その108 無茶振り伝言
周りの電灯も消え始め、暗闇が街を覆う時間帯になり、シン……と辺りが静まり返ると、羽崎とリョウケンは動き出す。
路地からその様子を窺う黒猫と射場ザキ。
店の中から差す明かりに混じって2つの影が暴れているのが見て取れた。
もしや、あの2人だけで終わるのでは?
その影の暴れっぷりを眺めながらそんな事を考えていると、
黒猫の耳元で、ある囁き声が聞こえる。
『……コー!……からの伝……あるか………向こ……話……ー』
良く聞き取れなかったが、その聞き覚えのある声に黒猫は横を向いて反応する。
「のじゃ?」
「あん?どうした?」
その黒猫の様子に射場ザキが反応する。
「のじゃ。何でもないのじゃ。それより少し離れて良いかの?」
「ダメに決まってんだろ」
「向こうに怪しい影があったのじゃ。確認するだけもダメなのかの?」
「……救援の連中にしては早すぎるから一般人か。良いだろう。バレねぇように始末してこい。返り討ちに合ったら承知しねぇぞ。俺はここから離れらんねぇからな」
射場ザキの了承を得て黒猫は射場ザキから離れる。
暗い路地裏を歩いて射場ザキに自分の声が届かないであろう場所まで来ると、黒猫は立ち止まる。
「ここなら大丈夫かの。出てくるのじゃ。誰なのじゃ〜?」
危機感のない声で、先程の囁き声の人物を呼ぶと、目の前に薄く靄が現れ、それが人の形を成してくる。
そこに現れたのは……
「ネココー!久しぶりだおー!私だおー!」
フゥだった。
「のじゃ!?副監!『風神雷神の金剛石』なのじゃ!久しぶりなのじゃ!相変わらず名前がアイテム名みたいで長いのじゃ!改名するのじゃあ!」
そう言って黒猫は嬉しそうにフゥに抱き着く。
「いつも言ってるけど思い入れのある名前なんだお!変えないおー!ネココー!調子はどうだおー?」
抱き合いながらその場でぴょんぴょん飛び跳ねる2人。
「どうもこうも無いのじゃ〜叩かれまくって大変なのじゃ〜」
フゥから離れると、黒猫は自分の頭を指差す。
「なんとぉー!?ネココ!それは裁判だお!傷害事件だお!訴えるお!」
「のじゃ!事件じゃと!許せぬのじゃ!訴えるのじゃ!」
「そうだお!」
「今こそ弱者の底力を見せる時だお!」
「今こそ弱者の底力を見せる時なのじゃ!」
謎スローガンを声を合わせて口にすると、2人は笑い合う。
「ぷぷぷ、相変わらずネココとフゥは相性バッチリなんだお」
「あふんの呼吸なのじゃ」
「それを言うなら阿吽だお!それより時間が無いんだったお。マスマスからの伝言。『隙を見てネココの潜入してるギルドメンバーを1人、誰でも良いからPKするか捕らえろ』だってお。私は手を貸したらダメらしいお」
フゥは渋い顔を作りながら裏声で伝言を伝える。
「のじゃぁ……」
その伝言を聞くや否や、またもや無茶な指示をしてきたと黒猫は生気のない目でフゥを見る。因みにフゥの言うマスマスとはNNの事だ。
つまりギルマスからの無茶な指示である。フゥはそれを伝える為にここまで来たのだ。
「ネココぉ〜……不憫だお」
フゥはそんなギルマスに無茶な指令を出されて脱力感を顕にする黒猫の様子を見て、憐れみの目を向ける。
「あ、そうだお!もう1つの伝言があったお!『PKか捕獲が無理なら内部からギルドを滅茶苦茶にしろ』だってお」
助け舟かと勘違いするかのような、続け様に下される無茶振り。
「のじゃ!……のじゃ?」
一瞬喜びはするが、良く考えると何も難易度が変わっていない任務内容に首を傾げる。
「ネココの実力は良く知ってるから言わせてもらうお。どちらを取ろうと絶対無理だお」
「うむ。絶対無理じゃな」
目を瞑りながら神妙な顔で頷く2人。なかなか酷な評価を下すフゥと全くやる気が無い黒猫。
異なる意見。だが2人の結論はまったく同じ場所へと収束したようだ。
というより黒猫じゃなくても難しい命令だ。2人が無理だと思うのも当然である。