第21話 第四章・2 鑑定士、姫騎士様の成功を祝う
再び現れた賢者。果たしてその正体とは――?
さらに、オルタも大活躍!
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突然俺達の目の前に現れた賢者は、しかし何ら言葉を発しようとはしなかった。
ただ俺を――そう、あの時と同じようにこの俺をまっすぐに見つめ、それから不意に背を向けると、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。
まるで、俺をどこかへ導こうとするかのように。
「追うぞ」
俺はオルタ達に小声で告げると、賢者の背中を追って、進み出した。
「……大丈夫なのか?」
キクノが心配そうに訊ねる。確かに、得体の知れない存在に行く先を委ねるのは、リスクが高い。そう考えるのが普通だろう。
だが、すでに俺の中には、確信めいたものがあった。この賢者に付いていけば間違いない――。そんな確信が。
「確か……あの時は、上の階層に続くゲートの方へ向かっていましたね」
オルタが前回の遭遇を思い起こし、それを口にする。俺は頷く。
そう、以前第十一階層で遭遇したあの「賢者」は、俺を見つめた後、すぐに第十二階層へ向かい、姿を消した。後から思えば、あれは、俺を次の階層へ導こうとしていたのではないか。
……いったい何のために?
さて、そこまでは分からないが――。少なくとも一つ言えるのは、今この状況下で「どこかへ導こうとしている存在」に出会えたのなら、それを活用しない手はないってことだ。
たとえ行く先に待っているのが、安全な場所であれ、危険な罠であれ、一つのゴールに辿り着けることには違いない。もしそこに厄介な何かがあるなら――そうだな、俺が何とかすればいいだけだからな。
「……ちょっといいか? さっきから訊きたかったのだが――」
ふと、ドーリスが口を開いた。さっきキクノに叱咤されたのが応えてか、普段の尊大さは、だいぶトーンダウンしているが。
「あの娘は……賢者なのか?」
「賢者以外の何に見える?」
キクノが静かに返す。ドーリスは口籠る。
……いや、やつの疑問は分かる。何しろ伝説の賢者が、少女時代の姿で、今ここにいるわけだからな。
記録によれば、賢者アステリオの年齢は、《終焉大戦》の時点で二十代半ばだったという。一方、俺達が追っている娘は、歳の頃なら十二、三。……ただし顔立ちは、肖像画として残っているアステリオの少女時代そのままだ。
一見不可解な状況だ。しかし――答えは案外簡単だろう。この《ロストミュージア》の性質を踏まえれば、な。
「もしかして……レリック、ですか?」
オルタがハッとした顔で指摘した。鋭い。
「そういうことだろうな」
俺は全面的に肯定しておく。
そう、このロストミュージアでは、旧冒険者時代に存在していた様々なものが、レプリカとして出土する。ならば、「若き日の賢者」がレリックとして生み出されたとしても、おかしくない。
「ば、馬鹿な! 人間の形をしたレリックなど、聞いたことがない!」
ドーリスが声を荒げる。だがそれを、ロミィが冷めた調子で返す。
「……モンスターの形をしたレリックがいるんだから、人の形をしたレリックがいたって不思議じゃないでしょ」
そう、矛盾など何一つない。
あの賢者は――要するに、「失われし徘徊者」の一種なのだ。
……ただし、「視」は一切効かないがな。
俺は、そんな唯一の疑問を前に、心の中で答えを模索する。
俺が持つ「視」の力は、対象となる相手の感情を読み、あるいはそれがレリックであれば本質を見抜く。つまり、あの「賢者」がレリックである可能性が高い以上、本来ならばアニムが見えるはずなのだ。
……なのに、それが見えない。
ということは――アニムが、無い?
