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第39話 第六章・7 鑑定士、暗黒の魔導書とともに、再び双璧に挑む

ついに明かされたロミィの正体。

その力が今、《仮面の聖女》を圧倒する!


次回の更新は6月30日の18:00を予定しています。

 かつて、俺がまだ一人で旅をしていた時のことだ。

 モーナから、遺跡管理局マスターの依頼を引き受けてくれないかと頼まれたことがあった。

 聞けば、レリックの闇オークションを摘発する仕事だという。正直なところ大して興味はなかったが、モーナには義理もあったため、俺はその依頼を渋々引き受けた。

 ……会場となった場所は、とある街の地下に隠された、高級サロンだった。

 富豪、権力者、裏社会のボス――。そういった連中が、「表沙汰にできない行為」を楽しむ場として設けられたそのサロンに、俺はマスターの協力を得て潜入した。

 目的は、オークションに参加するふりをして、出品物と落札者のリストを入手すること――。他愛もない仕事だ。俺は半ば退屈しながら、オークションの様子を眺めていた。

 そんな時だ。最後の出品物として、()()()が壇上に姿を現したのは。


 それは――全身を魔法の鎖で厳重に拘束された、一人の女の子だった。

 華奢な褐色の体を窮屈そうに折り曲げながら椅子に座らされた彼女は、ボサボサの銀髪にまみれた顔を上げ、会場中を睨み渡した。

 まるで、この場にいる誰をも呪うかのように。

 そして、ニィッと笑った。

 世界へ、果てしない憎悪を込めて。


 司会者が「出品物」として読み上げた彼女の名は、とある高名な魔導書の題、そのものだった。

 ――邪神に由来する暗黒の力を宿した、恐るべき魔書。そのページを捲れば精神に異常を来し、最悪、死に至るとも言われる。

 まあ、そいつが本当かどうかはともかく――実際、彼女がその魔導書を本質アニムに持つレリックだってことは、俺の鑑定眼を通して視る限り、疑い様のない事実だった。

 ……司会者はさらに、「出品物」のスペックや来歴を説明した。

 様々な魔法を操り、人を呪殺するのもお手の物――。その力を見込まれ、彼女は最初の主人に命じられて、五人の権力者を暗殺した。しかしその後、何が気に入らなかったのか、突然主人を殺害。本来ならマスターに捕らえられるところを、彼女の「価値」に目をつけた者達の手によって裏社会に流され、「暗殺に最適なレリック」として、いくつもの抗争に利用された。

 その間に殺した数は、ざっと四十人。たとえ女子供が相手でも、罪悪感の欠片もなく仕留めたという。

 今は魔法の鎖で縛られ、力を抑えられている。こいつを解くための鍵も込みで、最低落札価格は――。

 ……司会者が金額を言い終えた後、さっそくいくつもの手が挙がった。

 誰かを殺したくて仕方がないやつ。珍しいレリックはとりあえず手元に置いておきたいやつ。あるいは、彼女の容姿に劣情を抱いたやつ――。様々などす黒い欲望とともに、参加者達は手を挙げ、次々と価格を吊り上げていった。

 彼女はそんな連中を、今にも呪い殺さんとばかりに睨みながら、じっと椅子に座っていた。

 やがて、最終落札価格が確定した。

 落としたのは――俺だった。


 俺がなぜ、彼女を落札しようと思ったのか。

 ただの気まぐれ……ってのは、説明が必要になった時の言い訳に過ぎない。

 実際のところ、彼女の「感情」が視えてしまったから――。理由はこれに尽きた。

 ……そう、レリックであるにもかかわらず、彼女は人間と同じ心を、しっかり持っていた。

 殺すことを強いられ、そのための道具として利用される苦しみを、間違いなく抱いていた。

 なのに、その力が強大であるが故に、絶対に人間としては扱われない。

 利用され、恨み、売られ、憎み、買われ、呪い、殺す――。そんな生き方をずっとしてきた彼女を、俺はどうにも、放っておくことができなかった。

 ……思い出してしまったからだ。かつての俺自身や、クリステのことを。

 だから、落札させてもらった。

 競り落とすのは簡単だった。資金はマスターからあらかじめ豊富に渡されていたし、「サーチ」を使えば競争相手の引き際も読める。結果、俺は彼女を難なく落札し、会場から連れ出すことに成功した。

