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首謀者は

維心は、居間で義心の報告を受けた。

維月は、晃維に連絡を取ったり、宮の優秀な治癒の者を派遣させたりと奏のことの指示に必死で今はここに居ない。

義心は、淡々と報告していた。結界を見回ったが、明蓮の気も知らぬ気も気取れなかったようだ。

側の房など潜めそうなところは片っ端から開いて見たが、どこにも気配はなかった。

やはり結界を出たのだろうか。

維心は、考えた。仮に実行犯が魔法陣を自分で構築出来たとして、結界を出ようとすれば、また自分の体を焼かれる事になる。もしそれでも捕らえられるよりもマシだと考えてそうしたとしても、明蓮が居る。明蓮の腕にも同じものを描いたとして、明蓮にも傷が付く。自分の結界は、脆いものではない。幼い子供が、維心の結界を無理に抜けて行く危険性は、恐らくこの魔法陣を構築するほどの知能の持ち主なら知っているだろう。

あくまで、明蓮を生きたまま連れ出したいに限られたことではあるが。

しかし、ここまでの危険を冒して殺す利点もまた維心には思いつかなかった。

自分の領地は広い。今は、炎嘉に任せて南は自分の結界から分離してはいるが、それでも気が気取れない今小さな明蓮と誘拐犯の命を探し出すのは、至難の業だった。

義心は、考え込む維心に、言った。

「…恐らくは、気を遮断する膜ではないかと。」義心が言うのに、維心は視線を義心に向けた。義心は続けた。「王の結界内でこれほど完全に隠れおおせるということは、それしか思いつきませぬ。」

維心は、ため息をついた。

「確かに主の言う通りぞ。仙術を使う輩があの術を使えぬとは思えぬからの。だがしかし、助けを呼ぶ声すら…」

維心は、またじっと考えた。明蓮…かなり賢い子だと臣下に聞いた。王族の血筋であるからだと誇らしげであったが、確か宮から新しい教師を派遣せねばならぬほどだとか何とか…。そんな賢い子が、乳母などについて父にも問わず屋敷を出て行くだろうか。新月は何と言っていた。あれも賢い子であったはず。そう信頼していた乳母に、父親と伯父の嘘の策謀を聞かされて、子供ゆえに、信じて出て行ったのではなかったか。

「…明蓮自身が、見つかってはならぬと思うておったらこの限りではないの。」

義心が、顔を上げた。

「それは…おっしゃっておった新月様と同じようにという事でしょうか。」

維心は、頷いて義心を見た。

「瑠維は何と申しておる。最後に、あれは何か申してなかったか。」

義心は、答えた。

「は、寝入る前、明蓮の寝台の側で話をしておられたと。乳母は足元辺りにいつものように立って控えておったそうでございます。明蓮は、何かの気配を感じる、と瑠維様に訴えておった由。しかし瑠維様にも明輪にもそれは気取れず、気にしておらなんだと。明蓮は、侍従達や妹、瑠維様が案じられると言うておったと聞きましてございます。」

維心は、ますます眉根を寄せた。

「弱い者特有の危機察知能力ぞ。」維心は、息をついた。「…困ったもの。あれは気取っておったのだな。蒼も昔同じようなことを我に訴え、我は気取れぬと返したことがあったが、しかし事は起こったもの。明蓮は、何かを気取って、そしてその何かに謀られて出て参ったのだろうの。子供が賢しいと中途半端に物分かりが良くて謀りやすい。あれは泣き叫ぶこともなく、不安を口にすることもなく、恐らくは連れて出られたのだ。今も、それを信じてどこかに潜んでおると思うた方が良い。もしそうだとしたら、明蓮は結界を出る方法を考えておるやもな。そして、己の中に流れる陰の月の血に気付けば、我に気取られることなく結界を出て参る。」

義心は、目を見開いた。そうだ、瑠維は維月と維心の子…。明蓮にも、僅かながらでも月の気があるはず。それに気付いているかどうかは分からないが。

「…ならば明蓮は、もう結界外に?」

維心は、首を振った。

「分からぬ。軍神が飛びまわっておるし、いくら陰の月の気をまとっておっても目視で気取られる。それに、明蓮が己に月の気が使えることを知らぬかもしれぬしな。使えても僅かなものであろうが、それでも結界ぐらい抜けるだろうの。そして出るとしても、軍神が少なくなるのを待ってからであろう。」

