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ニュエルソーン王国での待ち人

 ゲルルク王子との密談を終えて、私たちは真っ直ぐヴィオラの家に戻った。

 モーリスとケリマは、ガードナー新聞の商店爆破を計画したが当然却下した。

 ゲルっぺの漫画コーナーも爆発霧散することを、ケリマは理解していない。


 20日の夕方に戻った私は、すぐに就寝して21日の朝を迎えた。


「ロマッリとケリマの姿が見えませんが、またザインツの町へ?」

「はい。ケリマは、やけ酒を飲むとか騒いでいましたよ」


 アンナが呆れた様子で答えた。


 そんなに記者を懲らしめたかったのか……。


「お嬢様。そろそろこの家を離れませんか?」

「ええ。私もそうしたいところなのですが……。」


 これ以上はヴィオラの家で暮らすのは厳しいかもしれない。

 一般的な農民の家ほどの敷地しかないこの家に、10人で生活をしている。

 さらに、ジーンが戻ってくるようなことがあれば、諍いが起こる気がする。


「コフィに移動する日程も含めて、皆で話し合いをしておきたいですね」


 既に”ダンジョンホード”が始まっているのかもしれない。

 終了後に動き出すべきなのか、混乱している最中に移動を始めるべきか。

 いずれにしても、ロマッリとケリマの知恵が必要だ。



「諸君!我らがジーン執事閣下様からの手紙が到着しておりましたぞ!」


 頭のてっぺんまで真っ赤にした酔っ払いのロマッリが大声を出した。


 昨晩から今日の昼まで飲んでいたのだろう。

 一緒に戻ってきたケリマはトイレで吐いている。


「見るか?小娘女王!俺はもう読んだけどなっ!」


 ご機嫌のロマッリの前で手紙を読むと、間違いなく先に内容を言ってくる。

 内容を聞くのが正解だ。


「手紙の内容を教えて頂けますか?」

「なんだ?字も読めんのか!?仕方のないヤツめ!あれだ。お前の伯父オーブリー伯爵様が、ニュエルソーン王国に来い!そうお望みなようだ」


 私はロマッリから手紙をむしり取った。

 ジーンが直接書いた手紙か、伯父が書かせた手紙かで話が変わってくる。


「伯父様がジーンに命じたようですね……」

「感じ悪いだろ?役に立つ情報を差し出したのに、今度は自力で国境を越えて来い!ってな?」


 確かに嫌な気分になった。

 今の私は、伯父に庇護をお願いしている立場ではないのだ。

 ニュエルソーン経由の方がコフィ入りはしやすい。だが、何も決めていない。



 再びジーンが、私とエドガーを迎えるよう伯父を説得したのでしょうか?

 伝書鳩の文書とはいえ、説明不足な気がしてなりません。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「今後の私たちの方針を話し合いたいと思います」


