第48話 第七章・7 鑑定士、魔人を罠に嵌める
オルタを人質に取ったエルマン。
だがそんな卑劣な悪党に、リュークの仕掛けた罠が容赦なく炸裂する――!
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オルタを人質に取ったエルマンは、その右腕で彼女の首を挟み込み、後ろから締め上げた。
「クッ、は、離しなさい――!」
「そうは行かん。貴様は罪人だ。この私を侮辱した罪は償ってもらわねばな」
エルマンが嘲笑い、腕に力を込める。ギリギリと狭まる気道にオルタが咳き込み、ついに賢者の鍵を取り落とす。
彼女が丸腰になったのを確かめ、エルマンは改めて、その姿勢のままで俺を睨んだ。
「さあ、貴様も武器を捨ててもらおうか。鑑定士」
「……はいはい、分かったよ」
俺は軽く苦笑し、聖剣を投げ捨てた。
同時にロミィが動こうとする。だが俺はすぐに彼女を手で制し、首を横に振った。
「よせ、ロミィ。ここはおとなしくしといた方がよさそうだ」
「う、うーん。仕方ないか……」
ロミィが渋々頷く。……いや、頷く素振りを見せる。少し芝居がかっている気もするが――まあ、エルマンが気づかなければ問題ない。
俺はロミィと視線だけで意図を伝え合い、それから二人して両手を上げ、エルマンに無抵抗の意を示した。
やつの表情が残忍に歪む。笑ってやがる。
「そうだ。それでいい。では――鑑定士、まずは貴様からあの世に送ってやろう」
そしてエルマンは、俺をまっすぐに見据え、さっそく攻撃呪文の詠唱に入った。
……やれやれ、この俺があっさり負けを認めたことを、少しは不自然に思うべきだな。それほど自分の勝利に自信があるのか、それとも学習能力がないだけか――。どっちにしろ、エルマンに俺の「罠」を見破るほどの技量はない。
そう確信し、俺はさっそく作戦を実行に移した。
「ちょ、ちょっと待った!」
唐突に叫び、慌てた風を装って、その場から大きく動く。
エルマンから距離を保ったまま、弧を描くように――。そして「ある一点」で足を止める。傍目には、やつの攻撃を恐れて逃げたように見えただろう。
「どうした、死ぬのが恐くなったか」
エルマンが呪文を中断し、せせら笑う。その言葉に、俺は素直に頷いてみせた。
「ああ、恐い。怖気づいて当然だろ? 何しろ俺は、ただのFランクだからな」
「ふん、ほざけ。これまで散々私をコケにした分際で――。だが、まあいい。存分に恐怖を味わいながら死んでもらおう」
そして呪文が再開される。しかし俺は、ここで一転して余裕の笑みを浮かべ、エルマンに言った。
「――なあ、取り引きしないか?」
「……何?」
エルマンが小馬鹿にした目で俺を睨んだ。その目を真っ向から見返し、俺は手袋から、「あるもの」を取り出す。
ごくありふれた宝箱。しかし肝心なのは、その中身だ。
俺は蓋を開け、そいつをつかみ出してみせた。
「俺の命を助けてくれたら、これをやろう」
「そ、それは――!」
エルマンの目が見開かれた。なぜなら俺の手にあるのは、黄金色に輝く五つのレリック――。そう、回収済みの《邪神》のアクセサリーだったからだ。
「どうだ? こいつがあれば、あんたはさらに強くなれる。興味があるだろ?」
「……確かに興味はある。だが、貴様を殺して奪い取るのは簡単だ」
「そいつはどうかな。あんたが容赦なく攻撃魔法を放つって言うなら、俺はこのアクセサリーを素早くパンドラにしまう。そうなれば、俺もろとも魔法に焼かれて灰になるだけだ」
「……ふん、アクセサリーを道連れにしようというわけか。姑息な真似を」
エルマンが忌々しげに俺を睨んだ。
そう、交渉に乗ってアクセサリーを手に入れるか。それとも俺を殺して、アクセサリーを失うか。答えは二つに一つ。
だが――すでに俺の目は、やつが選ぼうとしている選択肢を見抜いている。
やつはこのアクセサリーに惹かれている。あと一押しで、俺の交渉に頷くつもりだ。
まあ、最終的に行き着くのは、「アクセサリーを手に入れた後で俺を殺す」という結論だろうが――。もちろん、その前に決着はつけさせてもらう。しかし今は、交渉を成立させるのが先だ。
「なあエルマン、そう難しい取り引きじゃないと思うぞ?」
そう言って、俺はニヤリと笑ってみせた。なるべく、あくどい顔に見えるように。
――この手の交渉は、こちらが善人ぶっても成立しない。悪党相手には悪党として挑む。これが鉄則だ。
だから俺は、エルマンを頷かせるため、さらにこう続けた。
「助けるのは俺一人でいい。オルタの命はくれてやる」
「……ほお?」
エルマンがほくそ笑んだ。同時にオルタが俺を睨み――。
(――何か策があるのですね?)
