第30話 第五章・4 鑑定士、姫騎士様に食を語る
リュークとオルタは、図らずも二人きりで夜を過ごすことに。
そんな中、リュークの意外な趣味が明かされる――?
次回の更新は6月12日の18:00を予定しています。
「そう言えば、結局剣の稽古はできませんでしたね」
床に敷いたマットの上に座って、俺が水筒の水で喉を潤していると、ふと隣に座っていたオルタが、がっかりした様子で呟いた。
思えば確かに、今日は昼まで彼女に剣の稽古をつける予定でいた。エルマンの訪問と邪神騒ぎのせいで、すっかり流れてしまったがな。
「何なら今から……というわけにも行かないな。少し眠るといいさ。今日はだいぶ疲れただろう?」
俺は笑って答える。とは言え、オルタの気が高ぶっているのは、俺の右目を介してお見通しだ。この分じゃ、すぐには寝つけないだろうな。
……一方でもう一人の同行者――レイラは、少し離れたところで、毛布にくるまってすやすやと眠っている。ようやく邪神の呪縛が解けて気を失ったところへ、通常の睡眠が重なったと見えて、当分目を覚ます様子はない。
――俺達は今、T字路を左へと進んだ先にあった小部屋で、休憩の最中だった。
テントや毛布など野営に必要なものは、常にひととおり俺の手袋の中に用意してある。もっとも、さすがに遺跡の中で視界を確保できないのは危険なので、今はテントは使わずに、大きなマットの上に毛布を並べたのみだ。
ともあれ、これなら仮眠をとるには充分だろう。本人に眠る気がなくとも、体を休めるぐらいはできるしな。
「眠れませんっ」
オルタが妙に気合の入った声で、俺を見つめてきた。なぜか、少し赤らんだ顔で。
これは――いや、べつに色気とは無縁の感情だな。
「腹が空いて眠るどころじゃない、か」
「……え、なぜ分かったのです?」
「鑑定士だからな」
俺はキョトンとしているオルタに苦笑しつつ、手持ちの食料を検める。
冒険者にとって水と食料は必需品だ。もちろん小一時間程度ハクスラを楽しむだけなら、大して重要じゃないが、個人的には、食事を持たずに遺跡に挑むのはお勧めしない。何しろ、いつこんなアクシデントに見舞われるか分からないからな。
というわけで――自分用の水と携帯食料はある。オルタはどうだろうな。
「食べる物は用意してないのか?」
「いえ、その……遺跡に入った時は持っていたのですが」
「食べ尽くした、か。いったい、いつの間に?」
「ああ、そうではないのです。さっき廃都を出る時に、少しでも皆さんが長時間頑張れるように、置いてきてしまって――」
なるほど、献身的姿勢ってやつか。まあ、一国の姫君としては褒められるべき行為かもしれないが、冒険者として見れば、そいつはいささか軽率だったな。
「自分が生きなければ、人を助けることはできない――。自己犠牲はほどほどにな」
俺は笑顔で、やんわりとオルタを窘めた。
オルタの強みは、そのまっすぐな善意だ。そいつを真っ向から否定すれば、かえって彼女は弱くなってしまうに違いない。だから、あくまで優しく説くだけだ。
もっとも腹の虫に苛まれている以上、オルタもこれに懲りて、今後は食料の管理にも注意を払うようになるだろうけどな。
「……確かに失敗でした。何か残しておくべきでしたね」
しょげるオルタ。その腹から盛大に、ぐぎゅるるるる~、と空腹を訴える音が響いてくる。やれやれ、主人に似て、腹の虫も威勢がいいな。
「仕方ない。俺のとっておきのディナーを振る舞うか」
俺はそう言うと、右手に装着した手袋を掲げた。
「とっておきの……ディナー、ですか? その中に?」
「ああ、こんな時のために、用意は怠らない性格なんでな」
そして俺は、右手の拳を力強く握り締めた。
パンドラの甲に紋章が浮かぶ。これによって、《無限》の本質を持つ手袋の中へと、アクセスが可能になる。
取り出すものを心に決め、叫ぶ。
「来い、万人の腹を満たせし剣――カリー・ソード!」
その声に合わせ、甲の紋章を突き抜け、ポン! と一振りの剣が飛び出した。