 今日は会議とは言えないので、エドガーに進行を任せなかった。

 モーリスが町で酔い潰れて帰ってこなかったのも原因の一つだ。

 ジーンとモーリスが不在なので、ちょっとした話し合いになる。


「まずは、ご命令通りにオーブリー伯爵様の屋敷に向かうか決めるか?」

「実質、私の婚約は解消されました。このまま行けば、カサンドラは”ダンジョンホード”の対策で私とエドガーどころではなくなります」

「ならニュエルソーン王国へ逃げて、向こうの王様に伯父さんの養子となることを認めてもらうのか?」


 ケリマはすごくつまらなそうな顔をして私を見た。


 伯父がジェスラント国王に養子の件を認めてもらえば一件落着かもしれない。

 私とエドガーは、そのままニュエルソーン王国の貴族になれる。

 既にゲルルク王子は文句を言わないし、カサンドラの手も届かない。


「お前は伯父を信頼してるのか?」

「当然、してませんよ?どうやって信頼するのです?」

「お嬢様!伯爵様は養子にしたいとおっしゃてくれた、唯一のご親族ですよ!」


 ロマッリも冷めた視線を私に向けたが、アンナは伯父を信頼しているようだ。


 確かに伯父は、私とエドガーを養子に迎えたいと言ってくれたらしい。

 苦境に立たされていた私たちに取っては、大変ありがたい提案だった。

 だが、信頼に値するかどうかは別である。


「アンナ。私は成人まであと一月もなかったのですよ?なのに、養子にする意味がわかりますか?私とエドガーの後見人でもよかったのに」

「我が子として迎えて、カサンドラの魔の手から守るためでございます!」

「それとも、大事な我が子を、国難を避けるため差し出すためか?」


 アンナのいうことにも一理ある。

 だが今の私は、ロマッリの方に分があると思っている。

 伯父とは、数回しか会っていない。なにより貴族らしい貴族なのだ。



「まず見極めるために、伯父様の提案は断らせて頂きます」

「そうだな。国境を越えるのは楽じゃない」

「まるで私たちがオーブリー伯爵の手下みたいで、気分が悪いよな」


 私の言葉に、ロマッリとケリマが賛同した。


「お嬢様!いけません。心配してくれるご親戚を裏切っては」

「すぐに伯爵の元に向かってはどうですか?家のことも考えてくださいよ」


 ヴィオラの意見が私の心に刺さる。

 家主としてはたまらないでしょうね……。

 でも、町の宿に泊まるわけにもいかないんですよ。私たち罪人集団なので。


「条件を出すべきだろう?私たち10人を受け入れるんだぞ」

「吹っかけるか?金貨50枚でどうだ?」

「お二人ともどうかしていますよ!人の善意をなんだと思っているのです」


 アンナに取っては善意に見えてしまうのか。

 貴族に長く仕えていたアンナは、その行いを好意的に見てしまうのだろうか。

 私のせいかもしれない……。


「アンナとジーン。それに私とエドガーの偽造した身分証は今でもあるのでしょうね。モーリスとその部下。あとケリマやミリエルはどうなります?」

「そ、それは……。あとで送付する予定なのでしょう」


 手配書が出ているであろう仲間の分の身分証や入国許可証がないのだ。

 ジーンがそのことを伝えないとは考えにくい。

 伯父が必要としているのは、私とエドガーだけだろう。


「最低条件が決まりましたね。私たち10人分の入国許可証。あと、住居」

「別荘!別荘を用意してもらえ。なら酒もあるだろう!」

「森が近ければ獲物も取らせてもらうぞ。しばらく宴会三昧だ!」


 ロマッリとケリマが活気付いた。

 アンナは頭を抱えている。



 エドガーは肩をすくめているが反対はしないようだ。

 入国許可証を準備する気がないのならヒッチクリフからコフィに向かおう。

 私なら外壁などひとっ飛びだ。通路に着地してロープを下ろせばいい。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 21日に鳩を飛ばして、23日に返事が返ってきた。


「ザインツの町に隊商を用意するから合流するように、だと。なるほどな」


 勝手に手紙を読み始めたロマッリが私に伝えた。


「偽造の許可証をすぐに用意できる。もしくは賄賂で顔パスの連中だろうな」


 非合法の活動をする隊商を用意したのだろうか?

 それならば、すぐに入国できるかもしれない。


「安全だと思いますか?隊商のせいで捕まったりしませんかね?」

「当然、危険だろうな。だが、そいつらはスパイみたいなもんだろ?使者と違って公的なスパイじゃないがな。伯爵が抱えてる異国で活動する隊商なんて、スパイ活動が本業みたいな連中だ」


 スパイ?

 異国で商売をしているだけで、地図や現地の情報が手に入るのだから当然か。

 むしろ使者が公的なスパイってことに驚いた……。


「隊商はしばらく留まってくれるらしいぞ。ギリギリまで待たせるか?」

「伯父様の忍耐を測りたいんですか?ヴィオラの忍耐は限界ですよ」


 ヴィオラが何度も頷いた。

 この家の椅子やテーブルはボロボロだ。

 毎晩の酒盛りのせいで、吐瀉物が毎朝飛び散っている。


「なんだもう少し汚しておけばよかったな。続きは伯爵の別荘でやるか」


 やりすぎると向こうでも罪状がつきそうですけど。

 というか、ロマッリは手配書が出ていなかった!

