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第28話 第五章・2 鑑定士、ひとまず相棒とお別れする

突如襲い来る《孤高の軍勢》レイラ。

ロミィの魔法壁さえあれば、攻撃は防げるが――リュークはここで意外な提案をする。


次回の更新は6月8日の18:00を予定しています。

 とっさにしゃがんだ俺の頭上で、三つの矢がぶつかり、バラバラに弾けた。

 的確な狙いと均衡した威力が衝突し合った結果だ。つまり飛んできた三本の矢は、すべてが完全に等しい力で繰り出された――。

 なるほど、やはり次の相手はあんたか。《孤高の軍勢》レイラ。

「ロミィ、魔法壁を」

「え? ……うん。まあいいけど」

 俺の指示にロミィが一瞬ためらいを見せたのは、すぐ間近に他人の目があったからだろう。

 エルマンが置いていった盗賊シーフだ。名前は知らない。はっきりしているのは、こいつが俺達の味方じゃないってことぐらいだ。

 確かに――こいつの目の前で()()()()()()のも、気の進まない話だな。

「リューク、来ますよ!」

 オルタが顔に緊張を浮かべ叫んだ。

 通路の彼方から、新たな矢が飛来する。それも二本ずつ。

 もっとも、いくら矢の数が増えたところで、ロミィの魔法壁を突破できるはずがない。俺達の周囲を囲む透明な壁に当たった矢は、カツッ! と小気味よい音を立てて、瞬く間に地に落ちる。

 防御は完璧。……しかし問題は、ここからだ。

 そう、今のままでは反撃手段がない。

 レイラは今、《ステルス・ウォーク》の力によって姿を消している。()()()()()()以上、俺の鑑定魔術は効果がない。

 ただ――間近まで接近できれば、話は別だ。本来 《ステルス・ウォーク》は、パーティー全体を敵の視界から消し去るスキル。仲間内で互いの姿が見えないという事態を避けるため、使用者の近くにいる者の目には、ステルスが働かない仕組みになっている。

 ……ではどうやって、次々と飛んでくる矢を防ぎつつ、ここからレイラに接近するか。

 真っ先に思いつくのは、ロミィに壁で囲ってもらったまま、前進することだ。しかしその場合、一緒にいる盗賊が足手まといになる。

 せめてこいつが歩ければいいんだが――。

「おいあんた、足の具合はどうだ?」

「え? あ、ああ。まだ痛むよ。歩ける気がしねぇ」

 ――なるほど、()か。

 俺はフッと軽く笑った。

「そいつは妙だな。俺達冒険者は、怪我を『HPへのダメージ』ってやつに変換して、リアルな苦痛をある程度緩和するようにできている。あんたが歩けなくなったのは、引っかかったトラップに、()()()()()があったからだ」

「……さ、さあ、そうなのかな。よく分からねぇよ、俺」

「よし、じゃあ試してみよう」

 そう言って俺は盗賊の腕を取る。引っ張って立ち上がらせようとすると、相手が「うぅっ!」とわざとらしく顔をしかめる。

 やれやれ、襲われてるってのに、まだ演技したいか。呑気なもんだ。

「オルタ、走る準備はできているか?」

「え? はい、大丈夫です!」

「よし。――おい盗賊の兄ちゃん、俺達はこれから走る。つまりこの地点から動く。矢の雨に貫かれたくなきゃ、必死でついてきな」

「え、おい、ちょっと待――」

「行くぞロミィ、先陣を頼む! 向かう先はそっちだ!」

 盗賊の返事は待たず、俺はすぐさま元来た方角を指差した。

「了解!」

 ロミィが頷き、魔法壁を張ったまま、タッと床を蹴って走り出す。俺とオルタがその後に続く。

 同時に俺達を囲んでいる壁が動き、こちらの動きに合わせて猛スピードで進み出した。

「うわっ、ちょ、置いてくな!」

 盗賊も慌てて走り出す。案の定、しっかり足が動くようだ。……まあ、もし本当に走れなかったとしても、動く魔法壁の内側にいれば、そいつに体を押されて、嫌でもついてくることになっただろうがな。

