第47話 第七章・6 鑑定士、反撃を開始する
無数のレリックが眠る宝物庫こそ、リュークの戦場に相応しい――。
鑑定士の反撃が今始まる!
次回の更新は7月16日の18:00を予定しています。
「宝物庫だと――?」
エルマンは訝しげに俺を睨んだ。
大部屋の四方を埋め尽くす宝箱の山。その中心に立って笑う鑑定士の姿を見て――やつは果たして気づいただろうか。
自分がとてつもなく不利な状況に追い込まれた、という事実に。
「教えてやるよ、エルマン。今この部屋にあるすべての宝箱が、俺の戦力であり、あんたの敵だってことをな」
「クッ、ほざけ!」
不敵な笑みを浮かべた俺に、エルマンが罵声で応える。
やつが槍と化した右手を構える。俺は相手を油断なく視界に捉えながら、後ろにいる二人に声をかけた。
「オルタ、エルマンの翼を狙え。ロミィは俺のサポートを頼む」
「分かりました!」
「任せて!」
オルタとロミィが頷く。その声を合図に、俺は静かに、しかしはっきりと宣告した。
「始めよう。――ここからは、俺のターンだ」
俺とエルマンの戦いは、まず俺の一手から始まった。
「ほらよ、まずは軽くこいつでも浴びてな!」
左手のタイラントを掲げ、ブレスを放つ。こいつはエルマンにとってダメージこそないが、その視界を防ぐには充分な働きをする。
エルマンが舌打ちし、慌てて位置取りを変える。その隙に、俺はロミィに叫んだ。
「ロミィ、宝箱だ!」
「はいよっ!」
俺の差し出した手に、ロミィが宝箱を投げてよこす。そいつをキャッチし、素早く蓋に手をかける。
「さあ、何が出るかな? ――除!」
まずはお約束のトラップ解除。そして開封。開いた箱の中に手を挿し入れ、俺が取り出したのは――。
「ふっ、いい引きだ」
一見何の変哲もないリンゴを手に、俺はほくそ笑んだ。それにしても偶然ってのは恐ろしい。前にも、これとそっくりなレリックを引いたことがあったな。
「貴様、私を馬鹿にしているのか! たかがリンゴ一つで何を――」
「開!」
エルマンの台詞をすべて聞き終えることなく、俺は鑑定魔術を行使した。リンゴの本質が瞬く間に解放され、光り輝く聖剣へと早変わりする。
「悪いな、エルマン。あんたのその手のツッコミは、聞き飽きてるんだ」
「……な、何! リンゴが聖剣に……?」
「ああ、そういう反応も聞き飽きている」
俺は笑い、聖剣を手に、一気にエルマンに走り寄った。
エルマンが槍を構え、迎撃の姿勢を取る。鋭い先端が俺を捉えようとする。そいつを躱しつつ、俺はやつの横へ。エルマンが追う。大部屋の中を、俺達は目まぐるしく駆け回る。
「ククッ、大口を叩いた割りには、逃げてばかりではないか!」
エルマンが嘲笑う。なるほど、確かにあんたの目には、そう見えるだろうな。だが――。
「――今だ!」
それは、ほんの一瞬のことだった。
やつの位置に注意を払い、ほんの一瞬つかんだ「あるタイミング」――。そいつを、俺は見逃さなかった。
一気にやつの正面に躍り出るや、俺は手にした聖剣を、勢いよく振るった。
バキッ! と鈍い音が響いた。そして――意外なことが起きた。
いや、意外なのは、「エルマンにとっては」だ。もちろんすべて、俺の思惑どおりだ。
「グオッ!」
エルマンが苦悶の呻きを上げる。当然だ。やつの槍が――変形した手首が、聖剣の一撃を受けた瞬間、真っ二つに折れちまったんだからな。
「ぐ……グオォッ!」
傷口から瘴気を噴き上げながら、エルマンが右腕を押さえ悶絶する。自然と背中が丸まる。その背中に向かって、背後からすかさず追撃が入る。
「後ろから失礼します!」
律儀に叫んだオルタが、賢者の鍵を振るった。鍵はエルマンの翼にヒットし、まずは幾何かのダメージを与えるのに成功する。
「おのれ、小癪な!」
エルマンが振り返る。だがすでにオルタは素早く離脱済みだ。
そしてこの合間を縫って、第二の宝箱が開かれる。
「外見は金貨。アニムは《森》。顕在化度0.7パーセント――」
よし、こいつもなかなか使える。俺は剣を小脇に抱え、宝箱から金貨をつかみ取ると、指を器用に動かし、その一枚をエルマンに向かって弾き飛ばした。
ピシッ、と金貨の直撃を肩に受け、エルマンが俺を睨む。
「貴様、今度は何の真似だ! ……クッ、癒しよ、我が肉体に再生を!」
金貨に何の効果もないと見るや、エルマンは僧侶から取り込んだ治癒能力で、右手を再生させ始めた。しかしその刹那。
「開!」
「うおぉぁっ?」
