第1話
俺は、この日を境に「空気」でいられなくなった。
学年トップの美少女――神城香。
通称「氷姫様」。
その彼女に――なぜか、目を付けられたからだ。
……理由は、分からない。
ただ一つ確かなのは、あの瞬間から、すべてが狂い始めたということだけだった。
◇
ハナミズキの花びらが、静かに――そして無慈悲なほど鮮やかに、舞い落ちていた。
春は、終わりかけている。
なのに、俺の時間だけが、あの日からずっと止まったままだ。
「……二度と話しかけないでよ。相変わらずキモいんだから」
今朝、偶然会った幼馴染――沢渡結衣の言葉が、まだ耳の奥にこびりついて離れない。
怒りは、湧かなかった。
悲しみも、感じる資格がないと思った。
(……ああ。やっぱり、そうだよな)
胸の奥を錐で抉られるような痛みを、俺は「当然」という名前で押し殺す。
あの日。
俺は、人生で一番の勇気を振り絞って、彼女に想いを伝えた。
オタク趣味も、喋り方も、全部矯正して。
“普通の男子”を、必死に演じて。
――結果は、これだ。
『無理してるの、見ててキツいんだよね。正直、一緒にいると私の価値まで下がる気がする』
あの瞬間、理解した。
俺は、誰かの隣に立っていい存在じゃない。
(……なら、最初から存在しない方がいい)
それが、一番迷惑をかけない方法だ。
視界の端で、結衣の背中が遠ざかっていく。
俺は、それをただ見送ることしかできなかった。
引き止める理由も、資格も、ない。
(これからは、空気になろう)
誰の目にも映らない。
誰の記憶にも残らない。
ただの背景として、生きる。それが、俺に許された唯一の生き方だ。
――そう、決めたはずだった。
「……は?」
掲示板の前で、思わず声が漏れる。クラス分け。
その中に――見慣れた名前があった。
沢渡結衣。
そして――
神城香。
学年トップ。
容姿端麗。
誰もが認める“上の世界の人間”。
……本来、俺とは無関係な存在のはずだった。
(――なのに、どうして)
まだ、この時の俺は知らなかった。
あの「氷姫様」が、
まっすぐ俺の名前を呼ぶことになるなんて。
しかも――まるで、最初から知っていたかのように。
読んで下さりありがとうございます。
久しぶりに書いています。
今回は、普通の恋愛ものにチャレンジしています。
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