そう結論づけざるを得ない。こいつは前例のない、極めてレアなケースだ。
俺は――ふと思い立ち、そっと、左目を閉じた。
「…………」
「リューク、どうしたのです?」
オルタが俺の目蓋の動きに気づき、囁きかけてくる。俺は左目を閉じたまま、小さく微笑んだ。
「何でもない。……ちょっと確かめただけだ」
「確かめた?」
「ああ。あの『賢者』がレリックだという確証を得るためにな」
どういう意味かは――今は語るべきタイミングじゃない。俺は多くは説明せず、その話を終えた。
……俺達の会話をよそに、賢者アステリオは黙々と、遺跡の通路を行く。大規模な異変ですっかり別物となった地図を、まるで熟知しているかのように。
――まったく、頼もしい案内役だ。
俺は油断を途切れさせることなく、しかし静かに笑った。
賢者の姿が見えなくなったのは、それからすぐのことだ。
通路の角をいくつか曲がったその向こうで、俺達が後に続くより先に、不意に姿を晦ませてしまった。
とは言え、相手は実体のあるレリックだ。消えたとなれば、何らかの方法があるはず。
「ここに扉があるよ」
ロミィが目ざとく、そいつを見つける。確かに、角を曲がってすぐの壁に、扉が一つ設けられている。もっとも、こいつが開閉された形跡はないが――。
「……そうか、瞬間移動魔法だな」
俺はすぐに、その結論に至った。賢者は魔法を使って消えた。……では、なぜか。
――おそらく、道案内がひとまず終わったからだ。
「どうやらこの扉が、賢者の示したゴールらしいな」
俺はそう言うと、慎重に扉に手をかけた。
同時に、トラップの微かな作動音が鳴る。俺はとっさに扉を視界に入れ、「除」を行使する。
トラップはあっさりと解除され、不発に終わる。
「……おい、今のは何だ? なぜトラップが働かない?」
俺の能力を知らないドーリスが疑問の声を上げる。俺は無視し、扉を押し開いた。
奥には部屋が続いていた。だが、まだ踏み入るのは早いようだ。なぜなら――。
「ワンダーか!」
キクノが刀を抜いて身構えた。開かれた扉の先には、例によってフォリスが一体。
しかし俺は、そいつを見てフッとほくそ笑むと、オルタに小声で囁いた。
「ちょうどいい。オルタ、あんたが倒してくれ」
「わ、私が?」
「俺が陰からサポートする。あんたはただ、剣でやつを叩っ切りさえすればいい」
もちろんこの程度の敵なら、キクノに任せても大丈夫だろうが――。しかし、俺はさっきから少々出しゃばりすぎている。今一度オルタの陰に隠れるためにも、そろそろ元の路線に戻した方がいい。幸い彼女の剣の修理も済んでいることだしな。
俺はオルタに頷いてみせると、すぐにフォリスを視界に収めた。
やつのアニムはすでに見抜いている。あまりにも他愛のない代物――《薪》だ。顕在化度は7パーセントだが、こいつを上昇させてやれば、やつは完全に無力と化す。
「開!」
オルタが剣を手に走ったのを合図に、俺は密かに鑑定魔術を行使した。
フォリスが呻く。俺の力がやつの体に干渉し、その身を瞬く間にアニムが蝕む。
所詮薪だ。薪は動けず、ただ刃物で叩き切られるのみ――。
「でぇぇぇいっ!」
オルタが叫び、剣を振るった。
カッ! と小気味よい音を立て、刃がフォリスの胴にめり込む。オルタがさらに腕を振り回すと、剣に圧力が加わり、フォリスはメリメリと乾いた音を立てて、真っ二つに裂け、滅びた。
あっさりと終わったか。まあ、妥当な結果だろう。
「や、やりました!」
「さすがオルタ姫……。やはりあなたの実力は本物だ」
喜ぶオルタを、キクノが素直に称賛する。
一方でドーリスが面白くなさそうな顔をしているのは――ああ、そうだったな。こいつはもともと、オルタを自分より格下に見ていた。つまり、新米姫騎士様の活躍を認めることなんてできない、ってわけだ。
俺が苦笑していると、オルタが戻ってきて、俺に囁いた。
「ありがとうございます、リューク。……でも、そろそろあなたの功績を知らしめてもいいのでは?」
「あんたが知ってくれてさえいれば、それでいいさ」
悪戯っぽく言うオルタに、俺は笑って答えた。途端にオルタの顔がパッと赤らむ。……やれやれ、少々誤解させる言い回しをしてしまったか。
「リュークぅ?」
「どうした、ロミィ?」
「何でもないよ?」
ニヤニヤ笑いに目だけを尖らせ、ロミィは何やら含みのある物言いを残し、すぐに部屋の中へ入っていった。
……軽い嫉妬、か。まあ、「懐かれている」ってことで済ませておこう。
俺は溜め息交じりの苦笑とともに、続いて部屋に入った。
中には、これと言って目ぼしいものはない。今倒したフォリスの残骸と、その奥に置かれた――ああ、宝箱以外にはな。
「おお、レリックだ!」
ドーリスが嬉々とした声を上げた。まったく、この状況で欲深いやつだ。
だがそんなドーリスを、すかさずキクノが窘める。
「ドーリス殿、それはオルタ姫に譲るのが筋というものだ」
「チッ……」
舌打ちを一つ鳴らし、ドーリスはしぶしぶ傍らに退いた。
入れ替わりでオルタが宝箱の前に立つ。それから軽く俺の方を振り返る。
「私でよいのでしょうか」
「いいんじゃないか? ああ、もっともトラップブレイカーの用意は忘れずに――」
「……あ」
おいおい、なぜ言うそばからノーガードで開ける?
