「エピソード57 城下町の市場調査-冒頭篇-」
≪まぁ……弁論が終わったので、市井調査ってことで誤魔化したんですね?≫
ヴァルは私に向かって、目くじらを立てるように問いかけてきた。
【ネル先生も巡礼について、両親に伝えろって言ってただろ? その一環として市場調査を纏めてあげて、提出しろって言ってたじゃないか】
私は四十九話「羅甸と羅点のテンポ(典歩/転歩)に乗って」の一文を指差した。
『授業が終わり、ネル先生は静かに聖典を手に持ち、声を落として告げる。「今後、修行の一環として修道院巡りを行います。神聖科では恒例行事となるので、親御さんたちにも伝えてください」』
【ほら、きちんとネル先生が釘刺してただろう?】
≪本当ですか? 軌道修正したの間違いでは?≫
【……軌道修正計画のうちだ】
≪それを一般には後付けと呼ぶのでは?≫
【跡付け、糊付け……。それを”後付け”というならそうなんだろうな……】
≪それを逃げたと言うのでは?≫
【弁護人制度を行使しますね。黙秘権を行使します】
≪……≫
【……】
≪弁護人は?≫
【いません】
≪では、誰が弁護するんです?≫
【私です】
≪それ、自分で弁護しているだけでは?≫
【作者は常に自分で弁護しているだけですよ? 蒙昧しましたか?】
その後、作者は軌道エレベーター内で、なんとかエレベーターシャフトを起動させた。
月へ行くためではない。地球へ還るためである。
然し乍ら、構図を見る限り、読者からすれば月表面から離れていくようにしか見えない。むしろ、火星へ向かう準備をしているようにさえ見える。
だが、それは常にコマが存在しているからに過ぎない。
読者から見えていないだけで、その外側には別のコマが存在している。
これが漫画に於ける「誤魔化し」の種に過ぎないと判明するのは……もう少し後のことであった。
【「城下町の市場調査-冒頭篇-」のプロットとプロセスついて】
実際、彼の申告を元に申し上げるならば、軌道修正と呼ぶにもままならない状態であったと記憶している。本編中、継続的に問題となっていた事項がある。それは、『こちユル』に於いて地図が存在しないことであった。
本編の本文を読み返すと、この辺りから作者が急に描写を簡略化していることが分かる。その一例を抜粋する。
馬車は市井の通りを進み、石畳の軋む音が心地よく耳に届く。アヴェーラとフィーネは荷台の揺れに身を任せつつ、窓の外の景色を眺めていた。
「もうすぐお家だね…」アヴェーラが小さく呟く。
「うん、楽しかったけど、ちょっと疲れたかも。」フィーネも微笑む。
馬車が角を曲がり、二人の家が見えてくる。お父さんは馬車を静かに止め、手綱をしっかり握り直した。
「ここで降りろ、気をつけろよ。」
アヴェーラとフィーネは荷台から降り、父に礼をする。
「ありがとうございました、おじさま…!」
「またね、ナーレ!」二人の笑顔に、私は小さく手を振った。
二人を見送り、馬車が再び揺れ出すと、私は父に少し緊張しながら声をかけた。
「お父さん……実は、宿題で城下町の市場を見てくるっていうのがあって……今日、ちょっと調べなきゃいけないんだ。アヴェーラとフィーネも一緒に行ってもいいかな?」
お父さんは手綱を握ったまま目を細めて微笑む。
「市場調査か。それなら三人まとめて“監督付き体験”ってところだな。任せとけ――二人にも伝えておいたのか?」
「えっと……まだ。言ってなかったけど、父さんと一緒に行くって知ったら、きっと喜ぶと思う。」
「そうか。それなら到着したら伝えてやろう。きっと驚くだろうな。」
私は胸の中でわくわくしながら馬車の揺れに身を任せる。――父さんとアヴェーラ、フィーネと一緒なら、今日の市場調査はきっと楽しい学びになる。
夜が明けると、私はすっきりと目を覚まし、朝の空気に胸を弾ませた。馬車は市場へ向かい、石畳の道を静かに進む。色とりどりの店先や人々の活気が目に入り、三人の胸は期待でいっぱいになった。
このように、移動の経過やその間に何があったのかについての描写が、ところどころ省略されていることが分かる。実際に問題となっていたのは、この時点ではアヴェーラ及びフィーネの自宅がどこにあるのか、そして二人の自宅とナーレの自宅がどの程度離れているのか、その距離関係が設定されていなかったことである。
それに付随して、三人の自宅から城下町の市場までの距離や、市井の中で各施設がどの程度離れているのかといった空間的な情報も存在していなかった。
つまり、本文中で馬車が移動していること自体は描写されていても、「どこからどこへ、どの程度の距離を移動したのか」を具体的に示せるだけの地理情報が、この時点では作者側に存在していなかったのである。
