オナジ④
真っ暗な視界でぼんやりした頭の中、ジャックが最初に感じたのはサッパリとした、蜜柑のような香り。
「ん······んん······」
「おつかれさま」
目を開けると、ジャックの眼前にあったのは見慣れた幼馴染の顔だった。正確には唇付近。ジャックはそのピンクの突然の至近距離に心臓を驚かせる。一気に目が冴え動転するが、少しして彼女が、自分のおでこに乗るタオルを替えようと髪を丁寧に分けてくれていた所だと知る。そしてそれと同時に、自分は魔物との戦い、その疲労で眠ってしまったことも。
――ってことは、ここは船の中か······。
僅かに感じる揺れ。ギシギシと聞こえる木鳴り。何より蜜柑の香りが側を離れた後に、鼻をつついた潮の香りがそれを物語っていた。それは船に乗る前から感じていたのと同じだった。
まぁ、それはさておき。
寝てる間に見た夢のせいで起きた時より驚かされたジャックは、彼女が体の向きを変え、桶の上でタオルを絞るのを横目に見ると、天井に目を移して、そこにある宙を見ては溜め息混じりに呟く。
「はぁ······身体にわる······」
胸を押さえながらそっと身体を起こすジャックは夢を思い出しながら、んなこともあったな。と、誰に向けたわけでもなく、感じたままをポロリと口にしただけだった。――が、しかし、それは迂闊にも、いま誰よりも近くにいる、水を切る彼女の手をピタリと止めさせるのに十分だった。
そして、
「ねぇ、それどういうこと?」
静かに鋭くそう言い放ったミーナは、顔だけをジャックに向け眉根を寄せる。
「あんた、世話してもらっていきなりそれ?」
「ん? あっ、いや、悪い。今のはそういう意味じゃなくて——」
「あっそ。じゃあ後自分でやって」
「だから、聞けって――あっ、おいっ!」
だが、聞く耳を持たず黙って立ち上がる彼女は、滴が残るタオルを冷たくジャックに投げつけては歩き出し、乱暴に扉を開けてはそのまま部屋を出て行った。
嵐のような出来事に、呆然とするジャック。
タオルが胸から布団へと、ずり落ちていた。
するとここで、
「おー、こわっ」
反対側のベッドで始終を見ていたスライが、横になって肘を付きながら声を漏らしていた。だが、その声さえ耳に届かず、ジャックはまだ呆然。
「開口一番それはねぇぜ、ジャック。そりゃミナっちも怒るぞ?」
名を呼ばれようやくジャックは、居たのか。と、右手――向こう側の彼に気付く。
「い、いや、目開けたらあいつの顔がいきなり近くにあって······それで······そ、その······まぁ、なんていうか、驚くだろ。そう、驚いただけだよ」
「ふーん、驚いただけねぇ」
「なんだその顔」
「いいや、なんも?」
と、彼は楽しそうにそう言うが、すぐに顔を落ち着かせると、まだキィキィと揺れる扉を見ては「まぁともあれ」と、呆れたように溜め息。
「今回は、あの子の早とちりってとこかね」
ジャックは「そう」と、深く同意するように強調。
「後でちゃんと説明してこいよ。たった二日でギスギスな旅だなんて御免だぜ、俺は」
「お前は一応仕事だろ。······でもまぁ、そうするよ」
と、そう口にはしたものの、ジャックは――けど、あいつ何処行ったんだ? と、ベッドから出ては、タオルを見詰めながら思う。そして、自分の少し濡れた服を見ては、んな怒らなくても、とも少し。
すると、その時突然――。
廊下のほうから、ドドドドド·····と、馬でも駆けるかような音が響いた。それは段々と近付き、やがてジャック達の部屋の前で止まる。すると、その前で止まった者は、バンッ! と、あの彼女が出て行った扉を勢いよく開けた。そして、その勢いのまま部屋へ跳ぶように入り、両手を広げながら、満面の笑みで叫んだ。
「ご飯、食べに行きましょー!」
フィリカの誘いだった。