――ああ、そのとおりだ。
言葉には出さず、心に描いた感情だけでメッセージを送ってきたオルタに、俺は無言で小さく頷いた。
互いに信用しているからこそ――そして、彼女に俺の能力をすべて打ち明けていたからこそ成り立った、心同士の会話だ。
だが当然、エルマンにそいつは見抜けない。やつは俺が寝返ったと誤解し、ようやく交渉を受け入れる気になったようだ。
「いいだろう。さあ、アクセサリーを渡してもらおうか」
オルタを捕らえた右腕はそのままに、左手をこちらに差し出してくる。……とは言え、やつも分かっているはずだ。俺が素直にアクセサリーを持って近づくことはない、と。
悪党同士の取り引きってのは、常に腹の探り合いだ。
「アクセサリーはここに置く」
そう言って、俺は手にしたアクセサリーを、自分の足元に落とした。
黄金に輝く《邪神》が、軽やかに音を立てて石の床を刻む。指輪。ブレスレット。ブローチ。ティアラ。そして、イヤリングの片割れ――。
すべてのアクセサリーが足元に散らばったのを確かめ、俺はゆっくりと後ろに下がった。
アクセサリーから充分に距離を取る。そして両手を上げ、もう一度抵抗の意志がないことを示す。
「リューク、あなたという人は!」
オルタが叫んだ。もちろん演技だ。なかなかやるようになったな、姫騎士様。
俺はにんまりと笑い、エルマンに言った。
「さあ、このとおりだ。持っていけばいいさ」
「……ふん、そうさせてもらおう」
エルマンが頷き、慎重に足を踏み出した。
アクセサリーに向かって、一歩ずつ。ただし拘束したオルタを、後ろから押すようにして、先に歩かせ――。
そう、用心のために人質を盾にするのは、悪党ならやって当然の行為だ。もちろん俺は、エルマンがそうするだろうことを読んでいた。
そして――だからこそ、この罠は完成する。
俺とロミィが遠目に見守る中、オルタがアクセサリーに辿り着く。彼女の足が、つい今まで俺が立っていた位置を踏もうとする。
その瞬間――。
不意にオルタの体が、床から跳ね上がった。
今まさに床を踏もうとしていた足が、体が、全身が。まるで反発する磁石のように、エルマンの腕からすっぽ抜けて、宙へと舞い上がる。
いったい何が起きたのか――。それは、当のオルタ自身がすぐに気づいたようだ。
「これは――罠回避!」
オルタがハッとして叫んだ。
そう、こいつは罠回避のスキル。つまりオルタはトラップを踏みかけ、それを自動的に回避したってわけだ。
――もちろん偶然じゃない。すべて俺の作戦どおりだ。
オルタをトラップに誘導し、スキルを発動させる。そしてエルマンの腕から脱出させると同時に、そのエルマンを――。
「ぬおぉっ?」
エルマンが声を上げた。跳び上がったオルタに腕を引っ張られ、やつが大きくバランスを崩した瞬間だった。
エルマンの体が前にのめる。転ぶまいと翼を動かす。だが、飛ぶことはできない。なぜなら、すでにその片翼は破壊済みだからだ。
すべては俺の計算どおり。そしてエルマンは為す術なく、たった今オルタが踏もうとしていたトラップの上へ――。
――かかった。
この瞬間、勝敗は決まった。
俺は、エルマンがトラップの上に倒れたのを視界の端で確かめつつ、宙にいるオルタに向かって手を伸ばした。
「オルタ、こっちだ!」
「リューク!」
オルタが頷き、足を舵のようにして、俺のもとへ飛んでくる。俺は両腕を広げ、一歩前へ踏み出した。
直後、宙で弧を描きながら、オルタが俺の胸にストッと飛び込んできた。
