エンディング
もうすぐ高校2年生になる今日この頃。いわゆる春休みの真っ最中。
俺たちが今いるのは、廃校になった小学校への山道。
父ちゃんから聞いた話では通学の近道だったらしく、けっこうな獣道を通るんだが、その道中にある社とでも呼べばいいのか。
別に我が家の物ってわけじゃない。ただ爺さんが掃除をしたりなんだして、大切にしていた場所だった。
小学生のころから俺たちも手伝わされてたっけな、半分遊んでたけど。
大切にしていた当人が死んでからも、いつか故郷を離れるまでは、数カ月に一度は手入れを欠かさなかった。一人ならたぶん辞めていたが、そこらへん真面目な奴がいたからな。
俺らは久しぶりに此処で作業をしている。夏になりゃ嫌でも草は伸びてくるだろうが、今からまた本格的にここで活動することになるはずだから。
道中の細枝を鉈で退け、倒木をノコギリで等分して横に動かす。こういった作業を一通り終えると、来た道を引き返した。
「彰吾先輩、そっちどうっすか?」
肩にさげた草刈り機を止め、メッシュのフェイスガード越しにこちらを振り向く。年齢制限はないけれど、一応もうすぐ卒業の先輩に任せた。
本当はまだちょっと時期ではないが、山の中ってのもあってそれなりに伸びている。
「だいたい終わったかな」
先輩は姉の彼氏だ。廃校までの道も簡単にだけど一応終わらせていた。
「じゃあ、ちょっと休んでから始めましょう」
社を拭いていた姉も作業が終わったらしい。
・・
・・
作業着についた土埃や草を軽く払ってから、水筒の麦茶を飲んで休みを終えれば、3人は社の前に並んで立つ。
所どころ折れている柵に囲われ、苔むした石の土台には木で組まれた神輿みたいなのが乗っており、大きさは俺がなんとか入れる程度だ。
軽い段差の上、左右の扉はすでに開かれ、そこに祀られているのは二枚の鏡だった。良く教科書に載ってる青銅のやつだな。
「こんな物はなかったはずだと、触ったのが全ての始まりだった」
うち一つは確りと磨かれた状態になっており、鏡としても申し分なく機能していて、俺のことを映している。これは以前からあった物。
「罰当たりにもほどがあるでしょ。なんかヤバイとか思いもしなかったの?」
「一緒に飛ばされたもんだから、似たようなこと言われて怒られたよ」
姉ちゃんはその時、他の用事でここにはいなかった。彰吾先輩とも今ほどの面識はなく。
「吟次くん。本当に良いんだね」
先輩はさび付いた青緑の鏡を見つめているようだ。これは最近になって追加された物。
「二人とも春には京都の大学だろ。なら俺がやるしかないじゃんか」
「もし上手く行っても、記憶がもどる保証はないのよ」
鏡から侵入できる隔離された世界。映世に長時間留まるのは危険だ。
一般人だと存在がなかったことにされたり、死んだと記憶が書き換えられる。有名人は行方不明という扱いになることもあるけれど、俺らはただの高校生でしかない。
卒業旅行に付き合わせてもらうという名目で、俺らはずっと気になっていた京都へと向かった。三好さんって人と話をする予定もあった。
今後。二人はなんで東京じゃなく、縁も所縁もない京都の大学に行くんだって、俺は疑問に思うことになるはずだ。
「ハクスラはクリアしてからが本番なんだけど、エンドゲームじゃ駄目なんだ」
「なんでゲームの話になんの」
俺らはバットエンドの分類になっちまった。
「急がば回れって言うだろ。レベル1からだとしても、次回作ってのには追加要素があるわけだ。現状だと、それに期待するしかない」
「それがある保証もないんだよ」
姉と先輩にはこのままエンドゲームを続けてもらい、俺は追加要素を伴って合流する。
