第24話 第四章・5 鑑定士、《魔導の大要塞》に挑む
エルマンと対峙するオルタは、徐々に不利な状況へと追い込まれていく。
だがその裏で、すでにリュークとロミィは動き出していた――!
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※23話の修正を受けて、オルタとエルマンのやり取りを微調整しました。(2019.8.2)
「キクノ、しっかりしてください!」
オルタが叫び、俺の腕を離れて、キクノのもとに駆け寄った。
エルマンの邪眼を受けて倒れた女武士は、どんなに呼びかけても、一切の反応を見せない。
だが――とりあえず安心していい。一命は取り留めたはずだ。
「落ち着け、オルタ。キクノは生きている」
俺はそう言って彼女のそばに寄ると、傍らに落ちた「それ」を拾い上げた。
俺のダガー「アルゴス」だ。《瞳》を本質に持つこいつを、ただし今回俺は、普通にダガーとして使わせてもらった。
……そう。キクノがエルマンに斬りかかろうとしたのを見た俺は、とっさの一手に打って出た。それが、このダガーだ。
こいつを投げ、キクノの背中に当てた。もちろん皮膚にはダメージを与えず、あくまで防具を傷つけるだけで済むよう、緻密な力の加減が必要だったが――まあ、そこは問題ない。
ダガーに背中を突かれたキクノは、さすがに背後から攻撃を受けたことに気づき、一瞬足を止めた。そして振り返ろうとしたところで、邪眼を食らった――。
つまり顔の角度が動いた分、「直視」は免れた。おかげで死に至らず、昏倒だけで済んだというわけだ。
「……鑑定士、貴様、今何をした」
エルマンの苛立った声が、さっそく俺に向けられる。そりゃそうだ。明らかに俺が手出ししたことが、バレバレだからな。
さてと、こいつをどう誤魔化すか――。
「悪い、ちょっと手が滑っちまった」
「何?」
「いや、キクノがあんたに斬り込むのを見て、完全にビビっちまってさ。俺も身を守らなきゃと思って、とっさに武器になりそうなものをつかんだら、手が滑って飛んでって、キクノの背中に――」
「ふん、Fランク風情が、ダガー一つで身を守れるものか! 貴様はおとなしくオルタの子守でもしていろ!」
おいおい、まさか今の雑な言い訳を信じたのか? チョロいな。
さて、それよりも――と俺は後ろを振り返る。
辺りの冒険者は皆、建て物の陰に引っ込んだまま出てこない。ミアが倒れた時は総出で助けにきたんだが……。なるほど。キクノを助けてエルマンに「睨まれ」ちゃ敵わないってわけか。
仕方ない。だったら俺も、この「人目が少ない」状況を利用させてもらうまでさ。
素早く方針を固め、俺は近くにいたロミィに声をかけた。
「ロミィ、キクノを安全な場所に運んでくれ」
「はいはい。ていうかリュークも手伝ってよ。一人じゃ運べないんだから」
ロミィがキクノの上体を抱き起こしながら、不満げに言う。
……ああ、こいつはもちろん演技だ。さすがロミィ。俺の狙いがきちんと分かっている。
俺は頷き、ロミィと二人で、キクノを両サイドから担ぎ上げる。もっとも俺達の背丈が違いすぎるせいで、キクノが斜めになっちまってるが――まあ、ここは我慢してもらおう。
「オルタ、頼みがある」
「何でしょう」
「俺達がキクノを回復させている間、エルマンに事情を説明して、ビヨンドの命を奪う必要がないことを分からせてやってほしい。ただし、くれぐれもエルマンの目を見ないようにな」
「分かりました!」
オルタが頷く。……もっともここまでは、周りに聞かせるためのやり取りだ。
俺はさらに小声で、オルタに囁いた。
「――時間を稼いでくれ。その間に、何とかする」
「……リューク?」
オルタがハッとする。俺は軽く笑顔で応えると、ロミィを促して、すぐさまキクノを建て物の陰に連れていった。
ひとまず仰向けに寝かせる。幸い、他の冒険者の目が届かない位置だ。さて、何とかするとは言ったが……とりあえず介抱が先だな。
「ロミィ、任せた」
「あたし回復魔法とか使えないんだけど?」
「邪眼にやられただけだからな。むしろロミィの得意分野じゃないか」
「うん、知ってた。じゃあ、はい。《純邪》」
ロミィがしゃがみ、キクノの額に手をかざす。相手の体を侵している邪悪な力を、より邪悪な力で追い払うというこの魔法は、冒険者のスキルには存在しない特殊なものだ。
「それでいい。ロミィ様様だな」
「指輪様様、でしょ? はい終わりっと。そのうち目が覚めるよ」
