森の錬金術師の事情と戦士たちへの要求
森の民の国ボルスタの長は、病床にあったが心労も重なり面会謝絶となった。
時期長となるアレシュは、村長たちと討伐隊を結成して町を出て行った。
彼らは、先にグリフォン狩りに出かけたロマッリとケリマに合流するはずだ。
私はヴィオラの祖母であるテクラの家へ招かれることになった。
テクラの家はこの町の一番端に建設されていた。
客人用の屋敷らしく、清潔で建材に美しい木材が多く使われていた。
よそ者としては、木の上に建てられているので落ち着かない所ではある。
「あの子は、なにをやらかしてるんだい!?」
玄関開ける前に漂ってきた焦げ臭い匂いに、テクラの顔色が変わる。
「ヴィオラ!この屋敷は森の民の所有物だよ!燃やしたら捕まるんだよ!?」
ヴィオラはテーブルに並べた数枚の板の上で、枯葉重ねて火をつけていた。
「大丈夫れすよ!むしろ危険なのは、このおさへ。なんれすかこの強さは?」
「それは飲み物じゃないよ!まったく、馬鹿な子だよ……」
テクラはヴィオラから黒い液体の入った瓶を取り上げた。
確かにアルコール臭はしますね。
ロマッリたちですら口にしないような色の液体ですけど……。
「お婆ちゃんの作った、なんれん剤は凄いれすね!私のはまらまられす」
「わかったから少し寝てなさい。あんた、そこの白髪にも飲ませたのかい?」
テーブルの上でモーリスが目を開けたまま気を失っていた。
高所恐怖症らしいので、なんとか気を紛らわせたかったのでしょう。
ヴィオラの実験で髪の毛が少し燃えているようですが、気にしないはずです。
鉱山の入口を爆破したときも、数日間チリチリ頭でしたから。
「もしかしてヴィオラは、酔っ払うと放火癖が出るのですか?」
一人のときに火をつけるのだとしたら危険な存在だ。
「私の知っている限り、そのようなことはしない子じゃよ。酒を飲みながら実験をする子でもなかった。むしろ、実験をするほどの情熱を失っておった」
テクラが少し微笑んだように見えた。
初対面のときヴィオラは、素材の自慢はしていたはずです。
情熱を失っていたのでしょうか?
やる気を感じなかったのは確かですけど。
「この国の建築物はすべて木造でな。私がここへ来る前は、強風の日によく火事が起きたらしい。そこで、こいつを使わせたんじゃ」
テクラは、まだ煙が出ている板の近くに置いてある大きな瓶を指差した。
瓶の中には透明な液体が入っている。
火事を防ぐ液体なのだろうか?
「ヴィオラが言っていた、なんれん剤ですか?」
「難燃剤。これは上塗り用じゃな。あの子は、下塗りの薬剤を忘れておる。これでは、火矢が数本刺さっただけで、燃えてしまうかもしれん」
「もしかして、私の作ろうとしている拠点のためですか?」
テクラはゆっくりと頷いた。
ヴィオラが町で伝書鳩のやりとりをしていたのは、こうした情報を得るため。
そして、それは私のためでもあったのですね……。
皆は私の知らないところで、色々と努力を重ねてくれているようです。
実験体……騎士のことは多めに見てあげましょう!
