第49話 第七章・8 鑑定士、再びの終焉大戦を終わらせる
リュークの策略にはまり、すべての力を失ったエルマン。
その最後の悪足搔きさえ、リュークは笑い飛ばす。
エルマン戦、ついに決着――!
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「この私が、レベル1、だと……?」
愕然とした声で、エルマンは俺の言葉を繰り返した。
そしてよろよろと立ち上がり、己の左手を見る。指を動かす。力の具合を確かめ、それから急いで俺を睨み、魔法の呪文を唱える。
しかし、何も起きない。やつがドーリスを殺して奪い、自分のものとして行使していた魔法の矢は、もはや姿を現すことは絶対にない。
刹那、エルマンの感情が大きく震えた。
「嘘だ……。嘘だぁっ!」
信じられない――いや、信じたくない、か。しかし事実、やつは《レベルリセット》のトラップを踏んで、すべての力を失った。どんなに吼えたところで、この現実は覆らない。
それでも往生際悪く、エルマンは左手の鉤爪を振り上げ、俺に斬りかかってきた。
「嘘だぁぁぁっ!」
「嘘じゃないさ。証明してやろう」
俺は鼻で笑い、やつの一撃をあっさりと躱す。そして続けざまに二発、カウンター代わりの拳を、やつの胴にお見舞いしてやった。
「ぐふっ!」
エルマンが呻き、再度吹き飛ぶ。脆い。所詮「レベル」という偽りの強さに頼ってきた騎士の、これが正当な実力ってわけだ。
「分かったろ? 今のあんたの防御力じゃ、素手の拳を食い止めることすらできないってな」
俺はそう言うと、エルマンのもとに歩み寄った。
エルマンが叫び、鉤爪を振り上げる。だが俺はそいつを難なく手刀で弾き、左手のタイラントをやつの顔面に向ける。
タイラントが熱を帯びる。露骨なブレスの兆候に、エルマンが慌てて後退る。
「た、盾よ――!」
しかし、もちろん聖騎士の盾は現れない。俺は苦笑し、ブレスを放つことなく左手を下ろした。
「証明終了、だな。分かっただろ? 自分がすべての力を失ったってことが」
「グッ……おのれぇぇぇっ!」
エルマンが怒りで震え上がる。やれやれ、この期に及んで、まだ敗北を認められないか。
俺が生暖かく見守る中、エルマンが走り出した。床に転がっている――そう、さっき俺が捨てた聖剣のもとへ。やつはそれを左手で拾い上げると、まったく様にならない構え方で、再び俺の方へ突っ込んできた。
「死ねぇぇぇっ!」
「おいおい、知ってるだろ? あんたの剣技はからっきしだってな」
「黙れぇっ!」
エルマンが闇雲に剣を振り回す。俺は軽い身の熟しでその攻撃をすべて躱しつつ、後ろへ下がる。
「――せっかくだ。もう一つ教えてやろう」
そう言って、俺は勢いよく横へ走った。
「待てっ!」
エルマンが追う。だが、それも一瞬のことだった。
やつが数歩走った刹那。不意に、やつの手にした聖剣に異変が起きた。
突如刃に亀裂が走り、ポキリ、と――。
「な、何っ? 折れた……?」
エルマンが唖然とする。そうだろう。何の前触れもなく、剣が折れちまったんだからな。
しかし、こいつも俺の計算どおりだ。なぜならこの宝物庫には、《レベルリセット》の他にもう一つ、危険なトラップが隠れている。その名も――。
「――《武器破壊》、ですね!」
答えを口にしたのは、俺ではなくオルタだった。そう、これまた彼女が以前踏んだ、アレだ。
武器を強制的に破壊し、使い物にならなくする――。冒険者にとっては、厄介この上ないトラップだ。俺は頷き、エルマンに言った。
「オルタの言ったとおりだ。今あんたが踏んだのは、《武器破壊》のトラップ。だから聖剣は折れた。……まあもっとも、あんたがそいつを踏むのは、初めてじゃないがな」
「何? どういうことだ?」
