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御免こうむります。  作者: はいじ


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35/57

一足先に、おおわらい



「よしよし、よしよし」


どのくらいそうしていただろうか。

俺は静かに泣くアカの背中を撫でながら、一つだけ気になる事があった。


「よしよし……ぅぅ」


あぁ、なんて良い匂いなのだろう。

俺は鼻をヒクヒクさせながら、アカを撫でる方の手とは別の手で自分の腹を撫でた。

そう、マスターの立つ場所から、とてつもなく良い匂いが漂ってきたのだ。

なんだろう、このとてつもなくお腹の虫を元気にさせる匂いは。


もしかしたら、もうおいしいごはんが出来たのかもしれない。

そうだとしたら、俺はごはんを食べなければならない。

何故なら俺は朝から何も食べていないのだ。


もう今は太陽も大分下の方に来ているのに、俺は何も食べていないのだ。

今日は初めて“お仕事”もしたし、俺はとても疲れた。

ごはんを食べなければ死んでしまうかもしれない。


いや、もう死んでしまう。


「よし、よし、よーし」


俺はひとしきりアカの背中を撫で終えると、最後に背中をポンと叩いてその場を立ちあがった。そんな俺に、ずっと俺とアカの様子を同じように座って伺っていた金ピカやべちゃべちゃが驚いたような顔で俺を見上げている。


