その107 襲撃まであと僅か。敵が来たら逃げるかの
誰もが寝静まる時間。闇夜と静寂が街を包み込む。
そんな街で2つの人影が、屋根伝いに動いていた。
その2つの影は目的地であろう、とある店の屋根で止まる。
「ちちち、ここだ。一気に片付けるぞ。遅れるなよ羽崎」
「あいよー」
影の正体はリョウケンと羽崎だった。彼等は定刻通り予定の場所に現れ襲撃の準備に入る。
そして、その2人の他にも正面出入口付近では、路地の角で射場ザキと黒猫が既に待機していた。
「のじゃぁ……わたしゃは何すれば良いのじゃ?」
「てめぇ段取り何も聞いてねぇのか?羽崎とリョウケンさんが中でPKすんのは聞いただろ」
「のじゃ」
黒猫は頷く。頷いただけで分かってはいないが。
「そんで中から狩り残しが出て来たら俺達がそいつらを狩るんだ」
自身の武器である弓をチラつかせながら射場ザキは続ける。
「中の奴等は自分達の後ろ盾になってるギルドに救援要請を出すだろうから、そいつらが来たらその相手はこの周辺のどこかで潜んでる棄世さんとブルーハートさんがやんだよ。まぁねぇだろうがあの2人の狩り残しも俺達が請負う。接敵した相手は誰1人生かして帰すなよ。それが仕事だ。分かったか?」
冷たい態度でいつもの様に説明してくれないと思いきや、仕事だからか懇切丁寧に説明してくれた事に驚きつつも、黒猫はその内容に無理があると感じる。
「……分かったのじゃ」
だが、頷くしかない。首を振って否定は今更出来ない。
無理じゃと言ったら殴られそうじゃの。じゃがわたしゃ達は1番下っ端で1番楽な仕事そうじゃからそこまで無理する必要はなさそうじゃ。ぬはは
自分には荷が重いと分かっていながら、相も変わらず大した危機を抱かない黒猫。しかし今回ばかりは凡そその考えは合っていた。
危険度で言えば、黒猫と射場ザキの相手は逃げ出す様な弱い奴か手負いの相手だ。そんな危険度の低い相手をPKするだけなのでそれほど危険はない。
危険だと思われるのは、中を襲う予定の羽崎とリョウケンである。1番先に接敵する彼等は、敵にある程度抵抗されるので返り討ちをされない程度の実力がないと務まらない。その上実力者が店内にいる可能性も重々ある為、それなりに危険ではあるのだ。
そんな彼等より1番危ないとされているのは棄世とブルーハートの担当する敵だ。救援要請でくる敵は必ず手練であり、その数も不明な上、1人でも通過されて羽崎とリョウケンのいる場所へと向かわれたら味方から死傷者もでかけない。しかも騒ぎを起こそうものなら、近くの家の中から正義感を抱く第3勢力の参加も有り得なくない為、隠密行動を念頭に置いとかねばならないのだ。
だが、棄世とブルーハートが逃した敵は黒猫と射場ザキが殺らなければならない。黒猫に関して言えば、問題があるとすればそこだけだろう。
黒猫はそこまで深くは考えていないが、ムチャである事は野生(?)の勘が働いてなんとなく分かっていた。そして自分なりの対応策も考えていた。
強い奴が来たら逃げるのじゃ。
対応策が終わった後仲間からぶち殺されるような対応策である。まぁ仕方がないと言えば仕方ないが。
そんな黒猫は顎に手を当てある考え事をしていた。
それにしても……ギルドマスターはいいとして、棄世はそんなに強いのかの?任せて大丈夫なのかの?
黒猫の中ではギルドマスターは問答無用で強いという認識だが、棄世への認識は、あのたどたどしい口調のせいであまり強くないというイメージがあった。
最初に自分が部屋で組み伏せられた事をすっかり忘れていなければこんなイメージは普通生まれないが、そこは黒猫クオリティ。忘れているのだから仕方ない。
実力的にはブルーハートと棄世は同じ位強く、普段この2人は別件で上のブラックギルドから駆り出されており、ギルドルーム内では中々会う事はない程、その実力は折り紙つきなのだ。
その2人がこの作戦に参加するという事は、それ程大きな作戦である可能性という事なのだが、
黒猫がそこまで考えれる訳もなく、ただただ呑気に敵前逃亡を念頭に、作戦が開始されるのを待つばかりであった。