長い歴史の中でこの国の中心だったからか、映世の京都はヤバかった。少しでも情報を集めてもらいたい。
「たぶん三好さんのことも忘れちまうのかな。まあ、よろしく言っといてください」
味方は二人だけじゃない。
「……わかった」
東京遠征で遊んでいたとき、偶然に助けた相手だった。有名人で財力もあり、今じゃ俺らのスポンサーだ。あとは引きこもりの高橋さんとかね。
仲間を増やし、組織化を目指す。
鏡社へと進む。
前世。そのまた前世。輪廻というものを皆が巡っているらしい。
俺の場合は〔咎人の籠手〕と〔聖者のメイス〕だが、現世では完全な状態ではなく、これらは半透明に具現化される。
背後で見守る先輩と、たぶん睨んでる姉ちゃんに向け。
「鏡を壊したら、このまま帰ってくれ」
一旦意識を失って、映世の此処で目覚めることになるはず。
磨かれた美しい物と、錆びた古い物。
誰もこの場から持ち出すことは出来ず、映世に触れた者でなけりゃ目視すら難しい。
時刻は昼を回った頃。
ストーリーを除外しているが、情報を記したノートが入ったリュックを指さして。
「攻略本だけど、部屋の机に置いといて欲しい」
説明書と表紙に描かれている古い本。一番最初に目覚めたときに入手したこれを、もともとあった社の中にもどす。最近になって追加された内容によると、以前からあった綺麗な鏡を壊すことで、物語は次の段階へと紡がれるそうだ。
破壊した者はこれまでの映世に関する記憶を失い、レベル的なのも最初からやり直しになる。なお追加された文章は実行後に消える。
冬休みから今日まで。たくさん話し合った結果、俺がそれをすると決まった。
「しばらくは事実を教えないでくれ。たぶん焦る」
記憶を失ったとしても、それだけに囚われて、視野が狭くなって。
「ゲームを楽しめなくなる」
「……あんたね」
今にも殴りかからんとした姉を、先輩が止めたのがわかった。
「本当は逃げたいだけだ」
二人だって辛いはず。
おじさんやおばさん、ケンジに謝りたくても、皆の記憶は書き換えられて覚えちゃいない。
俺はもう限界が近い。このままだと映世に呑み込まれて、直に歩みを止めちまう。
「楽しいからこそ上手くなるんだ。情報を集めるんだ。ただ前に進めるんだ」
あいつが映世に呑まれたからこそ、京都という異常な場所から脱出できた。
でも彼女はまだあそこに残ったままだ。
鏡に映る自分の顔。
「ここも、やっぱ何らかの神さまを祀ってんのかね」
鏡の神様ってのもいるらしいけど、それなのかな。
日本という国は神だ仏だの認識が曖昧だ。
「宗教には強い力がある」
どんなに現世が苦しくても信仰さえしていれば、死ぬと極楽浄土へ導かれる。民草はそれを信じ、死兵と化して戦えるほど。
「俺も例外に漏れず、都合の良い時くらいしか拝まないし願わなかった」
咎人の籠手から鎖が発生し、両腕が固定されろばメイスが一回り大きくなる。
「あんた」
姉が後ろでなにかを呟いたが、今はそれどころじゃない。神さまに語り掛けにゃいけん。
「受けたかないかも知れんけど、これからはちゃんと信仰したいと思う」
名前もなにを司る神様かも不明だけど。
「全部忘れた俺が、今後どうなるのかも分かんねえけどさ」
最初に始めたのは誰か。
風を起こし、仲間を集め出したのは誰だ。
まだ先に進み続けられるのなら。辛い事実から目を背けてでも、立ち止まることなく歩けるのなら。
自身を映す鏡に向けて、〖咎人のメイス〗を振り落とす。
「このゲームに生涯を捧げます」
だから、どうか
どうも作者です。
12万文字で五章半場までは終わってますので、今日中に一章を投稿して、明日からは一話ずつの予定になります。
楽しんでいただけますと幸いです。