第五話 交わらぬ想い
ルプス・アルメリアの人生は十歳の時に終わっている。
彼女は通り魔に殺された。雪の寒さと刺された腹部に激痛を感じながら、出血多量で死んだ──はずだった。
気づいた時にはルプスには意識があった。今まで感じた事の無い奇妙な感覚がして、目を開く。
そして驚いた。
目の前には、彼女の記憶にある姿よりずっと成長したアルマがいたから。
おそらく年齢は十五か十六。学生服と思わしき服に身を包んでいる。
この時、ルプスは混乱と驚きのあまり言葉が出なかった。今にしてみれば幸運だったとルプスは思う。あの時口を動かしていたら、真実を話していたかもしれない。
「これは、天使か!?」
アルマも驚いた表情をしていた。天使、というのはルプスの事を言っているのだろう。
──どうして私が天使なの?そもそもなんで私はここに?死んだはずじゃ?と言うか視線が高いような?
色々と疑問に思いながら、ルプスはひとまず周りを見回してみた。
ここは小さな平原だった。周りは木々に囲まれている。
この景色は知ってる。アルマ達が住む村の外れにある場所だ。子供の遊び場によく選ばれる。
それから確認した自分の姿。視線が高かったり、背中に変な感覚がしたり、色々と違和感はしていた。
視界に収まる範囲で体を見てみた。やはり脚も腕も何もかもが、かつての自分より成長している。
その他にも髪が金色に変わっていたり、白い装束を着ていたりと変化が沢山ある。
だが何よりも驚いたのは───。
(は、羽がある!?)
後ろを向くと白い翼が三枚見えた。手を回して触れてみるが、やはり背中から生えている。全部で六枚三対だ。
「…………あの」
アルマが声をかけてきた。驚きでビクッと肩を震わせながらも、ルプスはアルマに向き直る。
『っ!?ど、どうしたの?』
「なっ!?喋った!?」
『喋った……?』
「君、今人語を使っただろう」
『あ……』
うっかり普通に喋ってしまった。当時のルプスには理解できないことだったが、アルマにとっては驚くべき事だった。
「いや、天使ほどの規格の存在なら何もおかしな事じゃないか。そもそも人語を話せる召喚獣もいるにはいる……」
よく分からないが納得したようだ。
「確認させてもらうが、君が俺の〈半身〉なのか?」
『半……身?』
その言葉は知っている。アルマが召喚士だったので、詳細を聞いた事がある。
「違うのか?」
『いや、それは……』
言い淀むルプス。だが同時にルプスは気付いた。
やはりアルマは目の前の存在がルプス・アルメリアだと理解していない。この外見では当然だろう。
ルプスを自身の〈半身〉だと思っている。それはつまり、ルプスが人間ではなく召喚獣である事を意味している。
確かに今の身体は人間のものではない。アルマの言った通り天使なのかもしれない。
(天使、どうして私がそんなのに……)
「……さっきから様子が変だが、何か不手際があったか?」
『いや!そんな事無いから!』
「そうか……なら良いんだが」
つい一人で考え過ぎていた。アルマから見れば今のルプスは挙動不審な天使にしか見えないはずだ。
状況は全く呑み込めないが、ここはアルマの〈半身〉という事で通すべきだとルプスは考えた。
「改めて聞くが、君は俺の〈半身〉なんだな」
『……はい、そうです。私が貴方の〈半身〉で間違いありません』
口調を変えてみたのは、その方が天使らしさがあったから。
「なら自己紹介しよう。俺はアルマ・ウィルキリス。君を呼び出した召喚士だ。君の名は?」
『私は……』
ここでもルプスは困ってしまった。ルプス・アルメリアと名乗ってもいいが、それではアルマに違和感を与えかねない。
『……私は、セラリエルです』
この名も特に意味は無い。その場の思い付きだ。
「セラリエルか。これからよろしく頼む」
『ええ、こちらこそ』
こうしてルプス・アルメリアの二度目の人生が始まった。
暫くの間は現状を理解するために努めた。周りを観察したり、アルマから話を聞く事で、少しずつ状況を理解した。
アルマは近々フィビオル召喚士学院に入学するらしい。
名前はルプスも聞いたことがある。フィビオル王国唯一の召喚士育成機関だ。いつかはアルマも入学するだろうと思っていたが、ルプスが死んでいる間に事が進んでいた。
村の住人たちの様子も聞いた。皆元気にやっているようだ。
ルプスが死んだ話は村中に広がっていた。当時はルプスの友達や家族は深く悲しんでいたが、今は立ち直って頑張っている。
皆が自分のせいで落ち込み続けているのではと心配していたので、話を聞いた時はとても安心した。
だが、何もかもが上手くいっているわけでは無かった。一番大きな問題を抱えていたのは他でも無いアルマだ。
良い意味でも悪い意味でも、アルマはルプスの知るアルマから大きく変わっていた。
アルマはルプスが死んでから様々な努力を続けていた。
勉学、身体能力、体術、魔術、召喚獣と共に戦う能力。学院に入学する前もその後も、一日も欠かさず必死に鍛錬を続けていた。
その甲斐あってアルマは今では文武共に学院の頂点に立つほどの召喚士まで成長しているが、ルプスはその成長に心配し続けていた。