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「テクラさんは、ヴィオラと一緒に研究をしたいとは思わないのですか?」
「なんと!?こんなババアまでコフィに連れて行きたいのかね?」
テクラは大声で笑った。
ヴィオラの師匠なら間違いなく優秀な錬金術師だ。
孫と仕事ができるのは楽しいと思うのだが、浅はかな考えかもしれない。
「昔ここに匿ってもらったことがあっての。幼いヴィオラは蛙を食べさせられて、ボルスタの生活はトラウマになってしまったようだが……。長には恩を返さねばならん」
「長の病を知って、この地に戻ったのですか?」
「それもあるのう。難燃剤のこともあったしな。予想通り雑な作り方になっておって、たくさん火事が出ておったわ。この屋敷も簡単に火がつくぞ」
テクラは屋敷にある真っ白な柱をさすりながら言った。
これではテクラを引き抜くことなどできませんね。
彼女はこの国に必要な人材です。
コフィでは、ヴィオラに頑張ってもらいましょう。
「匿ってもらったと伺いましたが、その経緯をお聞かせ頂いてもよろしいですか?ヴィオラも追われるようなことがありますか?」
「禁止薬物を作ったり、魔力持ちであったりするわけではないから安心しなされ。ただ、ヴィオラの父親が魔力持ちでな……」
テクラの表情が暗くなった。
過去に平民である魔力持ちの錬金術師は処分されたはずだ。
たが、隔世遺伝や逃亡に成功した魔力持ちの子孫もいるだろう。
彼らが危険な存在になる可能性は低い。貴族の社会には邪魔だが……。
「錬金術師が魔力持ちを授かることは多いのですか?」
「ん?いやいや、大昔ならあったかもしれんな。魔力を引き継がなかった子から、隔世遺伝で魔力持ちを授かることは多かったじゃろうな。だが、王国から厳しい監視を受けて、魔力持ちの赤子は魔術師ギルド送りになったはずじゃ」
錬金術師は何代にも渡って国から監視を受けたとは……。
『貴族しか魔法を使えない』特権階級の演出に王国は手間を惜しまないのか。
「ヴィオラの父親は小さな村の職人だったのだが、町に出てきての。錬金術師の店で色んな物を触り散らかしよったんじゃ。そこで魔力の結晶なしに道具を発動させてしまったらしい」
「先祖が魔法の存在を知らなかった人々ですか?非常に珍しいですよね」
「そうじゃな。小さな村になる前は、もっと小規模な集落だったそうだからの。なんのお触れも回ってこなかったんじゃろ」
魔法が発見された当時は、皆が魔法に夢中になったはずだ。
ほんの一握りの人が魔力を持っていて、魔力持ちは特別な存在になれた。
宗教上の理由や情報の入らない僻地では、魔法の存在を無視しただろうけど。
「ヤツにとって運の悪いことに、22歳になって自分が魔力持ちだと気付いてしまったのじゃ。その上、魔力がそこそこあった。魔術師ギルドに入るような年齢ではないのに、普通の魔術師並みの魔力を持っておった」
「ギルドには扱いづらい存在ですね。処分されることを恐れたのですか?」
「うむ。結局、各国を回って素材を集めるワシら家族に紹介されての。娘と結婚してからは、貴重な魔力持ちの錬金術師として手伝ってくれとったな……」
魔力持ちの錬金術師として生きることを選んだのですね。
極めて危険な選択なのは、承知の上だったのでしょう。
「錬金術に詳しいどこかの貴族にバレてしまったのですか?」
「ふっ……。情けない話じゃが、嫉妬した錬金術師が役人に報告したのさ。腕がよすぎて魔力持ちに違いない!これほど下らん話があるかね……。あの薬を作ったのはワシじゃよ……」
テクラは下を向いて涙を浮かべた。
「北部の王国では、ワシとヴィオラは魔力持ちの錬金術師として手配されておってな。なにも言わずに匿ってくれたのは、このボルスタだけだったのじゃ」
「閉鎖的な人たちですけど、国境を閉じたり追い出したりはしないんですね」
「異国から逃げ延びてきた一族が多いからの。閉鎖的にもなるわけじゃ」
なんらかの事情を抱えている人たちが集まったのか。
お互いに多くの秘密を抱えて暮らしていては、閉鎖的になるのかもしれない。
「ヴィオラは魔力を引き継がなかったんですよね?」
「ワシらは安心したんじゃがな。あの子は魔力を強く望んでおったよ。父親のような本物の錬金術師になって、王宮錬金術師になって欲しい、そう貴族に言わせてやる!ってな」
「では、成功したようなものですね!私も一応、貴族なはずですから」
テクラは私を見てやさしい笑みを浮かべた。
「親バカかもしれんが、娘もヴィオラもワシよりずっと筋がいい。娘を失った上に、ヴィオラが本物の錬金術師になれないと絶望したまま才能を腐らせていくのが、本当に辛かった……」
以前のヴィオラは、町でよく飲んだくれていたそうでしたね。
「バイオレット嬢のおかげで、ヴィオラは情熱を取り戻せたようじゃな。ワシを超える錬金術師の誕生も近いの」
