対抗策
玲は、ひたすらに魔法陣を構築していた。
無効化は無理でも、その対抗せねばならない魔法陣を持つ者共通の何かに絞った妨害策を練れば、防ぐ事が出来るかもしれない。
新月は蒼が朝の茶に誘っていると戻って行き、十六夜も維月が呼んでいると先ほど月に戻った。
誰がこんな事をしているのかは全く分からないが、それでもそれを阻止出来るのは、今自分が構築しつつあるこの魔法陣だけなのだ。
玲が必死に画面に向き合っていると、妻の紗羅が相変わらずなおっとりとした動きで茶を持って入って来た。
「玲様。何やら、面倒が起こっておると侍女達から聞きました。玲様が、それを破る事が出来るのだと申して。」
急く気持ちのところに、相変わらず話すのはおっとりとしていて、時間が掛かった。それでも玲は、それに救われる気がした…長い間一緒に来た安心感なのかもしれない。
娶った時には娘の姿であった紗羅も、もう初老であったが、紗羅はいつまでも愛らしいと玲は、頬を緩めた。
「ああ、仙術でな。それを破るのは難しいが、使えば反応するような仙術を作れぬかと考えておるのだ。」と、茶を口に運びながら顔をしかめた。「しかし、なかなかに思いつかぬ。相手の検討もつかぬのに、使う相手の共通点など考えもつかぬ。」
紗羅は、袖で口元を押さえてフフと笑った。
「それでも玲様は頼りになるかた。戦う玲様は、我にはとても頼もしく思いまする。」
こんな時に不謹慎なのだが、悪気はない。玲は分かっているので苦笑した。
「主はまた…神世の宮宮の安全が掛かっておるのだ。そのように気楽なものではないのだぞ?」
紗羅は、ハッとしたような顔をすると、神妙な顔になった。
「はい…我は浅はかでございました。」
玲は、ため息をついた。
「良い。我も軍神家系の端くれ、戦うと思うと気持ちが昂ぶるのも確か。しかし、共通点…何か無いものか。」
紗羅は、玲の隣の椅子へ腰掛けた。
「共通点とて…十六夜は、魔法陣が結界に入ろうとしたら見えるように結界を作っておると申しておりましたけど。魔法陣を持っている、ではなりませぬの?」
玲は、ハッとした。そうだ、なぜそれに気付かなかった。魔法陣自体を検知する魔法陣を作ればいいのでは?神の気を排除するという性質から、それには思い至らなかった。仙術は神の気でなくてもかけられる。だからこそ、仙人が使っていたのだから。
「…それぞ!」玲が急に表情を変えたので、紗羅はびっくりしたようだったが、玲は構わず続けた。「もうこの際なんでもいいから、魔法陣を持っておったら結界を入れないようにすれば良いのだ!それを作る!」
玲は、途端に画面に向かって魔法陣を描き始めたので、紗羅はしばらく呆然と見ていたが、そのうちにフッと表情を緩めて微笑み、邪魔をしないようにそっとそこを出て行ったのだった。
維月は、龍の宮の王の居間の前の庭へ出て、空に向かっていた。
「だから、急がないと駄目なんだってば十六夜!仙術を防ぐ仙術って作れないの?玲はいっつもどんな魔法陣でも見たらこれはこれこれの魔法陣ですとかすぐ分かるじゃないの!」
十六夜は、うんざりしたような声で言った。
《だから作るってのは難しいんだっての!お前な、いったい何人の仙人がどれだけの時間をかけて仙術を編み出して来たと思ってるんだよ。僅かな事で術は完成しねぇんだぞ?さっきも話したが、新月が捕まった頃にはまだ無かった仙術らしいし、その頃からあの魔法陣を考えてたとしたら構築するのに700年も掛かってるんだからな。前世仙術解くのにさんざ面倒掛けられて来たってのに、お前はまだわからねぇのかよ。》
維月は、ぷうと頬を膨らませた。
「分かってるわよ!でも神なんだし玲は類を見ない程賢いんだって維心様だって言ってたんだもの。早くしてくれないと、神世が乱れて来るわ…みんながみんな、その仙術を使い始めたら、結界が意味をなさなくなってしまって、龍の宮でも、安心してられないわ…私は体が無いからさっさと月へ帰ったらいいけど、瑠維だって臣下の子達だって安心して居られないじゃないの。戦になるかも…。」
維月の声は、小さくなって行った。さすがの十六夜も、気の毒そうな声になった。
《わかったって、落ち込むな。玲だって頑張ってるんだよ。》と、息をついた。《オレの結界には、そんなものは関係ねぇ。入って来るのが気取れるように、前世から結界に細工してるから、持ってたら分かるんで警戒出来るんでぇ。それに、月には利かねぇかもだと新月だって言ってたし。だから、仙術が出来るまで親父と二人で龍の宮と月の宮に結界を張ってやることだって出来るから、大丈夫だ。》
維月は、空を見上げて首を振った。
「二つの宮だけじゃないわ。現に西だって被害にあいそうなんでしょう。神世が乱れたら大変だから、維心様だって今、明蓮をさらった犯人を捜してらっしゃると思うの。その犯人からいろいろ分かるだろうし。」
十六夜は、息をついた。
《いくらオレ達でも、あっちこっち結界をいくつも張るのは面倒だから、全部の宮の結界を張るとなると親父もウンとは言わねぇだろうな。だが維月、お前には分からねぇだろうが、維心だって結界に細工してやがるぞ?オレが前世から魔法陣を察知する結界にしてるのを知ってるから、あいつも魔法陣を排除するように結界になんかしてるのは知ってる。》
