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オアシス 前編④

 ゆっくりとジャックは自分達の勝利を確信し、


「や、やった······やったぞ!」


 握った両拳を高々と上げる。そして、


「やったなミーナ! やっぱお前すげぇよ! あんなでっかいの倒すなんて普通じゃ無理だって! やっぱ普通じゃねぇなお前っ!」


 と、嬉々とした表情でミーナのほうを見る。だが――、


「それにしてもお前の魔法すげぇな。どうやったらそんな炎を······ミーナ?」

「はぁ······はぁ······」


 彼女は大量の汗をかき、肩で激しく息をしていた。目の光は怪しく、ジャックの声さえ届いているか怪しい。すぐさま彼女の横へ行き、腕と背に手を添え、軽く支えながら尋ねる。


「おい、大丈夫か? ミーナ」


 だが、彼女は何も言わない。すると――、


「ミーナっ!」


 虚ろな目をした彼女は、糸が切れたように目を瞑って、足元から崩れるように倒れ込んだ。ジャックその身体を咄嗟に受け止めた。


「お、おい······」


 意識を失ったミーナをそっと降ろし、腰が下へ付いて力なく座る形になった所で彼女を軽く揺する。事態が掴めず、不安と心配でジャック一杯だった。


「おい、ミーナ? 大丈夫か? しっかりしろって! おい、頼むから返事——」


 その時、


「大丈夫······」


 弱々しい声がした。


 だが、それは目の前の彼女ではなく、項垂れるように座って休んでいたフィリカの声だった。


「ミーナさんは、莫大な魔力を短時間で使ったから······その反動がきただけです······。ミーナさんは······私達より桁違いに、魔力が多いですから······」

「そう、なのか······?」

「はい······」


 そして、呼吸は落ち着いているものの、話すのもつらそうな、目に見えて疲労の色が顔に現れているフィリカは、絞り出すように続ける。


「ちゃんと、休めば元気になりますよ······。ちょっと······時間は、かかるかもしれませんが······」

「······そっか」


 自分より魔力に詳しいであろう彼女の言葉を聞いて、少しずつ安心を覚え、落ち着きを取り戻すジャック。ミーナの身体を優しく抱えながらゆっくりと寝かせる。そして、


「ありがとな、フィリカ。お前もしんどいだろうに教えてくれて」


 と、幼馴染と同じように無理をしてくれた彼女に感謝と労いの声。フィリカは「いえ······」と力なくだったが微笑むと、また項垂れるように休息に入った。


 俺がもっと魔法を使えれば早くに交代して、少しはこいつらも楽になったのかもしれないけど······。こいつらには魔法じゃ敵わねぇし······借りはまた違う形で返すか······。――と、ジャックがそう思った所で、


「ジャック、とりあえず日陰を作ろう。この日差しに二人を晒したままは可哀想だ。それからテントも。今日はここで過ごすのが無難だと思う」


 砂漠に慣れているスライが提案をする。


 ジャックは、自分の知らないことを沢山知っている彼等を頼もしく思うと、それに甘えつつ、ありがたく思いつつ、


「あぁ、そうだな」


 と、いま自分のすべき事を理解する。そして手始めに一番側にいた、顔を横にしている――後ろで髪を纏めた幼馴染の髪を丁寧に解いた。それから一度上体を起こして髪を撫で下ろし、再び寝かせる。そして、俺に力がもっとあればいいけど、と思ってからボソリと、


「あまり無茶はするなよ? おつかれさま」


 ジャックは彼女の髪を撫でた。


 その側では――、


「フィリカちゃんも横になってて。お疲れさま」

「はい······」


 フィリカがその言葉に甘え、眠るようにして身体の休息を図っていた。





 彼女等二人の頭に、濡れタオルを乗せたジャック達は簡易の屋根を製作。自分達のマントとソリの一部を解体した木、テントのロープで作ったお粗末なものではあったが、日陰としては機能した。


 その下に彼女等を移動させると、時折様子を見てはリュックに入っていたテントを組み立て、野営の準備。日が沈み始め、空が東から青紫になり始める頃、ようやくその設営を終えることができた。


