勝てば官軍、ヤったモン勝ち (5)
しかしそんな小さな恋心が芽生えていた琳華の胸に、偉明から時間が足らずに語られる事の無かった劉愛霖の存在が引っかかる。
伯家については実家が豪商でその商品の流通や禁制品の取り扱いなどの便宜を謀りたい、それだけにとどまらず外戚となって皇帝一族の一員となり意のままに政を操りたい、との分かりやすい野心がある。
その野心は歴史の中で繰り返された裏付けもある。豪商が緊縮政策に反感を持つなど当たり前だ。
もとより荷物を扱っている為に兵力も個人でいくらか持っているのも理解が出来るし、それについては禁じられていない。
しかし、共に名があがった劉家について。劉家の方も父親は官職を賜っていて、別に普通に暮していればそこまでカネや地位の維持に困るようなことも無いだろうと琳華は推測する。それなのに何故、彼女の名が偉明の口から出て来たのか。
愛霖は見た感じ、控えめな印象を持つが香を嗜む趣味も持っていて丹辰のようにあからさまに強い野心は伺えない。
「琳華様」
寄宿楼の廊下に差し掛かった時、琳華に声が掛かる。
出くわしたのは今まさに、存在について考えていた愛霖だった。
「愛霖様、お散歩ですか?」
たった数日とは言え偉明に言動についてチクチクされた成果によって琳華はごく自然を装って彼女に質問を投げかける。
「いえ、琳華様のお部屋に伺ったところご不在でしたので」
「親衛隊長様に呼ばれ、後宮での生活の聞き取りを受けていたので……何か御用でしょうか」
「あの、親衛隊長様は琳華様をよくお呼び出しに?」
「ええ、でも業務連絡のようなものですね。わたくしたちの身の回りのことや困ったことがないかなど」
「ですがそれは女官様にもお伝えしていることですよね」
愛霖の珍しくも鋭い指摘に琳華は勘繰ってしまう。
そう考えることは別におかしいことではない。琳華も偉明との接触が多過ぎているかもしれない、と思っていた。
偉明はそれが不自然に見えないように以前から女官のみならず下女たちとも気さくに会話をし、白い組紐を提げて正々堂々と後宮内を闊歩していると聞いている。
だから偉明がその辺を歩き、女性たちと立ち話をしていようとも誰も咎めないしよくある日常風景の一つとして気にも留めない。
それが彼の戦略、戦法なのだが――自分はどうだろうか。琳華は自分の胸に問う。疑問を呈する愛霖にどう返答をしたらいい?どう伝えれば話にスジを通せる?と。
「ここだけの話、宗駿皇子様もお気にされているようなのです」
絶妙な嘘をついてしまう琳華は眉尻を落とし、自分の行動について理解をして欲しいと愛霖に優しい声音で語りかける。
しかも「ここだけの話」ともなれば愛霖の瞳はきらきらと輝き出す。何よりも皇子が直々に情報を欲しているともなれば愛霖とて話が変わる。皇子の傍付きは厳しい試験や適性検査を受けた男性兵士が主だ。女官は少ない。
だからこそ皇子が秀女たちの様子を気に掛けている、とごく当たり前な事を琳華は言ったまでなのだがどうやら成功したようだった。
「愛霖様、あまり贔屓は出来ませんが親衛隊長様に伝えたいことなどありましたら……あと今、わたくしに何か」
あくまでも柔らかく、しなやかな猫のようにしっとりと小首をかしげながら再び何か用でもあったのかと問う琳華に愛霖は「お茶にお誘いをしようかと思ったのです」と言う。
たった今、思い切り偉明の執務室で干し柿やら饅頭を食べながらお茶をしてきてしまった。
いやしかしここで断っては、と瞬間的に考えたが愛霖の方から「明日、もしご予定がなかったら」と言ってくれたので胸よりも帯の下の腹の方を撫で下ろす。
「愛霖様、この周琳華……出しゃばりを承知の上で、何かお困りごとなどあったら言ってくださいね」
「っはい!!」
にこっと今までよりもさらに綺麗に笑うようになった琳華に何度も礼を言って「また明日に」と別れを告げた愛霖。彼女は確かに嬉しそうにしてくれている。愛霖本人に野心や悪意が、と言うよりは父親が単身で悪いことを企んでいるように思えた。
(愛霖様は巻き込まれている、と考えても……でもなぜ、劉家に悪意の影があると父上や偉明様たちは行きついたのかしら)
先ほどは時間が来てしまい偉明から詳しく聞けなかったのもあるが見た目で安易に推し量るのならば丹辰の方が要注意である。
部屋に戻った琳華は背中と座面に綿の詰まった椅子に腰を下ろすと梢を見上げた。
「あのね、小梢……偉、じゃなくて冬の御方の話によれば」
重要な話をし始めようとする主人の気配に近くに寄って腰を屈める梢は相変わらず琳華が円筒状の肘置きを膝の上に置いているのを見る。なんとなくその存在が琳華の心の不安さを表しているようだった。
「伯家と劉家に嫌疑がかけられているそうなの」
その声は室内にいる者すら聞こえない、すぐ隣にいる者にしか聞こえない音量で告げられた。
「でも時間が足りなくて、伯家についてしか聞けなかった」
「そうなりますと……いえ、確かにお嬢様に積極的に関わろうとされているのはお二方ですね」
「ええ。でも愛霖様はどうにも違うような……丹辰様もきっと素のわたくしみたいに我を通そうとされる気質を持っていらっしゃるようだからそう見えるだけで」
丹辰も利発なだけでそこまで悪くは考えられない。彼女は気質的に積極性が強いだけに見える。
「冬の御方はわたくしたちのことを見定められていた。その上でお役目を遂行することが可能だと判断されての今日のこの情報」
「では私の方でもこちらの美味しい賄賂でさらに、そこはかとなく下女の方々に……」
「ええ、お願いするわね。特に愛霖様は侍女をつけていない。担当されている下女の方が必要に応じてご様子を見てらっしゃるようだから」
うんうんと小さく頷く梢は主人のそばから離れて「では、さっそく」と偉明の執務室から貰って来たお菓子の包みを開くと二つほどの紙包みを作り始めた。梢が別の手仕事に取りかかった時の琳華は一人で勝手に髪を下ろすなり、自由に自分のやりたいことをする。
自分が梢に頼んだことを彼女が行っている時、無理に手を止めさせてやりかけの仕事を増やしてしまう方が効率が悪い。
つまるところ合理的でないことを周家はあまり良しとしていなかった。