義心は、維心の言外の意思をくみ取り、サッと頭を下げた。

「は。では早急に。」

義心は、出て行った。

維心が思う通りなら、義心は軍神の振り分けの甘い場所を作りに行ったはず。そうして、それに掛かるのを待とうとしているのだ。

維心は、フッと天井を見つめた。こんなことを謀るのは、断じて定利や久礼、政ではない。あれらは、臆病で歴代の王ほどにもう恨んでもいない。自分達の宮の将来までかけて、維心に抗おうという気概など感じられない。何より、気も義心より少ない王達なのだ。

「…放置して来たが、仕方があるまい。追い込むしかないの。」

維心は、一人呟いて、そして、兆加を呼んだ。


公青は、宮へ着いてすぐに奏の部屋へと向かった。

筆頭重臣の相留が必死について来て何か言っているがそれも耳に入らない。

それよりも、重体だという奏の身ばかりが案じられて、必死だったのだ。

奏の部屋へと飛び込むと、治癒の者達がズラリと奏の寝台の回りを囲み、治癒の術を送り続けていた。

「奏!」

公青は叫んで、寝台へと駆け寄った。治癒の長の多岐(たき)が、額に薄っすら汗を光らせて治癒の術を放っていたが、目を開いて公青を見た。

「…王。」

公青は、真っ青な顔で目を閉じている奏の手を握りながら、すがるような目で多岐を見た。

「多岐。どうなったのだ…奏の状態は。」

多岐は、術を放つのを止めずに言った。

「発見しました時には心の臓がやっと打っておる状態であられました。しかし、王妃様には月の護りがあられた。ですので心の臓を貫かれておったのに、拍動できるまでに再生されておったのでございます。本来なら、一瞬にして絶命しておったところ。ですが、王妃様には月そのものではあられず、お命を留めるのに体力が足りませなんだ。ゆえ、我らこうして気を補充して何とか月の護りでご回復なさるのを期待して待っておる状態なのでございます。」

そういう多岐も、顔色が悪い。恐らくは、ずっと気を補充し続けて、多岐自身も消耗して来ているのだろう。

公青は、奏の手に頬を摺り寄せた。

「おお我が愚かであった。慢心しておった…まさか我の結界我の宮の護りまで抜けて参るなど、考えてもおらなんだゆえ。隼まで連れて出ておったばかりに…。」

ついて来ていた、隼が後ろで膝をついてうなだれている。相留が、涙ぐみながら言った。

「王妃様には、公明様をお助けしようとお命を投げ出されて…。我ら、王のお留守を守らねばならなかったのに。どのような沙汰も、お受けする所存でございまする。」

相留は、深々と頭を床に擦り付けた。公青は、首を振った。

「我の責ぞ。翠明の宮でことが起こっておったのに、己の宮でそれが起こると思わずで居た。まさか、このようなことが起こるなど…せめて、隼を残しておったなら、こうはならなんだやもしれぬのに。」

楓の乳母が、楓を抱いて側に控え、涙を流している。公青は、それに気付いてそちらを見た。

志穂(しほ)。」

乳母は、頭を下げた。

「はい。王よ、我も気付きませなんだ。三津(みつ)は公明様のお世話をと明け方部屋へ入り、倒れておる王妃様を発見して叫び声を上げて皆に知らせ、今も臥せっておりまする。」

三津とは、公明の乳母だ。公青は、志穂をじっと見た。

「三津は昨夜公明に付かずか。」

志穂は、涙を流したまま頷いた。

「王妃様は、最近楓様にばかり付いて公明様を乳母に任せきりであるのを気にしておられました。なので、昨夜は王妃様が代わるとおっしゃって、三津は自室へ戻っておったと聞いておりまする。自分なら術で対抗出来たと、三津は悔いて立ち上がれぬほどでありまする。」

公青は、それはそうだろう、と視線を落とした。三津は、女でありながら術に長けており、力は無いが術で敵を遠ざけることが出来るので、第一皇子の乳母に相応しいと選んだ女だった。その守りが無く、公青が居らず、そして宮の守りに長けた隼も居ない昨夜を、まるで狙っていたかのように…。

