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新月2

月夜が連れて行かれたのは、龍の宮に程近い、神の宮だった。

「このような…ここが主らの、隠れ家と?」

月夜は、そこへ入るのをためらった。だが、明玄は頷いた。

「灯台下暗しと申します。ここは、龍の宮から理不尽な扱いを受け、恨んでいる宮なのです。我らが潜むに絶好の場所。龍王とて、まさかこのように近くに潜んでいるなど思いもせぬはず。案じることはありませぬ。」と、懐から、一枚の小さな紙を出した。「これを。我が面倒を見ておった仙人から聞いた、仙術の一つです。気の色を付けるなど、本来なら龍王ほどの力でなければ出来ぬ事でありまするが、この魔法陣とやらがあれば易く出来まする。これで新月様の気の色を変え、気取れぬように致します。さあ、お手を。」

月夜は、言われるままに小さな腕を差し出した。明玄は、その手を握り、腕に紙を乗せて、何やら呪を唱えた。

すると、たちまちにその紙は光輝き、その紙に書かれていた変わった絵なような物が、月夜の腕に焼き付くように移った。

月夜が目を丸くしていると、明玄は満足気に頷いた。

「これで誰も新月様を気取ることは出来ませぬ。これよりはしばらく、建物の中からお出にならず、おとなしくなさって下さいませ。」

月夜は初めて見る仙術に呆然としながらも、確かにそれが自分の気を変えている事を感じて、ただ頷いた。

そうして月夜は、その宮の離れの対に明玄達と入り、過ごす事になったのだった。


話に聞いていた通り、その次の日の早朝から、龍軍の軍神達がひっきりなしに飛び立って行くのが見えた。

それが自分を探しているのだと思うと、月夜は気が気でなかった。一度宮の中にも問い合わせに来ていたが、すぐ側に潜んでいたにも関わらず、軍神達には全く月夜が気取れないようだった。

やはり、我は消されようとしているのだ。

幼い月夜は、龍の気が上空を頻繁に飛び交うその宮で、早く龍王が諦めてくれるのを祈った。


かなりの長い期間、龍王は月夜を探していたようだ。

それでも数十年もすると、そんな気配も消えた。

月夜は、明玄に教わって剣技を習い、早く自分の身を守れるようにならねばと必死だった。

全ては、育った時に龍王に一矢報いるため。

月夜はそう思って耐えていた。

育たなければと必死に願っていたら、月夜の体はまるで人のように見る見る大きくなり、こもっていた数十年でしっかりとした成人した風貌へと変わっていた。

宮の中の書庫へはいくらでも出入り出来たので、暇を見つけてはそこで神世を学び、今の世がどうなっているのか知って知識も充分に蓄えていた。

ある日、いつものように書庫に籠っていて遅い時間になってしまい、急いで自分の許されている対へと足を進めていると、ふと、明玄の気がしたのを感じ取った。

月夜は、こんな時間にいったい宮に何の用だろうと、そちらの方向へと足を向けた。


宮は、シンと静まり返っていて、もう寝静まろうとしている。月夜はそんな中、いつもするように気配を消したまま進んで行くと、奥宮近くの応接間から、明玄の気がすることが分かった。中からは、小さくボソボソと声が漏れている。普通なら聴こえないのだろうが、月夜にはよく聴こえた。

何を話しているのだろうかと、そっとその戸へと歩み寄った。

中からは、明玄の声と、この宮の王、定士(ていし)の声がした。

「…しかし定士様、新月は未だ…。確かに身は大きく育っておりまするが、それでも神として成人まで程遠いのでございまする。今龍王と対峙など、無理かと思いまする。」

定士の声が、イライラしたように言った。

「あの龍王をあれが倒せるなどとは思うておらぬわ。だが、己の血族を殺さざるを得ぬようになれば、いくら龍王といえども心に重いであろうて。隙を見せるやもしれぬ。そこを我らが突くのよ。そもそもあんなものをこの宮に潜ませてやっておったのは、何のためだと思うておるのだ。我らの恨みを晴らすための道具になり得ると主が言うたからであろうが。龍王を倒した後にはどうせあれを処分するのだ。変な情を持つでない。」

月夜は、身を固くした。

なんだって…?道具?

明玄の声が言った。

「あれはこちらを裏切るような性質ではありませぬ。生かしておいた方が、後々龍王の血筋と戦う時にも有利になるかと思うのです。情で申しておるのではありませぬ。」

定士の声は、うんざりしたように言った。

「もう良い。こちらはこちらで策を考えようぞ。主もよう考えよ、明玄。我の庇護があったからこその主らぞ。新月一人のために、他のはぐれ者が潜む場が無くなっても良いのか考えるが良いわ。」

…出て来る!