 そうこうしてる間にも、前方から新たな矢が飛んでくる。当然魔法壁に当たって弾ける――。

 レイラからの攻撃があったのは、ひとまずここまでだ。俺達が突っ込んでくると分かったからだろう。正面に見えていた光の歪みが、フッと掻き消える。跡には当のレイラの姿もない。

 ……なるほど、こっちにいたのは分身。そいつを解除して消し去り、衝突を避けたってことか。

 納得しつつ、周囲の気配を探る。どうやらこの道には、これ以上敵はいないようだ。ちょうどいい。ここらで一つ、厄介払いをさせてもらおう。

「盗賊の兄ちゃん、この道をまっすぐ行けば元の廃都だ。さっさとそこに戻ってな」

「え、ええっ?」

「エルマンから見捨てられたんだろ? だったらおとなしく、廃都でみんなと一緒にいることだ。なあ、オルタもそう思うだろ?」

「はい。私達と来るよりも、その方が安全です。よかったですね!」

 俺と違って無邪気ににっこりと笑うオルタ。さあ、この笑顔に勝てるか?

「……ま、待ってくれよ。で、でも、俺怪我してんだぜ?」

「歩けるだろ」

「……ワンダーに襲われたら?」

「盗賊なら逃走スキルぐらい持ってるだろ」

「……な、なあ、でも俺、このままじゃ――」

 何か言いかけて、盗賊は言い淀んだ。「足止めを失敗したのがエルマンにバレたら、ただじゃ済まない」ってところか。やれやれ、やつに命じられて俺達を妨害してる――と、正直に吐いちまえばいいものを。

 しかし、このまま一緒にいられても大概迷惑だ。俺は軽く溜め息をつくと、一つ提案をした。

()()()()()()()()()()()()()。それならどうだ?」

「え、この子に……?」

「うえぇ、あたしに?」

 盗賊の戸惑いと、ロミィの不服そうな声が、思いっきり重なった。

「まあそう言うなよ、ロミィ。こいつを廃都まで送り届けたら、すぐに戻ってくればいい。そうだろ?」

「そりゃそうだけどさ。その間に先にどんどん進まないでよ?」

「心配するな。目印は適当に残していくさ」

 これで決まりだ。この盗賊の兄ちゃんは、ロミィが廃都まで引っ張っていく。彼女が頼もしい用心棒になることは、ここに張り巡らされた魔法壁を見れば一目瞭然。これなら兄ちゃんも不服は言えないってわけだ。

