第45話 第七章・4 鑑定士、巨竜とともに空を駆ける
冒険者達の力を取り込み、レベル6000を超えたエルマン。
リュークは竜と化したタイラントに跨り、空から挑む!
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エルマンを食い止めるため廃都に着いた俺達。だが、まずは冒険者の避難が先決だった。
「皆さん、ここは私達に任せて、逃げてください!」
オルタが叫ぶ。その言葉には、今までどこかにあった負い目――そう、自分もまた俺にすべてを任せているのだ、という後ろめたさが一切ない。
ただしそれは、開き直りではない。オルタが自分の強さに自信を持った、何よりの証拠だ。
俺はそんな彼女を頼もしく思いながら、隣でこっそりとフォローを入れる。
「避難先はあっちだ。第十三階層へ向かってくれ」
「はい、皆さん、第十三階層へ……て、それだと出口とは反対側ですよ、リューク?」
「問題ない。俺に考えがある」
「なるほど、分かりました! では――皆さん、急いであのゲートに避難を!」
オルタの指示に従って、全員が動き出す。口々にオルタに感謝を述べ、彼女の勝利を祈りながら。
「オルタ様、きっと、きっと勝ってください!」
オルタを慕う少女・ミアからもそう言われ、オルタは「はい!」と力強く頷いた。
もっとも――すぐには退いてくれない者もいるようだ。
ふと視線を感じて振り向くと、キクノが何か言いたげに俺を見つめている。……やれやれ、なかなか勘が鋭いお嬢さんだ。
「あんたも逃げな、キクノ」
「……リューク殿、私も、ともに戦いたい」
「あんたには、あんたの仲間がいる。五人揃って無事に帰るんだ」
「しかし、あなたとて私の仲間だ」
キクノは譲らなかった。なかなか頑固な性格だ。俺は苦笑し、やむなく「奥の手」を使うことにした。
「モーナ、ちょっと来てくれ」
「はいっ! 何ですかリュークさん?」
俺に呼ばれ、厳つい甲冑をガチャガチャ言わせながら、モーナが駆け寄ってくる。……いや、いったい何で彼女がここにいるのかは謎だが、まあそれはどうでもいい。
俺はニヤリと笑い、モーナに言った。
「少し困ったことになった。たった今、このキクノから求愛された」
「なっ、何ですとっ!」
「なっ、何を言うか!」
モーナとキクノが、同時に顔を真っ赤にして叫んだ。
「き、キクノさん! いったいどういうことですか! 撤回してください! リュークさんには、私という想い人がいるんですよ!」
「そ、そうなのか? いやしかし誤解だ! 私はべつに、そういうつもりで仲間だと言ったわけでは――って、こら離せ、モーナ殿!」
「離しません! キクノさんをここに置いておくわけには行きません! さあ、私と一緒に避難しましょう!」
「だから誤解だと――はっ、まさか……謀ったな、リューク殿!」
キクノがモーナに引きずられていきながら、俺を睨み叫ぶ。俺はそんな彼女に軽く手を振り応えた。
「悪いな。一緒に戦うのは、またの機会にってことにしてくれ」
残念ながら、今回の敵に大人数で挑むのはお勧めしない。被害が増えるばかりだ。
俺はキクノとモーナを見送ると、残っている他の調査隊の面々に向き直った。
「さあ、あんた達も早く逃げな」
「え、ええ。……リュークさんって、読めない人ですね」
「あんたに言われたくないぞ、ハル」
「どういう意味でしょう。……まさか私、邪神に乗っ取られている間に、何か変なことしました?」
「いや、むしろ大活躍だったさ」
俺は笑い、ハル達にも避難を促す。ハル、グロウ、レイラ、ビヨンド。一同が揃って俺達に頭を下げ、キクノを追って走り去っていく。
これで残ったのは、いつものメンバーだけだ。俺とオルタ、そして――。
「避難終わった? ……うぅ、そろそろこれ解除していい?」
もちろんロミィだ。今彼女は巨大な魔法壁を展開して、エルマンからの攻撃を防いでいるところだった。
