第40話 第六章・8 鑑定士、レベルなど必要ないと知らしめる
リュークとグロウの一騎打ちが始まった。
一見互角に見える両者だが、実は――?
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※戦闘終了後の、ロミィに対するオルタの反応を追加しました。(2019.8.20)
俺とグロウの戦いは、互角だった。
まずグロウが俊敏な動きで鉤爪を振るう。俺が紙一重で躱しつつ、ボディに細かい打撃を与えていく――。この繰り返しだ。流れだけ見れば、俺は一切のダメージを受けていない。むしろ攻撃を貰っているのは向こうの方だ。
しかし、俺は拳。グロウは鉤爪。互いに武器を手にしていないとはいえ、人間と人狼とでは、どうしても基本的なスペックに差が出る。俺の攻撃を受けてもグロウはビクともしないが、もし俺がやつの爪や牙を食らえば、それだけでひとたまりもないはずだ。
ただし、押されているわけでもない。
確かにグロウは強い。パワー、スピード、タフネスの三つを備え、戦士としては一見完璧に思える。だが――足りてないものが一つある。
そう、テクニックだ。
大振りの攻撃。大振りの跳躍。ただ力任せに暴れ、相手を捻じ伏せようとするその戦法を、決して評価しないわけじゃないが――。
あいにくそれが通じるのは、まったく同じ力任せの戦法を取りつつ、やつよりも力が劣る相手だけだ。
「グオォッ!」
グロウが吠え、何度目になるか分からない鉤爪を振るった。
もちろん躱す。すぐ間近で空気が裂けるのを感じながら、やつの側面へと回り込む。
さらにそこへ次の爪が迫る。俺はタイミングを読んでその手をつかみ、体を軽く捻る。
俺の動きに合わせてグロウが腕を引っ張られ、バランスを大きく崩す。その隙に完全に背後に回り込み、俺はすかさずやつの左耳を狙った。
《邪神》の本質を持ったイヤリング――。こいつを外すことができれば、グロウは正気に戻るはずだ。だが。
「グワゥ!」
「おいおい、噛もうとするなっての」
寸前で振り返ったグロウが、伸ばした俺の手に向かって牙を剥く。俺は仕方なく腕を引っ込め、軽く距離を取った。まったく、これじゃ埒が明かないな。
となれば――やはり「あれ」を使うのがベストか。
俺の脳裏に浮かんだのは、さっき周囲にばら撒いた宝箱だ。もちろんトラップはまだ生きている。グロウをそこに誘導するのは容易いだろう。それに、もう白魔術師の邪魔も入らない。
まあ、せっかくの丸腰同士のフェアな対決に、自分から水を差すってのも悪い気はするが――仕方ない。これが現実的な戦いってやつだ。
作戦は固まった。俺はさっそくそいつを実践に移すことにした。
「グオォッ!」
咆哮とともにグロウが跳びかかってきた。荒々しくも単調な攻撃だ。まずはいつもどおり回避し、横に回り込むふりをする。もちろん狙いは、やつを目的の方向へ振り向かせるためだ。
ただし、俺が一気に動いたのでは怪しまれる。少しずつ誘導を重ねて、最終的に宝箱を踏ませる――。やれやれ、自分で選んだ作戦とは言え、だいぶ面倒臭いな、これは。
「リューク、頑張ってください!」
離れた場所からオルタが声援を送ってきた。本当なら加勢に入りたいものの、猛り狂うグロウにどこから立ち向かえばいいか分からず、手をこまねいている――ってところか。まあ、今はその声援だけで充分ありがたい。励みとさせてもらおう。
一方ロミィは、ハルを片づけて満足したのか、楽しそうに俺の方を眺めている。そしてエルマンは――。
「……くくっ、所詮Fランクだな。さっきから、逃げ回ってばかりではないか」
俺に毒づくことしか考えていない。自分は腰を抜かしてるってのに、いい気なものだ。
