ちょっと待てどういうこと?
「どうした浩太?金魚掬いに夢中になってるおっさんみたいな顔して」
「いやそんな顔してねえよ。ていうかどんな顔だよ」
あの教室での邂逅の翌日の昼休み、弁当を食ってる最中、盤は意味の分からない例えを出してきた。
「なあ盤。如月藍星って知ってるか?」
「ん?あの完璧超人がどうかしたか?」
「完璧超人?」
「おお。テストでは減点知らず、通知表毎年オール5、100m走11秒ジャスト、握力70kg、中学の時バスケットボールのゴールにワンハンドダンクを叩き込む、重量挙げ110kgと、明らかに女子高校生が出すような数字じゃない記録を打ち立てた怪物・如月藍星。女子からも人気が高く、今年に入って貰ったラブレターの数は今朝で70通、如月藍星ファンクラブ公式サイトより」
如月の桁違いな記録を述べた盤は、スマホの画面に映る如月のファンサイトを提示した。
「あいつファンクラブまであんのかよ……。ていうかそれ本当に高校生か?」
「なおこのサイトの一番人気は『本日の藍星様』で……」
「いや、いいから」
紹介を続けようとする盤に、俺は手で制止を促す。
「何でいきなり如月藍星の話をしたんだ?」
「大した理由じゃない。少し気になってな」
「そうか……、間違っても告ろうとするなよ?辿り着く前にファンクラブ連中に潰される」
「潰されるって何だよ……」
「万が一の可能性を潰すために、ありとあらゆる手を使って想いが届くのを阻止するってこと。闇討ち・罠・電波妨害・待ち伏せ・通路封鎖etc……、病院送りになった奴も中に入る。それでも潜り抜けた奴はファンクラブ連中に『猛者』と呼ばれている」
「何がそいつらをそこまでさせるんだ……」
人の狂気の一端を垣間見たような気がする。
「カリスマっていう奴じゃねえの?あとはアイドルみたいに『皆の○○』みたいな協定でもあるんじゃね?」
「そういうものか……?」
「そういうもんだろ」
そのように肯定した盤は、いつの間にか弁当を食べ終えていた。
放課後、俺はあの教室に向かっていた。特にやることのなかった俺は少しでも暇を潰せればと思い、何か面白いことが起きるんじゃないかという期待を胸に秘めながら、あの教室で時間をつぶそうと考えたのだ。別に如月が語っていた謎に興味がない訳じゃないが、謎のままの方がいい物もあるだろうし、俺は静観することを決めている。
例の教室の扉のある部屋に入り、その中にある扉の取っ手に手を掛け扉を開ける。
ガラガラガラ……ピシャン。
開けて閉めた。一体何の意味が?と思うかもしれないが、その理由は教室の中にあった物にある。
再び扉を開けると、くっ付けられた机の上に大量に積み上げられていた赤い棒状の物体、そしてその机の前に置かれている椅子に座り寝ている(ように見える)如月。
一見何の変哲もないように見える(?)光景だが、積み上げられた赤い棒状の物体の先端から伸びている導火線のようなものが、どうしても漫画等でよく見るあるものを連想させる。
「……ちょっと待て、どういうこと?」
机の上に積まれたダイナマイトにしか見えないもの、それを前にして寝ている如月。ナニコレ?誰か状況説明してくれ。
昨日ここにいたメンバーの中で、ダイナマイトなんて物騒なものを持ち出してくるのは……うん、こいつだけだろ。多分、「この部屋の中で爆発させて、どの程度壊れるのか」とか考えていたんだろうな。それで準備はしたが、疲れか何かで寝てしまったとみれる。1度会っただけなのに、何となくこいつがそんなことをしそうだと思えてしまう。
幸い、導火線に火が付いていないから爆発する心配はないが、もしも火が付いていたら、如月はどうするつもりだったのだろうか。いや寝てるからどうもできないと思うが。
「……起こすか」
特に人の寝顔を眺める趣味もないため、如月を起こそうと教室に入ったその時だった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……
ダイナマイトのある方から、一定のリズムで刻まれるデジタル音が聞こえてきた。俺は音の原因を確かめるため、音を発する場所へ向かった。音の原因を確かめると、数字が徐々に減っていくタイマーから音が鳴っていた。
「時限式かよ!?」
何で時限式にしたんだよこいつ!?残り2分もないんだけど!?