透明な壁を、エルマンがその巨大な腕でガンガン殴っている。やつが今までどおりの強さなら、魔法壁はビクともしなかっただろう。だが――さすがにレベル6000を超えてくると、話が違う。
「ヤバいヤバいヤバイ、割れそう!」
魔法壁にミシミシと入る亀裂を見て、ロミィが悲鳴を上げた。あまり悠長にはしていられない。
「オルタ、鍵を」
「はい!」
オルタが賢者の鍵を渡してくる。俺は今一度そいつを右手に持つと、次いで左手に嵌めたままの籠手・タイラントをかざし、叫んだ。
「――開!」
その言葉に合わせて、タイラントの本質の顕在化度が上昇する。60、80、90。そして――100。
巨大な翼を広げ、タイラントが俺の左腕を離れる。瞬時にしてドラゴンの姿を露わにした俺のレリックは、眼前に立つ巨人に闘争心を煽られたか、威勢よく咆哮を轟かせた。
巨人と化したエルマンと、ドラゴンに変貌したタイラント。そのサイズはどちらも、周囲の二階建ての建て物と同じぐらいある。見た目だけならば互角だ。
だが――。
「ロミィ、退け!」
「了解ぃっ!」
急いで魔法壁を解除し、ロミィがこちらに逃げてくる。入れ替わりにタイラントが首をもたげ、その口から灼熱のブレスを放った。
空気を轟かせ、炎が一直線にエルマンへと飛ぶ。さっきの戦いでは、この炎だけで充分ダメージを与えることができた。しかし――それはあくまで、さっきまでの話だ。
「効カヌ!」
真正面から業火の直撃を受けながら、エルマンはビクともしない。やはりな。
「なるほど、レベル6000越えは伊達じゃないか」
俺は頷くと、すぐさまタイラントに手で合図を送った。巨竜が攻撃をやめ、地に腹這いになり、俺に棘だらけの背中を差し出す。
その背中に右手の手袋を向け、俺は素早く、「あるもの」を取り出した。
「来い、竜騎の鞍よ!」
名前のとおりだ。パンドラから飛び出した巨大な鞍が、タイラントの背中をたちどころに覆う。旧冒険者時代に竜騎兵が用いたという、ドラゴン専用の騎乗具だ。こいつを装着させたってことは、もちろんやることは一つしかない。
「お前に跨るのは久しぶりだな。頼んだぞ、タイラント」
俺の声に反応して、巨竜がグルグルと喉を鳴らす。俺はその角を軽く一撫ですると、素早くタイラントの背に飛び乗った。
跨り、腰を固め、右手で賢者の鍵を掲げる。左手は鞍の持ち手へ。身を低くし、右足で竜の脇腹を蹴る。これが合図となって、巨竜は翼を広げ、一気に空へと舞い上がった。
タイラントを駆り、エルマンのもとへ突き進む。速い。ゴォッ! と耳元で風が唸る。
俺は眼前に迫るエルマンを見据え、勢いよく鍵を振るった。
溢れる光が刃となって、竜の飛翔よりも速く宙を裂き、エルマンに向かう。だがエルマンは余裕の体で、その輝く刃を堂々と腕で受け止める。
「グッ――!」
やつの口から声が漏れた。触手が幾本か、弾けた。
だがそれだけだ。ダメージはわずかにあったようだが、それでエルマンの腕が千切れ飛ぶことはない。
「やれやれ、ずいぶんと固くなったな」
構わない。想定内だ。
俺は鞍の持ち手を手綱代わりに、タイラントを旋回させる。エルマンの正面を離れ、やつの体を迂回して背後へ。それを追ってエルマンが向き直り、俺に向かって無数の触手を飛ばしてきた。
さっきキクノ達を追い込んだ、《罠設置》のスキルだ。本来は地面に仕掛けるものだが、空中で被弾した場合でも、爆発は免れないだろう。
しかし、あいにくその攻撃は、俺には一切通用しない。
「除!」
俺の繰り出した鑑定魔術が、エルマンの撒き散らかした触手を、瞬く間に消し去る。
エルマンが一瞬虚を突かれる。その隙に俺は再度賢者の鍵を振るい、いくつもの光刃を、やつに向かって撃ち放った。
一撃、二撃と着弾し、やつの傷口から瘴気が漏れる。しかし三撃目を食らう寸前で、エルマンの全身を光の盾が覆った。