 ……その後、俺の正体を知ったサロンの連中が俺を取り囲み、そいつらを俺が適当に返り討ちにするという一幕はあったが――まあ、至極些細な話だ。省略でいいだろう。

 一つ付け加えるなら、この直後にマスターの手が入り、オークションの出品物はすべて回収された。

 俺が落札した女の子を除いて、だ。


 彼女を「フリー・レリック」として扱うようマスターに提案したのは、もちろん俺だ。

 何しろ所有者を呪殺し、勝手に逃げ出すようなやつだ。保管は命懸けだぞと脅したら、案外あっさり通ってしまった。もっとも、常に監視はする――とのことだったが。

 まあ、監視されているのは俺も同じだ。俺がこの子と一緒にいる限り、少なくとも監視の役目は、モーナが引き受けることになるだろう。

 そんなわけで――マスターの連中と別れて二人きりになった後、俺はようやく、女の子の鎖を解いた。

「……で、誰を殺すの?」

 鎖を解かれた彼女は、面白くもなさそうな声で、俺に問うた。

「誰も殺さないさ。ただ……そうだな。これもせっかくの縁だ。よかったら、俺を手伝ってくれないか?」

「手伝い?」

「ああ。……妹を捜している」

 それから俺は、宿に向かいがてら、彼女に事情を語って聞かせた。

 普段なら秘密にしておくべきことが、不思議とスラスラ口から出た。たぶん、彼女にシンパシーってやつを感じていたからだろう。

 彼女は興味なさそうな顔で俺の話を聞き終えると、軽く口元を歪め、訊ねた。

「嫌だ、って言ったら?」

「無理強いはしないさ。俺はあんたの所有者じゃない。力を借りられないというなら、あんたと別れて、また一人で旅を続けるだけだ」

「……それってつまり、あたしに一人でどっかに行けってこと?」

「ついてくるなら、宿代を立て替える代わりに、俺を手伝ってもらうぞ?」

「え、何でいきなりそっちが優位に立ってんの?」

 彼女が思わず目を丸くする。俺は声を上げて笑った。

 そして、それから彼女が渋々頷くのに、ものの数秒もかからなかった。

「……分かった。手伝えばいいんでしょ?」

「ああ、よろしくな」

 ――これでいい。この子は、これまで負の感情に染まりながらも、ずっと誰かに利用され続けてきた。それが突然一人で生きろと言われても、実際のところ戸惑うだけだろう。

 だから、まずは少しずつ、生きることに慣らしていく必要がある。俺はその助けになってやりたい。……そう思った。

「そうだ。あんたの名前だがな――」

 最後に宿の前で立ち止まり、俺は彼女に言った。

「女の子が本と同じ名前ってのも、味気ないものだ。改名しないか?」

「改名? どんな風に?」

「そうだな。じゃあ――」

 そして俺は、元の魔導書の題から二文字を取り、彼女の名とした。

()()()――。どうだ。こっちの方が、よっぽど女の子らしいだろ?」

「え~、なんかそれ、可愛らしすぎない?」

「いいじゃないか。似合ってるぞ?」

 俺がそう言うと、彼女は微かに頬を赤らめ、「けっ」と呟いた。


 それ以来、俺はずっと彼女と旅をしている。

 ロミィ――。とても頼りになる、俺の相棒だ。


   *


「さあ反撃開始だ。行くぞ、ロミィ」

「了解!」

 叫び、ロミィは躍り出た。

「させません! グロウさん!」

 ハルが叫ぶ。ロミィを止めるため、人狼が斧を手に立ちはだかろうとする。だが。

「邪魔だ、アライグマ!」

 ロミィが腕を振るうや、そこに生まれた魔法壁がグロウにぶち当たり、やつを瞬く間に弾き飛ばした。

「グオッ?」

 虚を突かれ、地に転がるグロウ。その隙に俺もまた、やつの前に歩み寄る。