しかし――そうか、「Fランク」か。
ふと、脳裏に閃くものがあった。
……大事なことを思い出した。やれやれ、こいつを忘れていたとは、とんだ失態だ。
すぐに実行しなければならない。しかし――どうやら宝箱を利用する必要は、なくなったようだ。
「すまないな、グロウ。俺としたことが、うっかりしていた」
俺は素早くやつから距離を置き、そう言って軽く笑った。
「グルル……?」
グロウが唸りつつ俺を睨む。獣の言葉は分からないが、その感情は読める。俺の声に、純粋に疑問を抱いているって顔だ。
だから俺は、やつの疑問に、ストレートに答えてやった。
「装備を一つ外し忘れてたんだ。――こいつを、な」
そして俺は、うっかり外し忘れていたそれを、自分の体から毟り取った。
そう――《英雄の紋章》を。
俺に「冒険者」としての力を与えている、神の加護が籠ったアミュレットを。
レベル1、最低ランクの、鑑定士――。そんな、余計な補正の塊を。
「そう言えば……今回は外していませんでしたね」
オルタがハッとした顔で呟いた。
「リューク、うっかりしすぎだっての!」
ロミィが呆れてツッコむ。まったく、俺もそう思う。エルマンが瞬殺されそうになっていたところへ割り込んだせいで、外す暇がなかったから――ってのは言い訳だしな。
ちなみにそのエルマンは、唖然としている。まあ、無理もないか。普通の冒険者にとって、紋章を外すなんて行為は、命取りもいいところだからな。
俺は苦笑を浮かべつつ――外した紋章を、例によってオルタの方に投げ渡した。
ようやく身軽になれた。思えば今まで、いつもより動きが鈍っていたような気もするしな。
「さあ、今度こそ本気の丸腰だ。始めようか」
そして――弾丸の如く、俺は動いた。
一気に距離を詰め、俺は拳を振るった。
これまでグロウからの攻撃を起点にしていたが、もうその必要はない。相手のカウンターが来るよりも早く、正面から拳を、やつの胴に勢いよく叩きつける。
「グォッ?」
一撃でグロウが呻き、軽く身を折り曲げる。そこへすかさず足払いを駆ける。面白いほどあっさりと、グロウが前のめりになって、転倒した。
だが、さすがにここで、向こうもまずいと分かったのだろう。グロウはすぐさま転がって、迫る俺の手から頭を退かせると、脚力にものを言わせて、その場で空高く跳躍した。
狙いは、俺を怯ませつつ距離を取る――か。あいにく有効なのは後者だけだがな。
俺はニヤリと笑い、近くの墓石に向かって駆けた。グロウはまだ宙からこちらを見下ろしている。ならば追いつくのみだ。
地を蹴る。墓石の上に跳び、そいつを次のステップとして――。
俺は全身の筋肉をバネに変え、大きく跳び上がった。
宙を貫き、グロウに迫る。人狼の顔が一瞬、呆然とした色に包まれた。
いや、同じく呆然としているやつがもう一人いた。エルマンだ。
「……な、何だあの鑑定士は。神の加護がなくなった途端に、人狼以上の動きを――」
そして絶句。俺はそんなエルマンの声を聞き流しつつ、いよいよ空中でグロウを捕らえた。
両腕を顔の前でクロスし、そのまま勢いよく体当たりを食らわせる。グロウも負けじと俺を受け止め、呻きながらも、俺を道連れに地面へと落ち始める。
だが、こいつは墜落なんかじゃない。グロウは懸命に体勢を調節し、両足での着地を狙っている。
直後、土煙を上げて、俺達は地に着いた。
衝撃で互いの体が離れる。想定どおり着地に成功したグロウは、よろめきながらも踏み止まり、すぐに俺に向かって飛びかかってきた。
……いや、跳びかかってこようとした。
「――遅い」
低く呟きつつ、俺の拳がグロウの胴を捉えた。
何のことはない。俺もまた着地に成功し、素早く次の攻撃に転じていた。ただ、そいつを仕掛けたのがやつよりも速かった。それだけの話だ。