もうすぐ、ごはんの時間だ。

アカは昔からすぐに俺に泣きついてきていたが、時間が経てば基本的に勝手に元気になる。

だから、もうほっとこう。

俺はお腹が空いたんだ。


そう、俺がそろそろと立ちあがって一歩踏み出そうとした時だ。


がしり。


俺の腕が何かによって掴まれた。

それはもう、物凄い力で。


「っ一体……何なんだよテメェは!?」


「え、えええ?」


俺の腕を掴んだもの、それは先程まで顔をうずめてしくしく泣いていたアカだった。

顔を上げたアカは、目は赤いものの、もう水は出してない。

何故だか俺を見上げたまま、もの凄い形相で睨んでいる。


なんでだ、なんでアカはこんなに俺を怒るんだ。

俺はアカに何かしたのか。


「ガキ扱いしてんじゃねぇよ!?なんだよ!?よしよしってふざけんな殺すぞ!?」


「ご、ごめんなさい」


「謝ってんじゃねぇよ!?このクソ野郎が!死ねよ!」


「ええ?ええ?」


もう訳がわからない。

どうやらアカは俺に“よしよし”されるのが嫌だったらしい。

確かに昔俺が見たよしよしされている子供は“小さい子供”だった。

アカのように大人になりかけの子供には“よしよし”はしてはいけなかったのかもしれない。


けれど、さすがの俺もたったそれだけの事で殺されるのは嫌だ。

俺はごはんを食べなければならないのだ。


「もう、よしよししない。悪かった。だから、はなしてくれ」


そう俺が無理やり前へ進もうとまた一歩足を踏み出そうとすると、今度は先程よりも更に強い力で引っ張られた。

そのせいで、俺の体の重心が全てアカの方へと傾いた。

あ、倒れる、そう思った時には俺はアカの上へと背中ごと倒れこんでいた。


「兄貴はどこだぁぁぁ!?」


「知らないってば!あ、はは、あはは!」


倒れ込んだ俺にアカは後ろから俺の頭をぐりぐりしてくる。

ぐりぐりしてくるけど、なんかそれは痛いというよりくすぐったくて、そういえば俺は猫の時からそうで。

頭の方、しかも目の上あたりを触られるとそれだけでくすぐったくなってしまうのだ。


「俺のカンだがテメェはぜってー何か隠してやがるだろうが!」


「きゃ、は、はは!くすぐったいよう」


俺はここがお店の中という事や、金ピカやべちゃべちゃやうさみさんやマスターが居る事を忘れてアカとぐちゃぐちゃなりながら、くすぐったくて笑った。

くすぐったくてくすぐったくて笑いが止まらなくなりながら、俺は心のどこかで遠い過去のふんわりした記憶を思い出していた。


昔、昔。

俺はこうやって兄弟達とじゃれあったなぁって。

楽しかったなぁって。


そういえば、アカともそうだった。

俺の体に飛びかかったりぺろぺろしたり噛みついたり。

小さなアカはいつだって俺の体で遊んでいた。

大きくなっても、小さな時みたいにじゃれてくるから、俺は良く今みたいにころころ転がって何度も痛い目をみた。


あぁ、懐かしいなぁ。


そう、俺が懐かしさとくすぐったさに目を細めた瞬間。


「お前ら!!いい加減にしろ!?叩き出すぞ!?」


そう、今まで聞いた事のないますたーの怖い声が俺達の頭の上に響いた。

しかも、響いただけじゃなかった。


がつん。


鈍い音が響いた瞬間、俺の頭のてっぺんに何か固いものが落ちて来た。

くすぐったい気持なんか飛んで行って、頭のてっぺんがずぅーんずぅーんとする。

いたい、物凄くいたい。


「ってぇな!?んだよ!?マスター!俺はコイツに聞きださねぇとならないことがあんだよ!?邪魔すんなよな!?」


「安武!テメェ、ちょっと面白がってただろうが!?笑ってただろうが!店の入り口でじゃれてんじゃねぇ!?」


「はぁ!?誰がじゃれてるって!?誰が男とじゃれるか気色わりぃな!?」


そう言ってギャンギャン騒ぎ出したますたーとアカの隣で、俺は叩かれた頭をさすりながら床を這いながらそろそろと自分の席に戻った。

戻った先でうさみさんが「おかえり」と笑っている。


「おかえり」は知ってる。

家に帰って来た時の言葉で、帰って来た人は「ただいま」って言わなきゃならない。

ここ、俺の家じゃないけど。


「ただいまー」


そう言って椅子に座って俺に、うさみさんがテーブルに肘をつきながら俺を見上げてきた。


「ニート君、高宮の事知ってるの?」


「………」


知ってるの?と聞かれて、俺は少しばかり考えた。

知っているかと言われれば、そりゃあ知っているさ。

だってアカは俺の息子だもの。

けれど、俺は今猫のキジトラではない。

人間のキジトラ……というか、もう俺は人間の姿では「にーと」と呼ばれている。


みんな俺を普通の人間だと思っているから、こんなに優しくしてくれるんだ。


俺が元猫の“変な人間”なんて知ったら、どうなるだろう。

うさみさんはもうこんな風に笑って話しかけてくれないに違いない。

きっと“はたらく”を教えてくれなくなる。

ますたーだって俺においしいごはんを作ってくれなくなる。

アカも昨日みたいに俺を無視する。


みんなみんな、俺を嫌いになるだろう。


「んーん。知らない」


俺はうさみさんに向かって首を振った。

俺は“ふつうの人間”になるのだ。


その瞬間、俺は一人、真っ白な毛を持つ人間の顔が頭の中に浮かぶのを感じた。


しろは。しろは俺が変な人間だと知ったらどうするだろう。

しろも、俺を嫌いになって昨日みたいに無視するのだろか。


それとも、


「テンメェ!何、勝手に逃げてんだ!?あ゛ぁ!?」


俺の頭の中がぼんやりした瞬間、またしてもアカの低いぎんぎんぎらぎらした声が俺の耳に響いて来た。

あれ、俺は一体しろの何を考えていたのだろう。


「高宮?あんた何ニート君にキレてんのよ?ニート君はあんたなんか知らないって言ってるわよ?」


「俺だってこんな奴しらねぇよ!?」


「じゃあなんで、あんたはニート君にそんなにキレてんのよ!?」


「……んなもん!」


そう、アカは叫ぶと俺の顔をギンと睨みつけた。

睨みつけたのだが。


「……コイツが俺を見て逃げたから、いや、目を逸らしたから…だっけか?」


「あんたねぇ。大概の人間はあんたのその真っ赤な髪とその目つきの悪い人相で逃げるし顔も逸らすわよ」


今更何を言ってるの。

そう、呆れたように息を吐くうさみさんにアカは魚の骨がノドに引っかかったような顔をして、そのまま俺の顔をジッと見た。


「テメェ、マジであの神社に居る兄貴を……いや、猫を知らないんだろうな?」


「しらない。どんな猫かも、しらない」


「……そーかよ」


俺の答えにアカはやっと納得したのか、小さく息を吐くと頭の毛をガシガシと掻いた。

「兄貴……」なんて、本当に心細そうな声で俺の名前を呼ぶから、また俺はたまらなくなる。腹の毛がぶわぶわするような気持ちになるのだ。


俺は目を真っ赤に染めて俯くアカの姿に、自然と声をかけていた。

だって、今は俺も人間だ。

アカと同じ言葉で同じように会話できるなんて、とても嬉しいことなんだ。

おはなししないと損だ。


「猫、帰ってくるよ。だいじょうぶ」


「っは、お前に何が分かる」


「猫は行きたいところに行きたい時に行って、好きな時に帰ってくるんだよ?」


お前だって知ってるだろう、アカ。

そんな思いで俺はアカを見た。

そうしたら、アカは少しだけ不機嫌そうだった目を大きく見開いた。


「で、も。俺、昨日、兄貴を蹴っちまって。もう、兄貴、帰ってこねぇ、かも」


あぁ、昨日俺を蹴ったのはアカの足だったのか。

じゃあ、踏んだのはしろの足か。


「ふふふ、おかしいの。蹴られたくらいで家を捨てたりしないよ、猫は」


「っで、でもよ。怒ってんじゃねぇかって。俺の事、許してくれねぇんじゃねぇかって……」


そう言って、また泣きそうになるアカ。

なんだよ、昨日は俺の事、がっかりしたみたいな目で見てたのに。

やっぱり俺はお前の“あにき”のままか。

俺の息子のままか。


そう考えると、なんだか昨日のズキンズキンが嘘のように消えてなくなった。

なんだか嬉しくて、アカは泣きそうだけどにこにこになってしまう。


「ごめんって言えば許してくれるよ、ふふ」


「…………」


なんだか嬉しくてたまらなくて、そうやって俺がにこにこになっていると、いつの間にか俺の体は何かの影で覆われていた。

なにかと俺はにこにこを止めて顔を上げる。

すると、そこには立ったまま俺を見下ろすアカが間近に居た。


なんか、こわい。


「へらへらしてんじゃねぇぇぇ!!いねぇ猫にどうやって謝んのか教えろコノヤロウ!!」


アカは半分泣きながら叫ぶと、またしても俺の頭をぐりぐりした。

だから、それはくすぐったいから止めてほしい。

くすぐったい、くすぐったい、くすぐったい。


「ふひゃ、ひゅあはは、あっはは」


こうして俺はまたしてもアカにぐりぐりのくすぐりをされ、お腹が痛くなるくらい笑った。

隣ではうさみさんも笑ってた。

金ピカとかべちゃべちゃはどうしたか知らない。

ただ、視界の端で見えた二人は驚いたような顔で俺達を見ていた。


とりあえず、俺はその後しばらく笑って笑って。


また、ますたーから頭をごつんとされた。

アカもごつんとされたけど、ぜんぜん反省していなかった。


そんな感じで、俺がますたーのごはんを食べる事ができたのは、これからまたしばらく経ってからだった。




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