再会⑪
作戦変更を伝えた彼女だが、隙あらば、灰色の薬を飲んで、ドラゴンを吹き飛ばそうとも考えていた。だがやはり、怒りに身を任せたドラゴンの猛攻はとどまることを知らず、触れる事さえ許さなかった。
「はぁ······はぁ······」
ミーナの息も上がり始めていた。一旦落ち着こうと後方へと飛ぶ。だが、ドラゴンは彼女を、逃さない、というように炎を吐いた。
ミーナは急いで薬を飲み変え、目の前に現れた炎へと対抗していく。魔法を使い分けながら少しずつ後ずさりをするミーナ。
そしてそのまま、街まで三分の一の所まで来ていた。
「······もう逃げられたかしら」
彼女が後ろをチラリと見ると、橋の終わりに辿り着いた三人が見えていた。そして、あとは私だけね······と、そう彼女が一瞬、気を緩めた瞬間だった。
炎の中から、ジャックを一度襲った、あの大きな黒い影が彼女の前に現れていた。
ミーナは眼を見開いた。
「しまっ······」
そう口にする最中、ドラゴンの尻尾が彼女の腕から胴へと深く入り込む。
「ゔっ······あぁっ!」
「ミーナ!!」
心配そうに見ていたジャックは叫んだ。
身体を捻らず、ドラゴンは尻尾を振っていたため威力は乏しいものであったが、それでも、彼女の華奢な身体を吹き飛ばすには、十分過ぎる程のものだった。
その身体が、何度か橋とぶつかる音がする。
彼女の体は数メートルにも及び、ゴム玉のように弾み飛んでいった。その拍子で彼女の髪留めは散らばり、纏まっていたはずのサラリとした長い髪が、バラバラになってしまう。
その赤髪を顔に少しかけたまま横向きに倒れた彼女は、ピクリとも動かなかった。
ドラゴンはゆっくりと、動かぬミーナに近付いていく。そして、吐息がかかる程近くまで来ると、幾度と弱者を食べてきたその口を開く。
鎌のように鋭く、骨をも砕く凶悪な牙が顔を覗かせていた。······それを、倒れた少女へと向けたドラゴンは、一気に嚙み砕くような勢いでその身体を襲った。
——バキッ!!
······ドラゴンの牙は······空を噛んでいた。
「······はぁ······はぁ······はぁ」
息を切らしていたのはジャックだった。
足が千切れそうになる程の魔法を使って彼は、ミーナの元へ駆け寄っていた。そしてそのまま彼女を拾うと、間一髪、ドラゴンの攻撃を躱していた。
彼女を抱えたまま、ジャックは敵のすぐ顔の側に転がっていた。
起き上がったジャックは、ミーナを背に庇うように、ドラゴンの前に膝をついてはだかる。全身が締め付けられるような痛みに苛まれながらも、彼はそのままキッと、目の前の黄色い眼を睨み続けた。
遠くでその様子を見ていたスライが、焦りの声を漏らす。
「なんであいつ、ミナっち抱えて早く逃げないんだよ! ······まさか! もう魔力がないのか!?」
彼の言う通り、ミーナに駆け寄った際の魔法で、ジャックの魔力は底をついていた。
それを聞いたフィリカが、側にいた部隊を指揮する司令官——ハイゼルに哀願をする。
「ハイゼルさん! お願いです! 二人を助けて! 助けてくださいよ!!」
フィリカは彼の手を掴んで必死に訴えていた。だがハイゼルは敵を見据えたまま、だんまりとして、何も言わない。
「ハイゼルさん!」
ようやく、彼は口を開いた。
だがそれは、あの二人の未来を想像し、心を鬼にして、決断したからであった。
彼は後方の兵士達に指示を送る。
「いいか!? あの銀髪の男がやられたら、我々は一斉砲火をする! なんとしても橋を破壊するぞ!」
「ハイゼルさん!!」
張り裂けそうな声を出すフィリカ。
ハイゼルにとっても二人の命は大事なものには違いなかった。だがそれ以上に、彼が背負っている者はここにいる兵士、亡くなった兵士、そしてこの国——街の住民全てだった。
「急いで各班準備をしろ! ここで逃したらこの国は無くなると思え! これは我々が奴に勝てる、唯一のチャンスだ! いいな!」
隣で涙を流すフィリカを他所に、眼光鋭い眼差しで兵士達を鼓舞するハイゼル。突如、そんな彼の横を二人の人間が走り抜けた。
「······おい!? 貴様ら何やってんだ! 死にたいのか!」
その二人は振り返ることなく、ドラゴンへと突っ走って行った。