第22話 第四章・3 鑑定士、再び《魔眼の騎士王》と対峙する
隠し通路を抜けた先には、見覚えのある景色が広がっていた。
そこには異変に巻き込まれた冒険者達が集っていて――?
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隠し通路の奥には、扉が一つあった。
罠が仕掛けられている様子はない。俺は躊躇なく扉を押し開いた。
目の前に新たな空間が開ける。そこは、やはり見覚えのある場所だった。
「ここは……第十二階層?」
オルタが呟いた。そう、俺達の前に現れたのは、あの廃都そのものだったからだ。
《終焉大戦》の記憶を留めた、瓦礫だらけの街――。暗い空の下、崩れかけた建て物が並ぶその景色は、確かに第十二階層そのものだ。
ロストサークルは、これ自体が一種の異空間。区画単位で区切られることなく、階層が丸ごと別の階層の一部になったとしてもおかしくはない……か。やれやれ、何でもありだな。
「そう言えば、ここに《踏破の印》があるんじゃない?」
ロミィがいい指摘をした。俺は頷く。確かにこの廃都には、俺達のセーブポイントが残されているはずだ。
とは言え――あそこに瞬間移動できるのは、遺跡に入る時のみ。受付嬢の許可を得ることで、彼女に仕込まれた転送装置が作動し、冒険者はセーブポイントに転送される。つまり、今この状況で《踏破の印》を移動に利用することはできない。
……ただし、あくまで移動に関しては、だ。
「印の位置が分かれば、そこからゲートの位置も割り出せる――。そういうことだな」
「街の形が大幅に変わってなければ、だけどね」
話しながら、俺とロミィはてきぱきと動き出す。その後ろからオルタ達が付いてくる。
「……やはり、リューク殿の方がリーダーに見える」
キクノがぼそりと呟いた。俺は聞こえなかったふりをして足を進める。
……印の位置を割り出すのに、そう時間はかからなかった。廃都の中に建つ崩れかけた櫓が、大きな目印だ。あとはその下に立って周囲を観察するだけで、俺達のセーブポイントはあっさり見つかった。
「ゲートの位置は、ここから東に三区画――」
東西南北の分かりづらい遺跡内だが、そいつはロミィの持っているマッピングボードで判別できる。俺は東に目をやり、さっそくそちらへ進みかける。
だが――そこでふと気づいた。
「……人がいるな。しかも、複数」
「確かに、話し声がする」
キクノも耳を澄ませ頷く。ゲートのある東側から、いくつもの声が聞こえてくるのだ。
ただ、何かを話し合っている、という様子ではない。雑多な会話がいくつも重なり、声は、まとまりのない「音」になり果てている。
おそらく――向こうは大集団。しかも、統率がない。
……しかし、理性はきちんとあるようだ。
「なるほど。そういうことか」
俺は低く呟き、留めていた足を再び進めた。
「リューク、危なくはないのですか?」
「心配ない。向こうにいるのは、みんなお仲間さ」
俺は軽く笑い、オルタを促して急いだ。
歩きながら何度目かの角を折れる。新たに視界の開けた先に、ゲートと、ちょっとした広場が見えた。
そして――そこに集う、大勢の冒険者の姿も。
主にCからBのランクを中心とした集団だ。剣士がいる。魔術師がいる。盗賊がいて、僧侶がいて、踊り子がいる。他にもありとあらゆる職業が集う。
……まあ、鑑定士は俺以外に一人もいないみたいだがな。まったく、どれだけ人気がないんだか。
「これは……」
「避難者さ」
不思議そうにしているオルタに、俺はそう答えた。
そう、ここに集まっているのは、リムルフ・ルートに潜っていた冒険者達だ。突如異変に見舞われ道に迷い、それでも少しずつ同業者を見つけ、協力してここまで辿り着いた――といったところか。
……もっとも、全員がここに避難できている可能性は、少ないだろうがな。
彼らは、互いに傷の手当てをしたり、休息を取ったり、情報を分け合ったり――。行動は様々だが、皆一様に疲れた表情をしているのは確かだ。
不安。そして苛立ち。そんな感情ばかりが、俺の右目を通して伝わってくる。しかし、この状況では無理もないだろう。