「ってことで、アライグマのオッサン。あんたの相手はこの俺だ。……心配するな。ハルの方はロミィが面倒を見る。もうあんたの邪魔はできないさ」

「グルルルル……!」

 グロウが唸る。その声は、やはり歓喜の色を帯びる。

 やれやれ、こいつはどうしようもない戦闘狂だ。俺は苦笑し、改めて両手の拳を握り締めた。

 そして――俺達はぶつかり合った。

 まずはこれまで同様、グロウが斧を振り被る。小手調べだ。俺は(かわ)し、軽く二発の拳をやつの胴にお見舞いする。もちろん不死身の人狼にとっては、微々たるダメージでしかないだろう。この打撃は、あくまで牽制だ。

 次いで斧の二撃目。今度は横薙ぎ。タイラントが使えない今、俺は素早く転がって回避する。

 そのまま手近な墓石の裏へ回る。そこへグロウが突っ込んでくる。俺は墓石を盾にしつつ、横から素早くダガーを繰り出し、先端でやつの右手首を突いてやった。

 果たして、痛みは感じていないらしい。しかし俺が狙った箇所は、痛覚とは関係ない部分――。握力に干渉する()()だ。

「グオッ?」

 一瞬手に痺れを覚えてか、人狼の動きが止まる。いや、あくまで一瞬だ。

 しかし――その一瞬があれば充分だった。

 俺は素早く手刀を固め、グロウの緩んだ前腕を打った。この一撃で、やつの腕の痺れはさらに増幅。結果、斧を持つための筋力が一時的に失われる――。

「フェアに行こう。お互い丸腰でな」

 俺はそう言うや、駄目押しにやつの腕を蹴り上げた。

 斧が落ちる。人狼は右腕を振り、すぐに痺れを断ち切ると、急いで斧を拾い上げようとする。だが、そんな隙を晒す暇はないってことを、俺は体で教えてやる。

 跳びかかる。全身でタックルし、やつを地に捻じ伏せる。

 ここで――ようやく人狼も、「その気」になったようだ。

 マウントを取った俺を蹴りで弾き飛ばすと、その場に立ち上がり、一呼吸――。斧を拾い上げる素振りはない。代わりにやつは両手の関節をバキバキと鳴らし、その鉤爪を誇示するかのように、指を(うごめ)かせてみせる。

 俺はほくそ笑み、ダガーをしまった。ここからは、素手同士の対決だ。

 再度拳を固める。人狼もまた身構える。

 そして俺達は、わずかな逡巡(しゅんじゅん)もなく、真正面から一気にぶつかり合った。


「……あ、あり得ません! なぜあの鑑定士は、人狼化したグロウさんと互角に戦えるのです? 鑑定士なのに!」

 俺とグロウが戦っている傍ら――ハルはその光景を眺め、唖然としていた。

 だが、そんな余裕がないことにすぐに気づく。すでにロミィが地を駆け、間近に迫っている。

「その頭に載ってるティアラだっけ? 邪神が宿ってるのって」

「くっ――! こっちに来ないでください!」

 叫び、ハルの杖が瞬く。光がロミィを撃つ。しかし何の効果もない。全身に魔法文字を浮かび上がらせた少女は、もはや見た目からして「ヤバい」と分かる。そんな相手に《仮面》の力が働くはずもない。

幻影イリュージョン!」

 ロミィが叫んだ。途端に周囲の景色が歪み、ロミィと同じ姿をした分身が無数に現れ、四方八方からハルに迫る。ハルも負けじと魔法の結界を張り、懸命にガードを固める。

 結界に触れた分身が消えていく。しかしどれも本物ではない。やがて結界の効果が切れてなお、分身達は多数残り、ハルの周囲を駆け巡る。

 幻影による翻弄――。しかしこれぐらいの芸当ならば、普段からできることだ。

 ……ああ、アニムを開放されたロミィは、さらに輪をかけて、()()

「――屍の軍勢(ネクロ・レギオン)!」

 新たな魔法が紡がれた。無数のロミィが全身の文字を光らせ、同時に墓地全体の空気が、大きく騒めく。

 そして――()()()()()()()