「しょーがないなー。じゃ、胡散臭そうな盗賊のおじさん、一緒に行こ?」

「……おじさん」

「あ、そっちに反応した?」

 ロミィは悪戯っぽく笑うと、周囲の魔法壁をいっせいに解いた。

 新たな矢は、すぐには飛んでこない。俺達は急いで先の曲がり角を折れ、ひとまず安全を確保する。

「じゃあよろしく頼んだぞ、ロミィ」

「うん、任せて!」

「くれぐれも、気をつけるようにな」

 ……もちろん、その同伴者の動きに、な。

「分かってるってば。あたしを誰だと思ってんの」

 そう答えたロミィの目は――もちろん、すべてを理解している目だ。

 まったく、心強い相棒だ。俺は小さく笑い、急いで行くよう手で合図を送る。

「じゃ、またね」

 ロミィはそう言い残すと、盗賊を無理やり引っ張って、廃都へ戻る道をスタスタと歩いていった。

 さて――これで邪魔するやつはいなくなった。強力な味方もいなくなっちまったがな。


「これからどうします、リューク?」

 ロミィに手を振っていたオルタが、そのロミィが見えなくなると同時に、俺に向き直った。もちろん、今俺達を襲っている《孤高の軍勢》のことを言っているに違いない。

 魔法壁なしで、あの弓使いにどう立ち向かうか――。

「そうだな。とりあえず、こいつを預かっといてくれ」

 俺はそう言って、例によって《英雄の紋章》を外し、オルタに托す。

 さて、ここまではいい。問題は、具体的な戦法だ。

 一応、俺にも盾と飛び道具はある。《ドラゴン》のアニムを持つガントレット――タイラントだ。あれを装着した腕ならば、飛んできた矢を弾くことは可能。ブレスという遠距離攻撃手段もある。

 ただしこのやり方は、互いの戦力差を埋めることはできても、本来の目的は達成できない。

 本来の目的。即ち、アクセサリーの回収だ。

 これを成し遂げるには、どうしてもレイラの攻撃を封じて無力化する必要がある。もちろんタイラントに「オープン」をかけてドラゴンの姿に変え、突撃させるという手段もなくはないが――。

「レイラは今、少なくとも二手に分かれている。まずはやつを()()()()にしないと、攻略は難しそうだな」

 それに、数の問題だけじゃない。狙撃を得意とする弓使いは、たとえこちらがドラゴンで攻めたとしても、容易に反撃してくる可能性が高い。

 一見無敵のモンスターにも、絶対的な弱点がある。――目だ。レイラならばおそらく、ドラゴンの目をピンポイントで射貫くぐらいの芸当は、簡単にこなすはず。

 つまり、今回タイラントは決め手にならない。だったらどう立ち向かうか。

「――オルタ、あの壊れた宝剣は、まだ持っているか?」

 俺はふと思い立ち、彼女に訊ねた。

「はい。もちろん持ってますけど……もうボロボロですよ?」

「構わないさ。こいつの真価は、ボロボロだろうが何だろうが、()()()()ってことだ」

 そう言ってニヤリと笑い、俺はオルタの手から宝剣を受け取って、腰に差した。


 オルタを安全地帯に残し、俺は一人、再び元のT字路へと慎重に歩み出た。

 このまま正面に向かって進めば、さっき盗賊がしゃがみ込んでいた壁に突き当たる。道はそこから左右に分かれる。そのどちらにも、レイラが弓を手に待ち構えているはずだ。

 おそらく俺が壁に行き当たると同時に、無数の矢が飛んでくる――。ならば、まずは「こいつ」を準備するのが定石だな。

「来い、荒ぶる黒鉄くろがね――タイラント!」

 お決まりのガントレットを手袋パンドラから取り出し、素早く左腕に装着する。これで、少なくとも一方向からの矢は叩き落とせるはずだ。

 ……ただし、矢が飛んでくるのは左右同時。その状況に対処するためには――ああ、もちろんこの()()を使う。

 オルタから預かった宝剣を、鞘から抜き取る。さっきの戦いで表面にいくつもの亀裂が走った剣は、今にも脆く崩れてしまいそうなほど頼りなく見える。

 実際、すでに武器としては使い様がない。ただし、武器以外としてならば――。

「……右か左か、二つに一つ」

 俺はそう呟き、左右のどちらに()()()()かを考える。と言っても、この問題にロジックは存在しない。所詮は勘だ。ならば。

 ――そうだな、右だ。

 すぐさま判断を下すや、俺は宝剣を振り被り、素早く投げつけた。

 狙うは、ここから見える突き当たりの壁――。その、やや右寄りの地点。

 ちょうど右の通路へと入る位置に、投げつけた宝剣が落ち、ゴッ! と岩の砕けるような鈍い音を立てる。いや、実際に砕けただろう。

 矢は――飛んでこない。さすがに向こうも、こんな(おとり)に引っかかって矢を乱射するほど素人じゃないってことだ。

 だが、まあいい。あの宝剣は、何も囮というわけじゃない。

 もちろん、()()使()()