「ちょうどいい。ドーリスの避難先が見つかったな」
「……ば、馬鹿な。Aランクのこの私が、ここにいるBランク以下の連中と一緒になって、身を縮こまらせていろと?」
「邪神に遭遇して殺されかけるぐらいならマシだろ?」
俺がそう言うと、ドーリスは言葉を呑んで顔をしかめた。
やれやれ、プライドを持つのは結構だが、そのプライドを制御できないなら、そいつはただ虚勢を張って吠えているだけの子犬に等しい。……いや、こんなことを言ったら子犬に失礼だな。
俺は苦笑しつつ、改めて視線を巡らせる。すでに何人かの冒険者がこちらに気づき、近づいてくるのが見える。
「あの……もしかして、オルタ様ではありませんか?」
その冒険者の一人――オルタより少し年若い少女が、興奮した面持ちでオルタに声をかけてきた。
「はい。いかにも、私がオルタ・ブロウザームです」
「やっぱり! ああ、申し遅れました。私はミアって言います。剣士です」
「奇遇ですね。私も剣士ですよ」
オルタが微笑む。その笑顔を受け、ミアの頬がポッと紅潮する。
「あ、あの! 嬉しいです。まさかこんなところでお目にかかれるなんて! ……私、突然遺跡に閉じ込められて、道に迷って出られなくなって――。すごく不安だったんですけど、今オルタ様に会えて何だか元気が出てきました!」
「それは何よりです。王家の者として、そして冒険者として――。民に勇気を与えることこそ、私の使命ですから」
「はい、勇気いただきました! もうオルタ様が来てくだされば恐いものなしです!」
「ええ、その意気ですよ♪」
「オルタ様なら、きっと邪神の一匹や十匹、軽くぶった切ってくださいますよね!」
「…………」
「ますよね!」
「は、はい!」
おっと、圧されているな、オルタ。
まるで今にも抱きつきそうな勢いで捲し立てるミアに、すでにどう応えていいか分からなくなっているに違いない。その証拠に、困って俺の方をチラチラ見出したしな。
しかし――あいにくこの状況じゃ、巷で話題沸騰のオルタ姫は、救世主も同然。となれば、ミア一人で済むはずがない。
「おお、オルタ様だ! オルタ様が俺達を助けてくださるぞ!」
「オルタ様こそ私達のリーダーよ!」
「リーダー・オルタ!」
「リーダー・オルタ!」
まるで神を崇めるが如き勢いで、オルタに群がる冒険者達。そろそろオルタの視線で俺が射抜かれそうだ。
「ねえリューク」
「どうした、ロミィ」
「オルタもてもてじゃん」
「ああ、大人気だな」
「助けないの?」
「助けた方がいいか?」
「リュークが蒔いた種じゃん」
「そいつを言われると、俺も少しは後ろめたい気持ちになるな」
いや、実際はまったく後ろめたいとは思ってないし、ロミィも単に面白がっているだけだが――。まあ、他愛のないお喋りはともかく、仕方ない、そろそろ割り込むか。
俺はさっそく、群がる群衆を掻き分け、オルタとミアの間に割って入った。
「ミアって言ったな。ちょっといいか?」
「はい。あなたは――ああ、オルタ様のヒモだという噂の鑑定士さん?」
「ああ、ヒモだ」
「えっと、認めるんですか……?」
「少なくとも、城に滞在費は払ってないからな」
俺は軽く笑って流し、「で――」と話題を切り替えた。
「このロストサークルへは、どこから辿り着いた?」
「ゲートです。ああ、そこにあるやつじゃなくて、この街の片隅にあったやつです」
「下の階層から来た?」
「はい。……と言いたいところですけど、第一階層からいきなり森に飛ばされて、そこからさまよっているうちにここに着いたんで、正直、下からか上からかは……」
「なるほど。よく分からない、か」
頷き、俺は考える。
俺達の通ってきた隠し通路は、誰にも使われた様子がなかった。つまりここにいる冒険者達は、ミアと同じ街外れのゲートか、あるいはこの広場にあるゲートを使って、廃都に着いたと見ていい。
ゲートは二つ。となると、その一方は下の階層へ、もう一方は上の階層へ続いているはずだが――。
「問題は、どっちのゲートが正解か、だな」
「それなら、どっちも不正解ですよ。他の冒険者が探りに行きましたけど、どっちもAランク級のワンダーがうろうろしてて、とても突破できそうにないって……」