――なるほど、聖騎士のスキルを取り込んだか。
《守護の盾》。パーティー全体を光の盾で覆い、味方が受けるダメージを大に軽減するスキルだ。圧倒的なレベルに加えて、この防御スキルがあれば、やつはまさに鉄壁。いくら賢者の鍵と言えども、その身を切り刻むのは困難だろう。
ではどうするか。……そうだな、やはり予定どおり、「あそこ」を狙うのがベストか。
俺はタイラントを駆り、空高く舞い上がった。
エルマンが口を開く。呪文が詠唱され、空に向かっていくつもの魔法の矢が放たれる。
俺はその連撃を宙で躱しきると、そこから一気にエルマン目がけて急降下した。
全身を隕石の如く、まさに自由落下に匹敵する勢いで、やつに迫る。その突撃を受け止めるべく、エルマンが両腕を広げ、タイラントの体をつかみにかかる。
しかし――やつが巨竜を捕らえることはできない。なぜなら。
「封!」
そう、俺がこいつを行使するからだ。
俺の叫びに合わせて、タイラントのアニムが一気に収縮する。竜としての姿から元のガントレットに戻ったタイラントは、自動的に俺の左腕に再装着される。
狙いを失った巨人の腕が空をつかむ。身軽になった俺は、その両腕の間をすり抜け、やつの懐目がけて一気に飛び込んだ。
聖騎士の光の盾は、あくまでダメージを軽減するスキルだ。物質そのものをシャットアウトする効果はない。俺の体は難なく盾をすり抜け、エルマンの胸元に取りついた。
「貴様! 何ヲスル気ダ!」
エルマンが叫び、俺を叩き落とそうと腕を振り上げる。だが俺も、この触手だらけの体に長々と触れているつもりはない。さっさと済ませるつもりだ。
――すぐ間近、触手と触手の間に、光るアミュレットが見える。エルマンの《英雄の紋章》だ。俺は躊躇なく左手を伸ばし、そいつを握り締めた。
力を込め、引っ張る。俺の筋力に加えてドラゴンのパワーを宿した左手は、エルマンの体から、《英雄の紋章》を容易くもぎ取った。
「グアッ?」
エルマンが叫ぶ。その隙に俺は、足でやつの胸を蹴り、素早くその体から離れた。
「開!」
再びタイラントをドラゴンの姿に戻し、宙に戻る。もぎ取った紋章は、そのタイラントが口に咥えている。
「こいつはいただいたぞ、エルマン」
俺はやつから距離を置くと、そう言ってニヤリと笑った。
「あんたも知ってるよな。この紋章は、冒険者の能力に様々な補正を与える。職業。スキル。そして――レベル。つまりこいつを失った冒険者は、常人も同然。レベルによる身体強化補正は受けられない」
「……何ッ?」
エルマンの声に焦りが混じった。
……もっとも、俺の言った台詞は、ほぼハッタリに近い。
エルマンは殺した冒険者の能力を、直接自分の体に取り込んでいる。言わば、素の力そのものが上がっている状態だ。だとしたら、仮に紋章を奪ったところで、やつの力が大きく衰えることはないはず――。
そして、この予想は当たった。
「クッ、クックッ、……グハハハハハハッ!」
エルマンが高笑いを上げる。やつが動揺したのは、ほんの一瞬。すぐに両手をミシミシと鳴らし、自身の筋力が落ちていないことを確かめると、俺に向かって勝ち誇ったように叫んだ。
「無駄ダッ! 我ガ力、衰エヌ!」
そして再び攻撃に転じる。光の盾を展開しつつマジックボルトを放つ、お決まりのパターンだ。俺は急いでタイラントに合図を送り、上空に逃れた。
……そう、結論から言えば、エルマンから紋章を奪ったところで、事実上は何も変わらない。やつの要塞ぶりは相変わらず健在だ。
しかし――あくまで事実上は、だ。
「衰えてない? そいつはどうかな!」
魔法の連撃を躱しつつ、俺はエルマンの周囲を旋回しながら叫んだ。
――俺には分かる。やつの性格を踏まえれば、「事実上」という言葉は意味を成さない。
どんなに異形の怪物と化したところで、エルマンがプライドの塊であることには何も変わらない。ならばこの一言で、やつの理性は吹き飛ぶはずだ。