「グオッ!」
完全に不意を突かれたグロウが、前のめりになる。それでも負けじと両腕を振り回し、あわよくば俺を切り刻もうとする。もちろん、そんな攻撃は躱させてもらう。
そして俺は、隙を突いてグロウの両肩に手をかけると、再び跳躍した。
グロウの体をステップにし、やつの頭上へ。そのまま宙返りし、やつの背面へ――いや、文字どおり背中へと降り立つ。
グロウを攻略する上で、最低限拘束したい部分が三箇所ある。両腕と頭だ。爪と牙を封じてしまえば、やつはただ足が速くて硬いだけの獣に過ぎない。
俺は、落下した自分の爪先がグロウに触れるや、大きく開脚し、その脚でグロウの上半身をガッチリとホールドした。もちろん、やつの両腕ごとだ。
「――グッ?」
爪を封じられ、グロウが牙を剥こうと頭を動かす。だがそいつは想定済み。俺は空いている右手を伸ばし、やつの突き出た鼻っ面を、下顎ごとつかみ取った。
さらにそのまま腕全体を使って、頭を丸ごと抱え、抑え込む。本来、ドワーフと人狼の剛力をもってすれば――そしてレベル1の補正しかない鑑定士相手ならば、こんな拘束は、余裕で振り解けただろう。
しかし、今の俺は違う。《英雄の紋章》を外した結果、レベルも職業も、俺に一切の影響を与えない。冒険者としての補正が消え去った俺の素の身体能力は、冒険者であり怪物でもあるグロウのそれを、ストレートに上回っていた。
したがって――グロウが反撃する術は、もはやない。
「よかったよ。最後にきちんとフェアな戦いができてな。あんたもそう思うだろ?」
俺はそう言って笑い、まだ使っていない左手を、動けないグロウの左耳に伸ばした。
今度こそ、《邪神》のイヤリングを捉える。
特にもったいぶることなく、俺はすぐさまそいつを、グロウの耳から外してやった。
「グオ――」
やつの全身から力が抜けるのが分かった。
グロウが地に崩れ落ちる。俺はその動かなくなった体からゆっくりと離れ、軽く息をついた。
「やりましたね、リューク! それに――ロミィも!」
オルタが喜びの声を上げて駆け寄ってきた。
彼女がロミィの名を口にした瞬間、その心に浮かんだのは、純粋な歓喜と興奮のみだ。普通の人間なら誰もが抱くであろう、恐怖、好奇、あるいは距離感――。そんな感情とは無縁に、素直にロミィに称賛の声を贈れるのは、いかにもオルタらしい。
ロミィは――そんなオルタに、珍しくはにかんだ笑みで応えると、ハルの杖を手に、こちらへやってきた。
「封印されたアニムを戻さないとね。でもこれどうやって使うの?」
「どれ、見てみよう。貸してくれ」
ロミィから杖を受け取り、眺める。――なるほど、大抵のレリックと同じで、使用者の思念に応じて発動する仕組みのようだな。これなら問題なく使えそうだ。
俺は杖を振るい、先端に光を灯らせた。
まずは自分のタイラントとパンドラを回復させる。それから、オルタのペンダントも。
「ふう、やっと元どおりです。調査隊の皆さんも助かりましたし、事件解決ですね!」
オルタが元気よく叫んだ。
しかし――俺は頷かない。
確かに調査隊のアクセサリーはすべて回収できた。
だが、まだ終わったわけじゃない。
……ああ、やるべきことが残っている。ただしその前に――。
俺はエルマンの方を振り返った。
やつはすでに立ち上がっていた。
その手に、剣を抜いて。
調査隊五人を救い終えたのも束の間、今度はエルマンが仕掛けてきた。
やつと剣を交えるのは――まさかのオルタ?
お読みいただきありがとうございました。
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