その105 ケーキを盗むなアイテムを盗め
肩を落とす黒猫。そんな黒猫の言葉にリョウケンは反応する。
……ん?黒表示が隠せてないなら出ていけだと?
その言葉はつまり黒猫自身は黒表示ではないと言う事。黒表示ならそんな言葉は出ない事にリョウケンは気が付き問い掛ける。
「ちょっと待て、今の言い方……お前まさか、赤とか黒じゃねぇのか?」
「のじゃ」
さも当然だろうといった表情で肩を落としながら即答する黒猫。
盗みを働ける力に、ブラックギルドなんかに他人の紹介で入る様な奴がまさか赤でも黒でもない潔癖なプレイヤーだと思ってもみなかった2人は驚いた表情になる。
しかし、そもそも黒猫は名前の表示がされていない為、赤でも黒でも同じ事。更に言えば、一部のシステムコードの書き換えまで出来るので、考えてみれば何も驚く程の事でもない。
そのあたりを加味してリョウケンは驚いた表情から普通の表情に変わり、考えを別の方向へとシフトする。
「ちちち、盗みを働ける上に白。こりゃこんな所だけじゃなく一般プレイヤーのいる場所もターゲットに出来るじゃねぇか」
「そうじゃの」モグモグ……
「まじ何なんだよお前?って、おい何食べてんだ?どこから持ち出したそれ?」
リョウケンと違い、射場ザキは未だに驚いていたが、黒猫がいつの間にか頼んでもないショートケーキを食べている事に気が付き眉を顰めながら尋ねる。
「もらったのじゃ」
そう言うと、黒猫は後ろのテーブル席を指差す。
黒猫が指差すそのテーブルには女性が座っており、その女性は突然自分の前からショートケーキが消えた事に戸惑いながら『あれあれあれあれ?』と呟いてテーブルの下を見たり、消えた箇所を触ったりして消えたショートケーキを探していた。
無論、黒猫が奪って現在進行形で食べているので見付かる訳がない。
その様子から黒猫が盗んだのだと察した射場ザキは、
「てめぇ……盗むならもっとマシなもん盗め。次んな事したらお前の目玉をくり抜いてケーキの上に飾るからな」
キレ気味に黒猫を叱責する。黒猫があまりに呆れた行為を行うので、今さっきまで驚いていた心境はどこかに吹き飛んでいた。
「お主らが飲み物を渡さんのが悪いのじゃ」
しかし開き直る黒猫。持っているフォークを射場ザキとリョウケンに向ける。
「聞こえてねぇならその耳はいらねぇな?」
その態度にイラついた射場ザキは立ち上がりナイフを取り出すと黒猫の耳元にナイフを添える。
「ぬ!……のじゃ……分かったのじゃ」モグモグ……
ショートケーキを食べている至福の時間を耳を削がれる痛みで台無しにしたくない黒猫はフォークをショートケーキに突き刺して渋々了承する。しかし注意を受けているにも関わらず黒猫は食べる手は止めない。
その行動にいちいち反応するのが面倒臭くなり射場ザキはナイフを仕舞って席に座り直す。
「ちちち、盗むならアクセサリー系を狙え。役職の装備縛りがなく付与効果次第じゃ高値で売れる上に使えるなら俺達の戦闘力を上がられる。1番外れが少ねぇからな」
「食べ物はダメなのかの?」
「論外だ。使用期限がある上に擬似空腹を紛らわすか少量しか体力を回復させられねぇアイテムなんか二度と盗むな」
黒猫は手元に残ったショートケーキの欠片を見る。
『【ショートケーキ】回復アイテム 体力を20回復する。満腹感を少量得られる。使用期限〇〇年〇〇月〇〇日まで』
アイテムの詳細が表示される。それをまじまじと見つめながら黒猫は、
「……のじゃぁ……」パク……
愛おしそうに最後の欠片を食べた。