ものの一秒ほどであっさり治療を済ませ、ロミィが立ち上がる。俺はそいつを目の端で見届けつつ、すぐに建て物の陰を伝って、広場とは反対側へと向かう。
「行くぞ、ロミィ」
「あたしも?」
「壁が必要だからな」
「何かこう、もっと他に言い様はないの? 可愛いロミィちゃんのスーパーマジカルパワーが必要だから一緒に来てください、とか」
「かわいいろみぃちゃんのすーぱー何とかがひつようだからいっしょにきてください」
「うわ、めっちゃ棒読み……。やれやれ、仕方ない。行ってやるとするか」
「俺の真似はしなくていい」
そんな軽口を叩き合いながら――俺とロミィは、ただしとっくに走り出していた。
建て物の裏手から、人目のない道を縫って、目指すは岩の向こう。
そう、ビヨンドのもとへ。
*
「つまり――アクセサリーを外せば、あの男は邪神の支配から解放される。どうあっても貴様は、そう主張するのだな、オルタ?」
「はい、さっきも言ったとおり、間違いありません! 現に、キクノはそれで助かりました!」
エルマンの問いかけに、オルタはしっかりと頷いた。
ビヨンドの命を取らずとも、邪神の呪縛を解く方法はある――。それを理解させるためにも、さっきまでキクノが同じ状況に陥っていたことも添えて、改めて説明した。
……もっとも、エルマンが素直に納得することはなかったが。
「助かったと言うが、あの女武士は私に刀を向けたな。あれは邪神の意志が残っていたからではないのか? 私も急だったので、とっさに迎え撃ってしまったが――」
――とっさに?
――とっさにという理由だけで、殺し返そうとした?
思わずそう問い詰めたくなる。だが、いや、ここで相手の神経を逆撫でしてはいけない。争わずにじっくり対話を重ねるのは、こちらが有利な状況を作り上げるまでの時間稼ぎでもある――。父から学んだ外交のノウハウを頭に思い起こしながら、オルタはあくまで問われたことに答える。
「キクノも、とっさだったのでしょう。本来なら助かるはずのビヨンドを、あなたに殺されかけたのですから。彼女が頭に血を上らせたこと、どうか大目に見てください」
「ふん、まあいい。……おい、そこの――ドーリスと言ったな?」
「は、はい!」
「貴様はついさっきまで、オルタと一緒にいたようだな。オルタの言ったことは本当か?」
「はい、そ、それは間違いなく……」
ドーリスが青ざめながら頷く。おそらく、すべての元凶が自分にあるからこその焦りだろう。もしあの誤鑑定が発端だという事実をこの場で暴露されれば、ここにいる全員の怒りがドーリスに向きかねない。
もっとも、そう仕向けるつもりは、オルタにはない。
「とにかく――助かるのです。ビヨンドは」
そう、今はただ、それを主張するのみだ。
「――では訊こう」
エルマンが改めて、オルタを睨んだ。こういう時、相手の目を見返せないのが、歯痒くて堪らない。
「アクセサリーを外すと言ったな。……どうやってだ?」
「それは……」
オルタは答えに窮した。あの鉄壁の砦に囲まれたビヨンドから、アクセサリーを外す方法――。それを言葉にできるのは、おそらくリュークだけだ。
オルタに答えられないと知り、エルマンがニヤリと笑った。
「私ならば、できない方法を探るよりも、確実な手段を採る」
「確実な手段……?」
「あの『邪神』を退治する。私にとっては造作もないことだ」
「それは――なりません!」
「愚かな! 確実さを否定すれば、この場に集う何十人もの冒険者の命が危険に晒されるのだ! 貴様はそれでいいのか!」
「うぐ……」
突然の思わぬ正論に、オルタが言葉を呑む。同時にエルマンは、このやり取りを制するのが自分だと悟ったか、改めて声高に叫んだ。
「冒険者諸君! 私に意を示せ! あの鋼鉄に覆われた『邪神』の体からアクセサリーを外す方法を延々と考えるか、それとも――私の力で、一瞬にしてやつを倒すか。お前達の支持する方に、私は従おう!」
――この言葉を受けてなお、冒険者がオルタを支持するとすれば、それは二つの意味を持つことになる。
一つ。確実な方法に背を向け、あくまで難しいやり方を選択するという、不合理さ。
一つ。エルマンに逆らい怒りを買うという、無謀さ。
……そう、エルマンが一度圧倒的な力を誇示した以上、他の冒険者がオルタに味方する可能性は、限りなく低くなる。
その証拠に、彼らのひそひそ声が、絶え間なく聞こえてくる。
――ビヨンドを助ける?