「おおお落ち着け!こういうときは、赤か青のコードのどっちかを切れば消える筈!……ってコードどこだよ!!」
タイマーは箱型になっており、ドライバーといったものがないと開けられない。かといってそんな都合よく道具があるわけがない。
慌てながらそんなことを考えているうちに、如月は眠りから覚めようとしていた。
「ん……、ああ君か。どうしたんだいそんなところで?」
起きてすぐ、如月はこちらに気付いた。その目は少し眠気が残っていた。
「明らかに教室の真ん中に物騒な物が置いてあるから驚いてんだよ!」
「物騒な物?はて、そんなものがどこにある?」
「お前の目の前にだ!」
俺の言葉を聞いた如月は、ゆっくりと机の方へ視線を移す。
「ああ、これのことか」
「それだよ!調べるのは勝手だが物騒な物は持ち込むな!てか止め方教えろ!」
「なるほど。要するに君は、私がダイナマイトのような危険物を持ち込み、ここのような室内で爆破させると思った訳か」
慌てる俺に対し、冷静に何かを理解した様子を見せる如月。何故か慌ててる俺がバカみたいに思えてきた。
「やれやれ。流石に私でも屋内で爆発物を爆発させるなんて物騒ことはないぞ?それにダイナマイトのようなものは色々手続きが必要だから面倒だ。恐らく君は「こいつはダイナマイトを使ってどの程度壊れるのか」みたいなことを考えていたのだろうが、壊すだけならスレッジハンマーでも使った方が安いし手頃で速い。というかそれは既にやった。ちなみに傷一つ付かなかった。ハンマーはそこの用具入れに入ってるから、好きに使っていいぞ」
如月はこの教室にある用具入れの方向を指差す。
「やったのかよ!ていうか使わんわ!だったら、その机に載ってるものは何だ!?」
「羊羹だ」
「羊羹!?」
如月は机の上にあるものを一つ手に取り、包みをはがして中身を食べてみせた。言われた通り、中身は羊羹だった。それを見た時には、俺は既に冷静さを取り戻していた。
「……見た目とか電子音とか、すげー紛らわしかったんだが?」
「ああ、そうすれば面白いと思ったから知り合いに頼んで用意してもらった。成果は上々なようだ」
「確信犯か!」
愉快そうに笑みを浮かべる如月に、俺はもう考えるのも馬鹿らしくなっていた。俺は突っ込みを入れて、小さなため息をひとつこぼした。
「そうそう、一つ聞いてもいいかな?」
「何だよ?俺に何か聞く事でもあんのか?」
「いや別に誰でもいいんだが」
「誰でもいいのかよ……」
肩を落とす俺に対し、一拍置いて如月は質問してきた。その表情は先程までの笑みではなく、真剣そのものだった。今までふざけた様子しか見たことがなかったから、この瞬間俺は少し驚いてた。
「『白い男』・『辻悠矢』・『瀬戸瞬』。このどれかに心当たりはないか?」
「なんだそりゃ?その3つに何か意味があるのか?」
「……いや、知らないならいい。済まなかったな」
如月はこちらから視線を外し、椅子から立ち上がり羊羹を1つ手に取った。
「結構量があるから好きなだけ食べてくれ。他の3人が来たら分けるとしよう」
「ああ……」
俺は如月が手にしていた羊羹を受け取り、それを眺めていた。
その行為に特に意味があった訳じゃない。ただ、聞いてきた『白い男』・『辻悠矢』・『瀬戸瞬』の3つが、何故だかとても気になった。