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第49話 第七章・8 鑑定士、再びの終焉大戦を終わらせる

リュークの策略にはまり、すべての力を失ったエルマン。

その最後の悪足搔きさえ、リュークは笑い飛ばす。

エルマン戦、ついに決着――!


次回の更新は7月20日の18:00を予定しています。

「この私が、レベル1、だと……?」

 愕然とした声で、エルマンは俺の言葉を繰り返した。

 そしてよろよろと立ち上がり、己の左手を見る。指を動かす。力の具合を確かめ、それから急いで俺を睨み、魔法の呪文を唱える。

 しかし、何も起きない。やつがドーリスを殺して奪い、自分のものとして行使していた魔法の矢は、もはや姿を現すことは絶対にない。

 刹那、エルマンの感情が大きく震えた。

「嘘だ……。嘘だぁっ!」

 信じられない――いや、信じたくない、か。しかし事実、やつは《レベルリセット》のトラップを踏んで、すべての力を失った。どんなに吼えたところで、この現実は覆らない。

 それでも往生際悪く、エルマンは左手の鉤爪を振り上げ、俺に斬りかかってきた。

「嘘だぁぁぁっ!」

「嘘じゃないさ。証明してやろう」

 俺は鼻で笑い、やつの一撃をあっさりと(かわ)す。そして続けざまに二発、カウンター代わりの拳を、やつの胴にお見舞いしてやった。

「ぐふっ!」

 エルマンが呻き、再度吹き飛ぶ。(もろ)い。所詮「レベル」という偽りの強さに頼ってきた騎士の、これが正当な実力ってわけだ。

「分かったろ? 今のあんたの防御力じゃ、素手の拳を食い止めることすらできないってな」

 俺はそう言うと、エルマンのもとに歩み寄った。

 エルマンが叫び、鉤爪を振り上げる。だが俺はそいつを難なく手刀で弾き、左手のタイラントをやつの顔面に向ける。

 タイラントが熱を帯びる。露骨なブレスの兆候に、エルマンが慌てて後退る。

「た、盾よ――!」

 しかし、もちろん聖騎士パラディンの盾は現れない。俺は苦笑し、ブレスを放つことなく左手を下ろした。

「証明終了、だな。分かっただろ? 自分がすべての力を失ったってことが」

「グッ……おのれぇぇぇっ!」

 エルマンが怒りで震え上がる。やれやれ、この期に及んで、まだ敗北を認められないか。

 俺が生暖かく見守る中、エルマンが走り出した。床に転がっている――そう、さっき俺が捨てた聖剣のもとへ。やつはそれを左手で拾い上げると、まったく様にならない構え方で、再び俺の方へ突っ込んできた。

