第32話 第五章・6 鑑定士、過去を語る
リュークの故郷・ミトック村に起きた悲劇とは?
そしてリュークが鑑定士になったわけとは――。
第五章、完結!
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「なあオルタ。あんたはミトック村を知っているか?
十三年前、この世界から忽然と消えた村だ。……そして、俺の故郷でもあった。
ミトック村消失事件――。
遺跡管理局の公式記録では、あの事件はそんな名前で呼ばれている。
十三年前のある日、大陸北西部の森にあった小さな村が、丸ごと消滅した。確認できた生存者は一名のみ。他の村人はすべてが姿を消し、家屋すら残らなかった。
そして、その唯一の生存者というのが――もちろん、俺だ。
当時俺は十四歳だった。
早くに両親と死に別れた俺は、妹のクリステ――ああそうだ。この遺跡で賢者そっくりの少女に遭った時、俺が思わず呼びかけた、あの名だ。あんたもよく覚えていたな。
……いや、あの賢者はクリステとは別人さ。すでに説明したとおり、このロストミュージアが生み出したレリックの一つに過ぎない。だから、今はそいつのことは考えなくていい。
とにかく――そのクリステだけが、唯一俺に残された家族だった。
ところが、クリステの姿が賢者そっくりだったがために、あいつは苦労することになる。特別な力一つないのに、『英雄の再来』として祀り上げられ、村を潤わせるために利用された。毎日方々から集まってくる信者相手に、神のように振る舞わされ、後でよく俺に泣きついていたよ。
……俺は何もしてやれなかった。俺達二人が村で生きていくためには、もはや英雄として振る舞う以外にないと、そう思い込んでいたからだ。
そうこうしているうちに――あの日が来てしまった。
あの日は、朝からどんよりと曇っていた。
クリステは珍しく、朝から頭が痛いと言って、英雄の仕事を休んでいた。……いや、ただの仮病さ。俺にはすぐに分かった。もちろん村長達には黙っておいたけどな。
……クリステが休んでいる間、俺はいつもどおり森へ猟に行かされていた。実のところ、そんなことをしなくたって食料には困らないほど、村はクリステのおかげで豊かになっていたがな。それでも村長は、俺にクリステとは別の仕事を与え続けた。
もっとも――そのおかげだろうな。俺が、『あの消失』を免れたのは。
森で鳥を何羽か仕留め、俺が村に戻ろうとしたのは、夕暮れ時のことだった。
……いや、夕陽は出ていなかったな。すべての陽射しが灰色の雲に呑まれて見えやしない、滅入るような一日が終わりかけていた時分だ。
その時、森道を歩いていた俺は――ふと不気味な気配を覚えて、足を止めた。
あれは不思議な感覚だった。まるで、不意に『巨大な何か』の目覚めの声を聞いたような――あるいは、胎動に伴う揺れに襲われたような。とにかく肌が粟立ち、思わず眩暈を覚えるほどの予兆を、全身が感じ取った。
――何だ?
そう思って、辺りを見回した。
巨大な胎動は、彼方から響くようでもあり、俺の足元で唸るようでもあった。……もしかしたら、世界全体が、そんな不気味な予兆に襲われていたのかもしれない。感じたやつが、俺一人しかいなかっただけでな。
何かヤバい事態が起きようとしている――。そんな確信が、胸の中にはっきりと固まった瞬間、俺はすぐさま走り出した。
ああ、もちろんクリステのもとへ。目前に迫った『何か』から、あいつを守るために。
けど直後――本当に起きちまったのさ。最悪の事態がな。
……何があったかって?