侍女の声が、部屋の外からした。

「王、龍の宮から、治癒の龍が到着致しました!龍王様より、こちらで奏様のお世話をさせよとの事と。」

公青は、奏を見た。龍の宮の治癒の龍は神世一だ。奏は月の眷属の血を引いているとはいえ、龍。同じ眷属の気の方が、すんなりと治癒するはず。

「これへ!これより全て奏を任せよ。」

ずっと気を放っていた多岐が、少しほっとしたような顔をする。疲れて限界が近付いていたのは公青にも分かっていたので、このままでは共倒れになるところだった。龍の助けは、有難かった。

すぐに、治癒の龍達が入って来る。先頭を歩いて来たのは、初老の女の龍だった。

「公青様。王妃様の命により、王より許可を得て、奏様の治療のために参りました、龍の宮治癒の長、明花(めいか)と申しまする。」

公青は、急いで言った。

「胸を一突きにされたようぞ。月の再生能力で拍動するまでは何とか。しかし気が戻らぬ。」

明花は、鋭い視線で奏を見ると、後ろの龍達に会釈して前へと進んだ。そして、じっと見ると、多岐を見上げた。

「…後は我らが。よう持ちこたえさせられましたな。」

そうして、手をスッと上げる。

多岐は、心底ほっとしたように上げていた手を下ろしたが、その場に膝をついた。慌てて、回りの治癒の者達が多岐を支えようと駆け寄った。

公青は、多岐に頷きかけた。

「主は少し休め。」

多岐は、何とか公青に頭を下げると、治癒の者達に支えられてそこを出て行く。代わった明花は、じっと睨むように奏の体を見回していたが、眉を寄せた。

「…これは…」と、公青を見上げた。「晃維様は。」

公青は、急に不安になった。なぜに奏の父のことを聞く?

「…いや、報せは行っておるはず。我が宮からも恐らくは維心殿からも報せは飛んでおろう。」

明花は、険しい顔を崩さなかった。

「厳しい状態でございまする。お命に力がない。恐らくは、奏様の持つ月の護りが心の臓の再生で消滅してしもうたよう。ただいまは龍の命の力だけで何とか持ちこたえさせようとしておられるようですが、奏様は純粋な龍ではなく、身の内にいくらか月を持つ龍であられた。その上、その月の割合が多かったようでありまする。月を失くすと、僅かな龍しか残りませぬゆえ…。厳しいかと。」

公青は、その事実に衝撃でふらついた。奏…確かに、蒼と女神との間の娘と、維月と維心との間の皇子が婚姻して出来た子で、身の内に多くの月を持つゆえに、公青との子、公明は龍であるはずが月に抑えられた状態で龍にならなかった。その時は、何と幸運なと喜んでいたが、奏が月を失うと、こんなことになってしまうのか。

「それは…知っておった。奏は月の割合が多い。ゆえ、我との間の子は龍ではなかった。」公青は、明花に訴えかけるように言った。「奏は、龍だけなら生きて行けぬと申すか。月の命など、どうしたら補充できるのだ。主らが気を補充するのではならぬのか。そうよ、蒼や、十六夜が補充したら…。」

明花は、悲しげにそっと首を振った。

「気を補充するのは、ただの対処療法でありまする。体を維持するだけの命の力が無いのを、我らが補充することで助けておるだけのこと。止めれば、すぐにお命は消えまする。月の命は…死んだのだと思うてくだされば良いでしょう。奏様の中の月が死に、龍だけしかない。ですが奏様は、龍だけでは生きて行けぬ。そういうことなのでございます。本当ならば、即死しておる位置を貫かれて、生きておられること自体があり得ぬことなのです。我らがお命を留めておる間に…どうか、お会いなされたいかたがいらっしゃるのなら。」

公青は、ガックリと膝をついた。助からないと申すのか。この、世に轟く力を持つ龍の宮の治癒の長が。

「…王。」隼の声が、小さく言った。「ならば公明様を、何としてもお探ししてこちらへお連れせねば。軍神達が四方へ飛んでおりまする。我にも合流する許可を。」

公青は、ハッとした。そうだ、公明…。何としても助け出し、奏に会わさずにはおかぬ。

「許可する。我も参る!」と、明花を見た。「無理を申すが、子に会わせるまでは持ちこたえさせてくれ。頼む。」

滅多に頭など下げない神の王である公青が頭を下げる様に、明花は驚いた顔をしたが、神妙に頷き、頭を下げた。

「我の力の及ぶ限り、奏様をお留め致しまする。」

公青は頷き、溢れて来る涙をぐいと拭って、外へと飛び出して行った。

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