「ちょっと、テント立てるの時間かかっちゃったな」


 焚き火の上にある鍋をかき混ぜながら反省をするスライ。ジャックは砂の上に自分のマントを敷き、その上に腰を下ろしていた。簡易の日よけからテントへ彼女等を移動させたジャック達は、その後、日陰に使っていた木を使って、見張りと晩の食事を作るために火を灯していた。


「あの突風がなきゃ、ミナっち等ももう少し早く良いとこで寝かせてやれたんだけどな。まぁ、お前も頑張ったよ。果てしなく飛んでいき兼ねないテントをひたすら追い掛けたんだから」


 ジャックは、少しウンザリした口調で答える。


「ホントだよ。どこまで飛ぶんだーって、途中戻りてぇぐらいだったっての」

「へっへっへっ。お前が重り乗せようとする間にちょうど風が吹くんだもんな、今まで止んでたのに。やっぱ、なにか持ってんなーお前」

「んなの持ってても嬉しくねぇっての」


 ちなみにスライはその時、組み立て用の部品パーツをリュックに取りに行っている所だった。


「ともあれ、そこはあの子等みたいにお前が寝てないで助かったってとこだな。俺一人じゃもしかしたは、今頃、あの三角テントは無しだったかもしんねぇ」

「そん時はお前、死ぬ気で走れよ」


 ジャックは彼の冗談に突っ込みを入れるが、その裏ではそれを聞いて、少しは役に立ったんかねぇ、俺も。と、やや安堵。必死に走ったのは、幼馴染等をちゃんとした所で寝かせたいのと、そんな失態で失くしたら怒られるという理由もあったからだった。――が、当然その辺りの事情は閉口。


「まっ、何にしろ。あの子等も大分落ち着いたみたいで良かったよ」

「······あぁ、そうだな」


 簡易日除けの下で横になったばかりの時は、二人はうなされるように苦しそうな顔で眠っていたが、今はスヤスヤと安らかに眠っていた。


「正直俺、サンドワームが出た時、最悪死ぬことも考えてたんだぜ? そうでなくとも、ここで何日は絶対過ごすことになるだろうって。内心めっちゃ焦りまくりだった」

「あぁ、知ってる。動揺してんの目に見えてたから」

「あれ、俺そんな顔に出てた?」

「あぁ、ひどいくらいに」

「へっ、気のせいだろ」

「丸わかりだわ」


 小さな微笑と共に薪木がパチッと音を立て、火の粉を散らす。だがそれは、空へ昇ってはすぐに夜空の暗さに溶けた。


「······あの子等には本当に助けられたな」

「······あぁ」


 鍋の手を止め、後ろに張られたテントを見るスライ。そして、しばらくしてから視線を前に戻すと、


「魔法か······」


 と、呟いて止めていた手を動かす。


「どうした?」


 そこを見たまま珍しく考え込む同期の彼に、ジャックは尋ねた。しかし彼は、手を動かしていたものの沈黙。しかし、しばらくしてから「なぁ、ジャック」と、口を開く。そして、軽くジャックに目を滑らせては尋ねた。


「あの子は、魔法をどうしたいんだ?」


 それは、お前なら――分かるだろ? というような質問だった。その問いに、スライから炎のほうへ目を移すジャックは「そうだな······」と言いながら膝をそっと抱えると、その燃える赤を見ながら答える。


「昔は、魔物モンスターから魔法そのものを作るのが夢——目標だったけど、今は、それが誰かの役に立って欲しいって感じじゃねぇのかな。今も昔も、あいつはいつだって未来さきの事ばかり考えてるから」


 ややジャックのしんみりした様子に、スライは静かに「ふーん、そっか」と言うと、鍋の中身をおたまから小皿に移し、味見。二、三、調味料を足していた。


 そして、鍋を再びかき混ぜる。


「それで、お前は?」

「ん、俺?」

「魔法をどうしたいんだ? と思って」

「――? どういう意味だ?」

「いや、ミナっちは魔法そのものを誰かの役に立てたいって目標があるだろ? だから、お前も魔法でやりたい事があんのかと思ってさ」

「あぁ······」


 そういうことか、と思うジャックはそれについて考える。しかし、魔法で"やりたい事"について考えたこともなかったジャックは、すぐその問いに答えることは出来なかった。――と、そのあまりの見つからなさにスライが先に口を開く。