オルタ、あんたも知っているだろう? 十三年前、この世界全土で起こった、とんでもない大異変を。
――そう、ロストミュージアの出現だ。
亜空間に生まれた超巨大遺跡は、その入り口を、世界中のそこかしこに開いた。
もっともそいつは、所詮『空間の裂け目』に過ぎない。だから、中に足を踏み入れさえしなければ、大きな被害はなかった。
ただ――ごく限られた地域で、とんでもない事態が起きた。
遺跡が形成される際に、外壁の一部が、亜空間からこちらの世界にはみ出しちまったんだ。
走る俺の視線の先に、凄まじい地鳴りとともに、巨大な土煙が上がるのが分かった。
ああ、村の方だ。
クリステのいる方だ。
あいつは、かつて俺達が住んでいた家の寝室にいるはずだった。俺は足を速めた。
森の樹々が視界を阻むせいで、最初は村で何が起きているのか、なかなか分からなかった。しかし夢中で走るうちに、不意にその森が途切れた。
いや、森を抜けたんじゃない。いつもは彼方まで広がっていたはずの森が、途中から根こそぎ消えていたんだ。
……そこで俺は、異様なものを見た。
塔だ。
無数の巨石が唸りを上げて宙を舞い、巨大な搭を形作ろうとしていた。村を丸ごと、周囲の森も巻き込んで、取り囲みながら。
俺は慌てて、妹の名を叫んだ。
返事があった――ような気がした。悲鳴という形で。
塔が村を呑み込みつつある中、俺は懸命に目を凝らし、クリステの居場所を捜した。
――そう、あの家を。
――俺達家族の家を。
そして、見つけた。
窓から身を乗り出して、誰にともなく悲鳴を上げている、クリステの姿を。
もちろん、村には他にも大勢の人間がいて、助けを求めていたに違いない。しかしそんなことは、もうどうでもよかった。俺の目には、クリステだけしか映らなかった。
クリステだけは守らなければ、と強く思った。
『――クリステ、行くなぁっ!』
懸命に声を張り上げ、叫んだ。手を伸ばした。しかし、届かない。
森を、大地を、空間を割って、巨大な搭が侵食する。
村が呑まれていく。妹の悲鳴が耳を引き裂く。
助けなければ。守らなければ。
そばに、いなければ。
……ただその一心が、俺を突き動かした。
その時――俺の身に起きた出来事は、今でも不思議だとは、まったく思わない。
左目が、俺の体を離れた。
……いや、本当に目の玉が飛び出していったわけじゃない。
ただ視界が――そう、俺の左目に映る視界だけが、俺の体を離れ、クリステのもとへ向かって飛んでいった。
理屈は分からない。俺が自分の意志で、何かの能力を行使したわけじゃないからだ。
ただ、もともと特別な力を宿していた俺の目が、クリステを守りたいという強い想いを受けて、自然とその能力を発揮した――。そう捉える他ないだろう。
俺の視界がクリステに近づく。呼びかける。
――絶対に助けにいくから、待っていてくれ。
――それまで、俺がここで見守り続けるから。
その言葉に、クリステは安堵したようだった。泣くのをやめ、俺の『目』に向かって、こくりと頷いた。
……それ以来、クリステは眠り続けている。あの塔の中で、ずっと変わらずにな。
俺はそんなクリステを、あの場に残してきた『左目』を通して、いつも見守っている。
方法は簡単だ。ただ左の目蓋を閉じれば、必ずクリステの姿が浮かび上がる。
……俺が賢者そっくりの少女を前にした時、左目を閉じたのを覚えているか? あれは、『確かめた』んだ。本物のクリステはいつもと同じ場所にいて、目の前の賢者はあくまで瓜二つの別人だ――ってことをな。
……ん? ああ、俺の目の色か。そう、あんたの言うとおりさ。俺がオッドアイになったのも、『左目』をクリステのもとに置いてきたからだ。
俺の肉体としての左目は、もう特別な力を失っている。元に戻るかは分からないが――いや、べつにこのままでも構わないさ。困ったことは何一つないからな。
とにかく――こうして妹と故郷を失った俺は、翌日森の中でフラフラさまよっていたところを、近くの国の兵士達に保護された。どうやら村の異変に気づいて、調査にきていたらしい。
俺は唯一の生存者として連れていかれ、軍部のお偉いさんから聴取を受けた。……ところがその最中に、俺に特別な力があるってことがバレちまってな。おかげですっかりビビったお偉いさんは、急遽専用の聴取係を用意して、俺をそいつに押しつけた。
その聴取係ってのが――人間じゃない。魔法に造詣の深い、エルフだった。
……そう、あんたもよく知っている、モーナさ。
俺はそのまま、モーナの家に厄介になることになった。
モーナの仕事は、俺に優しく接して情報を引き出し、それを上に報告すること――。もっともお人好しのあいつは、本気で親身になって、俺を助けてくれていたがな。まあ、その縁もあっての『今』ってわけだ。
