シャルル王子の野心と現実
伯父であるオーブリー伯爵に指定された別荘は、王家の直轄領にあった。
直轄領の土地を借りているのかと考えたが、第三王子シャルルの別荘らしい。
なんの通知もなかった。伯父はなかなか嫌らしい性格をした人物のようだ。
私とエドガーが席につくなり、シャルルはペラペラと私たちの話を始めた。
エドガーの教会送りは賠償金を取ってもいい事案である、とか。
私の幽閉は陰謀で一族を挙げて反対すべきだった、などと熱弁していた。
残念ながら話がまったく入ってこない。
騙まし討ちのような顔合わせや、唐突に同情的な話をされるのは不愉快だ。
だが、なにより気にかかるのは、エドガーの変わりつつある態度だった。
最初は平民のように従順な態度を取っていたが、今は鋭い視線を向けている。
このままシャルルの話を聞いていたら、王子を睨みつけそうな勢いだ。
私しか気付いていないのかもしれないが、エドガーの目が何度か光っている。
怒りのあまり魔法陣が浮かび上がるのも、時間の問題だろう。
「エドガーが教会で教育を受けたことはご存知ありませんか?」
「そうか……。例の薬剤か。あまり記憶を掘り起こしてはならんのだったな」
ニュエルソーン王国でも同じような仕組みがあるのかもしれない。
仕組みが違うとしても、隣国の様々な情報は掴んでいるのだろう。
「エドガー。二階で少し休むといい。突然話し込んでしまってすまなかったな」
シャルルはエドガーを退席させた。
これで安心して王子の話に耳を傾けられる。
今後もエドガーはこの王子に近づけてはいけないだろう。
薬剤に関係なく、エドガーはシャルルを一瞬で激しく嫌悪してしまったのだ。
「シャルル王子。私たち姉弟は、このニュエルソーン王国で兄夫婦を糾弾していくべきだとお考えですか?」
「ふむ。実のところ……。ジーン、悪いが席を外してくれないか?私の側近たちにも下がるように伝えてくれ」
シャルルは私に顔を近づけて優しい笑顔を向けてきた。
おそらく得意技なのでしょうね。
耳打ちをしたり肩を触ってきたり、甘い言葉を投げかけたり……。
父が側近に取っていた態度。王子の側近も同様に美人揃いで女性だらけです。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
シャルル王子は突然立ち上がって、私の席の周りを歩き始めた。
そして整った顔を何度も近づけてくる。
きっとサービスのつもりなのだろう。
「私の兄は良くも悪くも凡庸でね。魔力は王家の中では普通だし、政治や外交に関してもバランスを重視。いや、自分の意見などない。国家の繁栄ではなく、自分の保身がすべてだよ」
後ろから私の肩を軽く掴んで横顔近づけてきた。
そして、ウインクをした直後に言葉を続ける。
私は目を輝かせて指を組んであげるべきなのだろうか……。
「シャルル様!すてきですわ!」と反応するのが貴族の慣わし?
「私の母が第二王妃なのもあって、私の王位継承権は三番目になってしまった。魔力はきっと、伝説の王に並ぶモノになるはずなのに!そして、政治や外交でもおそらく、兄を圧倒できる。はずなのに!」
私は一刻も早く、肩に乗っている王子のその手を払いのけたい。はずなのに!
伯父のことを考えると、無礼はダメな。はずなのに!
自分の心の叫びに笑いそうになってしまった……。気を付けなければ。
「今は明かせないが、氷の女神の化身を母に持つ君と結婚して子を成せば、きっと大陸最強の子供が誕生する!」
「はずなのに!」は?
「はずなのに!」を待っているこの私の気持ちを踏みにじるのですか?
「大陸最強のはず、なの、に。でしょうね!」
「そうだろ!わかってくれるか!?」
シャルルは私の手を取った。
残念なスーパーイケメンってヤツですか……。
笑い者にされているゲルルク第三王子は、簡単に私との婚約を許されたはずだ。
魔術品評会での失態で幽閉されていた令嬢と豚王子の結婚は惨めで笑える。
汚点のない第三王子が私と結婚する。もちろん、ありえない。
そもそも、普通の王子は自由に結婚相手を選べない。政略結婚が待っている。
私に結婚という言葉を囁けば、操り人形になると思っているのかもしれない。
そういえば、まだジーンにはゲルルク王子との密談を話していませんでした。
豚王子との婚約を解消させてくれる美形王子を演じたかったのでしょうか。
私にとっては、どちらの第三王子も大差ありませんけど?