――それより、俺が助かる方が大事だ。
――それに、エルマンに逆らったら、あの女武士みたいに……。
「皆さん、惑わされてはなりません!」
オルタは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「私達は冒険者です! 勇気を持ってください! 正義を貫いてください! エルマン、あなたも!」
「私は正義だ。……これが、私の正義だ」
オルタの言葉に、エルマンが厳しい声で返す。
……ただし、もしこの会話をリュークが聞いていれば、すぐに見抜いただろう。
エルマンの心には正義などなく、ただ「ある欲望」に支配されているだけだ、と。
いずれにしても、オルタには不利な状況だ。
それでも、彼女が折れることは、決してない。
なぜなら――もちろん、リュークがいるからだ。
(こうしている間にも、リュークが戦ってくれているのです。その結果を信じて待つのが、今の私の務めです!)
改めてそう胸に誓い、オルタはエルマンと対峙し続ける。
正義の冒険者として。
*
オルタにエルマンの相手をしてもらっている間、俺とロミィは、すでに岩壁の向こうへ回り込んでいた。
辺りに余計な人影はない。対するはビヨンド、ただ一人のみ。
そのビヨンドは相変わらず「砦」に囲われ、こちらに背を向けた姿で佇んでいる。やつの正面に聳える岩壁は、雷撃の嵐によってひび割れ、いつ崩壊してもおかしくない状況だ。
……おそらくあと一手。ビヨンドが次の攻撃を仕掛けた時点で、その崩壊は訪れる。
だが今、俺の右目で捉えた限り、やつの感情は静かだ。理由は――そうか、マナを回復しているところか。
だったら、どうやら今がベストタイミングだ。
「ビヨンド、いや、『邪神』と呼んだ方がいいか?」
さっそく《英雄の紋章》を外しつつ――俺は、やつの背中に向かって呼びかけた。
「魂が欲しいって言うから来てやった。もちろん、諦めさせるためにな」
「くくっ、戯けたことを!」
俺の声にビヨンドが瞑想を中断する。次いで「砦」の背中側に、赤い宝玉のような球体が浮かび上がった。おそらく魔法で生成された「目」だ。背後を視界に収めるための、な。
そして、ビヨンドが俺を視界に捉えたとなれば――やることは一つしかない。
「ボルテック・ミサイル!」
もちろん攻撃だ。しかも、背後への。
だが――。
「はい楽勝!」
ロミィが叫び、すかさず俺の前に躍り出た。例によって、魔法壁を伴って。
彼女が展開させるこの半透明の壁は、あらゆるものを遮断する力を持つ。故に雷撃は無効。俺目がけて飛んできた無数の雷は、魔法壁によってすべて受け止められ、派手に火花を散らしながらも、呆気なく消滅した。
ガードは完璧。しかし問題は、こちらの「攻め手」だ。
ビヨンドに死角はない。たとえ俺がどの方向から攻めたとしても、やつは確実に迎撃してくるはずだ。
まさに《魔導の大要塞》。ただし――付け入る手段はある。
俺はほくそ笑み、ロミィに新たな指示を出した。
「ロミィ、魔法壁だ」
……これだけなら、今までと何も変わらない。しかし壁ってのは、何もガードするだけが使い道じゃない。
俺は続けざまに、もう一つの指示を口にした。
「囲い込め。俺とビヨンドを、な」
ついにビヨンドに挑むリューク。
ロミィとの連携が《魔導の大要塞》を追い詰める!
お読みいただきありがとうございました。
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