第23話 第四章・4 鑑定士、怒れる姫騎士様を制御する
冒険者達の前に現れた第二の邪神、《魔導の大要塞》ビヨンド。
その攻撃を受け、ついにエルマンの邪悪な心が剥き出しになる!
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※一部、流れを修正しました。(2019.8.2)
魔術師ビヨンド――。
彼のレリック「黒の砦」は、普段は何の変哲もない漆黒のマントの形を取っている。だがいざ戦いとなれば、その本質である《砦》の効果によって鋼鉄の塊となり、主の体を包み込む。
そうなれば、もはやビヨンドは砦そのものと言っても過言ではない。身動きすら犠牲にした鉄壁の防御を得ると同時に、全身から無数の攻撃魔法を放ち、瞬く間に敵を殲滅する。
故に彼は、《魔導の大要塞》の異名を持つ。
そして――その攻防一体の力は、たった今、俺達に向けられていた。
「ボルテック・ミサイル!」
砦の中心部に覗いたビヨンドの顔が、呪文の詠唱を終えると同時に、高らかに叫ぶ。その声に合わせて、砦の至る所に雷球が灯る。まるでイルミネーションのようにも見えるその輝きは、しかしこれから始まる大破壊の、ほんの刹那の予兆に過ぎない。
「みんな、建て物の陰に隠れろ!」
キクノが叫ぶのと、広場一面に雷鳴が轟くのと、ほぼ同時だった。
俺は――とっさにオルタとロミィの手を引くと、地を転がる勢いで、手近な建て物の背後に回り込んだ。
直後、焼けつくほどの熱を持った電撃が、ビヨンドの全身から射出された。
彼の立つ位置を起点に、次々と地面が焦げ、建て物が砕け、冒険者達の悲鳴が迸る。
……攻撃は、ざっと一分ほど続いただろうか。
ふと轟音が途切れる。
「終わったのですか?」
オルタが不安気に問う。だが俺はすぐに首を横に振る。
「違うな。こいつはただのマナ切れだ」
魔術師は、魔法の使用にマナを消費する。いくらSランクと言えども、一分の間ずっと攻撃魔法を撃ち続ければ、当然の結果だろう。
しかし、切らしたマナは補充すればいい。魔術師であれば、単身でも何らかのマナ回復手段を用意しているはずだ。
そして――俺の予想は当たった。
「ボルテック・ミサイル!」
一分後、再びビヨンドの声が響き、雷鳴が辺りを駆け抜けた。
まだ冒険者の断末魔は聞こえてこない。攻撃が一点に集中せず放射状に放たれている分、雷撃一つ一つの殺傷能力は低めなのかもしれない。
とは言え――このままじゃ、時間の問題だろうな。
盾にした壁が少しずつ剥がれ出しているのを確かめ、俺はそう感じた。
……そして、二度目の沈黙。早くも周囲には、瓦礫の焼ける臭いが漂い始めている。
「これはどうなっている! あの男は――ビヨンドは、なぜ私を襲った!」
エルマンの声が怒りを帯びて響く。声のした方を見やれば、やつはドーリスともども別の建て物の陰に隠れ、ひとまずは難を逃れていた。
だがその時だ。
「リューク、ミアが!」
オルタがハッとして叫んだ。彼女を慕っていたあの若い女剣士が、どうやら逃げ遅れたらしい。
俺は素早く建て物の陰から顔を出し、周囲を見た。ミアはすぐに見つかった。
俺達の隠れているこの位置と、ビヨンドとの間だ。直撃はしていないようだが、軽く感電したと見えて、地に臥して呻いている。
だが、次に来る三撃目で助かるかどうかは分からない。
とっさにビヨンドを見る。やつは今、目を閉じて動かずにいる。
――《マナ・リカバリー》。精神を集中させることにより、消耗したマナを回復させるスキルだ。
なるほど、今のあいつは砦に覆われているため、手が動かせない。だから回復系の薬は使わず、動作の必要ないスキルでカバーしている……と言ったところか。
俺は納得しつつ、さらに視界に入るすべての光景を、瞬時に検める。
倒れている冒険者はミア一人。他の面々は、ひとまず隠れることに成功した。あるいは負傷したとしても、仲間に背負われて避難した。そのどちらかだ。
ならば――今すぐ助けなければならないのは、ただ一人、ミアのみ。
「オルタ、宝剣を借りるぞ!」
俺はそう叫ぶや、特に返事は待たず、オルタの腰からさっきの宝剣を抜き取った。
猶予は残り数十秒。俺は迷わず宝剣を振り被り、狙いを定め――。
……投げようとした。だが、その直前。
建て物の陰から、躍り出たやつがいた。
「ふん、目にもの見せてくれる!」
そう豪語してビヨンドの前に立ちはだかった者。それは、エルマンだった。
俺はとっさに腕を止め、状況を即座に把握する。