「俺さ······」

「ん?」

「実は、今の状況に限界を感じてんだよな」

「どうした? 突然」


 こいつが弱音を吐くなんて珍しいな。と、ジャックはその憂いた微笑を横目に見る。


「ウィルドニアに来た理由、まだ話してなかったろ?」

「あぁ、そういえば」

「俺がザバからウィルドニアに移り住んでまで兵士になった理由は、ザバっていう場所を豊かにしたかったからなんだ」

「豊かに? ザバは貧しいとこなのか?」

「いや、そういうわけじゃない。みんな普通に生活してるし、何も困ってもない。ただ、置いていかれた文化、不毛な土地、変わることのない毎日、そんな場所でな。ちょっと嫌気が差しちゃってな。······あぁ、また勘違いさせるような言い方になっちまった。ザバは好きだ。勘違いないよう言っておくけど」


 スライは鍋に近づいて、もう一度味見をする。


「だから、ただ、ザバが町になるくらいの、ちょっとした豊かさが欲しかっただけなんだ。それを俺がもたらしたかった。兵士になって偉くなって、ザバとウィルドニアを繋ぐ架け橋になりたいと思った。············でも、現実そんな甘くないよな。魔物まものに勝てなきゃ成果は出ない。仲間は死ぬし怪我もする。おまけに命令をする上官が死なない限り、椅子なんてそう空くもんじゃないって知った。どうしたもんかと思ったよ。こんなことあと何年、あと何十年かかるんだろうなって」


 彼は薪から少し鍋を離すと、マントの上に座った。


「まだ兵士になって日も浅いし単なる俺の杞憂、未熟さかもしれないとも思った。でも、死んでいく仲間を見る度、明日は俺がこうなるじゃないかって頭を過るようになってな。死なない自信がないわけじゃない。······ただ、それでも、その場で足踏みしてる自分に、なにしてんだ、って苛立ちも募り始めてな······」


 彼は一度大きく、深く溜息を吐いた。

 その疲れがそこから全てこぼれ出てくるようだった。


「だから、息抜きも兼ねてこの仕事を引き受けたんだ」


 ジャックは、初めて兵士となった彼の苦悩を知った。彼がスーラで言った『素直に受け取っておけばいい』という言葉は、もしかして、真っ直ぐ進めなくなっていた自分に言い聞かせる為だったのかもしれないと、ジャックは思った。


 とはいえ、自分は兵士の道から外れた。そんな風に思うジャックは、兵士として頑張っている同期の彼になんて声を掛ければいいか見当たらなかった。


 しかしすると――。


「まぁ、それも······最初は、ってとこなんだけどな」

「最初は?」


 スライはジャックを見て微笑んでいた。

 明るい微笑だった。


「気の持ちようが変わったんだよ。想像もつかない事に巡り会ってな」

「想像もつかないこと?」

「魔法だよ。ミナっちの······いや、お前等が作ってる魔法だな。炎があんな風に、手元から出るなんて夢にも思わなかった」


 彼は滔々(とうとう)と語りだす。


「だから今日――特にサンドワームを倒すための魔法を繰り出す彼女を見て、初めて魔法に可能性を覚えた。これなら、俺の夢もいけるかもしれないって思った。もし、こういった魔法を作り続けたなら、俺でもザバを変えられるんじゃないかって思った」


 その言葉には、少しずつ熱量が戻りつつあった。


「例えば、緑が生えるだけの魔法でもいい。それか魔法で空を飛ぶ乗り物でもいい。簡単に砂漠を超えられる乗り物なら何でもいい。とにかくそんな魔法があれば、ザバに新しい"未来"が作れると思うんだ」