月夜は、ショックで言う事を聞かない足を無理に動かして、その場から急いで去った。


離れの対の自分の部屋へと駆け込んだ月夜は、今聞いた事を考えた。あれは、どういうことだ…定士様は、我らを匿ってくれておったのではないのか。龍王に恨みがあるのは知っていた。だが、いつか龍王を討つ道具にするため、我を生かしておいたというのか。

月夜が寝台に沈んで考え込んでいると、戸の外から声がした。

「新月様?起きておられまするか。明玄でありまする。」

月夜は、ハッとして顔を上げた。明玄が来た…何を言いに来たのだ。

月夜は急いで起き上がると立ち上がり、戸に向かって言った。

「起きておる。入るが良い。」

戸が開いて、甲冑を着たままの明玄が入って来た。無表情で、何を考えているのかは分からない。月夜も負けじと無表情で、明玄を見返した。

明玄は、言った。

「聞いておられたか。」

月夜は、前置き無しにいきなり言われて驚いた。それが顔に出たのか、明玄はため息をついた。

「知っておりました。どんなに抑えていようとも、新月様の気はいつなり探っておりまするから。ご説明しなければとここへ参りました。お聞きになるお気持ちはあるか。」

月夜は、頷いた。明玄は、いつも月夜が見つかるのを気にして、自分の気を意識してくれていた。小さな頃からずっと気に留めて、連れ去れたりしないか見てくれていたのだ。ここで、話を聞かない選択肢は月夜には無かった。

「聞こうぞ。申せ。」

明玄は、頷いて側の椅子へと座る。月夜も、その前の椅子へと座った。明玄は、それを待ってから口を開いた。

「お聞きになった通り、ここも新月様にとっては良い場ではありませなんだ。ですが、我はあの王が使い捨てにするために囲っているはぐれ者の軍神。新月様を連れて来いと言われたら、その通りにするよりなかった。」

月夜は、明玄を睨んだ。

「では、小菊は偽りを言うておったのではないのだな?」

明玄は、首を振った。

「あの女の魂胆は、あの時お話した通りでございます。ただ我らは、それを利用させてもろうただけ。」

月夜は、眉を寄せた。

「…利用?」

明玄は、頷いた。

「はい。我らは新月様についている侍女乳母のことを調べ上げました。龍の王族が嫁いでおるだけあって、非の打ちどころのない働きの女達でしたが、里の方まで調べた結果、あの小菊という女が新月様に心酔し、いつか里へ連れ帰ろうと企てておることが分かり申した。なのであの女に接触し、龍王が新月様を滅してしまおうとしておるのだと吹き込んだ。あれはそれを信じ、里へ連絡して新月様を連れ去るのを急ごうとしたのです。思った通り出て参ったのを、皆殺しにして我らはまんまと新月様を手にした。そうして、ここへ連れ帰ったのです。」

月夜は、身を乗り出した。

「ならば、龍王は我を狙っておらなんだと?だがしかし…主らが言う通り、龍軍が我を探しておった。ここへ来たゆえ、知っておる。」

明玄は、また首を振った。

「あれは確かに新月様を探しておりましたが、月の宮王の意を受けて龍王が手を貸しておっただけのこと。龍王は妃を溺愛しており、その妃が嘆くゆえ龍軍総出で探しておったと聞いておりまする。保護をして宮へ連れ帰りたい一心で、殺そうとなどしておりませぬ。」

月夜は、これまでの数十年を想った。ずっと、父や叔父に狙われているのだと思っていた。もう自分には帰る場所は無いのだと、二度と表を堂々と歩くことは出来ないのだと…。

「…それは…誠に、父上も、叔父上も、我の命など狙っておらなんだと。我を案じて、探しておったと。」

明玄は、何度も頷いた。

「はい。それは長い間。神世では、そうやって皇子がさらわれて殺される事件は多い。なのに30年もの間探し続け、ついに諦めたようでございまする。」

月夜は、愕然と椅子の背に沈んだ。我は…何をしていたのだ。父上、母上を信じず、侍女などの戯言を信じ、その後は得体のしれない軍神を信じ、叔父上を恨んで…。

「…ならば、我は戻る。」月夜は、断固とした口調で言って、立ち上がった。「主らが留めても、聞くつもりはない。」

明玄は、立ち上がった月夜を見上げて、言った。

「出て行かれると申すなら、我は留めねばなりませぬ。新月様、我と戦うて勝てると思われるか。」

月夜は、キッと目を青白く光らせて手を上へと向けた。見る間にその手に、刀が現れる。明玄は、その様を眩し気に目を細めて見た。

「…ほう。刀を呼び出す術を覚えられたか。我には出来ぬ。」と、明玄は、刀を抜いた。「だが技術では、敵わぬと思うたことはない。」

明玄は、鋭く切り込んで来た。月夜はそれを受けて流すと、窓へと飛んだ。狭い場所では、不利だ。

外へ出ると、仲間の軍神達が、刀がぶつかる音を聞きつけて飛んで来ていたところだった。飛び出して来たのが月夜だと分かると、皆は複雑な顔をした。しかし、明玄が追って来ているのを確認すると、意を決したように刀を抜いた。

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