ビヨンドは目を閉じ、マナを回復中。次の攻撃に移るまで残りわずか。
エルマンの立った地点は、ミアのそば。ただし彼の顔はミアを無視し、憎悪とともにビヨンドに向けられている。
そして――「視」。
エルマンが何を目論んでいるのか。そいつを素早く見抜いた俺は、すぐに次の行動へと移った。
俺がやるべきことは、幸いエルマンが飛び出す前から変わっていない。俺は迷わず、振り被った宝剣を勢いよく投げた。
ブンッ! と唸りを上げ、剣が飛ぶ。重みのあるロングサイズの武器だが、回転させることによって飛距離を稼ぎ、決して狙いは外さない。
そして、俺が狙うものとは――。
「っ? 何だこの剣は!」
エルマンが小さく叫んだ。俺が投げた宝剣は、エルマンとビヨンドの間。二人の立つ位置を二分するように、その切っ先で地面を貫き、ピタリと止まる。
同時に、砦から覗くビヨンドの顔が、その目を見開こうとする。
……回復完了。しかし彼の目蓋の動きよりもわずかに早く、俺の鑑定魔術が発動した。
「開!」
俺の声とともに――宝剣の本質が、開いた。
顕在化度100パーセントの、巨大な岩壁へと。
「くっ! これは?」
エルマンが息を呑む。突如やつの正面に出現した岩壁は、ミアともども二人をビヨンドの攻撃から守る盾となって、その場に立ちはだかった。
すでにビヨンドの姿は岩の向こうに隠れ、こちらからは視認できない。
「ミア!」
オルタが叫び、飛び出す。彼女は急いでミアのそばに駆け寄ると、少女に肩を貸し、担ぎ上げる。
「誰か、薬か回復魔法を!」
「オルタ様、こちらです!」
冒険者の一人が叫び、回復薬を手に走り寄る。周りに隠れていた他の冒険者達も次々と飛び出し、協力してミアを安全な場所へと運んでいく。
これで彼女は大丈夫だ。さて、問題は――。
俺はエルマンの方を振り返った。やつは一人、岩の前に佇み、怒りの形相を向けている。
……ああ、オルタに向かって、な。
「オルタ様――いや、オルタ・ブロウザーム」
口調が変わった。もはや慇懃無礼ですらいられないほど苛立っている、ということか。
「今の宝剣は、貴様のものだな?」
「いかにも私のもので――ひゃぁっ?」
ミアについていこうとしていたオルタが、呼び止められて振り返ろうとしたその刹那。俺はとっさに彼女の背後に立ち、手でその両目を塞いでやった。
「や、ちょ、何も見えません! 離してください!」
「落ち着けオルタ、暴れるな」
「リューク? こ、これはいったい? ええと……その、いわゆる狼藉ですか?」
「違う。忘れたのか。やつの目を見たらまずいってことを」
そう耳元で囁くと、オルタはようやくもがくのをやめて、おとなしくなった。
エルマンの顔の左半分を覆う眼帯。そのアニムは《邪眼》だ。やつと正面から向き合えば、やつの気分一つで、こちらは命さえ奪われる。
「……手は離す。俺が小声で台詞を教えるから、あんたはそのとおりに喋ってくれ」
俺の囁きに、オルタが小さく頷く。俺は彼女の視界を解放すると、そのまま後ろに佇むふりをしながら、言うべき言葉を少しずつ伝えていく。
「……確かに、今の宝剣は私のものです」
俺の指示どおり、オルタはエルマンに向かって答えた。もちろん、視線は逸らした形で。
「やはりか。柄が派手だったのでな。さっきまで貴様が腰に差していたものだと、すぐに分かった。しかし――岩になる剣か。下らん代物の割には、面白い使い方をしたものだ」
エルマンが鼻で笑う。もちろん剣が岩になったのは、俺がアニムを開いたからだが……それはこの際どうでもいい。やつは本心では、面白いなどとは思っちゃいない。
エルマンは今、怒りに満ちている。自分の邪魔をされたおかげでな。
「エルマン、あなたは――」
オルタが俺の教えに合わせて、台詞を続けようとする。
だが――その口が、ふと止まった。
おそらく、俺の言葉が、あまりにも意外だったがために。
「そんな……!」
彼女は小さく叫ぶと、俺の方を軽く振り返り、それから再びエルマンに向き直る。
「おい、目!」
俺はとっさにオルタの両目を塞ぐ。しかしオルタは暴れるのも忘れ、険しい声で、エルマンに叫んだ。
「あなたは――ビヨンドを殺そうとしたのですか!」
そう、エルマンはミアのことなど視野になかった。ただビヨンドへの怒りのみで飛び出し、その激昂を叩きつけようとした――。
事実を知ったオルタの胸の内に、怒りが膨れ上がってくるのが分かる。図らずも彼女に後ろから密着した俺は、相手の体の震えを感じながら、しかし冷静に次の台詞を告げる。