で、そんなモーナを通して俺はすぐに、塔の調査結果を知ることができた。
――塔の外壁は破壊不可能。仮にミトック村の住人が塔の中で生きていたとしても、塔に穴を開けて救助に向かうことはできない。
――ただしあの塔は、亜空間に展開する巨大遺跡の一部に過ぎない。その遺跡に入るためのゲートは、現在、世界各地に開いている……。
遺跡に《ロストミュージア》という名が与えられ、レリックの驚異的な力に世界中が沸き上がったのは、それからすぐのことだ。
そして――国際組織・遺跡管理局が結成された。
ついに新冒険者時代が始まりを告げた、ってわけだ。
その頃からだ。俺の身に、新たな能力が加わったのは。
レリックに関わる二つ――。『開』と『封』だ。それに、今までは人の感情を読むだけだった『視』が、レリックの鑑定にも使えるようになった。
どれも、ロストミュージアの出現がきっかけで目覚めた力のように思えた。俺は、これらを完璧に使いこなせるようになることが必要だと感じて、『除』と合わせてこの四種を『鑑定魔術』と名付け、訓練に励んだ。
……ついでに、こいつは能力ってほどのものじゃないが――俺には、クリステが遺跡の最奥部にいるってことが、本能的に察知できたんだ。奇妙なことにな。
そう、あの塔はロストミュージアの中心地点。どこかのルートを辿ることで行ける、最も深い場所なんだ、と――。
あの場に残してきた『左目』が、そいつを教えてくれたのか。それとも、もっと別の理由があったのか……。はっきりした答えは、今もない。もっともその答えを知りたければ、ロストミュージア誕生のメカニズムも含めての解明が、必要になるだろうけどな。
……何にせよ、俺がこの能力のおかげでマスターから目を付けられたのは、言うまでもない。幸いモーナの口利きのおかげで無期拘束は免れたが、今やS級要注意人物として、常にマスターからマークされてるってわけだ。
いや、これも見張るのはモーナの役目だから、結構ガバガバだけどな。
で、ここから先の展開は――もう分かっただろう?
どうして俺は、冒険者になったのか。
どうして俺は、遺跡の最奥部を目指して、旅を続けてきたのか。
答えは……簡単だ」
*
「クリステを取り戻すため、さ」
長い語りの結びをその一言と決め、俺はオルタにそれを告げた。
……初めて明かした俺の波乱万丈な過去に、しかし彼女は、懸命についてきていた。時に息を呑み、時に涙ぐみながら。
――やれやれ、本当に素直でまっすぐだな。あんたって人は。
俺は苦笑する。いや、苦笑するつもりが、なぜか心からの笑みになってしまっている気もするが――。まあいい。話してよかった、と思う。
「ただこの話を知っているのは、あとはモーナとロミィだけだ。あんたも秘密にしておいてくれると助かる。俺は――こんな過去のせいで、出来れば目立ちたくないんでな」
「……分かりました」
オルタは真剣な面持ちで、しっかりと頷いた。
そして――俺を見据え、こう続けた。
「リューク、私……強くなります!」
「……オルタ?」
「強くなります! 本当の実力を身に着けて、もっと、もっと強くなります! それで――ちゃんとリュークを支えられるパートナーになります!」
言いながら、オルタの目からボロボロと涙が溢れる。
俺は微笑み、「ああ」と深く頷き返した。
オルタが涙を拭うまで、俺達はずっと、互いを見つめ合い続けた。
「そうだ、まだあんたからの質問が残っていたな」
俺の力の秘密と、フルネーム――か。
俺はそう言って、軽く目を閉じる。
ここまで、いくつかのヒントは散りばめてきた。
――「ミトック村」という村の名前。
――賢者に瓜二つの妹、クリステ。
――そのクリステが、賢者に似ているというだけで村が潤うほどの信者を得られた、その信憑性の所以。
「知ってるか? ミトック村は、ある高名な人物の生まれ故郷だったってことを」
「え、それは、もしや……?」
「――アステリオ。ちなみにこいつは、セカンドネームだ」
俺は目を開け、ニヤリと笑い、オルタを見た。
まっすぐに。なぜなら、もう隠すつもりはないのだから。
そう、俺のフルネームは――。
「リューク・アステリオ。伝説の賢者とやらの血を引く――ああ、ただの鑑定士さ」
さらに絆を深めたリュークとオルタ。
二人はエルマンを追って、遺跡内の水場へ向かう。
さて、水場で姫騎士様がすることと言えば……?
お読みいただきありがとうございました。
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