空中で弧を描きスピンするそれを、俺は器用に手で受け止める。ずっしりと重い、見た目は白銀に輝く長剣。
しかし――オルタもすぐに気づいたはずだ。この剣から、とてつもなくいい香りが漂っていることに。
「そ、その剣は――?」
「見た目は剣。アニムは《カリー》。……知っているか? 大陸の南東部に、古くから『カリー』と呼ばれる食文化がある。いくつもの香辛料を混ぜて複雑に味付けされた、スープにも似たその料理は、ピリリとした辛さで舌と胃を刺激し、かつ芳醇な香りと味で食欲を満たす。向こうでは、パンやライスに付けるのが一般的だが、意外とヌードルにも合うことに最近気づいた」
「あ、あの……ずいぶん饒舌ですね、リューク。で……カリーのことはよく分かったのですが、その剣をいったいどうするのです?」
「もちろん決まっている」
俺は、なぜか臆しているオルタに平然と答えると、剣の切っ先を指でつまみ――。
ポキリ。
「折れるのですか!」
「顕在化度89パーセント。もう剣としては形だけだな。ものを斬ることもできない。こいつは、ほぼカリーだ」
そして俺はためらわず、折れた切っ先を、口へ――。
「しかも、食べるのですか!」
「ああ、食べた。……美味い。こいつを遺跡で手に入れて五年。美味いものは、待てば待つほど味が増す――。素晴らしいな。さあ、オルタも遠慮しないで、ポキッと行け」
「い、いえ、あの、私は……。ていうか五年? 今、五年と言いました?」
「ああ。五年だ。心配するな、パンドラの中に収納している間は、時の流れが止まる」
「そうですか。では腐らないから安心で……いえいえいえいえ、さすがに剣を齧れと言われましても、ちょっとさすがにだいぶ結構割と抵抗が――」
まるでモーナみたいな口調になりながら、懸命にカリー・ソードを拒むオルタ。やれやれ、お姫様のお気には召さなかったか。
「だったら、こいつはどうだ? 見た目はブーツ。アニムは《焼いた肉》」
「それは、もっと難易度が高いです……」
「じゃあこいつは? 見た目は生きたスライム。アニムは――」
「見た目の時点でなおさら無理です!」
俺がマットの上にずらずらと並べていく「食べられるレリック」を前に、ついにオルタが悲鳴を上げた。
「妙だな。俺のコレクションが不評なのは、初めてだ」
「むしろ、いったい誰に好評だったのですか?」
「ロミィとモーナだ」
「……何となく、好評なのが分かります。その二人なら」
そう言って、オルタは小さく溜め息をつく。
しかし――それでも人ってのは、空腹には抗えないようにできているものだ。彼女はしばし俺とコレクションを交互に眺めていたが、やがて腹の虫の大合唱に観念したと見えて、おずおずとカリー・ソードに手を伸ばした。
「リューク……。失礼しました。このカリー・ソードをいただきます」
「ああ、満足行くまで食べな。ちなみに喉が渇くだろうから、こっちの、《ミルク》をアニムに持つ鉄仮面で喉を潤すといい」
「……が、頑張りますっ」
必死の形相で頷くオルタ。こうしてしばしのディナーを、俺達は楽しんだ。
「ごちそうさまでした。……意外と食べられるものですね。ビックリです」
「どういたしまして。初めてにしては、なかなかいい食べっぷりだったぞ?」
満足そうにしているオルタを茶化しつつ、俺は余った料理――と言うかレリックを、パンドラの中に閉まっていく。
ちなみにカリー・ソードはきれいに平らげられたから、もう残っていない。後で日記か何かに、食べた感想でも書いておくか。
「それにしても驚きました。リュークに、このような奇妙なコレクション癖があったなんて……」
まるで意外とでも言わんばかりに、オルタが呟く。確かに、戦場を駆けずり回る冒険者のレリックコレクションとしては、だいぶ変わっているかもしれない。エルマンも言ってたしな。ゴミ同然だと。
まあ、そのゴミ同然のレリックが、こうして二人の食欲を満たすのに貢献したなら、充分役に立ったというべきだろう。エルマンの眼帯じゃ腹は膨れないからな。