いや、呆れている暇はない。俺はすぐに右目を見開き、「除」を仕掛ける。
だが――その時だった。
開いた宝箱の中から、青白い炎が噴き出した。
炎は瞬く間に腕の形を取り、オルタの顔をつかもうとする。
《魂封印》――。冥界の手が対象者の魂をつかみ出し、強制的に仮死状態にしてしまうという、即死トラップの一種だ。
つまり、もし俺が「除」を行使しなければ、ここでオルタは倒れる――。
……はずだったのだが。
「ひゃぁっ」
刹那、オルタの素っ頓狂な悲鳴が上がった。
そして――彼女が消えた。
いや違う。跳んだのだ。目の前のトラップから離れるため、あらぬ方向に、強制的に。
結果、腕は虚空をつかむに留まり、そのまま何もできずに掻き消える。一方、適当に跳躍する形になったオルタは、ものの見事に部屋の壁に、ベチャッと激突する。
「うぅ……痛いです! 今のは何ですか?」
「おいおい、自分のスキルを忘れちまったのか?」
俺は苦笑した。
――そう、《罠回避》だ。まさか、このタイミングで成功するとはな。どうやら今回ばかりは、俺の助けは必要なかったようだ。
「何と……。オルタ姫は罠を克服されたのか。めきめき成長している……」
キクノが驚愕のあまり目を見開いている。まあ、回避できたのはこれが初めてだが――それは言わぬが花ってやつだろう。
それよりも肝心なのは、宝箱の中身だ。
「何か、ずいぶんと豪華なものが出てきたね」
転がり出てきたレリックを見下ろし、ロミィが目を丸くした。
それは、一振りの剣だった。黄金の鞘と柄にいくつもの宝石があしらわれた、いわゆる「宝剣」というやつだ。俺はそいつを両手で丁寧に抱え上げ、オルタに差し出した。
「取っときな。こいつはあんたのものだ」
「こ、これが……。凄いです! 凄いじゃないですか!」
「ああ、見事なまでの悪運の強さだよ」
「ちなみに、この剣のアニムは?」
「顕在化度43パーセントの《岩》だ」
「岩……」
オルタの興奮が一気に引いていくのが見えた。無理もないか。どう考えてもアイテム止まりだしな。
「ちなみに43パーセントの顕在化ということは、材質も普通の石に近い。まあ、きちんと研げば武器にはなるが、換金しても大した額にはならないだろうな」
俺はダメ押しでそんな説明をしながら、空になった宝箱を拾い上げる。さっきの冥界の腕は、オルタの魂を捕らえ損ねて、引っ込んだままだ。
「ちょうどいい。この箱は俺がもらっておこう」
「そのような箱、何に使うのです?」
「まあ、ちょっとした趣味ってやつだ。気にするな」
俺は適当に答えると、宝箱の蓋をしっかりと閉め、手袋の中に片づけた。
さて――。
賢者のお導きがあった部屋だ。これでおしまいってことはないはずだ。
俺は注意深く目を凝らす。
「……オルタ、あんたがぶつかった壁が、少し凹んでいるな」
「私、そんなに重くないはずです!」
「そうじゃない。隠し扉だ」
そう言ってオルタをどかせる。石の壁に生じた凹みは、だいたい大人一人分ほどの面積がある。間違いない。さっそく手で押す。
ゴロゴロと石の擦れる音が鳴った。壁が奥へとずれ、案の定、そこに新しい通路が現れる。
「こいつは間違いなくオルタの功績だな」
「そう言われても、全然活躍している気がしないのですが……」
そんなやり取りを交わしながら、俺はオルタとともに、さっそく通路へ入っていく。ロミィ達が後に続く。
こうして、ようやく道は開けた。
……もっともこの時点で、俺は本能的に予感していた。
もしあの賢者が、俺の「望む道」を知り、示しているのだとすれば――。
おそらくこの先で、俺は巡り合うはずだ。
――そう、次の邪神と、きっとな。
隠し通路の先には、思わぬ光景が?
そしてリューク達の前に、再び「あいつ」が現れる!
お読みいただきありがとうございました。
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