「ヴィオラはなにかあったら、真っ先にボルスタへ逃亡するようですけどね」
「うーむ……。どうにもならなくなったときは、お主もここへ逃げてくるがいい。そのときは、色々な国への逃亡経路を教えてやろうかね」
それは助かりますね。
私とエドガーさえ生きていれば、ハーディング家は滅びませんから。
何度でも再興するまでです。
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私が眠っているときに、テクラがお香を焚いてくれていたらしい。
だが、今は焦げくさい匂いが鼻をついている。
犯人はヴィオラだろう……。
「家の中で火をつけるんじゃないよ!この屋敷は燃えちまうんだよ!」
「えー。バイオレット様の魔法があるから大丈夫ですよ。家を爆破すれば、炎も吹き飛びますから」
「そのときは、私が印をつけよう。確実に吹き飛ばしてみせるぞ」
モーリスはまだ謎のお酒が体内に残っているのかもしれない。
それとも高い所にいるせいで、おかしくなっているのだろうか。
「バイオレット嬢!この子をなんとか……、いや、それより広間にいくべきじゃの。あの二人が皆を説教しとったよ」
「それは……。早く向かわないとならないでしょうね」
あの二人は、朝食を食べる時間すら与えてくれないようです。
大方、森の戦士たちを弱いとか雑魚とか罵っているのでしょうけど。
「いいか?この位置で左の3人と真ん中の3人がグリフォン一匹に突撃したな?結果はどうなった?答えろアレシュ!」
「怪我人を3人出しました……」
「だろ!!言ったよな?ゴミはゴミらしく風に舞われてゴロゴロ転がってろって?そうすればグリフォンも気が散るってな!」
ロマッリが大きな木の板に印をつけて説明をしていた。
雑魚からゴミに転落してしまったらしい。
「右の5人はなんで斧を使ったんだ?私はなんて言ったんだ?半裸のアレシュ」
「木の棒を使えと……。斧に振り回されるだけだと」
「やっぱり聞いてたよな?なんで斧使うんだ?絶対当たらないよな!半裸のくせに足は遅いし、動きもノロいんだからな!本物の半裸の一族なめんなよ!」
ケリマは半裸の一族がいかに強いかを説明していた。
半裸は強さを測るものじゃなくて、ファッションなのでは?
「森の戦士たちも反省しているようですから許してあげましょうよ」
「うるさい!こいつらを皆殺しにできるお前は黙ってろ!」
「そうだ!お前なら半裸の戦士になれるが、こいつらにその資格はない!」
褒められてるのか怒られているのかわかりませんけど……。
「未熟な戦士ならば、訓練してあげてはいかがですか?」
「ゴミを無料で片付けます、ってことか?俺はゴミ収集業者か?」
「ニセモノの半裸に服を着せます、ってことか?私は町の服屋か?」
ケリマさんは、たとえが間違ってますよ。
無料でなければいいってことですよね?
なら有料にするべきでしょう。
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「アレシュさんと戦って気付いたことがあるんですけど」
「弱すぎて鳥肌でも立ったか?」
「おとなしく服を着るべきだと気付いたか?」
そろそろアレシュさんが泣き出しそうなので、批判をやめて欲しい。
「槍の攻撃が一直線で簡単に動きを読めました。もしも、複雑な攻撃をしてきていたら私は為す術がなかったのではないかと」
「そうだな。ヤツは未熟者だ。腕も足りないし、心も弱い。あと、頭も悪いし、わがままで甘ったれで――」
「その辺にしてあげてください。お願いします!」
アドバイスを頂きたいんですよ。ロマッリさん。
「体はそれなりに鍛えているが、武器の扱いが不十分だな。あと、深刻なことがあるな。馬具ならぬ魔獣具をつけていない」
「西の大陸の騎乗魔獣部隊は、魔獣に色々と装備させてたな」
ヴェルシナーク王国では騎乗魔獣部隊という名称を聞いたことがない。
運用している王国があれば、道具を着けているのは普通なことだろう。
「道具を装着だと?それこそ未熟者ではないですか!」
「黙れバカ!騎乗魔獣部隊の連中は、騎士の上位互換だぞ。西の大陸を代表する殺戮集団だ」
「騎乗してようとしてまいと、お前らに勝ち目なんてないぞ。年中、人を殺すことしか考えてない連中だ」
アレシュは青い顔をして下を向いた。
達人に道具は不要かもしれないが、道具を持たないのが達人、とはならない。
道具を持った達人は、さらに強くなる可能性が高い。
テクラの言った『無駄な誇り』を持ってしまっているのかもしれない。
「魔獣具とは、魔獣用のハーネスや鞍のことですか?」
「そうだな。あと、甲冑に近い防具、さらに防具に槍の穂先がついていたな」
「それは、かなり強そうですね……」
軍馬に防具をつけることはあるが、槍までついていない。
馬より巨大で重装備の魔獣たちが突撃してきたら兵士はどうなるのだろう?