「おいおい、忘れちまったのか? あんたはすでに一度、この部屋で武器を折っているだろ」
俺のこの言葉に――エルマンがハッと目を見開いた。
やつの視線が右手に向けられる。槍の形に変形させた末、俺に破壊された、己の右手首に――。
「ば、馬鹿な! これは貴様が聖剣で……いや、ま、まさか……?」
「そう。そいつを折ったのは聖剣の力じゃない。トラップの効果さ」
愕然としているエルマンに、俺はようやく真実を教えてやった。
やれやれ、すっかり信じ込んでいたようだな。あの聖剣が、レベル5600越えの魔人の装甲を切り刻めるほどの業物だ、と――。本当は、聖剣としては並みの性能しかなかったんだが。
「こういうことさ。俺はあんたをトラップに誘導し、あんたがそれを踏むタイミングで、聖剣を右手に叩きつけた。同時に、武器と化していたあんたの右手はトラップの効果で折れ、あんたはそれを聖剣の力によるものと勘違いした――」
そう、すべて俺の策略どおりだ。
「その結果がどうなったかは、分かるだろ? あんたはその聖剣に恐れをなし、防戦一方になった。騙されずに猛攻に徹してりゃ、まだいい勝負になったろうにな。……おかげで俺は、余裕であんたの翼を破壊することができたってわけだ。大本命の《レベルリセット》に嵌めるためにな」
「つ、つまり貴様は、最初から私をトラップに嵌めるつもりで、ここへ誘い込んだというのか……。まさか、私がオルタを人質に取ることまで読んでいたのか?」
「いいや、まったく。まあ、可能性としては充分あり得たから、用心はしていたけどな。その辺はレリックの『引き』も込みで、臨機応変に立ち回らせてもらったさ。そして最終的には予定どおり――」
そう言って俺は、床に散らばっているアクセサリーのもとへ戻る。問題の《レベルリセット》はここにある。そう、俺が今、足で踏んでいるこの位置に。
「――ここに立って、あんたを誘導した。オルタはトラップを回避できるから、あんた一人をピンポイントで狙えたってわけだ」
「ま、待て! なぜ貴様はそのトラップを踏んで何ともないのだ!」
「おいおい、その理由ぐらい、あんたにも分かるだろ?」
俺は笑い、首を横に振った。
……確かにこのトラップは厄介だ。冒険者が築き上げたレベル、ランク、スキル――。そのすべてをリセットし、無に帰してしまう。だから《レベルリセット》は、すべての冒険者にとって大敵と言える。
しかしただ一人、このトラップが意味を成さない冒険者がいる。
――レベルは1。ランクはE。スキルは初期状態のまま、まったく育っていない。冒険者としての力に頼らず、ただ自前で鍛え上げた身体能力と、生まれつき備わった鑑定魔術を武器に、この遺跡を歩むのみ――。
そう、そんな冒険者が、ただ一人。
「俺に《レベルリセット》は効かない。何しろ、あんた曰く――Fランクだからな」
そう言って、俺はニヤリと笑ってみせた。
エルマンが絶叫したのは、その直後だった。
俺の術中に嵌り、敗北を期した現実に潰されてか。やつは咆え狂い、それからギラつく目で俺を睨んだ。
いや――違う。やつが睨んだのは、俺の足元だ。
そこにはまだ、やつの「力の源」が転がっている。そう、《邪神》の本質を持ったアクセサリーが――。
「まだだ……まだ、私は負けん!」
叫び、エルマンが向かってきた。走り、転びかけ、床に手を突いて獣のように。
そして俺の足元に這いつくばり、懸命にアクセサリーをかき集める。その無様な姿を俺は冷たく見下ろし、それからゆっくりとエルマンのそばを離れた。
「リューク、アクセサリーが!」
オルタが焦った様子で叫ぶ。
「取られちゃうけど……これで心置きなくとどめを刺せる、かな?」
ロミィが肩を竦める。