※なお、現在に於いても、この地理情報が明確に存在しているわけではない。何故なら、未だに『こちユル』の明確なマップを作成していないからである。
三人の自宅が城下町のどこに位置しているのかについても、実のところ、本文中の描写やこれまでの展開から逆算し、その都度推測しながら書いている。そのため、三人の自宅同士の距離や、市場などの市井の各所までの距離についても、明確な基準が存在していない。
だからこそ、本文中では地理的な整合性を取るために、しばしば描写を省略したり、曖昧にしたりしている。要するに、誤魔化しているのである。
ストーリー構成としては、「エピソード56 市場調査編:『独白は獨白をもって(In.Ⅱ)』」の最後にて、アレフがアヴェーラとフィーネを自宅まで送り届ける場面から始まる。
その後、ナーレはアレフに対して、学校行事として巡礼の旅が始まること、そしてその延長線上として、市井における国内需要や産業について調べる宿題が出されたことを打ち明ける。
ストーリー上、アレフはナーレからの申し出に対して、特に違和感を抱くことなく同行を提案する。
これは、アレフ自身が元は修道士であり、修道院や巡礼に関する事情をある程度認知しているためである。したがって、アレフにとってナーレが「巡礼の一環として市井を調査したい」と申し出ること自体は、特段に不自然な話ではない。
この時点では、ナーレが突然市場調査を思いついたというよりも、既にネル先生から告げられていた巡礼の話と、そこから派生した宿題をアレフに伝え、その流れで同行して貰うという構成になっている。
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【物語の構成についてのあらまし、及びプロット出しについて】
物語の構成についてのあらまし、及びプロット出しについて、と言っても、私は列挙馬鹿なのである。
そのため、ここで「こういう意図で構成しました」と簡潔にまとめるよりも、実際にそのとき何を考えていたのかを列挙していった方が分かりやすいかもしれない。
というわけで、以下、当時考えていたことを順番に並べてみる。
① アレフに馬車の点検等をさせる。
→ 商人としての生活を見せる場面として機能させたかった。
② 城下町に入る度に通行許可証を見せる必要がある。
→ ここで衛兵のモーディンを再登場させる。
③ アレフとモーディンの掛け合いをさせ、商人と衛兵のコミュニケーションを見せる。
→ モーディン「これは荷物だな?」
アレフ「これは『生花』です」
→ モーディン「『モノを言う花』なのか?」
アレフ「貴方にはそう見えたんですね。値札はありません。娘と、その友人ですから」
→ モーディン「ふん、誰がこのような生娘に手を出すか――! クソ野郎でも良心があるわ! 罰として徴収するぞ!」
アレフ「ええ――重々承知しておりますよ、衛兵殿」
→ モーディン「なら――問題はない。とっとと往くがいい、商人よ。私たちにも仕事があるんでね」
④城下町に入っていくシーンを、「喪われた三枚銅貨」と同じ描写にしない。
「喪われた三枚銅貨」では、跳ね橋を渡り、城下町へ入っていく場面を描いている。
そのため、今回の市場調査でも同じように、跳ね橋から城下町へ入っていく描写を改めて書く必要はないと考えた。そこで、こちらでは、「三人は馬車を降り、桟橋の活気ある市場に足を踏み入れた」という形で、城下町へ入る過程そのものをカットし、既に城下町の内部にいるところから場面を始めることにした。
つまり、読者にとって既知の移動経路をもう一度なぞるのではなく、今回必要となる「市場調査」の場面へ早く入ることを優先したのである。
⑤市場の描写を挟んで、「さぁ! 調査をしよう!」というところでストーリーを終わらせる。
ここでは、まず市場がどういった場所なのかを見せる場面として描いている。
本編では、「麦やエンドウ豆が山積みになった木箱、根菜や林檎、ナシなどの果物が並ぶ。干し草や薪の香り、豚や鶏の鳴き声が混ざり合い、独特の活気に満ちていた」という形で、市場の様子を描写している。
実際のところ、このあたりはAIと相談しながら、「アイルランドの秋口から初冬にかけて、どういった食物があるのか」というところから調べていった。そのうえで、「こういうものがありますよ」という程度の情報を拾いながら、市場の描写に落とし込んでいる。
ただし、これはあくまで物語上の市場を描くための調査である。
実際に中世五世紀頃のアイルランドについて、当時の気温推移などまで調べ始めると分かることだが、そもそも巡礼の旅をするには、あまり相応しい気候ではない。……まぁ、そこまで考え始めると、話が進まなくなるのである。
