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ハナ差

 パークウインズにも、娘とよく行った。

 開催されているときのそことは違って、家族連れがほとんどいない。娘は、きょろきょろして、なんとか家族連れを探そうとしている。でも見つかるのは、小学校低学年以下の小さな子供たちばかり。なんともいやそうにしていた。

 一人で来たときや、大人の友達と来たときには、たいていそばを食べる。改装以前は、正面から入って、馬場へ抜けるところにあった立ち食いそばだ。そこの『とりそば』に柚子胡椒を入れて食べる。ここで、柚子胡椒にはまり、自宅にも瓶詰めをかったほどだ。まぁ、自分で買ったやつのほうが風味は強いが、それは大量生産だから仕方ない。改装後、やっとどこにあるか探し出した。いつもそこに行く。場所が変わってから、少々、汁の味が濃くなって、かわりに鶏肉が出汁がらのようではなくなった。関西人の私には数少ない、温かいそばを食べられる店のひとつである。大体、第四レースの障害戦の頃に行って、パドックを眺めながらずるずるとやっている。

 娘と来た時はちょっと違う。

 食べるのはハンバーガーで、内馬場に行くことも多い。夏にはカキ氷を食べたり、時雨もちとかなんとかいう、大根おろしのかかったお餅を食べたりする。私は甘いものをあんまり食べないので、かわりに焼き鳥を買ったら、忙しくごちゃごちゃしていて、カキ氷しかくれなかったことがある。

「ママ、ちゃんといいなよ」

 といわれたが、その後もがやがやしていてなんとなく言いそびれてしまった。

「いいよ。もう絶対あそこで買わないから」

 と、ふてったこともある。現実にそこの売店からだけは何も買っていない。

 さて、これも〇五年のAJCCの事。

 嫌がる娘をいつものごとく食べ物でつりやってきていた。もうさんざんパラ飲み食いした後で、座るところを探していたが、見つからず、ターフビジョンの前に午前中のレースの新聞を敷いて、二人して座ることにした。あんまり天気がよくなかったのを覚えている。だが、真冬にもかかわらず、なぜか寒かった記憶はない。後ろのベンチの席には、往年のファンたちが陣取っており、結構な人出だった。

「あたりそこねたよ」と、とり損ねた馬券の話をしている。

「2着の馬がなぁ、余計なんだよな」

「何、縦目かい」

「いや、北村、買ってない」

 それは、あたりそこねじゃなくて、完全にはずれだよね、と後ろの会話に二人でこそこそやりながら、レースが始まるのを待っていた。

 私の本命はユキノサンロイヤル。どんな馬券かは忘れたけれど、単勝三十倍から流していた。

 ファンファーレが鳴って、私は胸を躍らせた。なんだか今日は勝ちそうな気がする。

「ママ、お願いだから、絶対に叫ばないでね、お願いだよ」

 娘はすがるように私の腕を持ち説得する。

「わかった、なるべくそうする」

 本当におとなしく見ているつもりだった。五番人気とはいえ(本当はもっと人気がないと思っていた)、上位三頭は抜けている。しかもクラフトワークは二倍を切る勢いだ。そんなうまく行くことはないだろう……と思っていたのだが、どうしても胸のどきどきがおさまらなかった。

 ユキノサンロイヤルは、いつものように、主戦の騎手いわく、そぉっとゲートを出た。そしていつものように少しずつ前に取り付いていく。四コーナーを曲がって、彼の脚色は衰えていなかった。エアシェイディと二頭で抜けてくる。

「いけるかも!!」と思ったのが最後、私は娘の、

「お願い、ママ、やめてってば!」という懇願など耳に入らず、

「岡部!岡部!」と叫んでいた。

 と、まぁこのあたりまでは、別にみんな叫んでいるから、娘が思うほどどうってことない。後ろから来るクラフトワークは一番人気なのだ。みんな応援している。叩き合っている二頭をらくらくとクラフトワークが交わしていく。回りはそれでちょっと熱が冷めたが、私の問題は、ユキノサンロイヤルなのだ。

 一旦は先頭に立った。シャドーロールをつけた鼻先が力強く、前へ前へと動いている。クラフトワークがなんだ。今日は勝てるはず。

「岡部!岡部!」の声が、ゴールで途切れた。わずかに、体制不利に見えた。それでも祈るように、ゴール前のリプレイをみた。

「あぁ……」

 やはりどう見ても、ハナ差およばず三着。私はその場でのけぞった。

 どっと笑い声が起こった。もちろんレースに対してではなく、明らかに『ユキノサンロイヤルからの何かしら熱い馬券』を持っているやつが崩れ落ちる瞬間を見たからだ。

「ママ、やめて。そんなことしたら、取れなかったのみんなにばればれだよ」

 もうばれてる。年寄りの馬に、年寄りの、しかし名ジョッキーの騎乗。勝って欲しかった。非常に悔しかったけれど、アドレナリンは満タンだった。

 三着に敗れて、ものすごくうなだれるということは、馬連か馬単か、または三連単の一、二着付けか何かだったのだろう。とりあえずみんなに笑われ、娘には嫌われ、さんざんだったけど思い出のレースのひとつだし、その後私は執拗に彼を追い続けることになる。

 今年のレース、私の本線はドリームパスポートとブラックアルタイル。トウカイトリックも気になる。なんと、エアシェイディもいるではないか。しかも人気になりそうだ。

 なんとなく、エアシェイディだけは買いたくない……うーん、ワイドで買うか。狙いの馬が奇数枠の、なるべく外目に入ってくれるのを祈っている。

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