第28話 第五章・2 鑑定士、ひとまず相棒とお別れする
突如襲い来る《孤高の軍勢》レイラ。
ロミィの魔法壁さえあれば、攻撃は防げるが――リュークはここで意外な提案をする。
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とっさにしゃがんだ俺の頭上で、三つの矢がぶつかり、バラバラに弾けた。
的確な狙いと均衡した威力が衝突し合った結果だ。つまり飛んできた三本の矢は、すべてが完全に等しい力で繰り出された――。
なるほど、やはり次の相手はあんたか。《孤高の軍勢》レイラ。
「ロミィ、魔法壁を」
「え? ……うん。まあいいけど」
俺の指示にロミィが一瞬ためらいを見せたのは、すぐ間近に他人の目があったからだろう。
エルマンが置いていった盗賊だ。名前は知らない。はっきりしているのは、こいつが俺達の味方じゃないってことぐらいだ。
確かに――こいつの目の前でいろいろやるのも、気の進まない話だな。
「リューク、来ますよ!」
オルタが顔に緊張を浮かべ叫んだ。
通路の彼方から、新たな矢が飛来する。それも二本ずつ。
もっとも、いくら矢の数が増えたところで、ロミィの魔法壁を突破できるはずがない。俺達の周囲を囲む透明な壁に当たった矢は、カツッ! と小気味よい音を立てて、瞬く間に地に落ちる。
防御は完璧。……しかし問題は、ここからだ。
そう、今のままでは反撃手段がない。
レイラは今、《ステルス・ウォーク》の力によって姿を消している。目に見えない以上、俺の鑑定魔術は効果がない。
ただ――間近まで接近できれば、話は別だ。本来 《ステルス・ウォーク》は、パーティー全体を敵の視界から消し去るスキル。仲間内で互いの姿が見えないという事態を避けるため、使用者の近くにいる者の目には、ステルスが働かない仕組みになっている。
……ではどうやって、次々と飛んでくる矢を防ぎつつ、ここからレイラに接近するか。
真っ先に思いつくのは、ロミィに壁で囲ってもらったまま、前進することだ。しかしその場合、一緒にいる盗賊が足手まといになる。
せめてこいつが歩ければいいんだが――。
「おいあんた、足の具合はどうだ?」
「え? あ、ああ。まだ痛むよ。歩ける気がしねぇ」
――なるほど、嘘か。
俺はフッと軽く笑った。
「そいつは妙だな。俺達冒険者は、怪我を『HPへのダメージ』ってやつに変換して、リアルな苦痛をある程度緩和するようにできている。あんたが歩けなくなったのは、引っかかったトラップに、麻痺の効果があったからだ」
「……さ、さあ、そうなのかな。よく分からねぇよ、俺」
「よし、じゃあ試してみよう」
そう言って俺は盗賊の腕を取る。引っ張って立ち上がらせようとすると、相手が「うぅっ!」とわざとらしく顔をしかめる。
やれやれ、襲われてるってのに、まだ演技したいか。呑気なもんだ。
「オルタ、走る準備はできているか?」
「え? はい、大丈夫です!」
「よし。――おい盗賊の兄ちゃん、俺達はこれから走る。つまりこの地点から動く。矢の雨に貫かれたくなきゃ、必死でついてきな」
「え、おい、ちょっと待――」
「行くぞロミィ、先陣を頼む! 向かう先はそっちだ!」
盗賊の返事は待たず、俺はすぐさま元来た方角を指差した。
「了解!」
ロミィが頷き、魔法壁を張ったまま、タッと床を蹴って走り出す。俺とオルタがその後に続く。
同時に俺達を囲んでいる壁が動き、こちらの動きに合わせて猛スピードで進み出した。
「うわっ、ちょ、置いてくな!」
盗賊も慌てて走り出す。案の定、しっかり足が動くようだ。……まあ、もし本当に走れなかったとしても、動く魔法壁の内側にいれば、そいつに体を押されて、嫌でもついてくることになっただろうがな。
そうこうしてる間にも、前方から新たな矢が飛んでくる。当然魔法壁に当たって弾ける――。
レイラからの攻撃があったのは、ひとまずここまでだ。俺達が突っ込んでくると分かったからだろう。正面に見えていた光の歪みが、フッと掻き消える。跡には当のレイラの姿もない。
……なるほど、こっちにいたのは分身。そいつを解除して消し去り、衝突を避けたってことか。
納得しつつ、周囲の気配を探る。どうやらこの道には、これ以上敵はいないようだ。ちょうどいい。ここらで一つ、厄介払いをさせてもらおう。
「盗賊の兄ちゃん、この道をまっすぐ行けば元の廃都だ。さっさとそこに戻ってな」
「え、ええっ?」
「エルマンから見捨てられたんだろ? だったらおとなしく、廃都でみんなと一緒にいることだ。なあ、オルタもそう思うだろ?」
「はい。私達と来るよりも、その方が安全です。よかったですね!」
俺と違って無邪気ににっこりと笑うオルタ。さあ、この笑顔に勝てるか?
