一騎打ちからの外交
―――パチン!!
「うぶぅっ!」
私の特殊警棒で頬を殴られた次期ボルスタの長であるアレシュが膝をついた。
暴徒鎮圧魔法< サプレッサ・ライオット >を使って私は戦っている。
アレシュは別に弱いわけではないのだが……。
「おい!手加減しろって言ったばかりだろ!?」
「私との稽古は忘れろ!攻撃をかわしたら反撃じゃなくて、とりあえず見ろ!ボーっと見る!じーっと見ててもいいぞ」
一騎打ちで私のセコンドについたロマッリとケリマが指示をしてきた。
アレシュはボルスタの長である証の両手斧を振り回している。
宝である両手斧を稽古で使用できるはずはなく、動きがやたらと悪いのだ。
だが、一騎打ちを受けたアレシュは、立場上その斧を使うしかないらしい。
「おい雑魚……森の戦士アレシュ!2本先取のルールに変えたばかりだが、3本先取のルールに変えないか?」
「そうだぞ!お前の賭け金……調子がまだ出てないだけだろ?小娘はすぐに疲れて動きが悪くなるぞ」
私のセコンドは完全に相手の味方になっていた。
勝負が早くつきすぎて、賭け金が思うように伸びないせいだ。
「我が誇りにかけて、その勝負受けよう。3本先取だ!」
「これぞ戦士アレシュ!不屈の魂だ!」
「そうだボルスタの未来はこの男に掛かっている!誇りのアレシュだ!」
ロマッリとケリマが必死に煽って、賭け金を集め始めた。
泣きの3本先取にしている段階で、誇りなど消え去っているのでは?
小国とはいえ、この国の長の跡継ぎを痛めつけるのはやめにしたい。
「3本先取じゃなくて、次の勝負に勝った方が勝者でいいじゃないですか」
「なに!?それはいい手だ!どうだ一口乗らんか?」
「アレシュが勝てば、森の民の国ボルスタが勝者だぞ!」
賭けが活気づき始めた。
一発逆転のチャンスと聞いて、村長たちがアレシュに賭ける。
「わ……私の誇りを踏みにじるのか!?」
顔を少し赤くしたアレシュが私を怒鳴った。
小娘相手に膝までついて、どこに誇りが残っているのでしょうか……。
「そんなつもりはありませんけど。むしろ私を馬鹿にしているのはアレシュさんではありませんか?使えない武器で戦いに挑むなんて」
「だが、私が次期長なのだ。それを証明せねばならない!」
「負けたら長を諦めるのですか?私のせいで辞められても困りますよ」
証明するまでに大怪我をしてもらっても困ります。
「今回その斧を使うのは見送ってはいかがです?もしかして、グリフォン相手にもそれを使おうとしたんじゃ……」
「ぷっ!そりゃ村長たちも嫌がるよな。足手まといが増えるだけだ」
「次期長を守りながら戦うなんて、たまったモノではないな!」
私の仮説にケリマとロマッリが辛らつな言葉を付け足した。
「そ、そんなことは……なにをおっしゃられるのか。なあ?」
「ええ。まったく問題ないです。皆でお守りしますよ」
「そうです!アレシュ様を皆で支えます!全力で助けます!」
村長たちのフォローが、アレシュに残ったわずかな誇りを打ち砕いた。
アレシュは顔を真っ赤にして宝の斧を地面に叩き付けた。
「いいだろう!本気でやってやるよ!逃げるなよ!お前らもだからな!」
私だけでなく村長たちを指差しながらアレシュは走り去っていった。
「そういえば、ヴィオラのお婆さんはどこへ行ったのですか?」
「お前を紹介したらすぐに姿を消したぞ」
ケリマにお婆さんを引き止める理由はなかったのだろう。
おかげで、この状況がどの程度まずいのかがわからない。
村長たちは私に恨めしそうな視線を送ってくるが、何も言う気はないようだ。
「ガルルルルルル!」「グルルルルゥゥ!!」
なんとアレシュは魔獣に乗って戻ってきた。
「アレシュ様、それはいくらなんでも!」
「危険です!そやつらが興奮したら我らも危険ですよ!」
狼狽した村長たちがアレシュをなだめようと必死になっていた。
狼?犬でしょうか?
とにかく馬より大きい巨大な犬型の魔獣にアレシュは乗っています。
しかも、引き綱を1本持って、少し小さい犬型の魔獣も連れているようです。
本当に誇りを捨ててしまったのかもしれません……。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「やばくなったら止めてやるから心配するな。せっかくの機会だ。騎乗魔獣との戦いを体験してこい!」
「犬型は爪や尻尾で攻撃できない。手や足の先を噛まれるなよ。そこから振り回してくるからな。体重が軽いと地面に下ろしてもらえないぞ」
ロマッリとケリマは止める気がないらしい。
私の体は黒いプロテクター、その下には防刃製の厚手の服に包まれている。
だが、腕を噛まれて振り回されれば、骨折や脱臼のおそれがあるだろう。
「一騎打ちのはずですけど、魔獣が二頭いますよね?」
「バイオレット嬢が謝罪するというのなら、魔獣舎に返してやってもいいぞ!」
答えになってませんね……。
ロマッリのいうせっかくの機会というヤツかもしれません。
もしダンジョンのモンスターを調教できるなら?
