その122 相変わらず敬語が使えない黒猫
一方その頃黒猫はというと
コノルが黒猫の置かれた状況を知らない理由が面会謝絶で会えないからだと夢にも思っていない黒猫は疲れた顔をしながらギルドルームの端っこに座り込んでいた。
アカンのじゃ……このままじゃアカンのじゃ……コノルはわたしゃを探してそうにない……まぁたNNが余計な事をしてるのじゃろう……邪魔しかしておらんではないか……少しは協力して欲しいのじゃ……しかしこの状況……どうしたものかの……
変わらぬ状況への打開策が見当たらない黒猫はお手上げ状態。未だに【シャドーフェイス】メンバーを倒す事も捕まえる事も仲違いさせる事も出来てない。
良いようにこき使われているだけ。その事実が黒猫を精神的に追い詰めているようだ。
任務などどうでもいいのじゃ……早く終わらせてコノルと美味し食べ物が食べたいのじゃあ……お腹が空いて死にそうじゃ……このままでは餓死してしまうのじゃ……それはアカンのじゃあああ……
違った。どうやら精神的に追い詰められているのは食欲のせいだった。
そんなまだまだ余裕のある馬鹿は射場ザキとリョウケンのいる方を見る。
ニヤニヤしながらアイテム欄を見ている2人。黒猫を使って盗んだ成果が予想通り過ぎて笑いが止まらないと言った所なのだろう。
黒猫はそんな2人から目線を離して深い溜息を吐く。
「はぁ……なのじゃ」
「つ、疲れて……る……ね?ふ、ひひ」
そう言って黒猫に声を掛けてきたのは棄世だった。棄世はニヤニヤと粘つく様な笑みを浮かべ、相も変わらずデカイ帽子を垂れ下げ引き摺りながらながら黒猫の目の前に立つ。
「うむ?またどこからとも無く現れたの。久し振りなのじゃ。何故かお主は話易いから助かるのじゃ。そうなのじゃ。疲れてるのじゃ。助けて欲しいのじゃ」
「……け、敬語は……い、未だに……お、覚えられ……て……ないの?……じょ、上下関係……に、は……ちゅ、注意……し、しろって……い、言った……でしょ?」
「のじゃ。その聞こえ辛い声にも慣れてきたのじゃ。聞こえても何言ってるか分からぬがの。それより食べ物はないかの?お腹空いたのじゃ」
「す、少しは……き、聞けよ……ふ、ふひひ……相、変わらず……お、面白、い奴……ほ、ほら……」
棄世はまるで聞いちゃいない黒猫に呆れながらもパンを投げ渡す。
「棄世さん。いたんですね。そんな奴甘やかしても時間の無駄ですぜ」
射場ザキがそう言うと棄世は粘つく様な視線で射場ザキを睨み付ける。
「……わ、私の……か、勝手……も、文句……つ、付けるな……し、死にたい……の……?」
棄世の威圧感に射場ザキは狼狽える。
「す、すみません!出しゃばりが過ぎました!」
直ぐ様頭を下げて謝る射場ザキ。その様子を見て黒猫は思う。
既に仲悪そうな奴等をどう仲違いさせれば良いのじゃ。
パンを齧りながら棄世を見つめる黒猫。
「……な、なんだ……よぉ?」
黒猫の黙ったままずっと見つめてくる視線に棄世はバツが悪そうにしながらたじろぐ。
「何故仲が悪いのじゃ?」
単刀直入、ズバッと隠すことなく聞く黒猫。
デリケートな問題とか、暗黙の了解とか、聞いてはいけない案件とか全く気にしないでズカズカと聞く黒猫。頭の中に無敵という言葉でも飛んでそうだ。
そんな黒猫に射場ザキとリョウケンが近付いて蹴りを入れてくる。
「お前はよぉ?下っ端の癖に調子乗んなや!」ガスッ!
「ちちち、てめぇは気遣いも出来ねーのか?」ゴスッ!
リンチ、という言葉が生易しい位激しく蹴りを入れる2人。
ガスッ!ゴスッ!と鈍い音の鳴る蹴り何十発と入れられ、射場ザキとリョウケンによる喝が入れ終わると、黒猫は一瞬の内に瀕死状態で横に倒れる。
そして黒猫の手から食べかけのパンがこぼれ落ち、パンはゆっくり転がりながら棄世の足元に当たる。
「……」
「たく。すみません棄世さん。次はちゃんと敬語使えるように調教しときますんで」
「巫山戯た事も今後一切言わせないも追加しとけ。ちちち」
2人はそう言うと、瀕死の黒猫を放置してギルドルームの中にある自分の部屋へと帰る。
「……じょ、上下関係……ちゅ、注意……し、しない……から……そ、そうなる……」
そう言って棄世も黒猫を放置して踵を返し、自室に戻っていく。
「……の……の……じゃぁ……」
暫くして黒猫は力を振り絞るかのように、転がったパンに向かって手を伸ばす。
しかし、弱々しく伸ばした手はパンには届かず、力無く床へと崩れ落ちる。
すると、力無く落ちる黒猫の手を誰かが掴み取る。
誰の手かと思い黒猫はその手の人物を見ると、そこには自室に帰った筈の棄世がいた。
棄世は自室から赤色に輝く液体の入った回復アイテムを持って戻ってきたのだ。それを黒猫の手に雑に掛ける棄世。
「も、もう……こ、こんな……お、温情……か、掛けない……から……な」
同情なのだろうか、それとも別の目的でもあるのだろうか、普通なら疑心が芽生えるところ。しかし、黒猫はそんな事を考えない。何故ならその行為が単純に嬉しかったから。
……のじゃぁ
見る見るうちに回復するHPと外傷ダメージ。棄世が全ての液体を掛け終わる頃には黒猫は元通り傷のない状態に戻っていた。