俺の声に合わせて、床に落ちた金貨が、複数の大木へと変貌を遂げる。伸びる幹がエルマンの体を突き上げ、やつを天井へと叩きつける。
「オルタ、もう一発行っとけ」
「はい!」
オルタが鍵を振るう。輝く光が刃となって飛び、天井でもがくエルマンの翼を勢いよく叩く。
弾みで周囲の枝がバラバラと舞う。エルマンが抜け出そうとする。
「封!」
そこへ俺の一声。たちまち樹が金貨へと戻り、バランスを失ったエルマンを床に叩き落とした。
その合間にも、俺の指は次々と周囲に金貨を弾いていく。エルマンが再び立ち上がった頃には、やつはすでに、いくつもの金貨に囲まれていた。
「貴様ぁっ!」
「開!」
「ぐっ!」
反撃に打って出ようとしたエルマンが、突如その全方位を樹に囲まれ、動きを止める。その刹那、俺は聖剣を手に、やつとの間合いを一気に詰めた。
剣を振り被る。同時にエルマンの感情が、「恐怖」の一色で塗り潰される。
――そう、やつは右手を破壊された時点で、この聖剣に恐怖を抱くようになった。自分の体にダメージを与え得る武器だ、と認識した。つまり。
「た、盾よ!」
エルマンの全身を、聖騎士の盾が覆った。同時に俺の剣が、やつの体を樹々ごと薙ぐ。
エルマンが樹の檻から抜け出し、無傷のまま床に転がる。しかし俺が追撃の体勢を取ったのを見るや、やつは慌てて宙に舞い上がり、元来た扉へと飛んでいく。
防戦。そして逃走――。恐怖に陥ったエルマンは、自分の身を守ることを最優先に考える。これでやつの動きは大きく縛られることになったってわけだ。
しかも、あいにく逃げられはしない。
扉の外へ出ようとしたエルマンの正面に、不意に魔法の壁が立ちはだかる。勢い余って激突し、やつが床に落ちる。
「残念でした。三対一だってことをお忘れなく」
ロミィの小馬鹿にした声が響く。エルマンが舌打ちし、立ち上がろうとする。そのタイミングで新たなオルタの一撃が、やつの翼を背後から打った。
「クッ、癒しよ――」
「おっと、こいつも一緒にくれてやる」
再生を試みたエルマンに向かって、俺はすかさず次のレリックを放り投げた。
見た目は、ただの白銀の兜だ。エルマンが警戒し慌てて躱す。兜が床に転がる。その間にも、やつが翼に受けたダメージは再生しつつある。
しかしこの兜。アニムは――。
「開!」
俺の叫びに合わせて、兜が眩い光を放った。
「こ、これは――!」
エルマンが目を見開く。突如として周囲の光景が変わり、俺達は一転して、荘厳な礼拝堂の中に佇む。
「アニムは《聖域》。この空間では、すべての聖なる力が増幅する――」
俺はそう言って、ニヤリと笑った。途端にエルマンが背中を押さえ、悲鳴を上げた。
礼拝堂の効果によって、やつの治癒スキルは過剰に強化された。結果、聖なる光が必要以上に溢れ、かえってその暗黒の体にダメージを与えてしまったってわけだ。
そして、これが意味するものは一つ。――やつはもう、治癒スキルを行使できない。
「観念しろ、エルマン」
俺は再び聖剣を手に、やつとの距離を詰める。エルマンがとっさに盾を展開し、俺の一撃を防ぐ。
この聖剣も《聖域》の効果で強化されるとはいえ、さすがに盾を張られてしまうと、ダメージを与えるのは難しい。そもそも聖騎士の盾自体、《聖域》の強化対象だ。
もっとも、その辺は俺も承知済みだ。目的はあくまで、やつを追い込むこと。そして、やつの翼を封じること――。
エルマンが扉を離れ、再び空を飛んで宝物庫の中央へと舞い戻る。その隙に俺は手近な宝箱を取り、手早く中身を取り出す。
「おっと、これまた偶然だな。見た目は羊皮紙。アニムは《カエル》、と――」
まあせっかくだ。役立ってもらおう。
俺は羊皮紙を左手につかみ、エルマンのもとへ駆ける。エルマンが呪文を唱え、空中からマジックボルトを放つ体制に入る。しかし――その詠唱を終えるよりも先に、俺の鑑定魔術が作動した。
「開!」
まずは、やつのそばに落ちている金貨のアニムを開き、再び大樹の姿を露わにする。その大樹の幹に手をかけ、俺は一気に樹上へ――エルマンと同じ高度へと登り上がる。
俺の左手が、やつの顔に届いた。
羊皮紙を押しつける。そしてもちろん。
「開!」
おっと、安心してほしい。アニムの開放は数パーセントに留めた。
「むぐぅっ!」
エルマンが呻く。濡れた生臭い、しかもモソモソと動く羊皮紙がその顔面を覆い、呪文の詠唱を強制的に中断させる。
