オナジ⑤
あの後の航海は魔物と遭うこともなく、極めて順調なものだった。そして二日後の正午を過ぎた頃、中継地点である港町『スーラ』へ辿り着いた。ジャック達は、その町から伸びる桟橋に降りた所で一人の船員に声を掛けられ、話を。
「お前等が居てくれて、ほんと助かったよ」
恰幅と威勢のいい男はジャックとスライに握手(スライの包帯はあの日のうちに外れていた)。しかしジャックは浮かない顔をしていた。
「いや、でも、何人か助けらんなかったし······」
そして、自分の実力不足とでも言うように目を伏せる。すると、
「なに言ってんだ」
笑って快活にジャックの腕を叩く男。
「俺等は元々こういう生業。生死は覚悟の上だ。それに、仇はお前等が取ってくれたようなもんだろ? それなら死んだ奴等も報われるってもんさ」
そう言って彼は海のほうを見る。寂しさは残るものの、仲間の死があってもそれを乗り越えたような晴れ晴れとした顔だった。――なのだが、ジャックはまだ浮かない顔。それに、海から目を戻した男は気付くと、ジャックの頭をグシャグシャと乱暴に。ジャックは思わず目を丸くした。
「ったく、そんなしょげるくらいならいっそ代わりに船員にでもなったらどうだ? 欠けた分、俺等はそうしてくれると助かるんだけどな!」
そして一人で笑う男。それでジャックは、自分より一回りは上であろう男の逞しさに――男達の逞しさに、少しずつ元気を戻した。側では「どうだ、やるか?」という船員と「いや、勘弁で」と手刀で断っているスライがいた。
そうして彼は、ジャックに元気が戻りつつあるのを感じると「じゃあ、そろそろ」と軽く手を掲げ「ありがとな」と、町のほうへ消えていった。ジャックはしばらくその背中を目で追った。
すると、
「俺等も似たようなもんだろ? 素直に受け止っときゃいいんじゃねぇか?」
頭で手を組んでいたスライがそう言った。ジャックは同じ立場のような彼を一瞥すると、
「······そうだな」
と、肩の荷を降ろしたように、難しい顔を柔らかくした。
スーラの陽射しと海風は、去っていったあの船員のように潔く快活で、朗らかなものだった。
町で水や食料などの準備を整えた一行は、ザバへ続く東の入り口の前にいた。
「さ、て、これから砂漠だけど、目眩がするとか、体調悪くなったとかあったらすぐ言ってくれよ? 我慢されるほうと逆に手遅れになるからな」
スライの言葉に頷く三人。
「もう一度だけ、事前に確認しておきたいことある?」
「私は大丈夫よ」
「私もです」
「俺は荷物が気になることあるけど······」
「まぁ、なさそうだな」
「そうね」
ジャックの言葉は耳に入らず進行。
ともあれ、四人は砂漠のほうへ足を一歩ずつ踏み進めていった。足元は草木も生えず、既にサラサラとした砂になりかけていた。
「まるで別世界ですね」
「ホント。左に緑が見えるのが不思議なくらい」
まだ町が近いため北には緑が広がっていた。緑と砂漠の境目付近から手前は、枯れて痩せ細った木が何本か見えた。時折、風で浮いた砂がそちらへ流れているのも視認出来た。その砂が舞うように、ジャック達の進むほうでもサラリと流れると、
「本当に大丈夫か?」
と、未知の世界を前に、つい不安の声。しかし、その世界からやってきた兵士の彼は、
「大丈夫に決まってんだろ? 俺を信じろって」
軽い調子で言った。相変わらずの気楽さだったが、頼もしさが見られた。ジャックはその頼もしさを受け取ると、まぁ、任せようかねぇ。と、安堵の溜め息。
さらに沈み込んでいく足元。命を奪う乾いた風。徐々に空気が熱を帯びるのを肌に感じながら、ジャック等はザバに向けて残りの道を歩きだした。