 あの人は白昼堂々、大勢の前で人を殺めたのに……。



「隊商の連中と口を聞くのは、俺とケリマだけでいいからな」

「危険な相手なのですか?」

「伯爵との契約がある内は味方だ。それがなくなったら誰にでも情報を売るだろう。親切な振りをして寄ってきて、色々と話を聞きたがるだろうな」


 隊商の馬車に乗り込んだ私たちにロマッリが忠告をした。


 隊商の人々は私たちに人懐っこい笑顔を向けて来た。

 果物をむいたり、異国の装飾品を見せてくれたりもする。

 だが、彼らは商売人だ。利に聡く私たちよりも計算高いのは間違いない。


 彼らの家族との悲しい別れや故郷の窮状。

 熱い友情の物語や新たな恋の物語と残してきた妻の話。

 どれも心を打たれた。


 でも、どれも嘘っぱちでしょう!魂胆を知っていると、腹が立ってきます!



「エドガー、それにミリエル。彼らに魔法を使ってはいけませんよ!」

「え……、もちろんです、バイオレットお姉さま。平民を傷つけたりしません」

「私の魔法では誰も死にませんよ?ちょっと怪我をするぐらいです!」


 子供たちがそろそろ限界だったので先に注意をした。


 日を追うごとに、隊商の人たちの作り話がひどくなってきたからである。


 なんとか同情を買いたいのだろうが、さすがに聞くに堪えない。

 異国に残してきたお婆さんが危篤だとか、恋人が石に変わりそうとか。

 もう絶対に手遅れである。お婆さんも恋人も死んだも同然だ。


「ロマッリ。彼らはわざと到着を遅くしているのでしょうか?」

「お前たちから情報を得るためにか?まあ、ないだろう。交易で稼ぎつつ、情報のやり取りもしているからな」

「町に寄らずに飛ばしすぎると怪しまれるぞ。隊商らしくない」


 ニュエルソーン王国との国境まであとわずかだが、3日もかかっていた。



 本当は”ダンジョンホード”の話をしたいのですが、隊商の人たちがいます。

 爆破の話をしてしまったら、私たちの犯行が大陸中に轟くかもしれません。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 国境となっているニュエルソーンの外壁は、ヒッチクリフほど広大ではない。

 外壁の周囲は標高の高い山脈に囲まれていて、頂上付近に魔獣の住処がある。


「あの山脈の魔獣を倒したら領土にしても大丈夫だぞ」


 ケリマがからかうように私に言った。


「魔獣を倒して領有権を主張しても、どこの国も攻めて来ないでしょうね。人が住めるような環境じゃないですから」


 山頂は雪が残っている。その下は木が一本も生えていない不毛な大地だ。

 地図上とはいえ、あんな土地にまで境界線を引く意味がわからない……。



 ニュエルソーンへの入国は、本当にあっけないものだった。

 さすがは伯爵である伯父が用意した隊商、といったところだろうか?


「顔パスというヤツだったのでしょうか?」

「それに近いな。衛兵に渡した書状に王家や伯爵家の紋章が入っていたんだろう。荷物だけ調べて点呼すら取らなかったな」


 ロマッリは若干あきれた顔をして答えた。


 荷物の密輸は許さないが、出入りは自由といった態度だった。

 隊商に紛れ込ませていた私たちの馬車にも物言いは付かなかった。

 国境警備の衛兵よりも外壁の守備兵の方が、私たちを不審者として見ている。


 ”ダンジョンホード”の影響で守備隊の数は相当数いる。

 外壁の通路は埋め尽くされているし、壁の裏側にも野営地が張られた。

 食事を作ったり体を温めるための焚き火が、そこら中にたかれている。


「近くのヒッチクリフの外壁からモンスターが下りて来ているらしいぞ」

「そりゃここの守備兵が気の毒だな」


 ケリマとロマッリが楽しそうに私を見た。


 ヒッチクリフの犠牲者はどうなっているのだろうか?