まずは、目の前にいる、人に育てられた魔獣の実力を測りたいところです。
「ガルルル!」
「ガウウ!!」
2匹の巨大な犬型の魔獣が私を牽制する。
私に噛み付くそぶりを見せながらも頭を不用意に近づけてこない。
ケリマの言ったとおり、足の先を狙っているようだ。
噛まれたら一瞬で転がされるだろう。
「どうした!バイオレット」
―――ガッ!
アレシュが魔獣の上から槍を振り下ろした。
私はかろうじてポリッセと書かれている透明の盾で槍を受け流した。
―――ガチッ!カチッ! ガッガチッ!
槍を受け流した直後に、犬型の魔獣が私の足や腕を狙って噛み付こうとする。
なんとか後ろに跳んで攻撃をかわした。
これは厳しい……。
そもそも< サプレッサ・ライオット >は完全に対人向けの魔法である。
特殊警棒の魔法があるとはいえ、無駄撃ちをして警戒されたくない。
私はケリマに視線を移した。
ケリマは、盾を差し出すジェスチャーをしている。
「なるほど。それでいきます!」
「私を見る必要すらないと言うのか!」
―――ガッ!ガン!ガッ!
アレシュは三蓮突きを私に放ったが、直線的すぎて防御するのは簡単だった。
「ガウ!」
「キャン!グルルル……」
私は盾の底を持って盾を振り回した。
たまたま小さい方の魔獣の鼻に盾の側面が当たった。
―――ガシッ!
「ガルルルゥ!」
アレシュを乗せた犬型の魔獣が私の盾の上部にまんまと噛み付いた。
そして首を振って肉を引き千切るような動きをする。
「くらえ!」
アレッシュが槍を振り上げた瞬間に私は前に跳び出した。
< スタンバトン >
―――バチバチバチバチ
「キャイン!!」
「うああああ!うううう」
犬型の魔獣の鼻に電撃をまとった特殊警棒を叩き付けた。
騎乗していたアレシュにも電撃が流れて、ブルブル震えながら地面に落ちた。
「おおーーー!!」
周りの男たちから歓声が上がった。
不思議と少しうれしい気持ちになります。
浮かれている場合ではありませんが。
< サプレッサ・ライオット 解除 >
通常の服装に戻った後、上の方から「パチパチ」と手を叩く音がした。
木々に掛けられた吊り橋の上で、一騎打ちを見ていた女たちの拍手だった。
子供たちも私に拍手を送る。
挨拶すら無視する人たちの賛辞に、私は自然と笑みがこぼれた。
アンナやジーンには叱られるでしょうけど、英雄気分も悪くないです。
だけど、アレシュを完膚なきまで倒してしまってよかったのでしょうか?
私は本来の目的を見失っていた気がします……。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「テクラよ。これはどういうことだ?」
私とロマッリとケリマは、長の屋敷の最上階に呼び出されていた。
「つまらん諍いじゃよ。若い連中にはよくあるもんさ」
テクラと呼ばれたヴィオラのお婆さんが答えた。
「それより、長よ。こんなくだらん話に首を突っ込んどらんで、おとなしく休んでいてもらえんか?」
「どうせ、もうじき死ぬ。だが馬鹿息子がお嬢さんに何度も倒されたと聞いては、オチオチ寝ておられんのだ」
ボルスタの長が私に厳しい視線を向けた。
「お主一人でアレシュとパウルーを退けたというのは本当か?」
「パウルー?魔獣のことだとしたらそうです。私は魔法を使えますので」
「魔法か……。困ったことになったな。魔法使いの方が強いということがな」
長は暗い表情になって視線を下に落とした。
ボルスタの長の顔色は悪く、呼吸をするたびに「ヒューヒュー」と音がした。
「事実なのだから仕方あるまい。魔獣に騎乗した森の戦士は最強、などと言ったところで何の意味もないわ」
「それでは民が安心して暮らせまい。最強の戦士が守っていなければ!」
テクラに反論した長が、激しく咳き込んだ。
ボルスタ最強の戦士を私が倒してしまったのだろうか?
戦士には国を守る力がない、と証明してしまったのかもしれない。
「ボルスタは、どこかの国から侵攻を受ける可能性があるのですか?」
「あるもんかね!魔獣は多いし、モンスターが隠れ住んでおるし、原住民は独立心が強い。森で取れる食べ物も限られておる」
「テクラ!森の民にとっては、ここは楽園なんじゃ。周辺国を恐れておる」
なにか特別な資源でも発見されない限り、この国を占領する意味を感じない。
土地を治めるのが困難で、閉鎖的な原住民と激しい対立が予想される。
ただし、シャルル王子のような手柄に飢えている王族はどうだろう?
