第37話 第六章・5 鑑定士、《仮面》と《狂月》の双璧に挑む
ハルのレリックが持つ恐るべき力が、ついにエルマンを下した。
グロウの斧が迫るその時――リュークが動く!
次回の更新は6月26日の18:00を予定しています。
「――さあ始めましょう。殺戮の宴を」
エルマンに向かって笑顔で囁いたハルは、そのまま静かに後ろへと下がった。まるで隣に佇む人狼に、獲物を譲るかのように。
――狂戦士・グロウ。またの名を、《狂月の狼》。
剛腕を誇るこのドワーフは、ひとたび戦いとなれば、《人狼》の本質を持つ「狂月の斧」で自らを傷つけ、敏捷性と不死の肉体を併せ持つ人狼へと姿を変える。
パワー、スピード、そしてタフネス。戦士に必要な三要素を過剰なまでに盛ったグロウは、もはや冒険者ではなく、モンスターそのものだ。
低い唸り声とともに、人狼姿のグロウが前に進み出た。
その手にはもちろん、巨大な斧が掲げられる。人狼化の力を持つこの斧は、もちろん武器としても絶大な破壊力を誇るに違いない。
「よ、よせ……来るな!」
エルマンが後退る。邪眼の力が無効化された今、ついさっきまで尊大だったはずのやつの言葉は、あまりに惨めだ。
しかしいったいなぜ、エルマンの邪眼は失われたのか――。
その答えはもちろん、ハルの杖にある。
あの杖のアニムは《仮面》。それがどのような効果を持つのかは未知数だったが、しかし可能性はいくつかあった。
例えば――自ら仮面を被ることによる「変身」。あるいは「自己強化」。相手に被せて心を封じ操る「使役」。または「弱体化」。変わったところでは、相手の顔を模倣することで為される、能力の「複製」。
いずれも《仮面》という言葉から連想される力だ。しかし――答えはそのどれでもない。
……さっきレイラが言っていた。ハルは、マスターからの依頼で不良冒険者を取り締まっていた、と。
マスターの依頼ということは、レリック絡み。つまりその不良冒険者とやらは、間違いなく強力なレリックで武装していたはずだ。
ではなぜ、戦闘に不向きなはずの白魔術師に、彼らを取り締まるなんていう芸当ができたのか。
簡単だ。――そのレリックのアニムを封じてしまえばいい。
相手の「真の顔」を隠し、ただ「表の顔」だけをすべてとする。さながら、仮面を被っているかのように。たとえ対象がレリックであっても――。
これが、《仮面》の力だ。
レリックが持つ真の顔、即ちアニムを封印し、見た目だけの代物へと変えてしまう。故に、強力なレリックに頼っている冒険者ほど、ハルの前では無力と化す。
……そう、今のエルマンのようにな。
「く、くそっ、やめろぉっ!」
エルマンが叫び剣をかざすのと、人狼が巨大な斧を振り下ろすのと、同時だった。
二つの刃がぶつかり合い、割れ鐘のように不快な音を墓地に響かせる。剛腕を誇るグロウの斧を、エルマンが剣で互角に受け止めることができたのは、おそらく二人のレベル差のおかげだろう。
エルマンのレベルは、本人曰く400越え――だったか。片やグロウは、以前その《英雄の紋章》を見た時には、まだ300に満たなかったと思う。
その差をもって、ようやく互角。……いや、果たして本当に互角か。エルマンは今のとっさのガードで、すでに足腰のバランスを崩しつつある。
――おそらくエルマンは、あと一分も生き永らえることはない。
もはや誰が見ても、これ以外の結論はなかった。
だから――俺は、動くことにした。
エルマンを助けるためじゃない。グロウとハルに、罪を犯させないために。
「さあ、とどめを!」
ハルの叫びに合わせて、グロウが獣の雄叫びを上げた。
斧が振り被られる。エルマンが頭を抱え身を屈める。その時だ。
「――おっと、横から失礼!」
そんな言葉とともに飛び込んだ俺の左拳が、グロウの斧の側面に、勢いよく叩きつけられた。
もちろん素手じゃない。籠手を――ドラゴンの甲殻をまとった、鋼よりも固い一撃だ。
「グオォッ?」
グロウが唸る。吹き飛びかけた斧をつかみ、そのまま引きずられて地を滑る。
それでも転倒せずに踏み止まったのは、さすが生粋の戦士と言ったところか。もっとも、とっさに反撃に転じてこないのは――やはり、意外だったからだろうな。
まさかの、鑑定士の拳に割り込まれたのが。
「……リュークさん?」
ハルが訝しげに俺を見る。グロウも同じく、突然現れた俺を値踏みするように、ルビーのような目を光らせる。
いや、それにもう一人――。
「か、鑑定士? なぜ貴様が……?」
ああ、エルマンもだ。情けなく尻餅をついたまま、あんぐりと口を開けて俺を仰ぐ。