「船のコックさんが、御礼にご馳走してくれるんですって! 何でも絶品を作る名コックらしいですよ!? 私もう漂う匂いで卒倒しそうなんですから! だから早く行きましょう! 今宵はシーフードグラタンなんですってー! ちょっと冷える夜に熱々のグラタン! あぁ、もう考えただけでヨダレが垂れそうですよー! 早く行きましょ、ねっ? ねっ? ミーナさんも! 行きましょ! ミーナさ············あれ? ミーナさんは?」
と、ようやく、苦笑した二人の男しか居ないことに気付くフィリカ。そんな、辺りをキョロキョロする彼女にスライが、
「すれ違わなかった?」
「はい、まったく」
「あー、じゃあデッキのほうだ」
「えぇー」
食事が少し先延ばしになった事に、露骨にフィリカは嫌な顔をしてガックリ肩を落とす。
と、そんな彼女に今度はジャックが、
「まだ食ってなかったのか?」
「食べてないですよー」
「なんで? 先食ってりゃ良かったのに」
すると、フィリカは頬を膨らませ怒ったように、
「何言ってるんですか。怪我人の手当てが終わって、ミーナさん、ずーっとジャックさんの面倒を見てたんですよ? ちょっとした物も食べずに」
「えっ?」
「“私はあとで食べるわ“って言って聞かなかったんですから。頑固なまでに。けど、ほら、ねっ······? 聞こえる通り、私のお腹もそろそろ限界でしたし、だから騒がしく入ればジャックさんも目覚めると思っ······じゃなくて······えっと、その、と、とにかく! 私には、ミーナさんを置いて先に頂くことなんて出来ないんですから、私もまだご飯食べてないってことです!」
「あぁ、そっか」
側に居たということを聞いてから、やや上の空で、今もそのまま言葉を返したジャック。身体の奥にある何かが、ドクッ、と弾むと共にしんみりしていた。
その端で、ジャックの耳には入らないが「ちなみにだけど、俺も食べてないよ?」「スライさんも寝てたじゃないですか」などのやり取りが。そして、それらが終わると、
「まぁいいです。とにかく、ジャックさんも起きたみたいですし、それじゃあ私、デッキのほう行ってミーナさん呼んでくることにしますね」
と、食事が近いことに再びウキウキしたフィリカは踵を返し、部屋を出ていこうとする。――が、しかし、すると突然、身体を起こしベッドに腰掛けていたスライが、
「あっ! 待って、フィリカちゃ······! いてっ、あいて、あいてててて······」
と、彼女を呼び止めた。
「――っ! スライさんどうしたんですか! 大丈夫ですか!?」
フィリカは部屋を出るのを中断し、スライの側へとしゃがみ込んでいた。ジャックもその方に目を向ける。――が、ジャックには、自分の肩を押さえていたスライが、どこか不自然に見えた。
「フィリカちゃん、ごめん。俺、ちょっと肩痛めちゃったみたいでさ、軽く包帯しておこうかと思うんだけど、少し手伝ってくれない?」
「そうでしたか。じゃあ、大事を取って念のためしておきましょう。――ジャックさん、スライさんに包帯をお願いします。私、ミーナさん呼んできますので——」
「あぁ、だめだめ。こいつ手当てすんのすっごい下手くそだから」
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう。こいつがやると患者がミイラになるほど」
「それはとんでもないですね」
「そっ。だからミナっちはこいつに任せりゃいいよ。まぁ、フィリカちゃんならそれまでの間で包帯チャチャッと出来ちゃうでしょ。ミナっちの手伝いしてたくらいだし」
「まぁ、それはそうかもしれませんが······」
「んじゃあ、少しだけ手伝ってよ。俺はそのほうが飯も早く食えると思うなー。ミナっちに包帯巻いてもらってたらまた飯遅くなるだろうしなー」
