。自分で兵を率いれば、モンスターなど敵ではないと思ったのでしょう」
「あるいは、カサンドラの口車に乗ったか、援軍の提供を申し入れられたのか」
兄の借金にはコフィも関係しているのだろう。
性急な入植事業に、目に見えていた失敗。
カサンドラは本当に操りやすい夫を持ったモノです……。
「水源が近く、町や複数の村が守れる位置を拠点とするか?」
「そうですね。もしかしたら砦跡などがあるかもしれませんね」
それならば、改修だけでこと足りるのでしょうか?
「バイオレット様。砦跡などは期待されないほうがよろしいかと存じます」
「モーリスはコフィの砦建設には関わっていないのですか?」
「私は別の所領で、町の事業に関わっておりました。私が知る限り、コフィの砦建設は終了していないはずです。予算の不足が深刻でしたので」
入植事業を一気に進めたのなら軍事施設は最後かもしれない。
砦や城などは建設費用だけでなく、兵士の維持費も相当かかるはずだ。
「砦の建設を安上がりにすることは、諦めたほうがいいですね。ただ、拠点の建設候補地を調べる必要があります。お二人にお願いしてよろしいですか?」
「守備隊の解散までは暇だからな。暇潰しなら構わん」
「だな。この町の酒は大して旨くないし、賞金首も見つけにくい」
ロマッリとケリマが、予定地の下見をしてくれるなら安心です。
モンスターが多すぎて作業ができなければ、違う候補地を探してくれるはず。
再建が簡単そうな村や町が近くにあればいいのですけど。
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ロマッリとケリマがコフィへ旅立ってすぐに国境の守備隊は解散した。
ニュエルソーンの国境の外壁や砦は、通常通り衛兵と常駐の守備兵が守る。
解散になった守備兵は、本来の所属に戻ったり、兵役を終えて田舎に帰った。
ロマッリとケリマが戻ったのは、翌日6月7日のことだ。
「ニュエルソーンに一番近い水源周辺に拠点を建てるのはやめた方がいいぞ。ここの守備隊が、モンスターの死骸を川に捨てていきやがったからな!」
戻ってくるなり不機嫌そうなロマッリが報告した。
川の下流は死骸が大量にあるようだ。
水質は汚染されているだろう。
モンスターの毒や血液がなにをもたらすかは、想像するまでもない。
「そこから少し上流にある候補地もダメだな。作りかけの砦の資材が散乱していた。土台は穴ぼこだらけにされていて、周辺に穴を開ける小さなモンスターがたくさんいた」
「散乱した資材は使えそうですか?」
「無理だぞ。乾燥してボロボロだし、ほとんどがバラバラだ」
ケリマは私の質問を聞いて肩をすくめた
地中に住む虫型のモンスターが、砦用に盛られた土を巣にしたらしい。
人口の盛り土はさぞ掘りやすくて居心地がよかったのだろう。
こちらとしては、迷惑極まりない話だ。
「では、最後の選択肢しか残っていないのですか?」
「俺としてはここも除外したいところだがな」
「まあ、仕方ないだろ?次の”ダンジョンホード”対策もあるしな」
私たちは、職人と資材を乗せた馬車を率いて6月8日にコフィへ出発する。
他の候補地よりもモンスターの出現率が上がる地域ですが仕方ありません。
ロマッリとケリマ、それに私がいるのです。モンスターに遅れは取りません。
マヒナルドもいる?彼は馬ごと食べられてしまう気がします……。
伯父の口から母との複雑な関係を聞かされました。
バイオレットは、コフィでの拠点建設予定地を決定し出発することになります。
次話 様々な問題を抱えながら拠点建設を開始します
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