もう説明するのも面倒臭い。俺はさっさと次の行動に移ることにした。
そうだな、まずは避難誘導ってやつだ。
「オルタ、そいつらを頼んだ!」
「はいっ!」
俺の声に、オルタが墓石の陰から飛び出した。彼女が向かったのは、やはり墓地の中央で立ち尽くしているドーリス達のもとだ。
「皆さん、大丈夫ですか? 早く逃げてください!」
「……オルタ様? いや、でも、何であの鑑定士――」
「いいから早く!」
「は、はいっ!」
ドーリスの返事は早かった。疑問を追究するよりも己の命が大事と見るや、すぐさま墓地の外へ逃げていく。まあ、この状況に限って言えば、賢明な選択だ。
さらに他の面々も――。
「さあ皆さんも! ここは私達に任せてください!」
「ああ、恩に着るよ! だが無茶はするなよ?」
オルタに促され、パラディン達もそう言い残して、足早に退却していった。
これで残るは、俺とオルタ。ハルとグロウ。そしてエルマン――。最後の一人が邪魔だが、あいにく腰が抜けて逃げられないようだ。まあ、この際仕方ないか。
俺はすぐに視線を「邪神」達に戻す。……その時だ。ハルの杖が再び瞬いたのは。
「マスカレード・オン!」
掛け声とともに、杖の先端から生まれた小さな光が、宙を走る。その先にいるのはオルタ。いや――その胸元に輝く、星型のペンダントだ。
「きゃっ?」
不意に光を浴び、悲鳴を上げるオルタ。だが心配はいらない。今の光を浴びたところで、オルタ自身には何の影響もない。
ただし――。
「い、今のは?」
「――オルタ様、あなたのペンダントも封じさせていただきました」
ハルが微笑みながら答えた。やはりそう来たか。
「アニムは《終焉大戦》、でしたね。何でもオルタ様は、王族の力でそのアニムを解放し、ペンダントを『賢者の鍵』に変えて戦うのだとか――。ふふ、鍵に変えられる前に封じることができて、よかったです」
「うぅ、それは一部誤解が混じっている気もしますが……リューク、どうしましょう!」
「封じられちまったもんはしょうがない。エルマンを頼む」
俺は軽く答え、横に転がっているエルマンをオルタに押しつけ、下がらせた。
さて――問題はここからだ。
俺は左拳を構え、まずはグロウと睨み合う。すでにやつは斧を掲げ直し、再び臨戦態勢に入っている。
低い唸りが響く。そして刹那、空気が震えた。
「ウォォォォン!」
咆哮。そして跳躍。俊敏な動きで地を蹴り、グロウが一気に仕掛けてきた。
――速い。
――だが、見切れる速さだ。
俺は頭上に迫る斧の一撃目を、サイドへと跳ぶことで的確に躱す。空振りから地面を割った斧は、盛大に土煙を上げ、しかしすぐにグロウの手によって引き抜かれると、まるで横薙ぎの巨大な風車のように、俺目がけて二撃目を叩きつける。
なかなかのパワフルな攻めだ。だが当然、そいつはガードさせてもらう。
使うのは左腕のタイラントだ。グロウの攻撃を前腕でガッチリと受け止め、鋼の刃と竜の甲殻との間に火花を散らしながら、俺達は間近で視線を交差させた。
睨み合う。力が拮抗している。
ほんの一瞬、人狼の心に歓喜の色を、俺は視た。
――強敵を前に喜んでいる、か。邪神に心を奪われてなお、こいつはどこまでも「戦士」だ。正直、俺はそういう「筋の通っている」やつが嫌いじゃない。
しかし……悪いな。この戦いはあくまで、あんたからアクセサリーを回収するのが目的だ。だから手加減はさせてもらう。まあ、不死身の人狼相手に、手加減がどこまで必要かってのも疑問だがな。
――まあいい。今度はこちらから仕掛ける。
俺はニヤリと笑った。グロウの斧は、今なお俺の左腕に食らいついている。やつの体はすぐ目の前。この至近距離ならば、カウンターは容易だ。
左拳を握り締める、刹那、俺のタイラントが灼熱を帯び、グロウに向かって業火を噴き浴びせた。
ドラゴンのブレスだ。これが並みの相手なら、たちまち全身を火だるまにされ、力尽きるところだろう。
だが――ああ、グロウが相手ならば平気だ。
「グルルル……ッ!」
低く唸り、斧ごと飛び退くグロウ。再び距離が離れた。その隙を縫って、俺は自分から間合いを詰めるべく、一気に躍り出た。
目指すはやつの懐。斧よりもなお密着した位置へ。
とっさにグロウが迎撃の体勢に入る。口を開け、牙を剥き出し、人狼特有の攻撃で俺の頭を狙う。
だがもちろん、そう来ることは予測済みだ。俺はすかさず屈み、相手の噛みつきを躱しつつ、間近から左拳をやつの胴へと叩きつけ――。
「マスカレード・オン!」