「ただ、私には功績が必要なのだよ。隣国で影響力を強めるミラージェス家を追い払う。実は、ミラージェス家はアグアーディオ王国の周辺各国で力を伸ばしている。手にした領土の総面積を合わせれば、我がニュエルソーンを上回るほどだ」
飛び地になるとはいえ、大変な勢力だ。
カサンドラのような人間が、他国にも送り込まれているということか?
「コフィの”ダンジョンホード”を抑えてくれるのも助かる。君の盟友である私。そして、君の伯父で私の後ろ盾でもあるオーブリー伯爵の要請を受けた君がコフィを統治する。それならば、どんなに助かることか」
私の右手をシャルルの両手が包み込んだ。
「二人のためだ。そう、二人がニュエルソーンを統治する日がくるのだ。君の力を当てにしてすまない。本来なら独力で、私こそが国王になるはずなのに!」
彼は私の望みの言葉「はずなのに!」と言った。
私が目を閉じると、ケリマが顔をそらして「ぷっ」と笑う姿が浮かんだ。
高速で、何度も何度も「ぷっ」と笑うケリマ。
「ぷっ!アハハハハハ……」
えーっと……。
だって無能すぎるでしょ?この王子。
盟友である私?その私の活躍を自分の功績にしたいだけなんでしょう。
嘘が透けて見える口約束と美しい顔立ちだけで国王を目指すのだろうか?
「やっと笑顔を見せてくれたね!君は笑うとますます美しい!」
はあ……、私の嘲笑でも喜んで頂けて光栄ですわ。
とりあえず、王子の誠意を見せて頂きましょう。
「盟友とおっしゃいましたが、なにかご協力頂けるのでしょうか?」
「もちろんだとも!伯爵といくつかの資材を提供する。コフィで必要だろう?」
なにがなんでもコフィに拠点を作って欲しいのですね。
資材提供はありがたい話ではありますけど、伯父様も了承済みでしたか。
伯父様と顔を合わせる必要はなさそうですね……。
「では資材に関しましては、モーリスと話ができる方を用意して頂けますでしょうか?」
「ヒッチクリフの外壁を作ったモーリス男爵か。もちろん用意しよう」
シャルルのような人間にあまり借りは作りたくない。
だが、私がコフィを統治すれば、己の功績のように宣伝して回るだろう。
先払いでもらっておいても問題はないはずだ。
「あと、人材が不足しておりまして、なにかご協力頂けませんでしょうか?」
「そうだな。コフィには領民はいないからな。拠点を建てる際に職人を貸そう」
「シャルル王子の溢れんばかりの愛に、感謝いたします」
私は隊商たちから学んだ人懐っこい笑顔を見せた。
もう少しなにかもらっておきたいのですけど。
第三王子に資金は期待できないでしょうね。
王子が伯父様に借りて、私に提供などしたら複雑になりますし……。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
シャルル王子の別荘の2階の広間にロマッリとケリマがいた。
別荘に来る前は大はしゃぎしていたのに、今は見る影もない。
「はぁ……。王族の別荘だと気軽に酒も飲めんな」
「狩りもできないぞ。昔、王族の敷地で鹿を獲ったら騒動になった」
二人は虚ろな目で私をみた。
私だって王子の別荘とは知らなかったのだ。
そのような目で見るのはやめて欲しい……。
「西の大陸では鹿を獲っただけで騒動になるのですか?」
「鹿の3倍ぐらいある、ちょっとした化け物だけどな」
「デカイ鹿だろ!神の使いだとかホザきやがって!獲ったら死罪ってなんだよ」
ケリマは色々な国で罪を重ねて来たんですね。
「死罪と言われて、逆に殺したんですか?」
「殺すか!謝罪したよ。でもグチグチグチグチ」
「小国の分際でうるさい連中だったな。同盟から抜けるだなんだと、デカイ鹿のために国を失うところだったぞ」
ケリマのせいで、国がなくなるところだったと……。
