第11話「依頼」
今回は閑話休題を合わせて二話執筆。
ともあれ本編です。
賀茂邸へ戻ったのが日もだいぶ落ちてからだった。
夕餉を食べ終えるとすぐに良源は、本日持ち帰った資料を確認するために忠行とともに局にこもり、晴明は陰陽寮よりの呼び出しで出かけて行った。
また、自分とともに来た僧侶たちは、二名は叡山に現状を報告するために出かけており、他はまだ外から戻っていない。
いわゆる他に誰もいない状態であった。
何をするでもなく、ぼんやりと庭を見つめていた維将だったが、聞き慣れた声が門の方からするのに気付き、腰を上げる。
家人か誰かが応対しているようだった。
間もなく、下人が庭を通ってこちらへと向かってくるのが見えた。
「もしかして博雅様ですか?」
「ええ、はい。何かご相談があるとか……」
だとすると忠行に、だろう。
「ちょっと待っていてください」
すぐに踵を返すと忠行を呼びに行こうとして、下人に待ったをかけられる。
「忠行様ではなく………維将様にです」
「え? 俺、ですか?」
こんな自分に相談事とは………。
何を相談されるのだろうかと内心ドキドキしながら向かった先には、やはり博雅がいた。
「博雅様。本当に俺でいいんですか?」
まず最初にそう聞いておく。
もし自分で無理そうならば、力のある人間を呼びに行けばいいと思ってのことだ。
「もちろん。子供のお前の方が頼みやすい問題だからな」
「子供の……て、俺はもう13ですよ」
博雅から見れば、維将は子供に見えるのも仕方のないことだが。
反論したい気も起ったが、まずは用件を聞くのが先だと気を取り直し、尋ねる。
「一体なにが起こったんですか? 俺でもいいってことは、あまり力のない子供でもできるってことでいいんですよね?」
「話せば長くなるが………」
と前置きをして話し出す博雅。
話を簡単にすればこうだった。
博雅が自邸に戻ったとき、何某かの貴族から依頼が届いていたという。
その依頼が“息子が何者かに狙われているため、数日ほど身代わりを頼める13くらいの子供を探してほしい”という内容だった。
そこで維将の顔が浮かんだ。
そういうわけだ。
話を聞き終えた維将が、小さく嘆息を漏らす。
「俺、ちょうどその13ですけど……」
「受けてくれるか?」
がし、と両手を掴まれ正面から博雅に懇願される。
維将は迷った。
真摯な眼差しでそう言われれば………
断れるわけがない。
「わかりました……」
がっくりと肩を落とし、降参するしかなかった。
「そうか!」
「でもっ」
もろ手を挙げて喜ぶ博雅に、維将は告げる。
「お師様が駄目だって仰ったら駄目ですからね」
「それはわかってる。だが、良源殿は反対しないと思うぞ」
「………一体その自信はどこからくるんですか? それよりも博雅様。昨晩から一睡もされていらっしゃらないのに大丈夫―――」
「維将」
維将の言葉を遮って良源が現れた。
「あ、お師様」
「下人から話を聞いたが……」
良源は維将の傍らに腰を下ろし、博雅を見やる。
「博雅殿。その件はかなりの急ぎか?」
「…………何か不審な点でもありますか?」
何かひっかかりを覚えた博雅が問う。
「何者かに狙われているというのは貴族の子息だろう。最近、貴族の子息や姫を狙った事件が頻発しているそうだな」
「お師様。もしかして……」
「神隠しというやつだ」
ということは妖の仕業だということ。
「神隠しに遭った者たちは未だに見つかっていないそうだ。だからこそ役所ではなく、晴明に近い博雅殿の元へ救いを求めた……そう私は考えるが」
「しかし妖であるという確証もない」
すかさず博雅が続ける。
それには良源も頷かざるを得なかった。
「とりあえずこの件に関しては晴明も動いている。先ほど式で忠行殿が連絡を受けた」
「そうか」
「あの…………博雅様」
そっと維将が声をかける。
「ん?」
「今夜はこちらに泊まっていかれた方がいいかと思いますが……」
「そういえば一睡もしていないとか維将が言っていたか…」
良源もまじまじと博雅を見つめる。
「なんとかしなければという一心でここまで来れたのはいい根性だが、そろそろ眠ったほうがいいかもしれんな」
ふむ、と頷いた次の瞬間、博雅は首筋に手刀を叩き込まれ、あっさりと撃沈した。
「お師様っ」
なんてことを、と慌てる維将をしり目に良源が意識を失ってその場に崩れ落ちた博雅を担ぎ上げる。
「こういう真面目が取り柄の男には何を言っても無駄だ。ひと眠りすれば元の思考に戻るだろう」
言ってそのまま奥へと向かった。
奥では既に忠行が褥の準備を整えて待っていた。
「良源殿は時々、無茶なことをする」
「だが今回は必要なことだと思ったまで。な、忠行殿」
無茶苦茶な、と維将は思うも、口に出したりはしない。
意識を失ったまま眠ってしまった博雅の傍らで、二人の会話を聞く。
「だがやはり何かが水面下で動いているようだ」
「神隠し然(しか)り、そして……先日の惨殺事件も然り」
言葉を継いで忠行が告げた。
「じゃがな、良源殿。そのどれもが規律性もしくは関連性がないものばかりじゃぞ」
「まだ資料を大雑把にしか読み込んでないからだろう。これからその辺りも詰めてみる」
「…………お師様」
そっと声をかける。
だが良源は話に集中しているのか、呼びかけに反応しない。
仕方なく、維将は席を外して外に出た。
夜空を見上げると、そこには歪(いびつ)な形をした月が昇っていた。
「神隠し………惨殺事件…」
二人が話していたことをもう一度口に出してみた。
その時、脳裏を一人の男の姿がよぎる。
昨日見た見慣れない古風な衣装を身に纏った、長く見事な銀髪を背に流したまま川面を見つめていた男だ。
獣の瞳を持っていた。
ということは獣の妖なのだろうか。
維将は直感的に、あの妖が何かを知っているのだと思った。
確信はない。
ただそう思っただけだ。
「そういえば………」
もう一人の顔を思い出す。
同じ日に出会った賀茂別雷命だ。
時間があったらあの社に行ってみよう。
そう心に刻む維将であった。
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