……残念。どうやらタイラントが使えるのは、やはりここまでのようだ。
だいぶ手応えの薄れたパンチを繰り出しつつ、俺は苦笑し、素早くグロウの懐から離れた。
手応えが薄れた――と言っても、それなりの力は込めたつもりだ。現にグロウはよろけ、背後の墓石にぶつかって動きを止める。
一方俺のタイラントも、すでにその規格外の硬度を失い、ただの籠手へと変わっている。……そう、アニムを封じられ、見た目どおりの代物に。
「おいおい、せっかくあんたの仲間がガチってるってのに、無粋な真似するなよ」
俺がハルを見やり言うと、ハルはすぐさまニコリと笑い返した。
「相手を無力化して叩き伏せるのも、お好きなんですよ。グロウさんは」
「そいつはむしろ、あんたの趣味のようだがな」
互いに減らず口をぶつけ合いつつ――。グロウが再度動き出そうとするのを目で確かめ、俺は新たな一手へと移った。
……タイラントはもう使えない。となれば次は、こいつだ。
右手を構える。そして、手袋の甲に浮かぶ紋章を光らせ、叫ぶ。
「来い、数多の罠よ!」
同時にパンドラの中から、いくつもの影が射出された。
人の顔ほどのサイズを持った「それ」が、次々と周囲の地面に着弾する。闇雲ではない。グロウが踏み込むであろう位置を、ピンポイントで狙わせてもらった。
「グオッ?」
危険を感じ、とっさにグロウが跳躍する。しかしもちろん、その着地地点にさえも、この「罠」は待ち構える。
「これは――宝箱っ?」
ハルが目を見開いた。そう、俺が周囲にばら撒いたのは、どれも今までにこの遺跡で手に入れてきた、宝箱だ。
ちなみに中身は空だ。ただし――罠はまだ生きている。
「悪いな、何でもコレクションしたがる性質なもんでな」
俺がニヤリと笑うのと、グロウが宝箱の一つを踏むのと、同時だった。
衝撃を受けた宝箱が、その蓋を自動的に開く。そして、トラップが作動する。
もしこれが純粋なダメージトラップなら、グロウは平然としたままだったろう。以前やつが俺の前で実践してみせたとおりだ。
しかし――もしこのトラップが、状態異常をもたらすものだったら?
……そいつを試してみた価値は、どうやら大いにあったようだ。
「グォォ――」
グロウの咆哮が途切れた。
宝箱から噴き出した光が、やつの体を覆い、その動きを完全に止める。
もはやそこにいるのは人狼ではない。人狼の形をした、ただの石像だ。
――石化トラップ。見事に決まったな。
俺はほくそ笑み、すぐに駆けた。
石像の左耳に、片側だけのイヤリングが見える。あれこそが「邪神」だ。
そいつに狙いを定め、手を伸ばし――。
そこで俺は、不意に足を止めた。
……なるほど、どうやらこの程度の一筋縄じゃ、攻略はさせてくれないようだ。
「――マルト・キュア」
ハルの魔法が、すでに作動していた。本来の、白魔術師としての能力が。
グロウの石化が癒え、たちまち生身の肉体を復活させる。自由になったグロウは、とっさの興奮から斧を振り回し、周囲の墓石を闇雲に粉砕して、ようやく荒い息をついた。
もしこのまま俺が突っ込んでいたら、かなり手痛い反撃をもらっていただろう。全身をバラバラにされるレベルで、な。
「マスカレード・オン!」
さらにそこへ、ハルの光が飛んできた。
狙いは俺の右手――パンドラだ。たちまち見た目どおりの、ただの手袋にされてしまう。
「ずいぶんと危なっかしいものを、いろいろ隠し持っていらっしゃったんですね。何もできない鑑定士のふりをして……。しっかり封じさせていただきましたよ?」
「やれやれ、危なっかしいものを隠していたのは、あんたも同じじゃないか」
微笑むハルに、俺は事も無げに笑い、言い返した。
……さて、これで残されたのは、《瞳》のアニムを持つダガー、「アルゴス」だけか。しかしこの状況じゃ、あいにくただの刃物としてしか、使い道はなさそうだ。
ハルが勝ち誇った笑みを俺に向ける。
グロウが歓喜の雄叫びを上げる。
だが――ぬか喜びさせちまって悪いな。
あいにく俺は、勝ち筋を途切れさせたわけじゃない。
とっさに墓地全体の気配を探る。……ふむ、どうやら状況は整ったようだ。
俺は軽く口元を吊り上げ、今一度、二人の「邪神」と向き合った。
さあ、そろそろ反撃に移らせてもらおうか。――ガチな反撃にな。
ハルによってすべてのレリックを封じられたかに見えたリューク。
しかし、反撃の一手は密かに用意されていた――!
お読みいただきありがとうございました。
次回の更新は6月26日の18:00を予定しています。




