勝てば官軍、ヤったモン勝ち (4)
「ご息女、商売も策略もあらゆるすべてに於いての基盤となる武力を揃えるには何が必要だ?」
「資金が必要です」
「ならばその資金をどうやって稼ぐ」
偉明の言葉に琳華の表情が険しくなる。
(禁制品の取り引き額は正規品の比じゃない。危険は伴うけれどそれ以上に利益があるのならば)
武力を持つにはそれなりにお金が掛かる。
手っ取り早くその資金を集めるためには正当派なことをしていたら途方もない時間が掛かってしまう。
「一個人が必要以上に武力を持たぬよう皇帝陛下はその大きなカネの流れを監視する為に表向きは緊縮として制限をかけ、国境の兵も増やした」
「そうなると賄賂とか色々と以前よりも商売にお金が必要になっている、と言うことでしょうか」
「そうだ。そして武力や武器を皇帝陛下に黙って秘密裏に揃えるなどもはや朝廷の敵として表現しても構わないだろう。その先に何が“起きる”か、あるいは“起こせる”と思う?」
「……っ、反乱など外戚どころの話では……それで、その娘たる丹辰様を秀女として後宮に入れたのですか」
琳華が考え及ぶ範囲ですら相当危険な状況だった。
下手をすれば偉明たち親衛隊すら、伯家の息が掛かった者に侵食されかねない。娘が側室だろうが正式に入宮をしてしまえば後はどうとでもなる部分が多い。皇子の寵姫にさえなればその地位は約束され、男児を産めば正妻たる皇后を差し置いて次期皇帝の生母となる。たとえ生まれたのが姫だろうが王族直系である公主の母の地位は高い。
現在の朝廷としては他の大陸の国との交流を悪とはしていない。しかし内政状況は今、皇子の正室選びや世代交代の時期に差し掛かっており不安定な状況に陥りやすい。伯家がまだ若い宗駿皇子を取り込んで傀儡にしようなどあってはならないことだ。
(それを考えると父上はとても危険なことをされているけれど……これは一応、王朝の歴史を守る為なのよね)
不安になる心も確かにあるのに、なんだかコトが大きすぎてだんだんと逆に吹っ切れ始めてしまった琳華は素の自分を見せるように菓子の膳にあった饅頭を掴むと大きく頬張る。今でこそ梢の前でもしなくなったがたまにはこうして発散した方が心身の為にもなるのだ。
(丹辰様のお家柄がそうであって、ご本人の様子とも辻褄が合うのは分かったけれど)
もぐもぐと饅頭を食べる琳華は劉愛霖の姿を思い浮かべる。
線の細い可愛らしい子で、最初の内は慣れない場所での緊張と疲労で体調がよくないようだったがそれ以外これと言って目立つような心配事は伺えない。
愛霖との関係も良好だし、座学の際はいつも隣同士だった。
「次に劉愛霖についてなのだが……ああ、もう時間か」
ふ、と顔をあげた偉明が部屋の隅に置かれていた燭台の火を見る。ごく細い火が風もないのに揺れ出している、と言うことはそろそろ燃え尽きる。
「ご息女、くれぐれも無茶な真似はしないように」
「はい……それは心得ています」
どうだか、と言っているような視線をくれた偉明に対してついに目くじらを立てた琳華だったが彼はそれをさらりと受け流して「侍女を呼ぶ。菓子は持って帰ると良い」とまだ残っていたお菓子を持ち帰るよう促してくれた。
すぐそばの部屋にいたらしい梢はどうやら雁風と談笑をしていたようで楽しかったのか頬が赤い。琳華が菓子を包んで欲しいとお願いをすればどこからともなく取り出した大判の懐紙にせっせと饅頭などを包み始める。
「ご息女、もし周先生に手紙を出したければ私か雁風に預けてくれ。そうすれば当たり前だが検閲はしない。諸々の偽装として実家に出す方の手紙ならば皆と同じようにすると良い」
「よろしいのですか?溜まりに溜まった鬱憤を父につらつらとしたためてしまうかもしれませんよ?」
偉明から受ける自分の扱いについて暗に言っている琳華の気の太さ。言われてしまった偉明は吹き出すように笑う。
「~~っ!!」
その笑った顔がまた琳華の若い胸の内を妙に撫で、くすぐる。
「お嬢様、支度がととの……?」
しっかりすっかりお菓子を包んだ梢はまたしても偉明と話をしたあとの主人の様子がおかしいことに気づく。
また何か偉明によって心を“いい塩梅”に乱されでもしたのだろうか。この際なので「それは恋患いなのでは?」と言ってしまえば良いのだが今は大切な役目を請け負っている最中。琳華の信条を鑑みてしまうともし、偉明と良い仲になっても彼女の『使命を全うする』という鋼の意思のせいで二人が心を通わせるのがとても遠回りになってしまう可能性がある。
今はまだ何も触れずに見守っていた方が良いのかもしれない、と梢は大きなお菓子の包みを抱えて偉明と雁風に一礼をする。
別室に通されていた梢は雁風から「小梢殿は料理が得意と聞いて」と琳華の父からの情報により兵糧の改良について話をしていた。そんな折に偉明と琳華の二人について“ここだけの話”も少しだけしていたのだ。
梢も雁風がいかつい兵士のわりには男女の恋愛の機微が分かる人物と知ってつい、楽しく話しこんでしまった。
「小梢……わたくし、変じゃないかしら」
「と、言いますと」
東宮、偉明の執務室からの帰り道。風にあたりたい、と言う琳華の意向により庇のある渡り廊下では無く庭を抜けるように二人は歩いていた。
「冬の御方といると胸が苦しくなると言うか、多少の無礼を承知で素のわたくしも見せてしまうけれど……それを何も気にせず許して下さる、から」
立ち止まり、少しだけ背後の東宮を見やる主人の美しさたるや。
振り返る姿のその優美さは秀女の中でも最年長であり、筆頭の印として通行証の組紐を賜った事をしっかりと裏付ける輝きを放っていた。
梢に言わせてみれば「お嬢様に後光が差している」であり、琳華の面立ちが好みの者はきっと魅了されるような美しさを持っている。
梢はそんな主人を尊敬の眼差しで見つめながら可憐な唇を開いた。
「最初は少し棘のある方かと思いましたが、お嬢様とお話をされている時の冬の御方は……ふふ、ぐふふふふふ」
「え、ちょっと小梢?!」
「うふふっ」
お部屋に戻りましょう、と笑って促す梢の心が読めずに琳華は戸惑う。雁風と楽しい時間を過ごせたようでそこは良かったのだが今の含みのある笑い方は……気になる。
「むふふふ~」
しかもまだ笑っている。
東宮専任の親衛隊長の張偉明……彼は琳華より三つ年上かつ、未婚であった。
切れ長の瞳にすらりとした立ち姿、会って話せば清流のせせらぎのように嘘八百の上辺だけの褒め言葉を言う。その唇はにこやかに弧を描いているが瞳の奥では笑ってなどいない冷たさがある。それに気がついている者は数少ない。
琳華も彼を凍てつく冬をなぞるように『冬の御方』と呼ぶほど、最初から相当な洗礼を受けた。それでも琳華はくじけず、引き下がらず、今日は彼に目くじらすら立てた。
華やかな女性二人が去った執務室では偉明が珍しく「宗駿様やお前たちではない者と久しぶりに会話を楽しめた。と言うよりもこれは……すっきりした部類か?」と感慨深げに言い放ち、雁風が目を丸くさせながらその感想を「ようございましたね」と締めくくっていた。