維月は、え、と驚いた顔をした。
「細工?気付かなかったわ。でも、明蓮は連れ去られたわけだから、機能しなかったってことよね?やっぱり、神の気の影響を受けないって魔法陣だから…。」
十六夜の声は、うーんと複雑な感じになった。
《どうだろうなあ…分からねぇ。いくら神の気を排除ったって、維心が張った結界だぞ?しかも魔法陣用の細工までされてるのに、無傷で出られると思うか?入って出るってことは、二回結界に掛かるんだからな。まあ無事じゃ済まねぇと思うな。あいつの力を侮るな。》
「何だ知っておったのか。」急に、背後から声が割り込んだ。「そうよ、主がやっておるし、我も念のためとの。主ら月の眷属が勝手に入って来るのはどうにも出来ぬが、魔法陣ぐらいなら我だってどうにでも出来るわ。」
維月は、弾かれたように後ろを振り返った。
「維心様!明蓮は…?」
維心は、維月の肩を抱きながら、静かに首を降る。維月は、一気に暗い顔になった。
十六夜の声が、そんなことはお構いなしに言った。
《なんだ維心、諦めたのか。》
維心は、維月を気遣いつつも空を睨んだ。
「なぜに諦めるのよ。報告待ちぞ。義心が行っておる。あやつが見逃すなど無いゆえ、我は別に出て行く必要などない。」
十六夜の声が、呆れたように答えた。
《なんでぇ、結局あいつのことは認めてるくせに。ちょっとぐらい維月を許してやったらいいのによ。》
維心は、更に険しい顔をした。
「それとこれとは別ぞ。それより」と、維月を見た。「我の結界のことは十六夜に聞いたの。此度侵入されたと聞いた時、我はそれが機能せなんだのだと思うたのだ。それで急ぎ戻って参ったが、状況を聞いておってやはり結界は魔法陣を焼いたようぞ。あれは出て行けておらぬ。そして、発覚後軍神達が警戒しておるゆえ、結界から出られずに居ると思うておるのだ。」
十六夜の声が言った。
《へえ、お前結界に魔法陣を焼く機能を付けてるのか。排除ってどうするのかと思ってたんだ。》
維心は、頷いた。
「どこか欠損させたら機能せぬものが多いと聞いておったし、ならば焼けば良いと思うたのだ。腕に直接書いておったとしたら、皮膚ごと焼かれておるわな。というて、結界を抜けて来ることは出来たわけであるから、あの魔法陣は我の結界にも有効であるということぞ。面倒なことよ。」
十六夜は、ハッとしたように黙った。維月が、その気の乱れを感じて、空を見上げる。
「…十六夜?どうしたの?」
十六夜は、言った。
《ちょっと待て維月。》
そしてしばらく十六夜の声は途切れた。十六夜は、誰かに話している時に誰かに応えるという風に、あっちこっちに一気に答えるこということは出来ない。同時にあっちこっちに存在することが無いからだ。なので恐らく、どこかから十六夜に話しかけて来た声があって、そっちと話しているのだろう。
しかし、父の碧黎は違った。自分の分身を二つ作って、あっちこっちで自分の知識を使って話すことが出来る。そして、そのどちらも他ならぬ碧黎自身の意思で操っているので、今目の前で話していても、どこか遠くで誰かと話していることもあり得た。そして、その分身を一体何体まで操れるのか維月でも知らなかった。
《…蒼と話してた。》十六夜の声が、戻って来た。《翠明の宮の、紫翠が昨日の昼から乳母ごと行方不明だとよ。公青に知らせて来たらしくて、公青も自分の軍神を捜索に駆り出させようと書状を送りに行ったそうだ。》
維月が息を飲んだ。維心は、空を睨んだまま言った。
「ならば相手は着々とどんな目的か知らぬが子を集めるのに成功しておるわけだの。…共通点は、美しい、幼い、気が強い男子。」
十六夜の声が怪訝に言った。
《気が強い?そうは言っても新月ほどじゃねぇだろう。翠明だって義心ぐらいにしか気を持ってないんだし…》と、ハッとした顔をした。《…綾か!》
維心は、頷いた。
「鷲ぞ。」維心は続けた。「西にはあのように強い血が無かったが、翠明という王族の血と交わった鷲。恐らくは育てばそれなりの気に育とうぞ。明輪は言わずと知れた我の血筋。しかも軍神家系の末ぞ。安芸の宮の皇子が連れ去られなかったのは、気が強くなかったからではないのか。神世には、違った血が混ざると強い気が現れることがある。妃の凛が半神であるから、もしやと見に参ってそうでもなかったゆえさらわなかったと思った方がしっくり来る。」
《だとしたら…、》十六夜の声が、途切れる。《何だって?!ちょっと待て、奏は?!》
維心と維月は一気に緊張した。今の言葉は、こちらに向けての声では絶対にない。
「…十六夜?!奏がどうしたの?!」
維月の問いに、十六夜は答えない。維月は、維心の腕の中でガクガクと震え出した。奏…前世の息子、晃維の娘。維心と維月にとっては、前世の孫にあたるのだ。公青に嫁いで、もう子も二人産んでいた。
「十六夜!」
維心も、維月が震えて立っていられないので抱き上げながら、空を見上げて叫んだ。すると、少しして、十六夜の声が、幾分落ち着いたように言った。
《…公明が、居ねぇ。》十六夜は、まだしかし動揺しているようだった。《奏が阻止しようとしたみたいで、公明の部屋で倒れてた。かなり深く斬られてたから、今意識不明だと。公青は西へすぐに飛び立った。》
維月の瞳から、涙が溢れた。
維心は、グッと眉根を寄せた。