「死ねぇぇぇっ!」

「おいおい、知ってるだろ? あんたの剣技はからっきしだってな」

「黙れぇっ!」

 エルマンが闇雲に剣を振り回す。俺は軽い身の(こな)しでその攻撃をすべて躱しつつ、後ろへ下がる。

「――せっかくだ。もう一つ教えてやろう」

 そう言って、俺は勢いよく横へ走った。

「待てっ!」

 エルマンが追う。だが、それも一瞬のことだった。

 やつが数歩走った刹那。不意に、やつの手にした聖剣に異変が起きた。

 突如刃に亀裂が走り、ポキリ、と――。

「な、何っ? ()()()……?」

 エルマンが唖然とする。そうだろう。何の前触れもなく、剣が折れちまったんだからな。

 しかし、こいつも俺の計算どおりだ。なぜならこの宝物庫には、《レベルリセット》の他にもう一つ、危険なトラップが隠れている。その名も――。

「――《武器破壊ウェポンブレイク》、ですね!」

 答えを口にしたのは、俺ではなくオルタだった。そう、これまた彼女が以前踏んだ、アレだ。

 武器を強制的に破壊し、使い物にならなくする――。冒険者にとっては、厄介この上ないトラップだ。俺は頷き、エルマンに言った。

「オルタの言ったとおりだ。今あんたが踏んだのは、《武器破壊》のトラップ。だから聖剣は折れた。……まあもっとも、あんたがそいつを踏むのは、初めてじゃないがな」

「何? どういうことだ?」

「おいおい、忘れちまったのか? あんたはすでに一度、この部屋で武器を折っているだろ」

 俺のこの言葉に――エルマンがハッと目を見開いた。

 やつの視線が右手に向けられる。槍の形に変形させた末、俺に破壊された、己の右手首に――。

「ば、馬鹿な! これは貴様が聖剣で……いや、ま、まさか……?」

「そう。そいつを折ったのは聖剣の力じゃない。()()()()()()()さ」

 愕然としているエルマンに、俺はようやく真実を教えてやった。

 やれやれ、すっかり信じ込んでいたようだな。あの聖剣が、レベル5600越えの魔人の装甲を切り刻めるほどの業物だ、と――。本当は、聖剣としては並みの性能しかなかったんだが。

「こういうことさ。俺はあんたをトラップに誘導し、あんたがそれを踏むタイミングで、聖剣を右手に叩きつけた。同時に、()()()()()()()()あんたの右手はトラップの効果で折れ、あんたはそれを聖剣の力によるものと勘違いした――」

 そう、すべて俺の策略どおりだ。

「その結果がどうなったかは、分かるだろ? あんたはその聖剣に恐れをなし、防戦一方になった。騙されずに猛攻に徹してりゃ、まだいい勝負になったろうにな。……おかげで俺は、余裕であんたの翼を破壊することができたってわけだ。大本命の《レベルリセット》に嵌めるためにな」

「つ、つまり貴様は、最初から私をトラップに嵌めるつもりで、ここへ誘い込んだというのか……。まさか、私がオルタを人質に取ることまで読んでいたのか?」

「いいや、まったく。まあ、可能性としては充分あり得たから、用心はしていたけどな。その辺はレリックの『引き』も込みで、臨機応変に立ち回らせてもらったさ。そして最終的には予定どおり――」

 そう言って俺は、床に散らばっているアクセサリーのもとへ戻る。問題の《レベルリセット》はここにある。そう、俺が今、足で踏んでいるこの位置に。

「――ここに立って、あんたを誘導した。オルタはトラップを回避できるから、あんた一人をピンポイントで狙えたってわけだ」

「ま、待て! なぜ貴様はそのトラップを踏んで何ともないのだ!」

「おいおい、その理由ぐらい、あんたにも分かるだろ?」

 俺は笑い、首を横に振った。

 ……確かにこのトラップは厄介だ。冒険者が築き上げたレベル、ランク、スキル――。そのすべてをリセットし、無に帰してしまう。だから《レベルリセット》は、すべての冒険者にとって大敵と言える。

 しかしただ一人、このトラップが意味を成さない冒険者がいる。

 ――レベルは1。ランクはE。スキルは初期状態のまま、まったく育っていない。冒険者としての力に頼らず、ただ自前で鍛え上げた身体能力と、生まれつき備わった鑑定魔術を武器に、この遺跡を歩むのみ――。

