買い物
2026.10.18 改訂
予想外の答えを聞いて固まっているルークを見て、クレアは困ったように笑った。
それを見て我に返った。
「す、すみません!まさか、アナスタシア王国だなんて思わなくて、トランスヴァール帝国なんて言ってしまって………」
とっさに出た言葉にルークは、(あぁ、間違えた)と後悔した。
こんなことを言うつもりではなかった。
クレアは気を遣われたくないはずなのに、自分から墓穴を掘ってしまった。
今まで保っていた王子のような笑顔も崩れ、完全に焦りきって顔を見ることができないルークに、クレアは落ち着いた声で話しかけた。
「いえ、大丈夫です。誰もアナスタシア王国なんて思いませんよ。
あんな……滅んだ国に行くなんて」
アナスタシア王国をバカにするような発言をするクレアの顔からは、別にアナスタシア王国に思い入れがあるわけではないということが伝わってきた。
ルークはあっけに取られた。
(気にしていない……のか?)
様々な思考が頭の中を飛び交ったが、これ以上墓穴は掘らないと決めたルークは聞こうとしたことを全て胸にしまい、いつもの王子スマイルを浮かべた。
「すみません、取り乱しました。案内を続けますね」
「あ……はい。お願いします」
せっかく仲良くなったのに、また、溝ができたようにお互い感じた。
───
東の商品が売っている地帯からまた少し歩いていくと、西の商品が現れるようになってきた。
西方は魔法が使えるものの大半の魔法体系は崩れてしまっている土地だ。
取り扱っている商品は生活を豊かにする魔導具や、結界などの防御系の魔導具といった、魔力を流すだけで使える魔導具が多く売られている。
クレアは魔導具がなくても大抵のことができるため必要ない。
しかし、専用の魔術をかけられるローブを買う必要があった。
クレアのローブは、ところどころほつれていて、真っ黒だったはずのローブが色褪せている。相当昔の物だと見受けられる。
誰かからもらい受けたものだろう。
ルークは西の商品を専門的に売っている知り合いがいると言って、商店街を進んでいく。
だいぶ奥まったところまで進んでいくと、あまり繁盛していない露店にたどり着いた。
店の見た目は隅にきのこが生えてそうなほど、ジメジメとして暗く、近寄りがたい雰囲気を出している。
(さすがにこの店ではない、よね……)
とクレアが通り過ぎようとした矢先、
「クレア、ここが私の知り合いの露店です」
どうやらここがルークの知り合いの店のようだ。
ルークのような明るい見た目の男が立ち入るようなイメージがなかったため、クレアは心底驚いた。
「ほんとうにここであってますか……?」
「……?えぇ、確かにここですが」
なぜそんなことを聞くのかと本当にわかっていないのを見て、クレアはルークが偏見を持たない人なのだと思った。
そんなルークが信じる人の店だ。品揃えもしっかりしているだろう。
クレアは黙ってルークの後をついていく。
露店に近づくと、ルークは売り子をしている女性に話しかけた。
「ルセ、ちょっと見繕ってもらえないかな」
ルセ、と呼ばれた女性がこちらを振り返る。頼りになる母のような顔をした人だ。
ルセはルークの後ろにいるクレアをじっと見て、手招きでクレアを引き寄せた。
近寄ると、ルセはクレアにずいっと顔を近づけた。
「あんた、相当な魔法使いだね。ここで買うってことは西へ行くのかい?あんたなら北のがお似合いだがねぇ」
突然顔を近づけられたことに驚いたが、クレアが魔法使いだということを見破ったことの方が、クレアを驚かせた。
「……視えるんですね」
「あぁ、意識しないと無理なくらいには弱いけどね」
ルセが魔力を視ることができる人間だと悟ったクレアは、途端に親近感が湧いた。
納得したところで、クレアもルセに答える。
「私は北から旅に来ました。西に行くのは、魔法を極めるというよりは約束のためでして」
「そうかい……。北は寒さ、西は乾燥がひどいって言うからね、その分必要なもんも変わってくるさ。ここには全部取り揃えてあるはずだから買っていきな!」
「はい、ありがとうございます」
店の見た目とは違ってルセはとても気さくな人だ。
ルークと必要なものを買いながらルセの話を聞くと、この店はもともとルセの夫が経営していたらしい。
ルークも夫のほうとの交流が多かったようだ。
ルセの夫は西のいろんな町を訪れては商売をして地域の人と交流していて、持ち帰った商品をここで売っていたという。
昔はこの店で売り込み、他の町は二、三日くらいで離れる生活を続けてきたが、頻繁に出入りしてそれなりに身分の高い人の相手をしたことで、彼の商才が目に留まったらしい。店を空けることが増えてきたため、妻のルセに任せるようになったのだと教えてくれた。
ルークはルセの夫に妻を1人残すのが怖いから、と頼まれこうしてよく見に来るそうだ。
知る人ぞ知る、という感じで今は昔なじみを中心に売っているらしい。
ルセの店は本当に品揃えが豊富で、必要だった商品がほぼ買えてしまった。新しいローブも買うことができ、順調すぎる滑り出しだ。
ローブに魔法をかけるのは自分でできるため、商品を買うだけ買ってルセの店を離れた。
店を離れたのは日の入りあたりだった。
「本当にローブを捨ててよかったんですか?」
クレアが買った商品を空間魔法で収納していると、ルークがそう問いかけてきた。
クレアはさっき、ルセの店でローブを新調した際に今まで来ていたローブを廃棄するように頼んだのだ。
ルークがなぜか廃棄に反対していたが、クレアはお構いなしに廃棄した。
どうしても納得がいかなかったようで、ルークは心配そうな顔でクレアを見ている。
クレアは少し笑ってうなずいた。
「あのローブはもともと、私を助けてくれた方が身につけていた物です。捨てるならくださいってお願いしたんです。
『いつか新しいローブを買ったら、荷物になるから捨てて』という約束のもとでいただいていたので、こうして捨てないと怒られてしまいます」
クレアの答えにルークはまた、彼女の十五歳には見えない大人びたものを感じた。