「私は二度と王族の森では狩りをやらないことにしたんだ。だからつまらないぞ!バイオレット、なんとかしてくれ!」
「もうコフィに行くか?モンスターだらけだろうけど、ここよりはマシだろ?」
私もそうしたい。
だが、資材の話し合いは終わっていないだろう。
どうせコフィに行くのだから、もう少し物資なり人材なりが欲しい。
「お二人はシャルル王子からなにか貸してもらったり、頂いたりできますか?」
「乞食か?体を売るのか?それだけは、やめとけ。死ぬまでついて回るぞ」
「売りませんよ!アンナが自害してしまいます……」
ジーンはシャルルを刺すかもしれない。
「弱みなら一つ知ってるぞ。それで少し脅してみるか?」
ケリマが目を輝かせて私を見た。
「そうですねえ。弱みによりますね。深刻なヤツはやめて下さいよ」
「深刻?わからんな。庭を見てみろ。あの側近だ。わかるか?」
二階のバルコニーから庭で王子を警護する女性の側近が見える。
他の側近より少しおっとりしている、というかトロそう……。
「なんだ?王子とできてるのか?ヤツはそこの小僧にも手を出してるだろう」
「たぶんな。そうじゃくてだな……」
ロマッリとケリマがおそろしい話を始めた。
私の父も側近に手を出す残念な貴族だった。
特に背の低い胸の大きな女性を好んで連れていた……。
「あいつ、妊娠してるんだ。すれ違ったときに、匂いでわかった」
「そうか……。どんな匂いかは聞くまい。何ヶ月ぐらいだ?」
「もっと近づかないとわからないな。でも、外見からも多少判断できるだろ?」
お腹が膨らんでいるようには見えません。
王子が知っているかどうかで話が違ってくるかも。
王族の”落とし子”の話をするのは気が重いです……。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「まずは、あの側近と話をしないとな。誰が王子から引き離す?」
「モーリスに資材のことで直談判させましょう。その間に連れ出します」
「じゃあ、私がジジイ男爵を呼んでくるぞ」
”落とし子”の処分が決まっていれば弱みにはならない。
生まれる前か生まれた後か、それだけだ……。
第三王子の予定外の子供は、教会送りにはできない。火種が大きすぎる。
第一王子が国王を継いだとしても、跡継ぎが成長しないと継承権は残る。
突然、第三王子に国王の座が回ってくる可能性は充分にある。
そのときに、成長した”落とし子”が現れたら国難に陥る可能性があるのだ。
「お呼びでございますか、バイオレット様。必要な資材があるとか?」
「え?ええ。森の民の国ボルスタからは、木材は安く手に入れられますよね?」
「なるほど。石材やレンガなどを優先的に頂きましょう。王子とはお話を?」
「私なんかがモーリスほど上手く交渉できるとは思えませんわ」
モーリスは胸を張って「お任せあれ!」と応えてくれた。
決して騙しているわけではない。
モーリスは私より上手くやるに違いないのだから。
「今すぐに堕胎したくないなら情報を渡せ。などと攻めてみる気か?」
ケリマが例の側近を呼びに行っている間に、ロマッリが冷めた表情になった。
「もしも堕胎したくないのなら、一緒にコフィに来ませんか?ですかねぇ?」
「ふん。甘いな。妊婦は長期間、役に立たないぞ」
「そうかもしれませんね。でも、伝説の王の魔力を受け継いだ人の子ですよ?」
ロマッリは軽く笑った後「あいつは顔だけだろ」と呟いた。
私には今のところ側近がいない。
強いて言えばアンナやジーンだが、護衛や貴族などとの話し合いは無理だ。
もちろん、妊婦にも無理だ。だが、連れ出す理由にはなるかもしれない。
「連れて来たぞ!来い王子の側近」
「あの……、バイオレット様が私になんの御用でしょうか?」
妊娠してますか?
