その194 デバフの貴公子
「チッ!あのカスがあああ!!棄世!リョウケン!聞こえてるだろ!あのカスが裏切り者だ!消しに行け!そう遠くに行ってねー筈だ!」
ブルーハートが声を荒げて階段の向こう側に怒声をあげると、棄世とリョウケンが階段の上に現れる。
「…………………………」
棄世は何も言わずに小さく頷き、外へと出る。
「了解マスター」
リョウケンも薄ら笑みを浮かべながら外へと出る。
へっ、ざまぁねーぜ、ブルーハート。珍しく怒り狂ってやがる。まぁ射場ザキと羽崎が消えたからな。チチチ。普段なら探すフリをしてサボる所だが、まぁ便利な部下を殺された鬱憤は俺にもある。丁度良い。あの雑魚で晴らすとするか。
リョウケンはほぼ利己的な理由で黒猫を追い掛ける。
「チッ、どいつもこいつも。『パワーエンハンス』『スピードアップ』」
ブルーハートも自身に自己強化魔法を使用してすぐに後を追う。
案の定というのか、ギルドを出たら出入口の直ぐに近くに黒猫はいた。
「のじゃ?」
「チチチチ、よおおおおし、覚悟しろ。今までは手加減してきたが、今度は思いっきりやってやる。頭かち割って生きてきた事を後悔させてやるぜ。チチチチ」
「……」
リョウケンと棄世は黒猫をPKする為武器を構えていた。
「カスが手間取らせやがって」
後から来たブルーハートもガントレットを黒猫に向けて攻撃しようとする。
「おい。相手取る奴を間違えてないか?」
「あ?」
すると、黒猫を庇う様に先に消えたライが黒猫の横から現れる。
「ハッ。まだいやがったか。一目散に逃げた雑魚が戯れ言を。まとめて殺してやるよ」
「そうはしゃぐなよ。狭い場所じゃ戦いにくいから地上に出ただけさ三下」
「あ?チッ、イライラさせやがる。望み通り殺してやるから安心しろカス共」
冷静そうな口調だが、ライの挑発でブルーハートは顳かみに血管が浮き出る程の様子だった。
「黒猫。お前はこのままポータルに行って特殊ギルドキーでコノルの元に。これがコノルのいるダンジョンに行けるキーだ。悪いが俺の力じゃ足止めは1人までだ。残りはすぐお前を追い掛けてくる。素早く移動して追っ手を巻け。いいな?」
「のじゃ」
「何ぶつくさ言ってやがる!【クリエイトバーンボール】」
ブルーハートは魔法を唱えると、オレンジ色の大きな丸い球がライと黒猫に向かって飛んでいく。
「『サンダーウォール』!」
ライが魔法を唱えると目の前に雷の塊が壁の様に現れオレンジ色の球を破壊して攻撃を防ぐ。
「のじゃ!!」ダっ!
その隙に黒猫は走って、ポータルのある森の中へと逃げる。
「舐めた真似しやがる」
「上手く辿り着けよ黒猫……さぁーて、お前らの相手は俺な訳だが……」
ライは持ち武器である杖【ワンドイズワンダーランド】を装備する。
「お前らは……どんだけ弱くなりてぇ?」
ニヤリと笑みを浮かべ、ライは杖を構える。
「チチ、1人で何が出来る」
「分かってねぇな【夢完進】の事を。俺達はお前らに無関心だが、お前らはもう俺達を脅威として認識しなきゃならねぇんだ。俺達一人一人がそこら辺のプレイヤーと一緒だと思ってたら痛い目を見るぞ?確かに、俺はお前らを倒す程戦闘スキルはねぇが、お前らが俺を殺れる可能性もまたゼロなんだよ。黒猫が逃げるまで時間を稼がせてもらう。『サンダーウォール』」
ライは自身の周囲に雷の壁を展開する。
「ハッ。長々と御託を並べて何をするかと思えば魔法の壁の中に引き籠るだけか。てめぇみてぇな臆病者なんざ1人で十分だ。リョウケン、魔法の壁が解けたら八つ裂きにしてやれ。棄世、俺と一緒に逃げたカスを殺しに行くぞ」
「…………う……ん」
「そう簡単に行かすかよ。【ヘビーボディ】【不動剛気】【オーバーパワー】特異スキル発動【無音と有音】有音発動。自身の祝福を他者へと模倣せよ」
ブルーハートと棄世が黒猫を追い掛けようとすると、自分の身体が鉛のように重くなる感覚に襲われる。
「なんだ!?」
「……こ、これ……って!?」
「チチチチ、こりゃ、また……」
「無視すんな。言っただろ?自分の底を少しは味わってけ」
【ヘビーボディ】自身の身体を重くする自己強化バフスキル。
【不動剛気】自身の動きが遅くなるが防御力が大きく上がる自己強化バフスキル。
【オーバーパワー】自身の攻撃力がかなり上がるが、攻撃力以外のステータスが下がる魔法。
この自己強化バフにより全員その場から動くのが難しくなっていた。
「さぁて、俺は少し楽にならせてもらおうか。武器スキル発動。アイテム効果【アタックアップLv4】、【ガードアップLv4】、【マジックアップLv4】【アジリティアップLv4】、【ラックアップLv4】、【ヒットポイントアップLv4】、【消費スキルポイント減少(小)】特異スキル発動【天使と悪魔】」
ある程度自分の身体が動ける程度のバフを掛けると、ライはメニューを開いて魔法スキルを一新する。
「ショーはこっからだ。自身の弱さにビビんなよ強者共?」
ライはメインとサブの装備していた魔法を一新して新たなデバフ魔法を3人に重ね掛けする。
3人は動けなくされ何も出来ない状態で魔法が掛け終わるのを待つしか無かった。
何故ライのデバフ魔法を防がないのかと言うと、遠距離魔法で攻撃しても、ライの周りにある雷の壁が凡ゆる攻撃を防ぎ、近付こうにも身体が重すぎるからだ。つまり何かしようにも何も出来ない。
フゥはバフ特化型のバファー。つまり味方がいれば、無双出来る力が出る。
対してライはデバフを使うデバファーである。それは味方がいれば心強く、敵が多ければ多いほどその効果の恩恵もデカい。
しかし、デバフにはバフ程の伸びはない。バフは力の底上げ。上げる者が強い程効果は無限に広がる。しかしデバフは相手の既存ステータス値を一定値下げるしかない。バフ、デバフ同じ%の効果値でも差は出る。
しかしデバフにも良いところはある。それはバフと違って全てのシチュエーションで一定の効果が得られ、汎用性に優れている面があるのと、味方がいなくて数で不利でも自力で対処可能だという面だ。
いくら数で不利だとしても、その場を少しの間どうにか出来る程の力を持つライは、この時NNにフゥと共にここに行く様言われた事を思い出す。
「…………成程な。適材適所ってやつか。たく、ギルマスも人が悪いぜ。まぁ、こうならなくても、ブラックギルドの連中なんかにフゥは戦わせねぇがな」
ライは敵が自分を無視して黒猫を追い掛けるのも計算にいれ、引き続き3人にえげつないレベルのデバフを施し時間を稼ぐのだった。