幼少の時からアルマと関わってきたから断言できる。アルマはそこまで才色兼備な人間ではない。召喚士の才能を除けば、良くも悪くも特筆すべき点のない普通の人間だった。
そんなアルマがここまで成長したというのは、とても並大抵のことでは無い。成長するためにアルマがどれだけのものを犠牲にしたのか。どれほどの覚悟でこの過酷な道を生きてきたのか。
アルマの努力する姿を近くで見ていれば、嫌というほど理解できた。
今のアルマに昔の面影は、外見以外には残っていない。ルプス・アルメリアという過去に報いるために、アルマは全てを捨てた。
過去のために泣くことも、俯くことも許さず、ただ前へ進み続ける。その道がどれほど過酷なものであったとしても、アルマは決して止まらない。
いや、止まれないのだ。
それが自分の生きる意味であり、自分にとっての全てだと強く信じ込ませているから。
きっとアルマは死ぬまで過去に報い続けるだろう。悲哀の感情を押し殺し、全ての罪を背負い込もうとする。当然、ルプスはアルマにそんな辛い人生を過ごして欲しいとは思わなかった。
ルプスはアルマに過去に悔いて欲しいなんて思っていない。
悪いのは通り魔で、アルマは何も悪くない。召喚獣になってから何度かそれらしい事をアルマに言ってきたが、聞き入れられた事は無かった。
アルマの決意は固い。どんな言葉も彼の信念を曲げるには至らない。
だが一つだけ、アルマを変える可能性がある方法をルプスは知っている。
それは自分がルプス・アルメリアの生まれ変わりだとアルマに教えることだ。
アルマが努力しているのはルプスの死に報いるためだ。その報いる対象が今も生きていると知れば、多少は無茶な事をしなくなるかもしれない。
アルマの平穏を思うなら、すぐにでも正体を明かすべきだ。実際、ルプスは過去に何度か明かそうとした。
だが出来なかった。話そうとする度にある可能性が頭によぎるのだ。
ルプス・アルメリアの存在がアルマの成長の足枷となる可能性だ。
アルマはルプスの死に報いるために強くなった。言い換えれば、アルマがここまで強くなったのはルプスが死んだからとも言える。
ルプスが存在しない方がアルマはより強くなれる。その事実が真実を明かすという決断を鈍らせた。
間近でアルマが努力する姿を見て分かった。アルマにはまだ成長の余地がある。
本人の努力に加え、セラリエルという強力な〈半身〉がいるのだ。順当に成長すれば召喚士の中でも、かなり上澄みの召喚士に成れるだろう。ルプスはアルマの可能性を殺したくなかったのだ。
ルプスが取れる選択肢は二つ。アルマの可能性を代償に事実を伝えてなるべく平穏な道を歩ませるか、平穏を代償に事実を偽りアルマに成長の可能性を与えるか。
どちらが正解なのか、ルプスには分からない。なにせルプスは、今のアルマがどんな幸せを望んでいるのか知らない。
過去に尋ねたこともあるが、その時アルマは『自分でも分からない』と答えた。
彼は過去に報いることしか考えていない。自分の幸福など彼の頭には無いのだ。
故に最適解は無い。ルプスが自分で答えを選ぶ必要がある。
悩んだ末にルプスが優先したのは、アルマの成長を止めない選択だった。
今でもこの選択が正しかったのかは分からない。だがこの二択は後から変更が効く。必要になった時に、正体を明かせばいいとルプスは考えた。
しかし真実を知るまでアルマは苦難を選び続けるのというのも、また事実だ。それはルプスにとってやはり耐え難いことである。
そこでルプスはある事を思いついた。彼の成長と苦難を許容するにしても、せめて彼の苦痛を和らげられないかと。
今のルプス、もといセラリエルには凄まじい力がある。常人を遥かに超える身体能力、人の身では扱えない強力な技の数々、高い治癒力から飛行能力まで、大抵のことを可能にする能力がある。
この力でルプスはアルマを癒すことにした。
疲弊したアルマを甘やかすことで、アルマの疲れをほぐす。これには意外と効果があるらしく、アルマはかなり癒されていた。
だがアルマは十七歳。素直に人に甘えられる年齢ではない。今のアルマの性格では尚更だ。
故にルプスは『自分を戦闘で召喚したらご褒美としてアルマを甘やかす』という取引を結ぶことで、彼を癒せる状況を作った。アルマはかなり渋っていたが、最終的には了承した。
それ以降、ルプスはアルマの〈半身〉として尽力し続けた。時には彼の切り札として敵を打倒し、ある時は天使の力で彼を癒す。
アルマもセラリエルも完璧というわけではない。両者共に思うところはある。それでも互いに信頼を深め、堅実に実力と実績を重ねてきた。今では学院首席まで上り詰めている。
問題はあったが、今日まで上手くやってきた。そしてこれから先も、こんな歪な日々が続くのだろうとルプスは思う。
アルマは真実を知ることなく、成長と苦難を選び続ける。愛する彼女に報いるために、自身の幸福を代償にして。
ルプスは真実を隠しながら、召喚獣として彼を支え続ける。愛する彼の未来のために、苦悩と罪悪感を抱え込んで。
彼らは互いを深く想っていながら、その想いが真に届くことは無いのだ。