その隙を突いて、オルタが次の光刃を、エルマンの翼に浴びせた。エルマンが墜落する。――ふむ、あと一息ってところか。
「ロミィ、次の箱を」
「はい、テキトーにこれ!」
新たな宝箱が投げ渡された。受け取り、瞬時に罠を解除して開く。……と、突然箱の中から巨大な唸り声が響いた。
「おっと、ある意味大当たりだ」
俺はそう言って、素早く宝箱をエルマンに向かって放り投げた。
カエルを剥がしたエルマンが、とっさに手で宝箱を弾き落とす。と同時に、床に転がった箱の中から、三つの頭を持つ巨犬が飛び出してきた。
「け、ケルベロスだと?」
エルマンの叫んだとおり、どうやらロストワンダーを引き当てちまったようだ。
箱から出てきたケルベロスは、口から毒の息をチロチロと吐きながら、三つの頭で俺たち全員を睨みつける。殺気に満ちたその視線に、オルタが思わず身を竦ませる。
しかし、こいつを歓迎したやつもいた。――エルマンだ。
「よし、ケルベロスならば、我が贄として力にするのみ!」
新たな戦力を得た気になり、エルマンが猛る魔獣に手を伸ばす。もちろん高レベルの魔人にとって見れば、この程度のワンダーなど、取るに足らない相手のはずだ。
だが、やつがその鉤爪で、ケルベロスの喉を三つまとめて斬り裂こうとした刹那。
「開!」
俺の鑑定魔術が、その目論見を阻んだ。
ケルベロスがたちまち変貌する。ただの――ケルベロスサイズの、でかい卵に。
「なっ――!」
絶句するエルマン。しかし振るった手を急に止められるはずもなく、やつの腕が卵の殻を見事に粉砕した。
当然中身が溢れ出す。夥しい粘液がエルマンの腕を伝い、一気にその身にまとわりつく。
「おのれ、こんな馬鹿げた嫌がらせで、私がやられるものか!」
「さあ、そいつはどうかな」
卵の中身を浴びてやられるやつなんていないことは、先刻承知だ。だから――もちろんこの時点で、俺は次の宝箱を準備していた。
「ほら、お次はこいつだ」
俺はその宝箱を、勢いよくエルマンに向かって放り投げた。ただし、トラップは解除せずに。
蓋が開く。溢れ出た光が、エルマンの体に浴びせられる。
「これは、石化――」
「ああ、卵の白身には有効だな」
エルマンが言い終えるよりも先に、結果は出ていた。やつの体を覆った卵白が、たちまち強固な石と化し、やつの動きを完全に封じる。
エルマンが呻く。しかし、この拘束から抜け出す猶予を与えるつもりはない。
「オルタ、これでラストだ!」
「でぇぇぇいっ!」
俺の声に合わせて、オルタがエルマンの背に向けて、勢いよく賢者の鍵を振るった。
ガッ! と激しい音を立て、エルマンの片翼がついに折れた。
「うぐわぁっ!」
さすがに痛みを覚えてか、エルマンが叫ぶ。同時に表面を覆っていた石が砕け、やつは再び自由になる。しかし。
「開!」
床に撒いた金貨は健在だ。たちまちいくつもの樹々が伸び、再びエルマンを取り囲んだ。
追い詰められる形になったエルマンに向かって、俺は聖剣を構える。だが――やつはこれまでと違って、聖騎士の盾を張り巡らせようとしなかった。
「ええい、こうなったら!」
ありふれた悪党の台詞を吐き、エルマンが勢いよく腕を振るった。剛腕にものを言わせて樹々を薙ぎ倒し、背後へと向き直る。そこには、やつの翼を折ったばかりのオルタがいる。
「きゃっ!」
オルタが悲鳴を上げた。エルマンの腕が、彼女の後ろ首を捕らえた瞬間だった。
――もっとも、俺は慌てはしない。エルマンの感情は読めている。やつは、オルタをすぐに殺すつもりはない。
「武器を捨てろ、鑑定士!」
エルマンが叫んだ。俺はひとまず樹々を金貨の形に戻し、視界を確保する。
「やれやれ、人質か」
オルタを捕らえ粋がっているエルマンに、俺は苦笑した。
おとなしくガードに徹していればよかったものを。この礼拝堂で小一時間もじっとしていれば、もしかしたら瘴気が抜けて、形だけは――そう、あくまで形だけは、人間に戻れたかもしれないってのにな。
だが、こうなった以上は仕方がない。こちらも相応の手段で、エルマンを止めるのみだ。
この宝物庫では、俺の選択肢は無限大。
しかしここは、当初の作戦を遂行させてもらおう。
――そう、この腐れきった魔人に、最大限の屈辱とともに今度こそとどめを刺す、あの作戦を。
オルタを人質に取ったエルマン。
卑劣な魔人に、リュークの罠が炸裂する――!
お読みいただきありがとうございました。
次回の更新は7月16日の18:00を予定しています。