などとは、聞けない……。
ケリマの鼻が、と言ってみる?私は考えながらケリマと目が合った。
「3ヶ月半ってとこだろ?当たりか?だろ!!私の勝ちだな!」
「えっ?え……」
ケリマが王子の側近の匂いと表情で妊娠期間を当てたのだろうか?
「おいおい!お前も同じ女性なんだからデリカシーを持て!」
顔が真っ青になって倒れそうになった王子の側近をロマッリが支えた。
私もロマッリよりデリカシーがないのかもしれません……。
まったく反応できませんでした。
倒れそうになるということは、深刻な状況かもしれませんね。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
王子の側近は貧血になって倒れそうになったあと、号泣してしまった。
そのためロマッリがマントで包んで、人さらいのように寝室へ連れて行った。
寝室でマントから解放してあげると、彼女はようやく落ち着いた。
「お名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
「クラリスと申します。モンティエル伯爵家の四女でございます」
クラリスは亜麻色の髪に茶色い目をしていた。
泣きはらした直後であったが、どことなくおっとりしたと表情をしていた。
伯爵家なら王子の護衛として血筋は申し分ない。
さらに、四女なら継承権の問題が発生することもないだろう。
「クラリス。ケリマは”ダンジョンホード”の日程を当てるほどの嗅覚を持っています。妊娠の話は事実ですね」
クラリスは観念したように力なく頷いたあと、私に視線を向ける。
「王子には秘密にしてくださいますよね?今は大事な時期なのです。もうすぐ私と結婚するとしても」
私より先にロマッリが大きなため息をついた。
ケリマはこともあろうに「ぷっ」と吹き出して後ろを向いた。
もしお酒が入っていたらケリマは手を叩いて笑ったでしょうね……。
「結婚はありえませんよ……。国王の座を狙う野心家なら尚さらです」
「約束してくださったのです!私は王子を信じます!」
クラリスが真剣な眼差しを私に向けた。
10歳の頃の私も、こんな綺麗な澄んだ瞳をしていたのかもしれません。
「ならば私とも結婚してくださいますね。結婚して子を成したいそうですから」
「そ、そんな……。嘘ですよ……」
クラリスは再び涙を流し始めた。
可哀想だが簡単に騙された彼女にも責任はある。
多くの貴族さえ自分の意思で結婚などできないのだ。
どうして恋愛感情などで王族と結婚できると考えたのか。幼稚すぎる。
「クラリス。普通何歳から王子の護衛になるんだ?」
「王子がお決めになられます。私は剣の才能だけはありましたので、12歳のときに先生の紹介で王子の護衛となれたのです!」
クラリスは興奮して頬を赤らめた。
私とロマッリはゾっとして頭を抱えた。
笑っていたケリマが怒りに満ちた表情で振り返った。
ケリマさん本気で怒ると目が猫みたいになるんですね……。
初めて見ましたよ。
「クラリスお前は今いくつだ?」
「来月で15歳になります。成人すれば婚約も結婚もできます!」
ロマッリの質問にクラリスが無邪気に答えた。
「合意だ。合意の上だ。わかるな?落ち着け」
なにかを感じたロマッリは、ケリマの肩をゆっくりと押さえつけた。
クラリスは私よりも背が高く体はがっしりしています。
おっとりして見えたのは、彼女が本当に幼ないからかもしれません……。
「俺たちは話があるから少し部屋を出るぞ。お前はこれを使ってろ」
ロマッリが甲冑から取り外したナイフをクラリスに渡した。
「これすごくいいナイフですよ!見たこともない作りです!」
「まあな。それをしばらく目に当てておけよ。王子に泣いたのがバレるぞ?」
ロマッリは私たちを部屋から出して話がしたいようです。
こういうデリケートな問題は、国ごとの倫理観で話が変わってきます。
ただ、野心家の王子が相手だと国は関係ありません。
このままでは、クラリスは殺されます。それだけは確かなのです……。
国王になりたくてたまらないシャルル王子の穴だらけの話を聞かされました。
コフィ入りの前に多くの支援を引き出したいバイオレットは、思わぬ醜聞を暴いてしまいます。
次話 引き抜きとシャルル王子からの早期引き離しを目指します。
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