「長年遺跡を歩いているとな、どうしても、こういう取るに足らないレリックってのに行き当たる。大抵の冒険者はさっさと売り払っちまうものだが、俺は――まあ、こんな能力があるからな。面白そうなレリックは、食えるものに限らず、極力手元に置いておくことにしてるんだ」
「それが、アルゴスやタイラント、パンドラ――というわけですか」
「ああ。あいにくどれも公的には、良くてアーティファクト止まりだから、ギルドランクには貢献できないがな」
ギルドランクが上がる指標の一つに、「メンバーの所持レリックの質」というのがある。ギルドに所属している冒険者のレリックが高ランクであればあるほど、そいつがギルドランクにも反映されるってわけだ。
もっとも、俺達《リムルフの栄光》には無縁の話だけどな。
確かにタイラントや、オルタの持っているペンダント――《賢者の末裔》は、アニムを開放すれば強力な武器になる。しかしそいつは、あくまで俺の鑑定魔術があるから成り立つ話だ。公には、どちらも低ランクな代物に過ぎない。
「そう言えば――もう一つ、強力なレリックがありましたよね」
ふとオルタが、思い出したように口にした。
「もう一つ?」
「はい、ロミィの指輪です」
「ああ――」
言われて納得する。確かに、補助魔法なら何でもありと言わんばかりのロミィの存在は、うちのギルドの中じゃ、とても大きい。
「あの指輪は、ギルドランクには反映されないのですか?」
「そもそも所持者が冒険者じゃないからな」
「そ、それもそうでした……」
あっさりとした、しかしこの上ない明白な理由を前に、オルタはすぐに納得したようだ。
そう、ロミィは冒険者じゃない。だから、ギルドのメンバーにはカウントされない。彼女はあくまで俺の「連れ」だ。だからその指輪も、ギルドランクには一切貢献しない。
……という説明で大丈夫だろう。今はな。
「ところで――あの子はいったいどういう子なのですか?」
毛布にくるまって体を温めながら、ふとオルタが、そんなことを訊ねてきた。
「ロミィのことか?」
「はい。思えば、リュークの連れというだけで、詳しい身の上をまったく聞かされていません」
――確かに。俺はロミィに関して、詳しい紹介は敢えて避けてきた。
「気になるか?」
「はい、仲間ですから。ロミィのことを知って、もっと仲良くなりたいです」
そう言って微笑むオルタ。……やれやれ、悪意がないだけに、伏せておくのも心苦しいところだ。
だが――当のロミィがいないこの場で、彼女のことを話すのは、アンフェアだろう。
俺とロミィの間に主従関係はない。ロミィは俺を信頼して付いてきてくれている。そんな彼女の「過去」を軽々しく吹聴すれば、その信頼を揺るがせてしまうだけだ。
俺もロミィも、そういう展開は好まない。だから、ここは黙秘させてもらおう。
「俺の口からは、『ああいう連れだ』としか言えないな。ロミィのことは、ロミィに訊くのが一番だ。……もっとも、素直に教えてくれるかどうかは保証できないけどな」
「なるほど……。そうですね。いずれ教えてくれることを願っています」
そしてオルタは、軽く吐息を漏らす。心の溜め息……というよりは、純粋に疲れが溜まっているようだ。
「そろそろ眠った方がいい。俺が見張ってるから、心配するな」
「はい。では交代で眠りましょう。一時間経ったら起こしてください」
「分かった。まあ、時間はあまり気にするな。俺は結構平気だ」
「いえ、そういうわけには……。とにかく、お休みなさい」
「ああ、お休み」
俺が頷くと、オルタはフッと笑みを浮かべ、その目蓋を閉じた。
そして目蓋を閉じたまま、一言。
「今度――リュークのことも、詳しく聞かせてくださいね?」
――もっと仲良くなりたいですから。
そしてオルタは、俺が何か言うよりも先に、すやすやと寝息を立て始めた。
……やれやれ、姫騎士様と二人きりってのは、案外ヒヤヒヤするものだ。
