流れついた場所
「っ…」
狭い馬車内の木造床を視界に、乱れた息と胃を渦巻く気持ち悪さに胸を抑え、周囲から向けられる多数の視線に外套のフードを更に深く被る。
左を向けば馬車の入り口から見える外の景色、車輪の跡が永遠と続いている地面に、緑溢れる森の木々が馬車の速度とともに流れていく。
ほのかな風が木々や花を揺らす様は長く見続けていても飽きないものだと、ここ数日揺られていて気付いた。
「ままおなかすいた〜」
「我慢なさい、もう少しで着くのよ」
母親の袖を掴み、食べ物をねだる男の子に困った様子の母親は鞄の中を漁り始めた。
鞄の中から出て来た小包を開けると、質のよいパンが姿を現し男の子の表情は笑顔になる。
「まったく、半分だけよ」
「うん!」
手渡されたパンを食べようと大きく口を開けたその時――男の子の身体が宙に浮かぶ。
「え…?」
外から大きく鳴き叫ぶ馬の鳴き声とともに馬車内にいた全員に全身を襲う衝撃が襲いかかり、御者の方へと身体が傾いてしまう。
「きゃああああ!!」
「身体が…!?」
咄嗟に伸ばした馬車の柵へと片手で掴み、転がるほどの衝撃を耐えしのぎ外の気配を探る。
「…ッ、なんなんだ!!」
「護衛はなにをして…!?」
「山賊だッ!くそっ数が多い!!」
「ここはザルメル帝国の領土だぞ…!」
急停止した馬車の外から聞こえるは、護衛をしている冒険者たちの余裕のない焦りを含ませた怒号。
「まま…?」
「だ、大丈夫よ。ほら胸元にいらっしゃい」
「……」
震える腕で息子を引き寄せ、胸へと必死に押しつける母親の様子に男の子も不安と恐怖が入り交り始める。
ふと、そんな様子を無意識に眺めていた自分と男の子の視線が交わる。
「…ひっぐ」
「……」
「!あ、あなた外はきけ…ん、よ」
息子を抱く母親は突如立ち上がる気配に目をやり、引き留めようと声をかけたがその人物の目と合い言葉は途切れる。
殺気漂い始めた張り詰めた空気に懐かしさを覚えつつ、片手に持つ布を巻き付けた己の得物を握り締め馬車の外へと飛び出る。
「ここは俺が死守する!逃げろ!」
「馬鹿言わないでルイス!あたしも残るわッ!」
「ダン!ミアと乗客を頼む!」
「…駄目だ。この距離ではもう間に合わない」
「クソッ…おいアンタ何やってる!?戻れッ!」
武器を構え戦いに備える冒険者たちの横を通り抜けた視線の先には、小汚い印象を与える外見に皮鎧を身に着けた十三人の山賊。
隠れない弓持ち五人、剣、斧持ち八人、魔術師や魔道具の気配すら無い武装集団。
「んだおめぇ?そんなデケェもん片手に振れんのかぁ?ヴァハッハッハッ!!」
「お、お頭ぁ…あいつ俺らより身長デケェでっせ?」
「あん?んなの囲めば問題ねぇ」
「死ねや騎士気取りがぁッ…!!」
百八十後半の身長と同等の長さを誇る何かを片手に立つ人物目掛け、手斧を振り上げ走り迫る男にルイスと呼ばれた男は駆けつけようと走り出す。
三メートルも無い距離を詰めた山賊は手斧を振り下ろした未来の血飛沫を期待していたが、ふと弾ける音とともに腕の感覚が消えた。
「くっ間に合……は?」
弾ける音が聞こえた時には山賊の腕が消え、乱雑に千切れた断面から間を置いて噴き出す大量の血。
ルイスの視界を横切った物体、目で追う先には山賊の両手付きで木に突き刺さる手斧がそこにはあった。
「なんで…」
振り下ろしたはずの腕が消え、唖然とする山賊の目に映るは軽々と巨大な長物を片手で振り上げる人物。
――グチャ
頭頂部が顔半分まで陥没した仲間だった姿を見た山賊たちの動きは止まり、静寂が流れる空間からいち早く動き出したのはルイスだった。
「オラァッ!!」
「ぐあ…!」
「お前らボーッとすんな!やるぞ!」
唖然とする山賊の一人を斬り伏せ、ルイスの叫びをきっかけに残りの二人は近くの山賊へと得物を振るう。
一瞬にして空気は変わり、総崩れになりつつある山賊の集団へと更なる恐怖が襲いかかる。
外套身に纏う人物が歩き出したかと思うと、ゆっくりとした構えから軽く振るわれた得物が更に二人の山賊の首を圧し折る。
「ははっまじかよ…」
「お頭何してんですッ早く逃げまし、ぐべっ」
立ち尽くすお頭の足元に力無く倒れる山賊の顔は無残に潰れ、陽の光が部下を殺した人物によって遮られる。
垣間見えた外套から覗く灰暗い瞳は冷たく、無機質に己を見下ろす『彼女』の顔を最期に意識は暗闇へと落ちる。
「ひぃお頭がやられたッ…!!」
「に、逃げろ…逃げろぉぉぉっ!!」