「んー、それは確かに············じゃあ仕方ないですね。——そういうことみたいですから、ジャックさん。ミーナさんをお願いしますね」
「あ、あぁ」
すると、側に置いてあった救急箱から包帯を出しながら「早めにお願いしますよ」というフィリカに見えぬよう、てへっ、と舌を出すスライ。ジャックの感じていた不自然は確かなものに。ジャックは、こういうことに関してこいつには敵わねぇのかも。と呆れたように思いつつベッドから立つ。
そして、
「じゃあ行ってくる」
「お願いします。私、お腹ぺこぺこですからね」
「わかってるよ」
「デッキは右だからなー」
「あぁ、サンキュ」
二つの意味でそう言ったジャックは軽く彼に目を合わせると、濡れたタオルを桶に掛け、部屋を後にした。
再びジャックが訪れたデッキは暗かった。しかし完全な闇でもない。昼間と打って変わり、太陽より幾らか大きい、白い満月が船上を照らしていたから。闇夜の海にはその歪曲した月が、白波のように映し出されている。
船頭と船首、マストに見張りの船員がいたが、夜に溶けるように静かだった。海鳥の声も聞こえなかった。船の軋む音と波、夜風に吹かれる旗だけが、時折、孤独を引き裂いた。潮風は涼しげ。だが、震えるほどでもない。
ジャックはその中を、彼女を探して歩き出す。
すぐには見つからなかった。しかし、デッキを半周して少しした頃、右舷の縁に両腕を置いて頬杖を付く、月明かりに照らされた彼女の白い横顔を見つける。纏めた、燃えるような赤い髪は夜に煌めいていた。少し引いた踵の浮く右足と、それによってやや突き出た腰が女性らしさを漂わせていた。
そんな彼女に見惚れるジャック。
まるで、あの日のように呼吸を忘れていた。
しかし、今はすぐに自失から返る。
そしてゆっくり、彼女のほうへ。
一歩歩くたび、ギシッ、ギシッ、と鳴る船板。どう頑張っても近付けば鳴ってしまう音に、ジャックは自分の心と照らし合わせる。ぎこちない、無理を繕う音だった。やがて彼女のほうも、静かな夜に響く、その不器用な音に程なくして気付いた。
だが、一度、目が合ったにもかかわらず、彼女は、フンッ、とでも言うように水平線へ目を戻した。だが、幼馴染が自分の側まで来ず、途中で立ち止まったのを感じると若干の無音の後、口を開く。
「なによ」
尖らせていた唇が、ぶっきらぼうに話す。まだ「どっか行って」と、そんな声が聞こえそうだった。ジャックは、溜め息と肩を竦めたくなるが堪える。
「謝りに、と······ちゃんと説明しに来たんだって、さっきの。お前、俺が話す前に出てくんだから」
ミーナは返事をせず、相変わらず口をツンとさせたままだった。しかし、ジャックは歩を進める。そして彼女の隣につき、彼女と同じように腕を置いては、彼女と同じ方を見た。
「······」
「······」
重たい沈黙が二人に流れる。
そんな中、ジャックは口火を切る。
「······ありがとな。怪我人の手当て終わってから、ずっと側についてたって······聞いた······」
「············別に」
「まだ怒ってんのか? さっきの事」
「······」
少しだけ和らいだものの、彼女の顔には、まだジャックを許さない何かが含んでいた。
「んな怒んなよ。目開けたらお前の顔が目の前にあるなんて、普通思わないだろ?」
ジャックは少し冗談っぽく同意を求めるが、彼女は目も合わそうとしなかった。ややバツが悪くなる。――が、続けた。
「だから、それでつい、あぁ口走っちゃっただけだって。勘違いさせたなら······謝るよ」
縁へ左腕を掛けて寄りかかり、ジャックはそっと彼女の顔を覗き込む。するとようやく、彼女は一瞬だけ瞳を動かし、視線を合わせる。そしてまた遠くへ。
しかし、彼女はそのまま呟いた。
「······なんで」
消えそうなほど小さな声だったが、側にいるジャックには聞き取れた。
「“なんで“って、何が?」
