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あなたを信じ、頼ること (3)

 

 とんでもない真実を知った所で気まずい雰囲気こそ流れはしなかったがいつしか本当に寄宿楼の二階の講義の為の広間には琳華と丹辰だけが残ってしまった。楊も今しがた、女官に連れられて出て行っている。

 仕方がないので琳華も丹辰の話し相手になっていたのだがここで一つ、彼女は重要な情報を言葉にした。


「あの、琳華様はお気づきになっているでしょうか……その、劉愛霖様のことなのですが」


 もう二人だけになった広間。一応、廊下側に下女が控えているので丹辰の声も小さくなる。

 よく聞こうと椅子を移動させ、膝を突き合わせようとした琳華に丹辰は恥ずかしそうに「きゃっ」と鳴いた。


「え、えっと……ゴホン。琳華様は愛霖様と仲が良く……」

「ええ、はい。当初は事のなりゆきでしたが最年長として、筆頭として年下の」


 当たり障りのない訳を言おうとした琳華に対し、珍しく丹辰は真剣な眼差しで首を横に振った。


「我が家は商家の家系。お恥ずかしながら世に出回ってはならない禁制品も時折扱っています。ご聡明な琳華様ならきっと色々とご存じでいらっしゃいますよね」


 彼女の勝気な瞳に宿る光るものを見た琳華はとりあえず話を続けて欲しい、とその先を促す。あくまでも秀女の筆頭として耳に入れておきたい、との構え。


「その品の受け渡し現場近くで愛霖様のお屋敷の下男にあたる方が目撃された、とわたくしの家の者が言っていて」

「それが禁制の品物で……?」


 深く頷く丹辰は綺麗に塗られている紅がよれるのも構わずにぎゅっと唇を引いて頷く。


「伯家は世の裏側をよく見ています。中には我が家を悪く言う方も少なからず、いえ……きっと大勢いることでしょう。商売が大きければそうなることは必然です。それに実際、皇帝陛下の御前で平然と良くないことも……それについては、わたくしにはどうにもできなくて」


 それで、と丹辰はまるで意を決したように琳華の瞳を見る。


「取引された禁制品の中に、粉末香があったのです」


 丹辰の告白に琳華がハッとした表情を見せた時だった。

 下階、秀女たちが宿泊をしている寄宿楼一階の部屋から大きな物音とともに男性兵士の低い声や不安がる若い女性たちの悲鳴が上がった。


「一体何事ですか」


 琳華は持ち前の俊敏さで咄嗟に席から立ち、番をしている下女に対し扉越しに問いかけるが「出てはなりません」と言われてしまう。しかしよく思い返してみればこの下女、今まで一度も寄宿楼内では見かけていない。秀女が出入りする際に目撃した姿は下女の衣裳だが最下級の宮女が今の所は客人の待遇である秀女たちの見張り番などするはずがない――と言うことはこの女性は下女の格好をした『宮正』かもしれない。


「わたくしの、侍女は……楊の家の侍女といる筈で……多分、葉の家の侍女も、一緒に……」


 琳華の後ろでやはり席から立って様子を見に来た丹辰が不安そうに立ちすくんでいる。


「我が家の者も下階のどこかにいるはずです。彼女は毬のように跳ねる強い子ですから……大丈夫よ。何かあった場合には自分が正しいと思ったことを、助けを求める方を守るようにと周家で厳しく教育されていますから」


 琳華は自然と丹辰のそばに行き、肩を寄せるようにして細い手を握る。

 上級貴族の娘、と言うだけで怖い目に遭う機会は多い。琳華自身も強いのだが小柄な梢も同じく身体的にも強い。だから大丈夫、と琳華は丹辰を励ますように諭す。


 悲鳴と物音から暫く丹辰と琳華は二人で寄り添うように扉の方を見つめていたが突然、人の気配が増えた。びく、と恐怖に震える丹辰の手を強く握り返す琳華は開いたそこから男性の兵士と同じ色の衣裳、女性用の兵装を纏った宮女が入って来るのを見る。

 その姿は紛れもない、琳華が憧れていた宮正の女官の姿だった。


「周琳華様、ご同行願います」


 この場を仕切る代表者は女性の宮正だったが彼女の背後には帯刀をしている男性兵士が付いてきていた。偉明が管轄する親衛隊が纏う濃紺の衣では無い、黒に近い濃緑の衣裳。

 同行を請われ、丹辰の手を強く握っていた琳華の手が緩み、離れる。


「待って!!」


 無礼を承知で琳華の羽織の袖を掴んで引き留める丹辰だったがもう、琳華の頭の中では彼女が教えてくれた『粉末の香』と『劉愛霖』から貰った香嚢の存在が浮かび、結びついてしまっていた。

 抜き打ちで各部屋に検分が入ったのだろう。下では空き時間となった侍女たちが洗濯をしたり部屋を整えたりしていた筈だ。中には皆で休憩のお茶をしていただろう。しかし突然、理由も無く男性兵士と宮正がなだれ込んできて現場を押さえられれば悲鳴も上がる。


「わたくしは大丈夫です。あら、丹辰様にもちょうどお迎えが」


 一切の抵抗をしない琳華に宮正も縄をかけたりすることは無かった。そして丹辰には別の女官……東宮から迎えが来たようだった。


「いや、だめっ!!琳華様は何も」


 その根拠など無いに等しいと分かっていても丹辰はまるで泣きそうな表情をして琳華の身を案じる。


「またお会い出来たら、お茶をしましょう?糖蜜のお菓子もまだまだ屋敷に沢山あるの。あとそうだ……少しお耳を貸して下さるかしら?」


 最後に軽く丹辰に耳打ちをした後、にこっと笑った琳華の気高さに丹辰はこれ以上、自分が何か言葉を発するのは良くないと察知して握っていた袖から指先を離す。

 ふわりと揺れる裳裾のように余裕たっぷりに「宮正の女官様でしょうか」と問いかけている琳華は誰が見ても『連行』されていってしまった。

 きっと下階にいる侍女も同じ、と丹辰は自分を東宮に連れて行こうとする女官に従うしか無く……それでも琳華の身を案じる。



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