 特にワイアルハットの被害が気になる。

 穀物倉庫も作物の倉庫も、私がすべて消し飛ばしてしまった……。


「落ち込むヤツがあるか。自分の立ち位置を見失うなよ?」

「敵は倒す!味方は守る!こうすれば人生単純だぞ」



 ケリマの人生は楽しそうですね。

 ロマッリは私よりも複雑な考え方をしてきたのでしょうけど。

 国に残ってれば、今頃は大貴族でしょうに。それができないのでしょう?



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 私たちは外壁から離れると、すぐに隊商と別れることにした。

 別れに謎の宝石を渡してきたが、ミリエルがガラス玉だと見抜いて即捨てた。


「お前ら余計な話をしなかっただろうな?」

「できるか!倒れるまで飲ませおって!」

「ジジイはすぐ騙されるから飲ませるしかなかった」


 モーリスはここ4日間、ほぼ昏倒していた。

 隊商の人には死んでいるように見えたかもしれない……。


「とりあえず、地図は手に入れたからな。伯父伯爵の別荘は、ここか?」

「ここだな!コフィに近いのは、気を使ってくれたからかもな。でも、境界線的に王家の直轄地だぞ?」


 ロマッリは精巧な地図を開いて、それをケリマが覗き込む。


 地図にはヴェルシナーク王国の地理も細かく書かれていた。

 きっと、隊商から盗んだか、奪ったか……。

 まあ、いいでしょう!



 ニュエルソーン王国直轄領、ガリマワール。

 国境となっている外壁から北に位置する森林が多い地域のようだ。

 山脈が邪魔して、外壁から西に向かってから北東へ進む必要があった。


「ようやく一息つけるな。気を失うぐらい飲める日が来たぞ!」

「ほお。すぐに気が遠くなる酒を、貴様に飲ましてやれる日が来たようだな」

「私が獲ってきた肉を食ってからにしろよ!気絶はその後だ!」


 ロマッリたちがはしゃいでいる。


 今日は5月27日だ。

 ”ダンジョンホード”は収束に向かっているかもしれない。

 別荘につくなり、コフィに向かう必要があるのではないだろうか?


 あの大人たちを怒らせるのは怖いが、時間を無駄にしたくない……。



「お嬢様!エドガーお坊ちゃま!お二人ともご立派になられて!」


 ほんの数日離れただけなのに、ジーンから見ると立派になったらしい。


「ジーンご苦労様でした。大役をよく務めてくれましたね」


 私の労いの言葉を聞いて、ジーンは涙ぐんだ。


 もしかして、嫌な思いを味合わされて来たのでしょうか?


「お嬢様。長らくお待ちくださった方が、応接室にいらっしゃいます」

「そうでしょうね。エドガー!すぐに向かいましょう」


 私はエドガーの手を握って、ジーンの後をついていった。


 オーブリー伯父様の顔はほとんど憶えていない。

 目元が母にそっくりだったはずだ。

 きっと見ればわかるだろう。



「お二人をお連れいたしました!」


 ジーンが私たちを案内して跪いた。


「ようこそ私の別荘へ。バイオレットにエドガーだね?」

「ど、どうも……」

「エドガーと申します閣下!」


 エドガーは平民のように頭を下げて跪いた。


 教会での教育というか、洗脳はまだ解けていなかった……。

 私も大して人のことは言えないほど礼儀知らずだ。

 目の前の人が誰か知らないのに、どう返せば正解なのかわからない。


「そのぉ……」

「お伝えしていなかったのかな?私は、シャルル・ルシューリス。ニュエルソーン王国の第三王子だ」

「え?えーっと、お日柄もよく……、でございます……」



 ゲルルク第三王子の気持ちが少しわかるような気がしました。

 シャルルはうんざりするほどの美形です。

 王子が皆こんな顔立ちだったら世界を燃やしたくもなるでしょうね……。


コフィ入りする前にニュエルソーンに立ち寄ることとなりました。

豚王子ならぬ美形王子がバイオレットを待ち構えていました。


次話 シャルル王子の弱みを握り、コフィに向かう準備を整えます



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