その112 撤退成功か接敵か
撤退までが作戦だから呑気な事言ってんじゃねーとばかりに射場ザキは黒猫に強く当たる。
そんな勢いで黒猫を押し退けた時、射場ザキはある事に気が付く。
「!お前……」
黒猫がいつもより異様に硬くなっている気がした。いや、間違いなく硬くなっている。そう確信した。
先程黒猫が言っていたバフを掛けていたという言葉。それを真に受けたとしても防御の能力値が桁違いに跳ね上がり過ぎているのだ。
下っ端だが仮にも暗殺専門のブラックギルドに所属している射場ザキ。ある程度の上がり方は微細だとしても多少なり把握出来る位の能力は身に付けている。
それは敵がバフを掛けて自分より強くなった場合、不利有利を素早く判断して撤退か反撃かを判断する為だ。ブラックギルドの世界を生き残る為に必要な能力。
しかし、黒猫のステータスの上がり幅はそんな能力が無くても、なんなら素人でも認識出来る程跳ね上がっているのだ。
例えるなら空だったペットボトルが水で満タンになってる。それ程の違い。
「……こいつぁ」
見てない時どんなバフを掛けたのか気になる射場ザキ。
しかし、その追求は後回しにして今は作戦の事だけを考える。
「へっ、まぁいい。使えるならなんだってな。何のバフ掛けたか知らねーが少しは役に立ちそうだな」
「うむ?のじゃ!」
突き飛ばされて尻餅を尽かされた状態の黒猫だが、今の射場ザキの言葉が自分の上司であるフゥを褒められた気がして、黒猫は怒りより先に誇らしげになり、得意気な顔で嬉しそうに頷く。
「はっ、2人が2階の窓から撤退した。俺達も退くぞ」
そう言って射場ザキは裏路地へと踵を返して急ぎ足で歩を進める。
それと同時に、射場ザキと黒猫のいる場所を取り囲む様にして周りから突如戦闘音が鳴り響く。
「ちっ、早過ぎる。こりゃ接敵するな。なるべく会わねぇ様にしてぇが、仕方ねぇ。羽崎のクソアマめ。救援なんか呼ばれやがって」
射場ザキはそう呟くと弓と短剣型の矢を手に装備する。
少しして黒猫も周りから響くこの音が戦闘音だと理解すると、誰が戦っているのか気になり射場ザキに尋ねる。
「周りが騒がしいが戦っとるのは棄世とやらかの?」
「あ?ああ、死にたくないならさんを付けろアホ。棄世さんとブルーハートさんだ間違いなくな。あの2人はそういう能力だから広範囲をカバー出来るんだ。だから戦闘音があっちゃこっちゃからすんだよ。いいからくっちゃべってないでさっさと付いて来い」
そう言って壁沿いに素早く移動する射場ザキに置いていかれまいと、黒猫も急いで後を追う。
敵に警戒しながら射場ザキと黒猫はその場を後にした。