「なんでそんな驚かれなきゃいけないの?」
その質問に、ややたじろぐジャック。
「そ、それは······」
ジャックは自分が目覚めたばかりの事を思い出し、つい彼女から少し身を引いた。顔を寄せたら触れたであろうあの距離は、記憶であっても、落ち着き始めた鼓動にまたも滴を垂らした。
そのため、
「べ、別に······何でもいいだろ。理由なんか」
ジャックは、不自然に、ふいっと視線を逸らした。すると、その恥ずかしげな反応に彼女は何かを感じ取る。そしてそれを確かめるように、
「ふーん」
ミーナは丸い目で、長年――幼い頃だが共にした、ジャックの横顔をしっかりと見る。ジャックは彼女の顔を見れなかった。そうしている内に彼女は「そう」と、また闇夜に浮かぶ月に目を戻した。
再び、二人の間に沈黙が流れる。
だが、言葉を発するのも躊躇うような張り詰めた、先までの空気は、表面だけ海の中へと流されていた。そのまま、しばらく二人は、海の果てにある白い月を眺めた。
そして一分も経たぬ内に、
「······変わらないのも、悪くないな」
「······えぇ、そうね」
魚も眠る海と優しい静寂が、二人をそっと包む。
沈黙だが心地よさで満ちていた。
このまま、ここへずっと居たくなるような、お互いそれを感じてるのさえ伝わるような、だが、固唾を飲むそれも駆け引きとして楽しむような、そんな心地よさだった。
二人きりの闇夜に浮かぶ白月。
一方は、作ったように綺麗な丸を。もう一方は魔法のような波面で揺らいでいた。そして、そんな海の魔力に魅入られるよう、互いが、互いに、自然と手を伸ばそうとする。その手は静かにぎこちなく、盲目になっても這いつくばり、相手を必ず探し出そうとする生き物のよう。しかし、一歩一歩確かめるように進むその一つを、もう一つは少しだけ歩いて待っていた。
その指先が、対の側面へ触れそうになる。
波がざわつく。だが、止まることはなかった。
その手は、もう一対にそっと重なる。
月の光でブレスレットが白く煌めいた。
重なった場所は――まるで、あの魔法のように光る。
その手から光が消える様子はなかった。
それから僅かな時が経つ。
しかし、その時も終わりが近付いてくる。それは、一つの魔法が作られると共に、また幻想から現実へ引き戻す魔法も作られていたからだった。
そして、その魔法は意図もせずに発せられる。
——くぅー······きゅるるる、きゅ、きゅるるるるる······。
ジャックのお腹から。
「······」
「······」
すると、前屈みになっては顔を隠すように静かに震えるミーナ。だが、それが収まると、
「······ふふっ。もう、台無し」
小刻みに震えていた彼女は目に涙を残しながら、柔らかな微笑をした。その微笑に対してもあったが、別の、情けなさのような、妙な恥ずかしさに襲われるジャックは、その心が表に出た顔で横目に一瞥しては、
「しょうがないだろ。朝から何も食ってないんだから」
「そうなの?」
「そうだよ」
「ふーん。どうして?」
「どうしてってお前――」
わかってんだろ? と、朝、自分が剣を取りに行って時間が無かったことを暗に言おうとしたジャックだが、隣の幼馴染を見て、不覚にも声を奪われた。それはそこに、うん、聞かせて。というような、両腕を縁に置いて右頬を預けながらこちらを見る、月に照らされた、あまりに楽しそうな彼女の姿があったから。
「ん? どうしたの?」
「······」
あの日から見てきたはずなのに、より魅力的に彼女が見えていた。それは、今まで当たり前のように感じていた幼馴染に――別の愛おしさを覚えるような。
いや、むしろハッキリ自覚したと言えた。
なんで彼女の隣に居るのか。
なんで彼女を守ろうとしてるのか。