「騎馬と同様に側面や背面をついてくるからな。士気が一瞬で崩壊する」
「背を向けて逃げ出して、追撃戦に変わって、すぐに掃討戦が始まるんだ」
ロマッリもケリマも顔をしかめて説明した。
西の大陸の帝国軍が使ってきたのだろうか?
そんな中で二人は生き残っているんだから強いのも当然だろう。
「防具は難しいかもしれませんが、ハーネスぐらい用意できませんか?」
「道具を付けたら未熟者だとか言い出す愚か者にか?」
ロマッリはアレシュに冷たい視線を向けた。
「ロマッリ殿。私が調子に乗っていたのかもしれない……」
「ゴミの分際でな!小娘がお前に使った魔法は、人を殺さないためのモノだぞ。こいつが本気なったら、この集落は焼け野原だ」
なんか人のことを大量殺人鬼みたいに言ってませんか?
集落なんて焼いたことはありませんよ?
ほんの一部分を爆破するだけですよ!
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「ロマッリがハーネスと鞍を用意するだろ。お礼にお前らが魔獣で資材を引いてコフィにくればいいんだ」
ケリマが突然アイデアを出してくれた。
「それはいいですね!魔獣具の調子を確かめながら村に戻って、そしてまた資材を運んできて、コフィで調整すればいいじゃないですか!」
「なんで俺ばかり働かされるんだ?犬型の魔獣は、馬ほどスタミナがないぞ」
「休ませます!パウルーを途中で休ませますから!」
アレシュが突然、必死な声を出した。
「ん?お前らは、他と国交がなかったよな?ハーネス一つ手に入らんのか!?」
「その……お願いいたします!お譲りください!」
心変わりしたアレシュは凄く必死な顔をしている。
この国で道具を手に入れる難易度の高さを思い出したのだろう。
魔獣具なんて隣国にはないはずだ。
彼らが自分で手に入れる方法はないに等しい。
「ケリマは森の戦士が持つべき武器は、なんだと思います?」
「ん?あのガリガリ4人は片手剣だな。デブ2人は斧でもいいけど、グリフォン相手は槍が合うだろ。武器は敵との相性が大事だ」
「じゃあ武器を用意してあげて訓練してあげてください」
「嫌だぞ!よく見てみろ、こいつらは大して見込みがないんだぞ!」
別に一流の戦士に育てて頂く必要はないのですけど。
「その代わり拠点建設で訓練生をこき使えばいいじゃないですか」
「私の労役をこいつらに押し付けていいのか?」
「もちろんです!ケリマ先生!」
ケリマやロマッリに労役なんてありましたっけ?
「アレシュ。お前らはそれでいいのか?武器も手に入れられんだろうしな」
「まったくツテがないわけでは……。ですが、助かります」
アレシュは「あっ」と声を上げて思い出したような顔をした。
「ですが、父である長の了承を得ねばなりません。資材を提供することや人手を貸すことなどは、私の一存では決められないのです」
「その辺はほとんど小娘が話し合った。もしあの条件で断ってきたなら、今すぐお前が長になれ。今の長は老害にしかならんだろう」
ロマッリが肩をすくめて私を見た。
ボルスタの長にした要求は、木材の売却と拠点建築の手伝いでしたね。
アレシュたちには、木材の運搬と拠点建築の手伝いです。
人手に対してしつこいぐらい要求していますが、最も人手が必要なのです。
結果がどうあれニュエルソーン王国に戻り出発の準備をすることになります。
あの実験体は元気になったのでしょうか?
死んでいたら……、私のお金でお墓を建てましょう!
テクラの引き抜きには失敗しましたが、友好な関係を築けたようです
拠点建設の協力要請と交換条件の提示は終了しました。
次話 ニュエルソーンの国境の町でコフィ入りを目指すバイオレットの元に協力者が訪れます
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