 そう、そんな冒険者が、ただ一人。


「俺に《レベルリセット》は効かない。何しろ、あんた曰く――()()()()だからな」

 そう言って、俺はニヤリと笑ってみせた。


 エルマンが絶叫したのは、その直後だった。

 俺の術中に嵌り、敗北を期した現実に潰されてか。やつは咆え狂い、それからギラつく目で俺を睨んだ。

 いや――違う。やつが睨んだのは、俺の足元だ。

 そこにはまだ、やつの「力の源」が転がっている。そう、《邪神》の本質アニムを持ったアクセサリーが――。

「まだだ……まだ、私は負けん!」

 叫び、エルマンが向かってきた。走り、転びかけ、床に手を突いて獣のように。

 そして俺の足元に這いつくばり、懸命にアクセサリーをかき集める。その無様な姿を俺は冷たく見下ろし、それからゆっくりとエルマンのそばを離れた。

「リューク、アクセサリーが!」

 オルタが焦った様子で叫ぶ。

「取られちゃうけど……これで心置きなくとどめを刺せる、かな?」

 ロミィが肩を竦める。

 俺は「終わりだな」と呟くと、さっきオルタが落とした賢者の鍵を、この手に拾い上げた。

 振り返ればエルマンが、集めたアクセサリーを、必死の形相で口に含んでいる。

「これで……これで私は、勝てる! ぐむぅ……っ」

 喉を鳴らし、やつがアクセサリーを呑み込んでいく。……まあいい。正気など、やつはとうの昔に失っているだろう。

 最後のアクセサリーを呑み下し、エルマンが倒れる。

 そして――直後、膨大な瘴気が、やつの体から噴き出した。

「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!」

 凄まじい咆哮とともに、エルマンの体がのたうち、その背中が膨れ上がる。

 やつが新たな変身を遂げる。まるでその身を(たね)として、本体が発芽するように――。漆黒の巨大な塊が轟音とともに、宝物庫の中心に出現する。

 蛇のように鎌首をもたげ、無数の赤い目を灯した、闇そのものとも言える怪物。

「邪神――!」

 オルタが息を呑んだ。

 そう、すでにエルマンの姿は、邪神そのものだった。

 ――やれやれ。結局こうなるか。

 俺は苦笑し、賢者の鍵をやつに向ける。

 百五十年前に、やはりそうであったように。

「エルマン、改めて、あんたに紹介しよう。このレリックの名は《賢者の末裔》。外見はペンダントだが、そのアニムは《終焉大戦》――。そう、今から百五十年前、一人の女賢者が己の姿を無数の鍵に変え、邪神を自分もろとも封印し世界を救った、あの事件さ」

 そう言って、俺は右目で鍵を捉える。

 ――アニムが視える。この鍵に秘められた、過去の戦いの光景が。

「その顕在化度は、わずか0.7パーセント。しかし俺の力によって、顕在化度は自在に上昇する。……そう、今のこの状態が、()()()()()()()だ」

「15パーセント……? たったそれだけ……?」

 オルタが再び息を呑んだ。この鍵が、まだまだ強大な力を秘めていると気づかされたからだ。

 俺は頷き、猛る邪神に向かって、なおも言葉を続けた。

「もっとも、《終焉大戦》はあくまで()()()。したがってこいつのアニムを開きすぎると、武器として使えなくなるどころか、過去の大戦争が再生し、世界各地に被害をもたらしかねない。だから敢えて、低い顕在化度のまま使っていたが――」

 だが、当の邪神が目の前にいる。だったら――せっかくだ。もう少しだけ本気で挑んでもいいだろう。

 とは言え、所詮はレベル補正のない、「素」の邪神。さっきまでと違って、15パーセントの鍵でも充分ダメージは通るはずだ。だから開放の度合いは、さほど大きくする必要はない。

「そうだな。もう10パーセント、上昇させてもらおう」

 俺はそう言うと賢者の鍵を振り上げ、邪神に向かって矢のように、勢いよく投げつけた。

 そして――もちろん、こいつを行使する。

オープン!」


 宙を貫く賢者の鍵が、俺の言葉に合わせて(まばゆ)い光を放つ。

 そして、()()()

 二本。四本。八本。三十二本。いや、数え切れないほど無数に増殖し、邪神目がけて殺到する。

 輝く雨のように、鍵の群れが邪神を穿(うが)つ。絶叫が轟く。それでも鍵は、次から次へとその数を増し、無限に邪神の身を貫いていく。

 かつての《終焉大戦》も、きっとこんな光景だったのだろう。

 ――皮肉な話だ。賢者の血筋を(うと)ましく思うこの俺が、賢者の鍵を使って邪神を倒すなんてな。

 思わず苦笑が漏れた。


 やがて邪神の悲鳴が途切れる。エルマンの最期だ。

「――クローズ

 瘴気が完全に消え去ったのを感じ、俺は静かに、この戦いを終わらせた。

こうしてようやく事件は解決した。

もっとも、例によってその功績は、すべてオルタに押しつけられ――?


お読みいただきありがとうございました。

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