その衝撃によろめくことなく、俺はしっかりと彼女を抱き止める。オルタは俺の胸に顔を埋め、無事敵の手から解放されたことに、ようやく安堵の息を漏らした。
……が、どうやらそこで、俺の腕の中にいることを意識してしまったらしい。不意に顔を赤らめ、彼女は叫んだ。
「ひゃっ、ご、ごめんなさい! 思いっ切り飛び込んでしまいました! 大丈夫ですか?」
「ああ、軽くて助かったさ」
俺は笑って、オルタをそっと胸から離す。ロミィが何か言いたげにこちらを見ているが、まあ、それは後でいい。
俺は――改めて、エルマンに向き直った。
やつが立ち上がろうとしている。その目に怒りを湛えて。
「貴様……どこまで私をコケにするつもりだ!」
叫び、身を起こす。だがその瞬間――俺は自ら仕掛けた。
タッと床を蹴り、一気にやつの前へ。そして右手の拳を固める。
ああ、右手だ。タイラントを装着した左手じゃない。
やつを――今のエルマンを打ちのめすには、素手で充分だ。
眼前に立った俺に、エルマンが何か叫びかけた。何を言おうとしたかは、感情を読めば分かる。「待て!」という制止。そして、「素手で私を倒せると思っているのか!」という、陳腐な脅し。
もちろん、そいつをいちいち聞く理由はない。俺は無言で真っ向から、やつの顔面に拳を叩きつけた。
バキィッ! と甲殻の砕ける音とともに、エルマンの体が宙を舞った。
顔をヒビ割らせながら、やつは俺の拳一発で吹っ飛び、無様に床に転がった。
「ば、馬鹿な!」
床に這いつくばって、エルマンが呻く。心に戸惑いの色が浮かんでいるのが、ありありと分かる。
ああ、戸惑いもするだろうさ。何せやつは、自分の力に絶対的な自信を持っていた。やつを攻撃して傷つけられるのは、ごく一部の武器だけ――。そう信じていたはずだ。
なのに今、俺の拳は、エルマンの装甲を容易く突破した。こいつは恐ろしく想定外だったに違いない。
「なぜだ! なぜレベル5600越えの私が、貴様の素手の一撃に――!」
エルマンが顔を押さえながら、俺を睨む。
……やれやれ、まだ気づいてないようだな。自分の身に何が起きたのか。
仕方ない。種明かしと行くか。
「そいつは違うな、エルマン」
顔に苦笑を浮かべつつ、俺は言った。
「あんたは踏んじまったのさ。この宝物庫に眠る、最悪のトラップをな」
「……最悪のトラップ、だと?」
エルマンが顔をしかめる。同時に「あっ!」とオルタが叫んだ。
「リューク、もしかしてそのトラップというのは……?」
「ああ、オルタが一度引っかかった、アレだ」
「なるほど、そういうことね」
ロミィがにんまりと笑う。そしてオルタもまた、エルマンの身に起きたことを理解したようだ。
彼女の視線がエルマンを見据える。これで脅威が消え去ったという安堵と、多少の同情を込めて。
「な、何だ! 私が何を踏んだというのだ!」
ただ一人、状況を呑み込めないエルマンだけが騒ぐ。俺はやれやれと軽く溜め息をつくと、その答えを教えてやった。
……ああ、やつにとって、最も残酷な「答え」を。
「レベルリセット。踏んだやつのレベル、ランク、スキルを、すべてリセットしてしまう、最悪のトラップだ。つまりエルマン、今のあんたは、ただの――」
――レベル1だ。
そんな、この上ない残忍な宣告とともに。
俺は再度拳を固め、ニヤリと笑った。
リュークの巧妙な作戦が、ついにエルマンを無力化した。
もはや悪党に為す術なし。次回――決着!
お読みいただきありがとうございました。
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