再会⑩
ジャックはゆっくりと横歩きをし、ドラゴンの体を東側へ向かせようとしていた。だがその途中、敵は突然飛び上がり、両足で彼を踏み潰すようにその巨体を動かす。
ジャックは魔法を使って素早く右へと避ける。ドシンと大きな音がして、彼が直前にいた地面が抉れる。
同時に舞った土を腕で払いながら、彼は次の攻撃に備える。
既に、ドラゴンは身体を捻じらせていた。
それを見たジャックは目を見開くと、足へ一気に魔力を溜め、垂直に飛んだ。
彼の真下を、ドラゴンの黒い尾が、土煙を掻き消すように通過する。
空中で身体を横にしていたジャックは着地すると同時に、再び魔力を送り、一気にドラゴンの足元へと駈け出していく。そして、地面に向かって生えた鱗に逆らうように——鱗の隙間を狙って、刃を入れ込むように、右腕を思いっきり振り上げた。
だが、
——ガキイイイィン······!
金属音が響くと同時に、彼の手に鈍い痺れが伝わった。
「くっそ······!」
ドラゴンの鱗は以前より密度も硬度も増し、隙間をなくしていた。もはや強化された剣は一ミリも通さない程に。
敵が地団駄を踏もうとしたため、ジャックは一旦後ろへと下がる。彼が川沿いに逃げたのを見て、ドラゴンは持ち上げていた足を地面へとひっつける。
再び、ジャックとドラゴンは対峙をする。
ドラゴンは冷静だった。
ジャックの逃げた方向は、生憎にも、敵に詰め手を与えるものだった。
ドラゴンは、長い首の先にある大きな口を開く。そして息を深く吸うと、その口から、彼の肘を一度焼いた、あのオレンジ色の炎を吐いた。
――ゴオオオオォ······。
北から南へと、じわりじわり、その炎が移動をしていく。まるで、壁となってジャックを奈落へ落とすように。
彼に伝わる熱が、徐々に増していく。
逃げ道を塞がれたジャックが助かるには、もはや、街沿いに張り巡らせた川に飛び込む他、術はなかった。
ドラゴンは、最後の追い打ちをかけるよう全身に力を入れ、炎の火力を上げた。
さらに崖へと追いやられるジャック。
······だが、あと一歩で転落か、燃えるかという時だった。
彼は左頬を上げ——笑った。
「それを待ってたんだよ」
刹那、竜の左翼を一本の槍が貫いた。
——ギャオオオオオオン!!
ドラゴンは、けたたましい叫び声を上げたるとともに、炎の息を止めた。
ジャック達はずっと、敵の動きが止まる瞬間を待っていた。そう。ドラゴンが全力で炎を吐く瞬間——ドラゴンの身体が、完全に硬直する瞬間を。
「へっ、詰めようとしてくれて助かったよ」
ドラゴンの飛膜は固いものではあったが、やはり、鱗ほどではなかった。
スライによって弾丸のように素早く放たれた槍は、相手にもう一度の飛行を困難にするほど、激しく翼を突き破っていた。そしてそのままの勢いを失うことなく、遠く離れた街の外壁まで槍は飛んでいた。
ドラゴンは、その場でのたうち回っていた。ミーナ達がそのタイミングで合流をする。
「ちょっと予定とは違ったけどナイスよ、二人とも」
軽く目を合わせて、ジャックとスライを讃えるミーナ。そんな彼女にジャックが尋ねる。
「飛んで逃げない様子見ると、作戦通りいけるか?」
ドラゴンはまだ、痛みを紛らわせるよう、その黒い身体を地面に擦りつけ、暴れていた。
「······いけるわね。間違いなく」
自信に満ちた声でそう言うと、ミーナは次の指示を出す。
「じゃあ、橋に戻るわよ。——フィリカ、お願い」
「はい」と頷いたフィリカは、本来なら川の上——何もない場所に、土の橋を作り上げていった。
四人はその上を渡り、欄干の欠けた部分へと向かう。途中、スライは街のほうを見る。
