その191 静かにまた『無』がやってくる
外傷ダメージは、時に継続でダメージを負ってしまう事もある。
時間経過等で回復は出来るが、その傷の程度によっては回復するまでダメージを負い続ける仕様があったりするのだ。
現実に近付ける為なのだろう。このゲームの世界では出血こそしないが、血を流しているという体で切創系の外傷ダメージはHPにも影響を与えてくるのだ。
つまり
身体中打撲痕だけでなく、擦り傷、切り傷だらけで放置されてレッドゲージの黒猫にはとても危うい状況だった。
「の……じゃ……痛いの……じゃ……」
目の前が徐々に暗闇に侵食されていく。目を閉じている訳ではない。しかし視界が失われていく。
丸まった状態で黒猫はそのまま死を迎える。
………………の………………じ……ゃ……………………
手と足の力が抜け、身体は自然と楽な体勢で、しかし引き続き丸まっている状態で、黒猫は意識を失う。
600……599………598………597……596…………
死のカウントダウンが始まった。
誰も黒猫が死んだ事に気が付かない。故に復活させにも来れない。
今回の死は黒猫にとって一二を争うレベルで危うい。
456……455………454………453……452…………
誰にも気付かれないまま復活までの時間600秒が黒猫の消滅までの時間を刻む。
長いようで短い、そんな時間。しかし、走馬灯を見るには十分な時間。
身に覚えのない記憶が黒猫の脳裏に過ぎる。
232……231………230………229……228…………
色々な記憶とは裏腹に、現実にあるのは静寂のみ。静かに静かに時を喰らう静寂。冷たい床と暗い部屋がそれをより強く引き出していた。
115……114………113………112……111…………
『いたい……くるしい……つらい……こんなことなら……うまれたく……なかった……』
また言っておるのじゃ
『好きで生まれてきた訳じゃない!こんなに苦しむくらいなら!生まれたくなかった!』
あぁ……嫌な記憶じゃ……何じゃこれは?
最後の走馬灯の記憶。誰の記憶か分からない記憶。誰かにキツく当たった記憶。生まれてきた事を後悔しているだろう記憶。
こんなものを最後に見るとは……私の人生……最後まで……碌でもないものだ……だけど……誰が悪い訳でもない……自分が選んだ道なのだから
ここでこんな終わり方をするのも
運命なのだろう
そう……また何も……出来なかった……学ばない……学べない……愚かな私……
たった1人……そう……たった1つ……もう何があってもと……そう……誓ったのに……結局……その道の先にあったのは……
無
無益、無意味、無駄、無価値、無様、無能、無知無念、無心、無人、無名、無縁、無用、無我
録な意味が無い
まぁ、端から無いのだから、仕様が無い
だけど、それが、昔の私が選んだ
紛れもない、私の意味
そっか、もうあの時点で……間違ってたのか
23……22………21………20……19…………
時間はもう残されてなかった。
静かに、そして、呆気なく、終わりを迎えようとしていた。
その時
何もいない場所から人の声が聞こえる。
「んなっ!?聖なる神よ!数多の魂を呼び戻し!ここに1人の魂を蘇らせよ!【リザレクション】!健全なる魂は健全なる肉体に宿れ!【パーフェクトヒール】!」