2話 校舎
現世と映世は表裏一体。
なにかやらかして教師に怒られる、クラスの奴に虐められている、次のテストが不安。本人がここに居なくても、意識が学校に縛られていれば、そいつの魂は此処に誘われる。
「どこもかしこもストレス社会ってね」
宮内のように本人が迷い込んだわけじゃない。
廊下を進んでいると男子生徒の人影が現れ、続けてそれが人狼から狼、そして犬へと変化した。
姿を変えるたびに存在の具現化は強まり、徐々にクッキリと形づく。
もう普通に吠え、こちらを威嚇していた。
「……っとぉ」
足を狙った噛みつきを横に逃げ、そのまま通り抜けさせる。
宙に滑車のエフェクトを出現させ、〖青い鎖〗を犬に打ち込む。これは相手の防御力を弱体化できんだよね。
よし。無事に命中。
そのまま接近して得物を振りかぶる。相手は怯むが、HPという防護膜がなくなっただけなので、未だに肉体は無傷。
「おらっ 潰れろ!」
すかさず追撃。
「ざっとこんなもんさ」
犬は生徒の姿にもどり、少しすると影になって散った。
「浄化完了ってね」
映世で敵として倒された相手は、なんか気分が晴れてスッキリするそうだ。根本の原因は解決してないんだけどさ。
攻略ノートにそう書いてあるんだけど、俺どうやって検証したんだろ。
床に転がるビー玉のような物を拾う。
これはスキルを強化してくれるアイテムで、直接メイスや腕輪につけるんじゃなくて、手鏡の装備画面でセットしている。
聖職者のオーラ《メイスを振るとHP回復(極小)》
「うーん、どうすっかな」
手鏡を操作して今のスキルと、セットしているビー玉を確認する。
・・
・・
〔咎人の腕輪〕スキル枠1
〖青の鎖(敵)〗 腕輪自分専用。滑車のエフェクトを近場に出現させ、青い鎖を放つ。最大数1(+1)。HP耐久低下・装備性能低下・防御力低下。命中対象に悪寒のデバフ。MP徐々に消耗(中)。秒数経過で終了
ソケット1《滑車+1 徐々にHP吸収(極小)》
〔メイス〕スキル枠1
〖聖職者のオーラ〗 パッシブ 攻撃命中時にHP回復(小) 身体強化(極小)
ソケット1《徐々にMP回復(極小) 精神保護》
〔自分〕スキル枠1
〖なし〗
・・
・・
メイスも腕輪もそれぞれにHPとMPの保有量が決まっており、秒間回復もあるがまだ(極小)で心持たない。あと俺自身にゃHPMPはないけど、スキル枠はある。
今回の報酬は《メイスを振るとHP回復(極小)》
セットしているのが《徐々にMP回復(極小) 精神保護》
命中させなくても、適当に振るだけでHP回復するのは有難い。ただMP回復できなくなんのは辛い。
あと精神保護ってパニックになり難いとか、冷静を保つには重要だと思うんだ。俺って平和を生きる日本人ですし。
ある程度戦いに慣れて来たけど、やばいのが宮内だけとは限らない。
「とりあえず、今のままにしとくか」
これまでの前世だけでなく、敵の強弱にはストレスの蓄積度合も関係がある。
演奏が全然上達しない、コーチに激を飛ばされた、先輩後輩の上下関係。
体育館や音楽室はまだ部活をしているため、複数出てくる可能性があるから避けよう。
でもさ、やっぱグラウンドだけはアイツしかいないんよ。サッカー部が練習してるはずなんだけど。
メイスを握りしめながら、大した警戒もせずに進む。この長い廊下を。
「俺の前世は罪人で、さらに別の前世は神父さんだったのかね」
さっきの相手はずいぶんと犬や狼縛りの人生を歩んでいるらしい。今世はブリーダーにでもなんのか。
いくつもある前世の中で、一番世の中に影響を与えたのが、敵として現れてんのかな。ただ学校パワーのお陰で、それが何段階か落ちてるってことか。
だとすりゃ宮内はその結果、なんか英雄っぽいのから騎士さまに格落ちしたわけだ。
・・
・・
校舎内は現世とは少し構造が変化している。廊下が広くなってたり、なぜか教室の壁にトイレの入り口とかある。
廊下を歩きながら教室内を確認すると、そこに男子生徒の影が発生していた。
人間サイズの大きいムカデ、次に派手な貴族のお嬢さんになったかと思ったら、なんと最終的にはゴブリンになった。
勢いよく教室のドアを開け。
「ちょっとそこの男子、移り変わりが激しいんじゃないの?」
ふと思った。精神保護があるとは言え、俺まだ学校に挑戦したの二回目だけど、なんでこんな緊張感がないんだろう。
大ムカデの時点であれだし、ファンタジーの代名詞であるゴブリンをみた日にゃ、もっと何らかの反応があるよな普通。
俺は神経図太い性格じゃないよ。だって女子と話すだけで緊張しちゃうもん。
子供サイズのかわい子ちゃんは、こちらを向いてゲヘへと笑い、棍棒を振って威嚇してくる。
「机が邪魔なんだよな」
教室には入らず、そこから数歩さがり、廊下に出てくるのを待つ。
「うおっ 力持ちだね」