「――オープン!」

 宝剣に視線を据え、叫ぶ。途端に刃と、周囲に散っていたその破片が、いっせいに大きく膨らむ。

 たとえ崩れたとしても、岩は岩だ。宝剣は瞬く間に複数の岩の塊となって、俺の期待どおり、右の通路の入り口をピタリと塞いでくれた。

 同時に――その岩の向こうで、いくつもの轟音が響いた。()()()()()()が慌てて矢を放ったか。もっとも、さすがに矢では岩を破壊できないだろうがな。

 俺はニヤリと笑い、続いて視線を左側に向ける。

 ――右は封じた。これで心置きなく、左を責められる。

 軽く息を整え身構える。そして床を蹴り、俺は突き当たりの壁から一気に左側の通路へと突入した。

 ヒュンッ! と空気が唸り、さっそく前方から矢が飛んでくる。俺は難なく左腕を振るい、叩き落す。

 続いて、ヒュン、ヒュンッ! と二発同時。そいつも叩き落し、勢いよくダッシュする。

 彼方に見える光の歪みへと、一気に迫る。刹那、三度目の狙撃が飛んでくる。今度は二発、ただしそれぞれがタイミングを絶妙にずらしてきた。

 一発目、俺の頭を狙った矢を、左腕で弾く。そこへすかさず、足を狙った二発目が来る。

 だが――残念だったな、レイラ。もちろん防御手段は用意してあるさ。

オープン!」

 その声に合わせて、俺の足元に小ぶりな岩が出現し、二発目の矢をあっさりと弾いた。

 この岩は、もちろん()()()()だ。腰に差す形で運んできておいて正解だった。

 ――さあ、駆け引きはこれぐらいでいいだろう。もう充分に距離は縮めた。今度はこちらから仕掛ける番だ。

 俺は左腕にタイラントを構え、岩を越えて一気に前に躍り出た。

 同時にゴォッ! と、左手から灼熱のブレスを放つ。薄暗い通路に炎が走り、辺りを瞬時に(まばゆ)く照らす。

「――っ!」

 声にならない悲鳴が響いた。レイラだ。

 いや、もちろん直撃はさせていない。ただし今の光が、彼女の次の矢を封じる形になったのは間違いない。

 この隙に、俺は走る。

 正面で光のヴェールが崩れる。その中に――レイラが、二人。

 はっきりと見えた。この二人のうちどちらを狙うべきか、考える必要はない。それについては、俺はすでに「ある確証」を得ている。

「もらった!」

 叫び、手を伸ばす。狙うは彼女の胸元を飾る、「邪神」のブローチ。

 だが――。

 俺の手がレイラに触れようとした瞬間、彼女の姿が()()()。しかも、二人同時に。

 ……踏み止まり、目と耳を駆使して周囲の気配を探る。だが、特に何者かが潜んでいる様子はないようだ。

「なるほど。左側はハズレ、か」

 俺は苦笑し、元のT字路へと戻った。もちろん途中で岩を鞘の形に戻し、回収するのも忘れない。

「……リューク、どうなったのです?」

 その声に目をやれば、曲がり角の向こうからオルタが顔を出して、おっかなびっくりこちらを窺っている。

 俺は肩を竦め、答えた。

「あいにく左側にいたのは分身だった。本体は――この岩の向こうだ」

 そして俺は、岩の塊に塞がれた右の通路を指した。

 ……この岩をどかすこと自体は容易い。ただし向こうは弓を構えている。追い詰めたとは言え、慎重に攻める必要がある。

 俺は今一度呼吸を整えた。

 仕切り直しだ。《孤高の軍勢》の攻略。ここからが――いよいよ本番だ。

果たして、リュークが見抜いた分身の最大の弱点とは?

VSレイラ戦、次回決着!


お読みいただきありがとうございました。

次回の更新は6月8日の18:00を予定しています。

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