そんなことを思う自分に、つい苦笑しつつ――。
俺はようやく一人の時間を迎え、フッと息をついた。
*
ロミィは怒っていた。
褐色の肌に包まれた華奢な体を荒く弾ませ、その怒りを全身で表しながら、足元を見下ろす。
怒りの理由は、すでに目の前に転がっている。
……あの盗賊だ。
ここ――廃都へ着くまでは、特に何事も起きなかった。だからロミィも、ただ面倒臭いだけの任務に不満を覚えながら、彼の護衛として道中を守っていた。
途中、何度かワンダーの襲撃に遭った。そのたびにロミィは魔法壁を展開し、遺跡の脅威を、難なく切り抜けてきた。
……ところが、廃都に着いた途端だった。
「おい、お前、ロミィって言ったよな」
「それが何、おじさん?」
「おじさん言うな。それより教えてくれよ。お前、冒険者でもねえみてぇなのに、何で魔法が使えるんだよ」
……後から思えば、この男が不意にそんな話題を振ってきたのは、自分が安全な場所に着いたと踏んだからだろう。
周囲にワンダーはいない。リュークとオルタの目もない。そして、冒険者達の野営地点は、まだもう少し先――。
いずれにしても、ロミィは彼の問いに対して、あらかじめ決めてあったとおりに答えただけだった。
「この指輪ね。あたしのレリック」
そう言って、右手の指に嵌めた指輪をかざしてみせる。その瞬間だった。
フッと――指輪が抜き取られた。
「え……?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。しかし、自分の指輪が、いつの間にか盗賊の手の平に移っているのを見て、すべてを理解した。
対象者からアイテムを奪う――。盗賊の固有スキルに、確かそんなのがあった。もちろん、敵以外の相手に使うのは、ご法度のはずだが。
「悪く思うなよ。俺の前でお宝を晒したお前が悪いんだ」
「は? 何それ! 返しなさいよ!」
「そいつぁできねぇな。少しでもお前らの戦力を削ぐようにって、エルマン様から言われてるんでね」
「助けてやったじゃん!」
「はっ、そうなるように仕向けただけだっての!」
盗賊はそう言って、ニィッと狡猾そうな笑みを浮かべてみせた。自身の企みなどリュークにすべて見抜かれていた……とも知らずに。
しかし、ただ間抜けな話では済まない。なぜなら盗賊の手には、すでに短剣が握られていたからだ。
もちろん――口封じをするために。
「お前が冒険者じゃなくて助かったよ。一般人なら遺跡の中で命を落としても、誰も不思議がらねぇからな」
「……おじさん、本気で言ってるの?」
キッと睨み返すロミィ。無情に頷く盗賊。
そして次の瞬間、短剣の鋭い刃が、ロミィの皮膚をざっくりと貫き――。
……はしなかった。
それよりも、ロミィの怒りが爆発する方が早かった。
結果――今盗賊は、静かに地に転がっている。
ロミィは荒く息を弾ませながら、悪党の無様な末路に、ただ冷酷な視線を落とす。
――《死幻》。相手に、自身の死の光景を見せる、幻影スキル。それを立て続けに五回かけてやった。
もう盗賊は動かない。いや、気を失っているだけだが。
ちなみに常人なら、この幻影を立て続けに十回も見れば、心臓が止まる。果たしてこの男が目覚めた時、彼の精神は、正常を保っているだろうか。
「よかったね、おじさん。今のあたしがリュークの相棒で」
すでに物言わぬ盗賊に向かって、ロミィは敢えて笑顔を作り、囁いた。
底知れぬ残忍さを帯びた、ゾッとするような笑顔で。
「昔のあたしなら――間違いなく殺してたから。おじさんのこと」
そしてロミィは盗賊の手から指輪を取り返すと、再び廃都を後にした。
――早くリュークのもとへ戻ろう。
ようやく怒りの失せた心で、ただそれだけを思いながら。
ロミィに秘められた過去があるように、リュークにもまた過去がある。
次回、リュークが過去の出来事を振り返る――。
お読みいただきありがとうございました。
次回の更新は6月12日の18:00を予定しています。