俺の胸下くらいの身長なのに、片手で椅子をぶん投げてきた。けっこうな勢いだ。
避けはせず、衝撃に備えて低く構える。
たいした痛みはないが、身体が白く光りHPが減少。それだけでなく、姿勢も多少崩す。
ゴブさんはこちらの反応を確認しないまま、棍棒を手に俺へと距離を詰めるが、その動作をこうして認識できてる時点で有利はこちらにある。
棍棒を前腕の装備で受け止めた。若干光りはしたけど痛みもなく、そのままメイスで頭部を殴りつけた。
その部位が強く銀色に輝いたのを確認。
「ゴブリンつっても侮れんな」
片足を前に出し、膝を相手の胸部に打ち込んで遠ざけ、手首を返してメイスを振り上げた。
肩がぐしゃりと潰れ、俺のHPが回復する。もうそこからは一方的な虐殺ですはい。
「おっしゃぁ」
俺たしか武術とか習った経験ないんだけどな。精神保護や身体強化のお陰なんだろうか。思っていたより動けることに、自分自身が一番の驚きなんだが。
こんなとこで苦戦するはずがない。そんな慢心が拭えないんだ、絶対ダメなこたぁ自覚してんだけど。
ビー玉を拾う。
「なるほど、なるほど」
青の鎖《命中位置が凍りつき動作阻害(消費MP小増加)・発動時間減少》
敵の腕とかに放つと凍るんだね。でもMPの消費は増えると。
MPもHPも総量は少ないんだけど、回復もけっこう早い。
あと鎖が外れるまでの時間が減るって、これバット効果じゃねえか。
滑車の数が減るのも嫌だ。でも氷の性能を確かめておきたいので、渋々ながらセットしてみることにした。
手鏡を操作して画面を映す。
「あれ、滑車二個のままじゃん」
なぜだ。
「レベルアップしてら」
腕輪だけだね、大本の滑車数が増えたらしい。
〖鎖〗は腕輪専用スキルだし、レベルに伴って強化されたわけだ。ノートにも書いてあった。
ただ今後どんなスキル覚えるのかは、なぜか記載してないんだよな。攻略本ってのをわかってないね、これ作った奴。
「……俺か」
残念ながらメイスはまだのようだ。もとからこっちの成長って腕輪より遅いのよ。
初心者専用の鏡社でずっと活動してたけど、学校で始めた途端に上るようになったな。もっと早くに来るべきだった。
手鏡に映る画面をしばし眺めていると。
「おおっ 新しいスキルだ!」
〖白の鎖(味方)〗 腕輪自分専用。最大数1。鎖で繋がった味方のHP・MPを徐々に回復(小)。負傷を徐々に回復。鎖が外れる瞬間に状態異常治癒。味方の精神安定。自分は回復せず、徐々にMP消費(小)。秒数経過で解除。鎖ごとに冷却30秒。
〖白の鎖(敵)〗 腕輪専用。最大数1。鎖で繋がった敵のHP(小)・MP(小)を徐々に吸収。徐々にMP消費(極小)。命中時確率で弱の視界不良。秒数経過で解除。鎖ごとに冷却30秒。
「流石だ。前世が聖職者なだけあんな」
まあ咎人の腕輪専用スキルだけど。いったい何の罪犯したんだろ俺。
「ただ鎖が外れる時ってのが嫌らしいね」
HP回復させたいのに、状態異常を優先させるとすぐに切らなきゃ駄目じゃん。しかも青鎖と違って冷却ありだし。これってクールタイムのことだろ。
味方に使うと自分は回復せずか。まあ俺ソロなんだけどね、敵に使えば吸収できんのは助かるな。
「滑車の巻き取りスキルとか覚えるかな」
敵を自分に引き寄せるんだから、タンク的なあれかね。そんで範囲攻撃で殲滅とか。
ちょっとHPが心持たないんだけど、巻き取り後に滑車から離れろば良いのか。
連続で使えるなら、ずっと相手の体勢崩せるし、ハメられそうなんだけど。たぶん冷却が付きそうだ。
「あ……青鎖のソケット二つ開いてるじゃん」
ビー玉二個つけれる。やったね。
腕輪のスキル枠はまだ1つのままだ。白の鎖は自分にセットしとこう。
「ふぃ~ ちっと休むか」
ちょうどゴブリンのいた教室には、便所への通路があった。女子用だけど。
「なんか変な感じだな、教室にトイレって」
個室じゃなくて、廊下にある学校のだからね。
残念ながら鏡は全て割れていたので、ここからの脱出はできないか。そもそも女子トイレに出て、生徒に見つかったらアカン。
そんなこんなで宮内には目もくれず、俺は今日も校舎で魔物?狩りに勤しんだ。
長く映世に留まり続けるのは、アイツにとってもよろしくないんだが、現状だと俺が覚えてるってのがデカいのさ。
攻略本があろうとまだまだ不慣れで、効率的には全然できちゃいない。
それに自動脱出ってのがあっても、準備不足でボス戦ってのは怖い。予定としては今週の土曜日だな。
〖青の鎖・味方〗 腕輪自分専用。味方のHP耐久・装備性能・防御力強化(極小)。自分の強化はできない。徐々にMP消費(中)。
装備性能が衣類で、防御力が肉体の頑強さに関係する。だから防御力は自動脱出HP0に設定していると、あまり意味のない項目になります。
あと主人公はソロなので、鎖・味方は現状だと使いようがない。