これまでは危なっかしい幼馴染に仕方なくという面もあったが、所々ぼんやりと自覚していたものの、ジャックは今それを、ハッキリと、形が無い感情を――昔から抱いてきた感情を、何一つ変わってないにもかかわらず、形として、その細部に至るまで手に取るようにわかったのを――自覚してしまった。
「なぁに? ぼんやりしちゃって」
――あぁ。俺は、そんなにだったのか······。
彼女はまだ、この一時を楽しんでいるようだった。そのぼんやりした幼馴染とのやり取りを。だが、しかし、それも長くは彼女自身が許されなかった。彼女の、可愛いげな、きゅう······。という虫の音が、静かに終わりを告げたからだった。
「でも、そろそろ行かなきゃね」
身体をそっと起こし、恥ずかしさを誤魔化すように後ろ手を組んで軽く伸びをするミーナ。そして、まだぼんやりとするジャックを見ると、
「じゃ、行きましょう?」
と、いつもの幼馴染のように彼女は小首を傾げた。ジャックはすぐには反応しなかったが、彼女が「きっと、フィリカも待ってるんでしょう?」と尋ねると、ここへ来た理由を思い出した。
そして、
「あぁ、行こっか」
ミーナはもう一度だけ「ふふっ」と笑った。
船内に向け歩き出すミーナの後を、ジャックはついて歩く。
戻るまでの間は、他愛もない話。
「そういえば、晩飯、お礼にって、コックの人が御馳走してくれるらしいぞ」
「あら、そうなの? 何度も断ったのに、なんか悪いわね」
「そうなのか? ――あっ、それでな、シーフードグラタンをもてなしてくれるらしいんだけど、その匂いと空腹に我慢できなくてフィリカのやつ、一人で騎馬隊みたいに走ってきてお前呼びに来たんだぜ? 部屋の扉思いっきり開けて。ご飯、食べに行きましょー! って」
「ふふっ。まったくもう、あの子らしいわね。あなたが起きちゃったなら仕方ないっていうのかしら」
「ん、何か言ったのか? あいつに」
「えぇ、話し掛けちゃダメって」
「どうして?」
「だってあなた寝言言ってたもの。『あぶねぇから』だとか『いてっ』だとか『ぬうぅ』だとか。何かと戦ってると思ったのだけれど、ともかく、夢に話しかけるとその人が戻れなくなるって言うでしょ? だから、そんな苦戦した夢から戻れないと可哀想かと思って」
「······ふーん。ありがたいけど、んな迷信信じなくたっていいのに」
「あら、迷信を馬鹿にしちゃいけないわよ。だって、私はこれまではしごの下を通らなかったから、ずっと運に見放されなかったと思えるくらいだもの」
「なんか、そんな運が良いと思えることでもあったのか?」
「えぇ、沢山。あなたの知らないくらいに」
「ふーん。まぁ、お前なら“運も実力のうち“とか言いそうなもんだと思ったけどね」
「それは言うわよ。だって日々の意識は実力の内だもの。実力があったから······まっ、そんな話はいいわ。それより、私はあの子の食い意地がこの先どうならないことかと心配だわ。私、今日、あの子が指咥えてヨダレ垂らしてるの四回は見たわよ?」
「へへっ、想像つくな。けど、あれはどうにもならんだろ。犬に尻尾振るなって言うようなもんだぞ?」
「犬だなんて可哀想ね。······ふふっ。でも、それもそうね。可愛い、子犬辺りかしら」
「そうそう。きっとその辺だ」
そうして、彼女を先に、船内へ続く扉の前へ来る二人。
「そうだ」
ジャックはある事を思い出す。それは、寝てる間、自分を看護してくれた彼女に対してのこと。
「そういえばミーナ。俺、起きたばかりのこと、あれ、まだお前にちゃんと謝ってなかったけどさ、あのこと――」
「いいわよ、もう」
「えっ?」
「だって――」
するとミーナは後ろに手を組み、そのまま振り返ると、
「もう怒ってない」
あの日のように笑顔を見せ、鼻唄を奏でながら、いそいそと船内へ戻っていった。ジャックは少し茫然としてから、先に行った彼女の後を、あの手を探した時のように走って追いかけた。