「……ま、待ってくれよ。で、でも、俺怪我してんだぜ?」
「歩けるだろ」
「……ワンダーに襲われたら?」
「盗賊なら逃走スキルぐらい持ってるだろ」
「……な、なあ、でも俺、このままじゃ――」
何か言いかけて、盗賊は言い淀んだ。「足止めを失敗したのがエルマンにバレたら、ただじゃ済まない」ってところか。やれやれ、やつに命じられて俺達を妨害してる――と、正直に吐いちまえばいいものを。
しかし、このまま一緒にいられても大概迷惑だ。俺は軽く溜め息をつくと、一つ提案をした。
「ロミィに一緒に行ってもらう。それならどうだ?」
「え、この子に……?」
「うえぇ、あたしに?」
盗賊の戸惑いと、ロミィの不服そうな声が、思いっきり重なった。
「まあそう言うなよ、ロミィ。こいつを廃都まで送り届けたら、すぐに戻ってくればいい。そうだろ?」
「そりゃそうだけどさ。その間に先にどんどん進まないでよ?」
「心配するな。目印は適当に残していくさ」
これで決まりだ。この盗賊の兄ちゃんは、ロミィが廃都まで引っ張っていく。彼女が頼もしい用心棒になることは、ここに張り巡らされた魔法壁を見れば一目瞭然。これなら兄ちゃんも不服は言えないってわけだ。
「しょーがないなー。じゃ、胡散臭そうな盗賊のおじさん、一緒に行こ?」
「……おじさん」
「あ、そっちに反応した?」
ロミィは悪戯っぽく笑うと、周囲の魔法壁をいっせいに解いた。
新たな矢は、すぐには飛んでこない。俺達は急いで先の曲がり角を折れ、ひとまず安全を確保する。
「じゃあよろしく頼んだぞ、ロミィ」
「うん、任せて!」
「くれぐれも、気をつけるようにな」
……もちろん、その同伴者の動きに、な。
「分かってるってば。あたしを誰だと思ってんの」
そう答えたロミィの目は――もちろん、すべてを理解している目だ。
まったく、心強い相棒だ。俺は小さく笑い、急いで行くよう手で合図を送る。
「じゃ、またね」
ロミィはそう言い残すと、盗賊を無理やり引っ張って、廃都へ戻る道をスタスタと歩いていった。
さて――これで邪魔するやつはいなくなった。強力な味方もいなくなっちまったがな。
「これからどうします、リューク?」
ロミィに手を振っていたオルタが、そのロミィが見えなくなると同時に、俺に向き直った。もちろん、今俺達を襲っている《孤高の軍勢》のことを言っているに違いない。
魔法壁なしで、あの弓使いにどう立ち向かうか――。
「そうだな。とりあえず、こいつを預かっといてくれ」
俺はそう言って、例によって《英雄の紋章》を外し、オルタに托す。
さて、ここまではいい。問題は、具体的な戦法だ。
一応、俺にも盾と飛び道具はある。《ドラゴン》のアニムを持つガントレット――タイラントだ。あれを装着した腕ならば、飛んできた矢を弾くことは可能。ブレスという遠距離攻撃手段もある。
ただしこのやり方は、互いの戦力差を埋めることはできても、本来の目的は達成できない。
本来の目的。即ち、アクセサリーの回収だ。
これを成し遂げるには、どうしてもレイラの攻撃を封じて無力化する必要がある。もちろんタイラントに「開」をかけてドラゴンの姿に変え、突撃させるという手段もなくはないが――。
「レイラは今、少なくとも二手に分かれている。まずはやつを一まとめにしないと、攻略は難しそうだな」
それに、数の問題だけじゃない。狙撃を得意とする弓使いは、たとえこちらがドラゴンで攻めたとしても、容易に反撃してくる可能性が高い。
一見無敵のモンスターにも、絶対的な弱点がある。――目だ。レイラならばおそらく、ドラゴンの目をピンポイントで射貫くぐらいの芸当は、簡単にこなすはず。
つまり、今回タイラントは決め手にならない。だったらどう立ち向かうか。
「――オルタ、あの壊れた宝剣は、まだ持っているか?」
俺はふと思い立ち、彼女に訊ねた。
「はい。もちろん持ってますけど……もうボロボロですよ?」
「構わないさ。こいつの真価は、ボロボロだろうが何だろうが、岩は岩だってことだ」
そう言ってニヤリと笑い、俺はオルタの手から宝剣を受け取って、腰に差した。
オルタを安全地帯に残し、俺は一人、再び元のT字路へと慎重に歩み出た。
このまま正面に向かって進めば、さっき盗賊がしゃがみ込んでいた壁に突き当たる。道はそこから左右に分かれる。そのどちらにも、レイラが弓を手に待ち構えているはずだ。
おそらく俺が壁に行き当たると同時に、無数の矢が飛んでくる――。ならば、まずは「こいつ」を準備するのが定石だな。
「来い、荒ぶる黒鉄――タイラント!」