 魔法が絡んだ夢を語るスライの青い目には、希望のが揺らめいていた。


「だから俺は、そんな魔法に一番近い、お前等の力になれたなら······いや、なりたいって今は思ってる」


 すると、片膝を立てていた彼は胡座に座り直すと、膝に手を置いて姿勢を正した。そして、


「だから、ジャック」


 彼はサファイアの――真っ直ぐな青瞳を見せて頭を下げた。




「俺も、お前等の仲間に入れて欲しい」




 兵士の道——一歩一歩積み上げてきたこれまでの全てを捨て、新たな道を進む。それは、彼の決死の覚悟。そしてその覚悟は、同じように訓練を積み上げてきたジャックには、どれほど重いものか痛いほどによく分かった。


「······いいのか? 先が見えないのはこっちも同じだと思うぞ?」


 間違いなく自分より夢と責任を背負ってきた彼に、同じ道を歩ませていいのかジャックは悩んだ。だが、それ以上に彼の、こちらを見る青い瞳は真剣そのものだったため、それには真摯に応えたかった。同じ、気の合う同期――親友とも言える彼に、本当に後悔だけはして欲しくはなかった。


 しかし、彼に後悔――迷いは一つもないようだった。


「あぁ、構わない。俺はお前等のほうに希望を見たんだ。今の兵士じゃなく魔法にこそ。そこに俺の望む未来があると思った。ハッキリした根拠なんてのはない。直感だ。でも十分だろ? 兵士としてはその直感さえ見えないんだから。だから俺は、その直感をくれたお前等に人生を賭けたい。まぁそれに······お前等と居るのも楽しいって思えた。それも、久々だ」


 最後のは、やや恥ずかしげに口にしていた。それを誤魔化すように頬を掻いている。


 そして、それを聞いたジャックは、


「そっか」


 と、一度俯いてから、気恥ずかしさを誤魔化すように、


「じゃあ、俺らもそれに応えなきゃな」


 笑みを浮かべ、スライの手を取った。


「よろしくな」


 歓迎の意を示す、精一杯の握手だった。彼のほうも、


「あぁ、改めてよろしくな」


 と、笑って返した。まるで、二人の訓練生時代のようだった。


 すると、その気恥ずかしさにジャックは、


「へっ」

「なんだお前その笑いは!?」


 しかし······、


 手を離してから少しして、若干冷静になるジャックはとても言いづらそうに、視線を逸らしながら、頬を掻きながら、やや唸ってから、「たださー」


 と、とても大事なことを彼に告げる。


「水を差すようで悪いんだけど、研究科入るのとかそういうの決めるの、全部ミーナ(あいつ)なんだよなぁ······」

「ん、そうだっけ?」


 スライは腕を組んで、大袈裟なほどに首を傾げていま。だが、すぐに、研究室からここまでの様子を思い出したようで、


「あぁっ!」


 と、大きな声を上げた。そしてジャックを指差しながら、


「そうだよ! なんで俺お前に言ってんだ!? 俺、結局あの子の許可ないといいか分かんないじゃん!?」

「そうなんだよなぁ」


 困り果てた声のジャック。


「あー、なんだよそれー! 今の流れ絶対、俺認められてたやつじゃねぇかー」

「俺は認めてるって。歓迎もしてる」

「いやだから、お前が認めてもしょうがないだろ!? ってか俺、そもそも魔力全くないし、尚更認めてもらえるかどうかも分かんねぇじゃん!?」

「そうだなぁー」


 ここにきて自分の欠点に頭を抱えるスライ。ジャックは消え始めた火に、力の抜けたようにポイっと薪を投げていた。


 しかし、とはいえ――、


「まぁ大丈夫だと思うけどな。さっきの話を聞けば、あいつなら喜ぶと思うし」


 幼馴染の彼女をよく知るジャックには、ちょっとした確信のようなものはあった。魔力を肯定する、自分の魔法を肯定してくれる人間を、決して拒むような人間ではない、と。そして、そんなジャックの言葉を聞いたスライは、


「本当か!?」


 と、抱えた頭を勢いよく上げていた。


「きっとな」


 ジャックは、鼻で笑うように軽く返した。


 消え掛けていた炎が重なった木に燃え移り、再び勢いを取り戻す。そして、パチッ、パチッ、と、無数の火の粉を空へ飛ばしていった。その側では「お前が言うなら大丈夫かもな」と喜んでは「いや······本当に大丈夫か」と煩悶を繰り返し、しばらく何度も身体をよじらせるスライがいた。

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