「ビヨンドが目を見開くと同時に、その邪眼で睨み殺そうとした……。そうなのですね!」
その言葉に――エルマンは臆さなかった。
彼はただ冷たい笑みを浮かべ、静かに答えた。
「ああ。……それが何か?」
「なぜです!」
「なぜ? 決まっている。やつが、この私を殺そうとしたからだ」
「――それは違う!」
刹那、もう一人の声が広場を抜けて飛んできた。
「キクノ……?」
目を塞がれたまま、オルタがその名を口にする。そう、キクノだ。彼女はやはりエルマンを直視しないよう気をつけながら、急いでオルタの隣に立った。
仲間を、横暴な邪眼の主から庇うため――。険しい表情とともに、キクノはエルマンと対峙した。
「エルマン殿、それは誤解だ。ビヨンド殿は、本心からあなたを……いや、私達を攻撃したのではない。すべては、《邪神》のアクセサリーのせいだ」
「邪神――だと?」
「そうです。邪神です!」
キクノに合わせて、すぐにオルタが頷く。
「ビヨンドは、《邪神》のアニムを持ったアクセサリーを身に着けて、心を支配されてしまったのです。でも、そのアクセサリーを外しさえすれば、あの方は元に戻ります!」
「そのとおりだ! ……現に私も、オルタ姫に助けられるまでは、邪神に心を蝕まれていた。だから――」
交互に、二人は懸命に、エルマンに事情を説明する。
エルマンがビヨンドを殺そうとしたのは、やつがこの事実を知らなかったからだ。だから、それを伝えさえすれば、やつはおとなしくなる。
……二人はそう考えたに違いない。
だが――それは、あまりにも見通しが甘い。残念ながらな。
「そうか。あの男が邪神か」
邪神というキーワードを耳にしたエルマンは、一瞬何事か考える素振りを見せた。だがその直後、やつの心の中に、新たな感情が湧き上がる。
――歓喜。謀略。
……エルマン、いったい今、何を企んだ?
俺が訝しむ中、感情を読まれたとも知らないエルマンは、まるで正義の騎士が正論を吐くかのように、平然と言ってのけた。
「やつが邪神ならば――なおさら躊躇なく退治するまでだ。私がこの『眼』でな」
そして、やつは笑った。
薄く、口の端を歪め。
まるで、ビヨンドを助けるつもりなどまったくない、とでも言いたげに。
「エルマン殿、それは駄目だ!」
キクノが叫ぶ。彼女の感情が過度に高まりつつあることに、俺は気づく。
キクノの心の中で膨れ上がっているもの――。それは、「焦り」だ。
この事件の一因が自分にあるという事実。ビヨンドや仲間達を、そしてここにいる冒険者全員を助けなければならないという使命感。しかし、それがままならないでいる苛立ち。そのすべてが、キクノの焦りに繋がっている。
――あまりいい兆候じゃない。だが、すでに「引き金」はエルマンの手にある。
そのエルマンに向かって、キクノは上ずり始めた声で、なおも説得を向けた。
「エルマン殿、あなたの邪眼を使えば、ビヨンド殿は助からない! 他の方法を――」
「……助からない、だと?」
キクノの叫びに、しかしエルマンは薄笑いを浮かべたまま、静かに言い返しただけだった。
「なぜ邪神を助ける必要がある? やつには、死、あるのみだ」
無情な笑いとともに、エルマンがそう告げた瞬間だった。
「――貴様ぁぁぁっ!」
突如、キクノの感情が爆発した。
仲間を――邪神に囚われたとは言え、自分同様に助かる可能性のある仲間を――笑いながら理不尽に殺そうとしている男が、目の前にいる。
己の焦りを怒りに摩り替え爆発させるには、それは充分すぎる「引き金」だったに違いない。
「キクノ!」
目を塞がれたオルタが、怒声に反応してその名を呼ぶ。だが、キクノが止まることはなかった。
彼女はすでに「五星刀・輪廻」を抜き、エルマン目がけて斬り込もうとしていた。
――駄目だ、こいつは間に合わない!
やむを得ない。俺は急いで右手をオルタの顔から離し、ある「とっさの一手」に打って出た。
直後――。
エルマンの邪眼が、キクノの目を射抜いた。
悲鳴は、上がらなかった。
怒りに我を忘れた女武士は、その一撃で声すら塞がれ、土煙とともに地に転がった。
巨岩の向こうで、雷鳴が轟く。
暗い廃都の中央に、眩い光がうねる。
岩が崩れるのが先か。それとも、邪眼がすべてを滅するのが先か。
さてこの状況――。いったいどう捌いてやろうか。
エルマンの凶行。そしてビヨンドの猛威。
混迷を極める状況の中、ついにリュークとロミィが動く!
お読みいただきありがとうございました。
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