狼狽えた山賊達は武器を手放し、森の中にそそくさと逃げ込むことで先ほどの喧騒は鳴りを潜めた。
周囲を注意深く確認し脅威が去ったことを感じると冒険者達は皆一様に肩を落とし、束の間のひと呼吸を吐き出す。
「はぁ…ダン、ミア、急いでここを離れるぞ」
「ええ、魔物も集まり始めるでしょうし」
「俺が後ろに付く」
「頼む、ダン」
聞き耳を立てていた冒険者達の会話内容に自分自身もそそくさと馬車内へと戻る。
入り口を隠す布を手で払えば状況を呑み込めていない乗客からの視線が突き刺さるが、素知らぬ様子で元いた席に座る。
外の状況が気になる乗客が話しかけようとするが独特の雰囲気に呑まれ、未だ行動出来ずにいると外から数回叩く音が響いた。
「護衛のルイスだ。山賊の襲撃は何とかなったが、ここからは急ぎでバルガー城塞都市を目指す。辿り着くまで止まることはないと思ってくれ」
頷く乗客達を他所にルイスの意識は顔すら見えない外套の恩人へと向くが、今やるべき事に切り替え外の馬へと跨り御者に伝える。
「行くぞ!」
動き出した馬車に揺られ目的地まで目を閉じようとするが、自身に近付く気配に目を向けると男の子がそこにはいた。
それも、押し潰れたパンを片手に下から自身の顔を覗く子供の行動。
「……」
「これあげる」
引く気のない差し出されたパンをつまみ、ひと口サイズにちぎることで男の子の口元に持っていく。
あげたはずのパンが戻ってきた事で呆気にとられていたが、空腹には勝てず口を開けて食べ始める男の子。
数回繰り返せば手元のパンは消え、最後のパンを咀嚼する男の子を気が気ではない様子の母親へと優しく押し出す。
母親の膝上に座るのを見届け、今度こそ目をつぶる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
木々に覆われ日陰なる森林を抜けた先は平原広がり、舗装された道のおかげで馬車の揺れも少なく骨盤に響く衝撃は幾分かはマシになった。
道を行き来する人の姿が当たり前になり始めた頃には目的地の『バルガー城塞都市』が目前になる。
通り過ぎて行く商人、旅人、冒険者の装いをした人達を眺めている間に馬車の速度が緩やかに落ち始めた。
道の片隅へと移動する馬車は木材が軋む音が止むとともに、完全な停車をする。
「さぁ、お客さん方。着きましたぜ」
降りた御者が中途半端に入り口を塞いでいた布を捲り、乗客達に声を掛けたのを合図に自分を含め皆立ち上がる。
「痛たたっ、こ、腰が…」
「ほら起きなさい、ついたわよ」
「う〜ん、ままぁ…」
得物を手に外へ出た瞬間、身体を覆うナニカが取れたような解放感が身を包む。
人の流れを追いかけるよう馬車から離れ、バルガー城塞都市の砦門に伸びる行列の一部に混ざりに行く。
見上げる先の十五メートルはあるだろう砦門は見る者全てを圧巻させるには十分な存在感を放っていた。
列の進みは早く、砦門が徐々に近づくたびに圧迫感を頭上から感じつつある。
「次!」
関節を守るよう鉄鎧を着込む衛兵の言葉に、足を前に一歩進む。
衛兵の目は自分の持つ得物に向けられ、下から上へと訝しげな面持ちでこちらの姿を観察しているようだ。
「冒険者証は?」
「ない」
「ここでの目的は?」
「冒険者になるため」
「なるほど、最後にフードを下ろしてくれないか」
「……」
「っ…も、もう大丈夫だ。んんっ…銅貨二枚を彼へ」
視界の上部から伸びる淡い小麦色の前髪は相手の視線を遮り、前髪の隙間から覗き見る状態は酷く安心する。
腰に身に着けてある雑嚢に手を入れ、事前に準備しておいた銅貨二枚を取り出す。
指示された一人の衛兵へ手渡そうと銅貨を差し出すが、なぜか一向に受け取らない衛兵は人の顔を凝視していた。
「おい!」
「は、はい!確かに受け取りました。通ってよし!」
促されるまま砦門を通り抜け、ここに来た目的である冒険者組合へと向かいたいが初めての場所で検討もつかない。
という訳で冒険者の集団達が向かう方向を頼りに、彼等の後ろを付かず離れずの距離で追いかける。
「半日掛けてゴブリン三匹だけかよ…」
「でも初めてにしては上出来じゃない?」
「そうですよ、生きて戻った。素晴らしいことです」
「そうかもしんねぇけどよ〜もっとこう、なぁ…」
「高望みは身を滅ぼしますよ、まったく」
衣服は所々破け、血が滲む包帯が目立つ十代半ばであろう三人の会話を聞き、彼等の後を追わせてもらおうと決めた。
剥ぎ取った部位を持っているなら彼等の行き先は冒険者組合と…合っていて欲しいと願うばかりだ。




