新興宗教 天使さんといっしょ。
とある社会復帰支援施設の駐車場。そこに止められた中型バスの出入り口にて、私は段ボールからお菓子の入ったビニール袋を取り出し、入居者の子たちに配っていた。
「あえて内容は違うのにしてるから、隣りの人におすそ分けとかするんだよ。そういう気づかいが人間関係に置いて、もっとも重要なことなんだ」
もちろん値段は300円以内に収めてるよ。
「ありがとうございます」
「貴洋君はちゃんとお礼言えて偉いね」
続けて私からおやつを受けとった有狩君は、不満げにこちらを見つめ。
「小林、これは無いだろ」
もちろんバナナはおやつに入ります。
「1房で385円だからアタリじゃん。やったね」
「まあ良いか」
だからさぁ、まあいっかで済ませちゃうのが、君の悪い所なんだよ。
「なんでしたら僕のと交換しましょう」
「え、良いんすか」
突然の申し出に困惑気味な返答。
「ほらほら、ここで遠慮しちゃダメじゃないか。人間関係の構築だよ」
彼もともと人付き合いは苦手だからなあ。
2人は隣どうしで座り、バナナ1本といくつかのお菓子を交換するようだ。
その後もお菓子を配るけれど。
「はいどうぞ」
「……」
自分の世界に入ってたり、なんかブツブツ言ってて受け取ってくれない子も多い。
実際のところ、ここにいる全員は記憶にないだけで、互いに殺し合った経験があったりする。本人たちは死んだら終わりと思い込んでるけどね。
映世の中なら死んでも肉体の蘇生がしやすってわけだ。
彼らは貴重な戦力だから、そう簡単に殺すわけにゃいかない。
肉体的な限界が近づいてくれば、話は違ってもくるんだけどね。有狩君と死合をしたあの人には、本当に感謝している。
あの戦いで、一郎くんは悟くんとして生きる決心がついたんだから。
全員にお菓子を配り終えると、私も意気揚々とバスに乗り込み。
「このたび遠足のバスガイドを務めさせていただきます、コバエルと申します。皆も気軽に小林って呼んでくださいね」
返事はない。ちょっとそこ、さっそくバナナ食べてんじゃないよ。
「じゃあマイクを渡してくから、1人ずつ自己紹介って……君たちにそんなの期待できないよね」
それができたら、とっくに社会復帰してるよ。
「じゃあ到着までのあいだ映画をながすから、集中して観ておくれよ」
もちろんトイレ休憩はありません。
メカタヌキと眼鏡少年の、ハリケーンを呼ぶアッパレ・バイキング大合戦でいいかな。
「たぶん途中で目的地に到着するけど、もし続きが見たければ生き残っておくれよ」
〔守って天使さん像〕の結界は、現世に映世的な空間を展開させる機能があったりします。
死んだら終わりには設定しない予定。
HP0でリスポーン地点に強制転移だと、現世じゃ戦力が低下しすぎちゃうんで、死んだらリスポーン地点で復活にする。
「みんな嫌がるだろうな」
そんなのは戦いじゃないってさ。
中型バスは走り出す。
・・
・・
戦闘狂っていうと、やっぱあれか。
オメぇ強えぇな、オラわくわくすっぞ。みたいな戦闘民族を思い浮かべるよね。
「世間体? なにそれ美味しいのって感じか」
とにかく戦いこそ我が人生的な。
私はバスの車内を見渡す。
色褪せた家族の写真をじっと見つめている者。
頭を抱えて、窓の外から身体を隠そうとする者。
懐かしそうに映画を見つめる者。
彼ら。少ないけど彼女らもいるか。
一般的な道徳感情を持っており、一般的な日常を送っていた人たちだ。
有狩くんも例外じゃない。少しずれたところはあったけど、ずっと真面でいようと足掻いていた。
誰かが背中を押さなければ、たぶん普通の人生を歩めていたのが大半だろうね。
命を賭けて戦いたい。人を殺したい。ギリギリの生を実感したい。
そんな感情を誰よりも恥じているからこそ、そこに苦悩が産まれる。
願望を抑えることのできない自分への怒りが。
少なくとも天上界に阿修羅なんて者はいない。それでも加護なんてのが実際にあるのだから、連なるどこかの異世界にはいるのかもね。
この世界には戦争をしている国もある。今後の日本だってどうなるかは分かんない。
だけど現状の日本において、彼らの存在は私たちにとって非常に有難かった。
必要だと思ったから背中を押した。そこに善悪はない。
私はもともとこの国に愛着があり、長いこと生活して日本人的な倫理観も持っているつもりではいる。
そのせいか罪悪感は消えず、良くないと解ってても感情移入はしちゃう。
真面だった人が、真面じゃなくなってく過程を見るのは堪える。
人間の素振りをして地上界で活動してるけど、私なんかまだ天上界の者って意識を保った状態だから良いよ。
もっと上位の連中は枷が多い。
普段は全部忘れて生活してるぶん、思い出したときにくる反動って大きいんじゃないだろうか。
・・
・・
もうすぐ目的地に到着する。
「明日からは本格的に映世で活動してもらうけど、今日はせっかくだから観光ね」
実は私が楽しみにしてたり。
「法隆寺だよ。救世観音像を見学しよう」
なんでも夢殿ってとこに安置されているそれは、飛鳥時代のものらしい。聖徳太子の等身像と伝えられていてる木造の彫刻なんだって。
「……あの」
「ん、どうしたんだい貴洋くん」
気まずそうに手をあげて。
「今は時期じゃないんで、見学はできないと思いますよ。確か」
「えっ そうなの」
春と秋の年2回だけの公開らしい。
救世観音、観たかったのに。
まあこんな感じで、私は仏教派だったりする。人がつくる宗教って面白いよね。
始源の意思が神さまとか、あたしゃ認めないよ。