 この墓地に転がるワンダーどもの残骸だ。さっきの戦いでエルマンの邪眼を受け、無残に転がっていたフォリスやオーガが、まるで暗黒の力に呼応するかのように、次々と起ち上がった。

 エルマンが悲鳴を上げた。しかし死者の群れは、自分を(ほふ)った騎士王には目もくれず、俺とグロウの戦いすら遮り、いっせいにハル目がけて進撃を開始する。

 幻影のロミィと無数の死者――。その包囲網に、ハルはあっという間に呑み込まれる。しかし。

「ネクロマンシー能力ですか? だったら――!」

 ハルが杖を掲げた。本来、暗黒の力に対抗するのは、白魔術師の最も得意とするところだ。

「ターン・アンデッド!」

 叫び、ハルの杖から白い光が迸る。それは周囲の死者どもをまとめて薙ぎ払い、瞬く間に地へと返す……はずだった。

 だが――。

「き、効かない?」

「そりゃ効かないよ。そんな低レベルな白魔法じゃね」

 無数に並んだロミィの一人が嘲笑う。そう、ハルの光が死の進撃を食い止めることはない。一部、聖なる光を浴びて焼け(ただ)れた者はいるが、それでもやつらは怯むことなく、ハルのもとに迫り来る。

「や、やめて下さい! 来ないで! 来るなっ!」

 ハルが杖を振るった。魔法ではない、物理的な意味で。しかし何の効果もない。アンデッドに物理は効かない。

 屠られた者どもがロミィと一緒になって、ハルを囲い、積み重なり、彼女の周りに死体の壁を築き上げる。そして手が、爪が、触手が、翼が、次々とハルに伸びる。それを懸命に振り解こうとしながら、ハルが壁を見上げた刹那――。

 積み重なった死者の顔が、いっせいに弾けた。

 (おびただ)しい腐肉が。墓土が。それを(むさぼ)る虫が。バラバラバラッ! と、ハルの頭上に降り注ぐ。

「いやぁぁぁぁっ!」

 絶叫。おそらく、邪神の支配が及ばない、素の声が溢れた。

 そしてハルは我を失い、最後の力を振り絞った。

「ほ、ホワイト・バーニングッ!」

 蘇りし者を無差別に焼き尽くす白魔法。効果のある相手は死者に限られるとはいえ、戦闘を得意としない彼女の、最大の切り札――。

 刹那、ハルの体から光が溢れ、墓地すべてを照らし尽くした。

 まるで、果てしない規模の大爆発が起きたかのように。

 ……やがて光が収まる。

 ハルは荒い息をつきながら、何もない場所に一人、ポツンと佇む。

 死者の壁はもうない。……ただし、今の魔法で焼かれたからではない。

 もし焼かれたのなら、せめて灰や残骸が散乱するはずだ。なのに――。

「……ま、まさか、()()()()……」

 目に涙を浮かべ呟くハル。その背後で、ロミィが笑った。

「――はい、マナ切れ。もう結界張れないね。お疲れさん」

 すでに幻影を解いて一人に戻ったロミィが、ハルに向かって手をかざす。

 ハルがハッとして振り向く。そして、せめてティアラだけは守ろうと頭を抱えるが――。

拘束解除アンロープ

 軽く繰り出されたロミィの魔法が、ハルの最後の砦を、あっさりと突破した。

 頭についていたティアラの留め具が、他愛ない拘束解除魔法によって外れ、ポトリと地に落ちる。……この屈辱的な敗北の記憶が残らないのは、ハルにとって、ある意味幸いだったかもしれない。

 ともあれ、邪神の呪縛は解けた。ハルはようやく気を失い、その場に崩れ落ちた。

 ロミィはティアラを拾い上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺に言った。

「回収完了。そっちのアライグマは任せたよ、リューク」

「おう」

 そして――俺もまたグロウと向かい合う。

 これでラスト。俺達は改めて、互いに身構えた。

ついにハルが倒れ、残る「邪神」はグロウのみ。

次回――双璧戦、決着!


お読みいただきありがとうございました。

次回の更新は6月30日の18:00を予定しています。

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