「やっぱ、さすがに無理かねぇ」
彼は、壁に刺さったままの槍の周辺を気にしていた。兵士達がロープを使って、それを必死に引き抜こうとしているのが見えていたからだ。
「結構深く刺さってるみたいですしね。私の魔法でも引き抜けませんでした」
今回の攻撃は、相手に気配を悟られないため、彼らは敢えて、ストッパーとなる土壁を作っていなかった。
「まぁ、後は橋の下に落とすだけだし。必要ないかもね」
そうフィリカに言うスライが、もう一度街のほうを見る。ハンマーを持ち出して壁を砕こうとしている兵士の姿が見えた。それでも、槍を取り出すにはまだまだ、時間がかかりそうだった。
まだそちらを見ているスライにジャックか話しかける。
「あんま余所見すんなって。ドラゴンが見始めてるぞ」
激昂したドラゴンは、四人の位置からでも聞こえそうなほどの息を牙に当て、眼をギラつかせていた。
「怖い眼ですね······。飛んできたりしませんよね?」
「多分ね」
走りながらミーナは、その質問に答える。
その時だった。
大口を開いたドラゴンが、四人の道を塞ぐように炎を吐いた。だが、土橋まで届かせる程の炎を吐き続けるのは難しく、すぐに炎は消える。しかしそれでも、四人の動きを止めるには十分な火力だった。
「困ったな······」
度々やってくる炎はなんとか避けれはするが、ジャック達は少しずつ、橋を戻りつつあった。
「ミーナさん······。どうしましょう······」
つい弱音を吐いてしまうフィリカ。
ミーナは、攻撃の止む合間に思案をする。
すると彼女は、腰にぶら下げた袋に手を入れた。
取り出したのは赤い丸薬だった。
「炎は私が止めるわ。あなた達は先に行って」
と言って、ミーナは薬を飲み込む。
ジャックが、何言ってんだ、と言おうとした時、再びドラゴンは攻撃を仕掛けてきた。しかし今回ミーナは避けることはせず、自身の魔法――炎でそれを防いだ。
虚を突かれた三人は、そんなこと出来るのか、というように口を開く。だが一様、声にして何も言わなかったのは、魔法を使う彼女の表情が、あまりにも必死であったからだった。
再びやってくる炎を防ぎながら、彼女は叫ぶ。
「作戦変更よ! 橋を落とすわ!」
モンスターから作った魔法は、同時には使用出来ない。ここにきてそれがミーナの足枷となる。
つまり、彼女は作戦を変更せざるを得なかった。
「確かにコレなら逃げれるけど、お前はどうすんだ!?」
炎の音で声がかき消されるため、ジャックも思わず叫ぶ。
「あなた達が逃げたら、足を強化して逃げるわ! だから早く行って!」
一瞬、躊躇うジャックだったが、スライに促されすぐに、先に石橋へと移動した。
三人が渡ったあと、ミーナもそれに続いていた。彼女が渡り終えると、フィリカの作った橋は形もなく崩れ、川へと飲み込まれていく。
四人に橋まで渡られたドラゴンは炎を止め、石橋に向け、走り始めていた。激しく地面を削るように走るドラゴンの振動が、やがてジャック達にも伝わってくる。
「くるぞ! ······おいミーナ! 何やってんだ!」
彼女は、ドラゴンの前にひとり立ちはだかっていた。手には三種類の薬が握られている。
このままでは四人共追いつかれてしまうと考えたミーナは、自分が囮になり進行を食い止めようとしていた。
ジャックは逃げる足をその場に留めてしまう。
「おい——」
「ジャック! 俺たちが居たらミナっちも逃げれねぇ! 早くしろ!」
先に避難しているスライから、ジャックに向け怒声が飛ぶ。
ジャックは葛藤をしていたが、突進してくるドラゴンを、身体強化を使って避けるミーナを見て、彼女を信じ、重い足を動かした。