「なるほど。確かに脱出ルートとしてなら、どちらも不正解のようだな」
とは言え――俺の言う「正解」は、少し意味が違う。
そもそもこの混乱を終結させるためには、すべての邪神のアクセサリーを回収し、無力化する必要がある。つまり、邪神が待ち構えているルートこそが正解なのだ。
さて――二つのゲートのうち、俺達はどちらに挑むべきか。
……俺が考えている時だった。
不意に、聞き覚えのある声が廃都に響いたのは。
「これはこれは、誰かと思えばオルタ様と、それに――貴様もか、鑑定士」
そんな声とともに、誰かがこの広場に近づいてくるのが見えた。
顔の左半分を眼帯で覆った騎士。……エルマンか。
「エルマン、あなたも来ていたのですか?」
オルタが険しい表情で訊ねた。思えば、やつと城でやり合ってから、まだ日付けすら変わっていないのだ。
ちなみに、そのエルマンの後ろには、やはり異変に巻き込まれたと思しき冒険者達が、ぞろぞろと付き従っている。エルマンを慕って――というよりは、「他に助かる道がないので仕方なく」が正解だろうな。
「冒険者がこの街に来てやることと言えば、一つしかありませんのでな」
エルマンは、横柄な口振りでオルタにそう言い返すと、その凶悪な眼帯越しに、広場に集う一同を見回した。
――値踏み、か。
俺の「視」を通して、エルマンの感情が見える。やつは、ここに集まった冒険者全員を値踏みし、何かを考えているようだ。
そして――その「考え」がまとまったのだろう。エルマンはニヤリと笑い、声高に叫んだ。
「冒険者諸君! 今よりこの私、Sランク騎士・エルマンが、お前達の指揮を執る! 皆、私についてくるがいい!」
……おいおい、よくもまあ真顔で世迷言を言い出したな。
俺は呆れ、冷めた目でエルマンを見やった。
もちろん俺だけじゃない。ミアを始め、オルタに群がっていた冒険者達が、不服そうな面持ちでエルマンを睨む。彼らにとって、リーダーはあくまでオルタだ。エルマンじゃない。
もっとも――そう考えないやつも、いるようだがな。
「エルマン? あの《魔眼の騎士王》?」
ああ、ドーリスだ。やつは慌ててエルマンのもとに駆け寄ると、その場で跪き、深々と頭を下げた。
「エルマン様! 私はこの国の魔術師。人呼んで《災厄を駆るドーリス》と申します! エルマン様のお噂はかねがね――」
「ふん、世辞はどうでもいい。お前は、私に従うのか?」
「もちろんです! どうぞ、良しなに……」
やれやれ、類は友を呼ぶ、か。
もはや溜め息しか出てこない。俺はオルタに「ほっとけばいいさ」と囁く。
「しかしリューク、あのエルマンに民を任せるわけには参りません!」
「心配するな。誰もあいつに任されようなんて思ってないさ。例外は、あのパンの兄ちゃんぐらいだ」
そんな会話を、俺達が小声で交わしていた時だった。
不意に――広場の中央に、「それ」は現れた。
「ビヨンド!」
その名を叫んだのは、オルタだった。
そう、瞬間移動魔法によって現れたのは、漆黒のマントをなびかせた、壮年の魔術師。
自らを鉄壁の砦と化し、全身から無数の雷撃を放つ、人呼んで《魔導の大要塞》。
その名はビヨンド。彼の姿を目の当たりにし、冒険者達が色めき立つ。
「おお、あれは調査隊の一人、《魔導の大要塞》のビヨンドだ!」
「ビヨンドさん、助けてください!」
そう言いながら、いっせいにオルタのもとを離れ、ビヨンドに群がっていく。
だが――彼らは知らない。今のビヨンドが何者なのかを。
その危機を真っ先に伝えたのは、オルタだった。
「皆さん、下がってください! この人は危険です!」
オルタが叫ぶ。冒険者達が呆気にとられ、動きを止める。
その刹那。ビヨンドは、薄く笑った。
「――集え。その魂、我に捧げよ」
そして「黒の砦」が、邪神と化した主の体を、不気味に包み込んだ。
新たに現れた邪神・ビヨンド。
飛び交う雷撃。その時、エルマンが恐るべき行動に出る――!
お読みいただきありがとうございました。
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