伊藤課長と満員電車
会社に着くと鎌田はもう出社していた。
「あ、課長。おはようございます」
いつも通りの鎌田だ。真面目そうだが大人しい感じでウチに来た時みたいに話すイメージは無い。俺は周りに人が居ないのを見計らって鎌田に言った。
「紙切れの人間、多分だが分かった。いや、多分なんだが間違い無いと思う」
鎌田に朝の状況を説明した。
「どうしたらいいかな」
女性相手の時はさほど苦労しなかった。そこそこモテたし、まだ若かったからノリも勢いも有ったからだ。だが今回は事情がちょっと違う。朝は声を掛けようとまでしていたが、やはり自信も消えて不安やらが顔を出す。
「まぁ、それ位言葉も交わしてるなら明日からは挨拶辺りから始めてみてはいかがでしょうか?」
鎌田………なんて頭の切れる男だ。感謝を伝えると
「課長が舞い上がり過ぎて考えが鈍ってるだけです。と言うか、その子が分かってどう感じました?」
逆に問いただされてしまった。「うーん、良く分からないが、印象は可愛い後輩みたいな感じかな。何だかドキドキすると言うとちょっと違うが勝手が解らんから初恋みたいな戸惑い感が有るかな」
正直に答えると鎌田は意味深な顔で微笑した。
次の日から俺は彼と接触する様になった。最初は「昨日はどおも」と声を掛ける事が出来たが、次の日は何だか照れ臭くて会釈が精一杯だったり、混雑して近くに寄れない日も有った。彼は平日も休みが有るのか居ない日も有ったし、俺が早く出勤して会わない日も有った。
けれど、自然と出来るだけ毎日同じ時間の同じ車両に乗り、特に会話をする事も無かったが、たまに少し挨拶程度の世間話をしたりラッシュにもみくちゃにされて密着し互いに苦笑いをしたりした。
やはりこちらを意識してる感じの有る彼に不思議と俺は段々と好意を覚えつつ、けれどもやっぱり好きと言う気持ちは良く解らなかった。彼は俺の事が好きなのだろうか?。なんで良く知りもしない相手を好きになれるのだろうか。人を好きになるって一体どんな事なのだろうか。俺もそんな気持ちを持てるのか、この子がその答えを持っているのか、全ては謎だった。
俺はある日思い切って彼に言った。
「もし良かったら今日の夜、時間取れないかな?」
彼は驚いた感じだったが、すぐに満面の笑みで首を縦に振った。俺は少しゆっくりめの時間と会社の次の駅の改札を指定し別れた。
その日は皆が帰った後少し仕事で残ったが、ギリギリ約束の場所に間に合った。辺りを見回しても彼はまだ居なかった。待たせずに良かったと胸を撫で下ろしたが、逆に彼はいつまで待っても姿を見せなかった。俺は時間か場所を間違えたかとだいぶ待ったが彼は来なかった。まぁ何か外せない急用でも出来たかと思い、また明日約束しなおそうと次の日に電車に乗ったがそこにも通勤ラッシュの電車の中に彼の姿は無かった―――――――。