「最強の戦士を打ち倒した私たちと同盟を結びませんか?後ろの二人は、私の何倍も強いですよ」
「お主のいる大国が戦争をするときに手伝えと?無理に決まっておる」
「騎乗できる魔獣は何頭いるのですか?調教師のような方もいるのですよね?」
私の質問にボルスタの長が顔をしかめた。
育てている魔獣を明かすのを嫌がっているのかもしれない。
一番の戦力だとしたら数を把握されたくはないだろう。
「小娘、今は魔獣のことは置いておけ。おい!長のジジイ。こいつは近々コフィに拠点を作る。この国からも資材と人手をよこせ!」
「お嬢さんはハーディング家じゃったの?どうせまたコフィを捨てるのだろ?」
「私は相続権を奪われていますからコフィに拠点を構えれば唯一の所領となります。大軍に攻め込まれない限り、放棄など致しません」
ロマッリの無礼な提案にボルスタの長は首をかしげた。
魔獣やモンスターの利用の前に拠点を作るのが先決だった……。
今の私に一番必要なのは、拠点の建設を手伝ってくれる人員だ。
「今後の”ダンジョンホード”を阻止するというのが本気だったとはの……」
「モンスターが発生しにくくなるというのは、森の民にとって大きな利点になると思います。同時に、この土地の価値が上がることにもなります」
「侵略を受ける危険が増すから同盟を組めと……。なるほどな、首を突っ込むべきではなかったの」
ボルスタの長は腕を組んで考え込んだ後、激しく咳き込み始めた。
小国の長というのは悩みが多そうです。
大国以上に隣国や領民のバランスを取るのが難しいのかもしれません。
私もいずれ弱小国の長になるつもりです。悩みの種がずっと増えるでしょう。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「ボルスタのジジイは、なにをそんなに悩んでいるんだ?同盟はヴェルシナーク王国と結ぶモノじゃないぞ?」
「はっ?なにを言う。ハーディング公爵家は王家の親戚だろ?」
ケリマの言葉に長は混乱したようだ。
私にとっても少し困った展開になりました。
一応、建前というのを保っていくつもりだったので……。
「そうですねぇ……。私はいずれ始まるお家騒動で、極力ヴェルシナークの王家との対立を避けるつもりです。ですが、王家は私の対立する兄嫁と兄の味方をするでしょう」
「反逆者となるわけか?そんな連中と同盟せよと?」
「公的に宣言する必要はありません。そもそも、戦争で兵を借りようとは思っていないのです。魔獣の融通はして欲しいところですが……」
ロマッリが苛立った様子で私を睨む。
「私たちは、森の民が苦戦するような魔獣の駆除を手伝います。コフィを抑えることでヴェルシナーク王国の侵略も阻みますし、ニュエルソーン王国の盟友を通じてボルスタへの動きを注視できます」
「さらに”ダンジョンホード”を抑える?さすがに気前が良すぎんか?」
「私が今回要求するのは、拠点に必要な木材を格安で売却して頂くこと。拠点建設の為に、できるだけ多くの人員を貸して頂くことです」
ボルスタの長は肩をすくめて、テクラに目をやった。
「混乱するのはようわかる。この国は取引そのモノをあまりせんからな。長にとって得な取引で、そのお嬢ちゃんを信じられるかどうか、それで決めればよいのではないのかね?」
「そうだな。ジジイは死ぬ前に決めればいいだろ。私は鳥を落としてくる」
「だな。下に集まってる連中は、小娘にやられたショックでお通夜状態だろ?俺とケリマが暇つぶしで鳥を狩っても文句はあるまい」
ケリマとロマッリは伸びをしながら部屋を出て行った。
「そういえばあの二人に言うのを忘れとったわい」
「グリフォンがどこで目撃されたか聞いていませんでしたね」
「ん?忘れたか?最後に目撃したのはお前らじゃぞ?」
15匹のグリフォンじゃなくて、昨日の13匹のことでしたか。
「こいつらが既に6匹倒したのは教えたかの?」
「聞いとらんぞ!腕が立つというのは本当だったか……」
「ここの戦士たちは井の中の蛙じゃよ。あの二人に同行させたらいい。強くもないのに誇りに縛れれば、無駄死にすることになるからのう」
長の激しい咳が止まらなくなったので、私は部屋を出された。
口約束だけの同盟を受けて、さらに義理を果たしてくれるでしょうか?
ロマッリやケリマは私の提案に反対をしませんでした。
私たちには味方が少なく領民もいない為、損の方が多い取引が続くでしょう。
それでも信頼が得られれば、きっと強固な関係が築けるはずです。
一騎打ちという名のハンデマッチを制したバイオレットは、長に呼び出されました。
説教を受けるはずが、長に同盟を持ちかけて、彼の頭を悩ませることになります。
次話 新たな薬剤のレシピをもらったり、拠点作りの手伝いをさせるための提案を持ちかけます
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