⑥次回のシーンとして、「まずは穀物屋から行こう」というところで斬る。
そのため、この回では市場の全体像を見せたところで区切り、次回は「では、まず穀物屋から行こう」というところから始めることにした。
結果的に、「市場調査とは?」という状態になっているわけなのだが。
ただし、ここでいう「市場調査」は、ナーレたちが考えている意味と、物語の設定上で持っている意味が少し違う。
ナーレたちにとっての「市場調査」は、単純に城下町の市場を見て回り、市井の様子を知ることだけではない。
そこには、彼女たち自身について知ることも含まれている。もっとも、この時点ではナーレたちは、そのことを知らされていない。
そもそも設定上、アウローラ神聖国では、かつて賢人を用いて「文化」という形で他国へ入り込み、心理的な侵略、あるいは占領に近いことを行っていた。
しかし、現在ではその方法が上手く機能しなくなっている。
そこで現在のアウローラ神聖国では、学園と国家が水面下で繋がり、修道士たちを密偵という形で各国へ派遣する構想が進められている。その際、「巡礼の旅」という形を取ることで、各国との商業廻廊を開いて貰う。
つまり、表向きには巡礼であり、学習であり、市井調査である。
しかし、その裏側には、各国の情報を集めること、そして派遣された修道士自身についても観察することが含まれている。ナーレたちが「市場調査」だと思っているものは、彼女たちが想像しているよりも、少しだけ大きな意味を持っているのである。
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――というのが設定資料のあらましである。
つまり、ここでの「城下町の市場調査」という時点で、四重に誤魔化しているわけだ。
≪何をどう調査しているのか、誰が何を調査されているのか≫
≪そして、そもそも本人たちは何を知らされているのか≫
そう考えていくと、「市場調査」という言葉だけで、だいぶ話がややこしいことになっている。
それもこれも、作者が「中世五世紀の内戦中を、どうやって巡礼させるのか」と悩んだ結果である。
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【中世五世紀のあらまし】
五世紀頃、ゴート族が西ゴート族と東ゴート族に分かれていたことくらいは、読者も理解していると思う。
よくいう「ゲルマン人の大移動」みたいなものである。当時の欧州は、ローマ帝国の弱体化や各地の民族移動などが重なり、まあ、なんというか……「欧州はクソ喰らえ!」みたいな状態だった。
そんな中を、「わたしめは迷える羊です」なんて修道女が歩いていたら、そりゃあ直ぐにひったくられると思った。
そういう状態なので、「各国との商業廻廊を開いてもらう」という仕組みが必要になった。
そうなると、なるべく各国から受け入れて貰えそうな名目として選んだのが、「アイルランドのキリスト教に於ける修道院巡礼」である。実際には、五世紀のアイルランドにもキリスト教共同体や修道生活の萌芽は存在している。
後世に知られるようなアイルランドの修道院文化や、修道士による巡礼の文化が本格的に発展していくのは「六世紀以降」になる。そのため、本作ではそのあたりを少々前倒ししている。どうか、赦して頂けると助かります。
唯、ゴート族の皆さんがキリスト教を信仰しているわけではないので……。護衛、または安全な輸送網を整える必要があります。そのあたりについては、追々メインストーリーの中で明かされることになるので、ここでは伏せさせて頂きます。
以上をもちまして、「城下町の市場調査-冒頭篇」における、プロットや物語の進行意図についての説明を終わります。
「エピソード57 城下町の市場調査-冒頭篇」
皆様、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
『第五十七話「城下町の市場調査-冒頭篇」』において、プロットや物語の進行意図を、少しでも感じ取っていただけたのであれば幸いです。
久しぶりに、「城下町の市場調査」とは何だったのかを思い出していました。そして現在は、「家政婦体験」といって、また誤魔化していることも思い出しました。
然し乍ら、構図を見る限り、読者からすれば月表面から離れていくようにしか見えない。むしろ、火星へ向かう準備をしているようにさえ見える。
そのあたりについても、今回の解説を通して、少しでも理解を深めていただけたのであれば幸いです。
(外側には別のコマが存在しているというか……。並列処理しながら接続しているから、見えないだけなんですけどね……。惑星が多数あって、その傍を通過しているだけなんですよ)