俺は小馬鹿にした口調で、エルマンに言った。
「あんたのレベル――400ほど下がったようだがな」
その途端、エルマンの感情から、嘲笑が消えた。
ああ、気づいたようだな。俺がこの紋章を奪った結果、やつ自身が本来持っていた400越えのレベルが、一気に失われたってことに。
――そう、エルマンの現在のレベルは6000越え。ただし、他の冒険者から取り込んだのは5600程度。残りの約400は、やつが長年の冒険者生活の中で築いてきた分だ。
もっとも、6000のうちの400だ。純粋に戦闘力だけを考えれば、この差は事実上、大した影響を持たない。
しかし、プライドの塊であるエルマンは、これを許さないはずだ。たかが400とは言え、この俺にレベルを奪われたという屈辱を、な。
「キ、貴様ァッ!」
エルマンが咆える。よし、駄目押しでもう少し煽っといてやるか。
「おいおい、これぐらいで怒るなっての。あんたが失ったのはレベルだけだろ? 何しろ人間だった時のあんたには、レベルぐらいしか、ろくな成長要素がなかったからな」
「ゴ、ゴアァァァッ!」
ふん、ついにキレたか。これでよし。
俺はすぐさまエルマンから離れ、オルタ達のもとへ向かった。
タイラントに合図を送り、二人の前に、滑るように着陸する。
「オルタ、ロミィ、後ろに乗るんだ」
「わ、私も乗るんですか?」
「ああ、戦場を変える。――俺達に有利な場所にな」
そして俺は、二人がタイラントに跨ったのを確かめ、すぐさま飛翔を再開した。
「わぁっ、飛んでますっ!」
至極当たり前のことを、オルタが叫んだ。
「もっと飛ばすぞ。二人とも、しっかりつかまってろよ?」
俺は苦笑しつつ、タイラントのスピードを上げる。オルタが「ひゃぁ!」と悲鳴を上げ、後ろから俺にギュッとしがみつく。やれやれ、少しきついな。
「ロミィ、背後に魔法壁だ!」
「ああもう人使い荒いっ!」
文句を言いながら、ロミィが言われたとおり魔法壁を展開する。
同時にエルマンがマジックボルトを放つ。だがその攻撃は、魔法壁がすべて防ぐ。その間にも、俺達は廃都の上空を飛び、どんどんエルマンから離れていく。
「待テェッ!」
エルマンが叫び、俺達を追って移動を開始した。ズン、ズン、とややスローペースな足取りながら、それでも確実に誘導されている。
――よし、予定どおりだ。
俺は密かにほくそ笑んだ。
やがて目指すものが目に入る。第十一階層へのゲートだ。――だが、その時。
「ゴバァァァッ!」
エルマンが口を開き、大きく息を吐いた。こいつは――パンの匂いか。
「おいおい、ここでそれをやるか?」
俺が顔をしかめるのと、目指すゲートから黒き飛竜の群れが飛び出してくるのと、同時だった。
フォリスだ。急いで旋回する。
しかし――エルマンに召喚されたフォリスどもは、どうやら俺達を襲うつもりはないようだった。
パンの匂いに誘われて……かどうかは分からないが、やつらはこちらを無視し、まっすぐにエルマン目がけて飛んでいく。
「――そうか、そういうことか」
俺は気づいた。エルマンの目論見を。
「我ガ糧トナレ!」
エルマンが叫んだ。次いで、フォリスどもの悲鳴が迸った。
振り向けば、エルマンがその腕を振り回し、自分が呼び出したフォリスを一体一体血祭りに上げているところだった。
――やれやれ。どこまでも悪党だな、あいつは。
だが呆れている暇はない。俺は再びタイラントを駆り、ゲートを目指して突き進む。
エルマンの背が割れ、漆黒の翼が伸び始めている。
やつは――まだまだ変貌を遂げるつもりだ。
エルマンはさらなる強化を遂げ、襲いかかってくる。
リュークがやつを誘い込もうとしている場所とは、果たして――?
お読みいただきありがとうございました。
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