お決まりのガントレットを手袋から取り出し、素早く左腕に装着する。これで、少なくとも一方向からの矢は叩き落とせるはずだ。
……ただし、矢が飛んでくるのは左右同時。その状況に対処するためには――ああ、もちろんこの宝剣を使う。
オルタから預かった宝剣を、鞘から抜き取る。さっきの戦いで表面にいくつもの亀裂が走った剣は、今にも脆く崩れてしまいそうなほど頼りなく見える。
実際、すでに武器としては使い様がない。ただし、武器以外としてならば――。
「……右か左か、二つに一つ」
俺はそう呟き、左右のどちらに仕掛けるかを考える。と言っても、この問題にロジックは存在しない。所詮は勘だ。ならば。
――そうだな、右だ。
すぐさま判断を下すや、俺は宝剣を振り被り、素早く投げつけた。
狙うは、ここから見える突き当たりの壁――。その、やや右寄りの地点。
ちょうど右の通路へと入る位置に、投げつけた宝剣が落ち、ゴッ! と岩の砕けるような鈍い音を立てる。いや、実際に砕けただろう。
矢は――飛んでこない。さすがに向こうも、こんな囮に引っかかって矢を乱射するほど素人じゃないってことだ。
だが、まあいい。あの宝剣は、何も囮というわけじゃない。
もちろん、こう使う。
「――開!」
宝剣に視線を据え、叫ぶ。途端に刃と、周囲に散っていたその破片が、いっせいに大きく膨らむ。
たとえ崩れたとしても、岩は岩だ。宝剣は瞬く間に複数の岩の塊となって、俺の期待どおり、右の通路の入り口をピタリと塞いでくれた。
同時に――その岩の向こうで、いくつもの轟音が響いた。右側のレイラが慌てて矢を放ったか。もっとも、さすがに矢では岩を破壊できないだろうがな。
俺はニヤリと笑い、続いて視線を左側に向ける。
――右は封じた。これで心置きなく、左を責められる。
軽く息を整え身構える。そして床を蹴り、俺は突き当たりの壁から一気に左側の通路へと突入した。
ヒュンッ! と空気が唸り、さっそく前方から矢が飛んでくる。俺は難なく左腕を振るい、叩き落す。
続いて、ヒュン、ヒュンッ! と二発同時。そいつも叩き落し、勢いよくダッシュする。
彼方に見える光の歪みへと、一気に迫る。刹那、三度目の狙撃が飛んでくる。今度は二発、ただしそれぞれがタイミングを絶妙にずらしてきた。
一発目、俺の頭を狙った矢を、左腕で弾く。そこへすかさず、足を狙った二発目が来る。
だが――残念だったな、レイラ。もちろん防御手段は用意してあるさ。
「開!」
その声に合わせて、俺の足元に小ぶりな岩が出現し、二発目の矢をあっさりと弾いた。
この岩は、もちろん宝剣の鞘だ。腰に差す形で運んできておいて正解だった。
――さあ、駆け引きはこれぐらいでいいだろう。もう充分に距離は縮めた。今度はこちらから仕掛ける番だ。
俺は左腕にタイラントを構え、岩を越えて一気に前に躍り出た。
同時にゴォッ! と、左手から灼熱のブレスを放つ。薄暗い通路に炎が走り、辺りを瞬時に眩く照らす。
「――っ!」
声にならない悲鳴が響いた。レイラだ。
いや、もちろん直撃はさせていない。ただし今の光が、彼女の次の矢を封じる形になったのは間違いない。
この隙に、俺は走る。
正面で光のヴェールが崩れる。その中に――レイラが、二人。
はっきりと見えた。この二人のうちどちらを狙うべきか、考える必要はない。それについては、俺はすでに「ある確証」を得ている。
「もらった!」
叫び、手を伸ばす。狙うは彼女の胸元を飾る、「邪神」のブローチ。
だが――。
俺の手がレイラに触れようとした瞬間、彼女の姿が消えた。しかも、二人同時に。
……踏み止まり、目と耳を駆使して周囲の気配を探る。だが、特に何者かが潜んでいる様子はないようだ。
「なるほど。左側はハズレ、か」
俺は苦笑し、元のT字路へと戻った。もちろん途中で岩を鞘の形に戻し、回収するのも忘れない。
「……リューク、どうなったのです?」
その声に目をやれば、曲がり角の向こうからオルタが顔を出して、おっかなびっくりこちらを窺っている。
俺は肩を竦め、答えた。
「あいにく左側にいたのは分身だった。本体は――この岩の向こうだ」
そして俺は、岩の塊に塞がれた右の通路を指した。
……この岩をどかすこと自体は容易い。ただし向こうは弓を構えている。追い詰めたとは言え、慎重に攻める必要がある。
俺は今一度呼吸を整えた。
仕切り直しだ。《孤高の軍勢》の攻略。ここからが――いよいよ本番だ。
果たして、リュークが見抜いた分身の最大の弱点とは?
VSレイラ戦、次回決着!
お読みいただきありがとうございました。
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