俺は「終わりだな」と呟くと、さっきオルタが落とした賢者の鍵を、この手に拾い上げた。
振り返ればエルマンが、集めたアクセサリーを、必死の形相で口に含んでいる。
「これで……これで私は、勝てる! ぐむぅ……っ」
喉を鳴らし、やつがアクセサリーを呑み込んでいく。……まあいい。正気など、やつはとうの昔に失っているだろう。
最後のアクセサリーを呑み下し、エルマンが倒れる。
そして――直後、膨大な瘴気が、やつの体から噴き出した。
「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!」
凄まじい咆哮とともに、エルマンの体がのたうち、その背中が膨れ上がる。
やつが新たな変身を遂げる。まるでその身を種として、本体が発芽するように――。漆黒の巨大な塊が轟音とともに、宝物庫の中心に出現する。
蛇のように鎌首をもたげ、無数の赤い目を灯した、闇そのものとも言える怪物。
「邪神――!」
オルタが息を呑んだ。
そう、すでにエルマンの姿は、邪神そのものだった。
――やれやれ。結局こうなるか。
俺は苦笑し、賢者の鍵をやつに向ける。
百五十年前に、やはりそうであったように。
「エルマン、改めて、あんたに紹介しよう。このレリックの名は《賢者の末裔》。外見はペンダントだが、そのアニムは《終焉大戦》――。そう、今から百五十年前、一人の女賢者が己の姿を無数の鍵に変え、邪神を自分もろとも封印し世界を救った、あの事件さ」
そう言って、俺は右目で鍵を捉える。
――アニムが視える。この鍵に秘められた、過去の戦いの光景が。
「その顕在化度は、わずか0.7パーセント。しかし俺の力によって、顕在化度は自在に上昇する。……そう、今のこの状態が、15パーセントだ」
「15パーセント……? たったそれだけ……?」
オルタが再び息を呑んだ。この鍵が、まだまだ強大な力を秘めていると気づかされたからだ。
俺は頷き、猛る邪神に向かって、なおも言葉を続けた。
「もっとも、《終焉大戦》はあくまで出来事。したがってこいつのアニムを開きすぎると、武器として使えなくなるどころか、過去の大戦争が再生し、世界各地に被害をもたらしかねない。だから敢えて、低い顕在化度のまま使っていたが――」
だが、当の邪神が目の前にいる。だったら――せっかくだ。もう少しだけ本気で挑んでもいいだろう。
とは言え、所詮はレベル補正のない、「素」の邪神。さっきまでと違って、15パーセントの鍵でも充分ダメージは通るはずだ。だから開放の度合いは、さほど大きくする必要はない。
「そうだな。もう10パーセント、上昇させてもらおう」
俺はそう言うと賢者の鍵を振り上げ、邪神に向かって矢のように、勢いよく投げつけた。
そして――もちろん、こいつを行使する。
「開!」
宙を貫く賢者の鍵が、俺の言葉に合わせて眩い光を放つ。
そして、増える。
二本。四本。八本。三十二本。いや、数え切れないほど無数に増殖し、邪神目がけて殺到する。
輝く雨のように、鍵の群れが邪神を穿つ。絶叫が轟く。それでも鍵は、次から次へとその数を増し、無限に邪神の身を貫いていく。
かつての《終焉大戦》も、きっとこんな光景だったのだろう。
――皮肉な話だ。賢者の血筋を疎ましく思うこの俺が、賢者の鍵を使って邪神を倒すなんてな。
思わず苦笑が漏れた。
やがて邪神の悲鳴が途切れる。エルマンの最期だ。
「――封」
瘴気が完全に消え去ったのを感じ、俺は静かに、この戦いを終わらせた。
こうしてようやく事件は解決した。
もっとも、例によってその功績は、すべてオルタに押しつけられ――?
お読みいただきありがとうございました。
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